11.王太子と公爵令嬢
昼の鐘が鳴り、学園中が一気にざわついた。
食堂へ向かう生徒たちの流れを横目に、俺はいつもの中庭の端に座る。
今日も一人飯だけどいつもの事だ。無念無想しながら食べよう。外野は空気。
弁当を広げたところで、
「おーいユラぁ♡」
聞き慣れた声が飛んできた。
「……あ」
振り向くと、ハヤミさんが手を振りながらこちらに駆けてくる。
周囲の視線が一瞬でこっちに集まった。
「一緒に食べよ♡」
「え、一緒にって……」
断る間もなく当然のように隣に座る。やっぱり距離が近すぎないかこの子。
「ほらほら、詰めて詰めて♡」
「いや詰めなくても座れるじゃん」
肩が軽く触れる。
なんでこんな近いんだ。白馬の王子ブームだから近いんだろうか。デブ専やブサ専疑惑あるもんな。
その光景に周囲がざわつく。
「……なんであのデブスと」
「ハヤミ様、正気か?」
「昨日の件で調子に乗ってんじゃねーのか」
「デブスとメシとか公爵令嬢のご乱心だろ」
ひそひそ声が普通に聞こえてくる。
全部聞こえてますけど。
「はい、あーん♡」
「いや自分で食べるから!」
箸でつまんだおかずを差し出してくる。
完全に周りを気にしていない。
「遠慮しなくていいのにぃ♡」
「遠慮とかじゃなくてだね……!」
顔が熱い。
なんでこんな事になってるんだか。
「何してる」
低い声が割り込んできた。
振り向くと、ヤマト殿下が立っていた。
「で、殿下……」
「座るぞ」
断る余地もなく、反対側に腰を下ろす。
え、ちょっと待って。この二人に左右を挟まれたんですけど。
君らなんでそうデブスと一緒に食いたがるの。やっぱりデブ専とブサ専なのかよ。
逃げ場がない。どうしよう。
周囲の空気が一段階冷える。殺伐としている気がする。
「……なんで王太子殿下まで」
「あの無表情の殿下が……意味がわからん」
「囲われてんのかあいつ……」
「弱み握ったのか握られたのか」
さっきまでのざわつきが、明確な敵意に変わる。
俺の平穏な生活が遠ざかりそう。
「お前が作ったのか」
殿下が弁当を覗き込んできた。
「え、あ、まあ……。テキトーに昨日の残りを詰めただけで」
「一口もらう」
「え……」
なんで?
昨日のただの残り物を殿下に食わせるわけには。
「ダメか」
「い、いや、だ、ダメじゃないですけど……で、でもですね……」
戸惑っていると、ハヤミさんがすかさず割り込む。
「だーめ♡ユラのものは全部ハヤミのものー。食べさせてあ・げ・る」
「いやだから自分で食べるってば」
なんなんだこの状況。
左右からの圧がすごいし、周囲の視線も痛い。
もう帰りたい。俺の平穏生活が遠くなっていく。
「ユラ」
ふと、殿下が小さな声で言う。
「さっきの授業、見た」
「……え、さっきの授業って」
顔を上げる。
さっきまでの表情じゃない。
少しだけ、真剣な目。
「お前、自分で思ってるより――」
「はいユラあーん♡」
「話の途中で!?」
ハヤミさんが強引に口に突っ込んできた。
これ、高級ステーキだ。
もぐ。
「……んぐ」
普通にうまい。すっげえ肉柔らかい。さすが公爵家のメシ。平民が一生食えない肉質にうっとり。
「どう」
「……美味しいです」
「でしょ♡」
満足げに笑う。
その横で、殿下が小さく息を吐いた。
「……まあいい」
何がまあいいなのかはわからないが、ただ一つわかる事は、周りの視線がさっきよりも明確に痛くなっていることだった。
「ユラ、これも食べる?」
ハヤミさんが自然な動きで、また距離を詰めてくる。
肩が触れるどころか、ほぼ寄りかかってる。
もうやめて。いたたまれないです。
「いや、だから自分で食べるって」
「遠慮しなくていいのにぃ♡」
完全に外野の視線を無視している。完全スルースキルが羨ましい。というか、気にしてるの俺だけか。
「ハヤミ嬢」
反対からヤマト殿下。
「少し距離が近すぎるんじゃないのか」
その声はわずかに低かった。
「えー?別にいいじゃないですかぁ」
にこにこと笑いながらも、ハヤミさんは一歩も引かない。
「ユラは嫌がってないもんね?」
「え、いや、その……」
振らないでほしい。
どっちに答えても地雷な気がする。
本心は嫌ではないような、空気的にもうやめてほしいような……そんな事言えない。
「ほら」
さらにぐっと距離が詰まる。
腕に柔らかい感触がして顔が引きつる。
もうやめたげてよー。周りの視線がさらに痛いよぅ。
「……そういう問題じゃない」
殿下が小さく息を吐いた。
そのまますっと立ち上がる。
「ユラ」
「え?」
次の瞬間、殿下の手が俺の肩に軽く触れた。
ぐいっと引かれる。
え、なんで引き寄せられた?近いし。いい匂いが鼻を掠める。
体の向きが変わり、ハヤミさんとの距離が自然に離される。
でも、何にせよ逃げ場はない。どうあがいても脱出不可能です、ありがとうございました。
「この位置の方が食べやすいだろ」
気がつくと、日差しを背にした場所に座らされていた。ちょうど影になって、眩しさが消えている。
「さっきから目を細めていた」
「……あ」
言われて気づいた。
確かに少し眩しかった。
そこまで気にしてなかったのに。
でもそうじゃない。そうじゃないんだけど、ありがたいようでありがたくない。
「あと」
殿下は何気ない動きで、自分の上着を外す。
それを、俺の背もたれにかけた。
「風も少し強い。体を冷やすとよくない」
「いや、そこまで――」
「気にしなくていい」
なんだこれ。
さっきまでと同じ人なのに、空気が違う。
「……へぇ」
横から、ハヤミさんの声。
にこにこしているけど、目が笑ってない。
「ずいぶん自然に触りますね、殿下」
「必要なことをしただけだ」
さらっと返す。
「ふぅん?」
ハヤミさんはゆっくりと俺の腕に指を絡めた。
「じゃあハヤミも必要な事するね」
ちらりと殿下を見る。
「いやだから何が必要なの!?」
「ユラが寒くないように、こうしてあげるの♡」
ぎゅっと抱きついてくる。
いや、逆に暑いっす。デブなんで汗がドバッと出てます。
そして視線がもう殺伐どころか殺意の波動に変わっている。
殿下大好きファンクラブの令嬢達が泥棒猫……いや、泥棒熊を殺してやる勢いなんですが。
あとで俺終了のお知らせ。
「お前は極端だな」
その目は、わずかに細くなっていた。
「ユラ」
「は、はい」
「困った事があったら言え」
静かな声。
「できるだけ対処する」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
誰にも触れさせないみたいな圧があった。
「……あ、はい」
うまく返事ができない。
なんか、変な感じだ。
「大丈夫だよ、ユラ」
ハヤミさんが頬を寄せてくる。
「守ってあげるから♡」
「いや守る方向性がおかしいって……」
左右からの圧。
殺意の視線の嵐。
逃げ場なしだ。
なんで昼飯でこんなことになるんだよおっ。
俺の平穏グッバイドスコイ。




