星のプレゼント
星のプレゼント
星に願いを
「君は、宇宙を信じるか?」
ある夜、空を眺めていると、見知らぬ老人が声をかけてきた。田中は警戒し、物理的にも、心理的にも、距離を取る。至極当然の反応であろう。
「………。」
「フォッフォッ。良いのぅ。昨今の学校教育は充実しておる。不審者の対応すらも教えてくれるようじゃからのう。」
ドガッ。と、老人は田中の横に腰掛けた。
「怪しいものではない。というのも無茶か。」
(当たり前だろ…。)
何だこのおっさんは、と田中はさらに心に距離を置く。なんせ、一人で空を見るこの時間を、
「邪魔してしまったからかのぅ?」
「………。」
「フォッ。図星じゃろうて。ん?儂、もしかして今上手いこと言ったかの?」
フォッフォッ、と大きく笑う老人に、田中はただ呆然とするしか無かった。全てを見透かされているような感覚だったからだ。それを否定すべく、田中は口を開いた。
「あなたは、誰ですか?ごめんなさい。今は一人が良いんです。」
老人は、初めてしゃべる田中を少し見つめたあと、間をおいて、再び語りはじめた。
「じゃがのう。今は、二人のほうがよかろうて。少年。君は今、諦めようとしておるじゃろう?」
「なんなんですか⁉怖いんですよあなた‼さっきから!」
しまった、と思った。つい苛立って大声で怒鳴ってしまった。この手の人は、刺激してはダメだった。何をされるか分かったもんじゃない。
恐る恐る老人の様子をうかがってみると、先程とは一転、悲しげな顔をした老人がそこには立っていた。
「そうか。やはり怖いか。………原因が儂だけでは無いということは、君が多分分かっておるじゃろう?」
何を、言ってるんだ、この人は。あなたが、一番、怖いよ。
そう言い聞かせても、駄目だった。
「君は、星が大好きじゃろうて。夢は、諦めたもんじゃないぞ。」
「あなた、僕の何を知ってるんですか⁉僕の夢なんて、解るはず無い!」
「いいや、解るさ。」
「本当にもうやめてください。警察、呼びますよ!」
心臓が、ドクン、トクン、と脈打つ。奇しくも、老人が言った通りになっていた。この動機の原因は、老人のせいだけではなかった。
泣きそうな田中を肯定するかのように、老人は、優しい声で話した。
「何せ、この場所はこの町で一番、星がよく見える所じゃ。」
何者になる
思えば、自分の人生が明確に変わったのは
あの夜だったな、と田中は思う。地球を出て十年、度々あの事を思い出す。ある一人の老人と出会ったあの夜が。今まで、自分で選んだ道は多々ある。が、元をたどればこの道は全て老人が導いてくれた道であった。
「何せ、この場所はこの町で一番、星がよく見える所じゃ。」
そう言われて初めて、田中は自分の頭を星明かりが照らしているのに気が付いた。久しく忘れていた感覚。その反応を見越してきたかのように、、老人は矢継ぎ早に少年に問うた。
「うむ。では、おぬしは何を夢見ておるのじゃ?」
思わず、口から本音が溢れる。他者から耕され、乾ききっていた心の底から、再び水が湧き上がってくる。
自分は何者になる?自分は何者になる?自分は何者かになる。自分は、何者かになるのだ。
突如として眼前に浮かんできた希望。自分がかなえられなかった希望。老人は、少年の様子を見て、己の過去が清算されていくのを感じた。
何者でもない
「儂は…」
青白く輝く星空の下老人はおもむろに語りだした。
「何者でもない。考えてみれば、お主にものを言える人間ではなかったのかもしれぬな。
」
そう言うと、老人は星に目を向けた。その横顔が、あまりにも幼く見えたため、田中は驚いた。
「儂は、疾うの昔に夢を捨ててしまっていた。じゃが何故かな、今もまだ星は美しく輝いておるんじゃ。どうじゃ、少年。今日の星空は?」
「とても、きれいです。」
「うむ。それでよい。」
極限まで圧縮された時間の中、二人は星を眺め続けていた。
どれくらいたったであろうか。田中は老人が話し続けているのに気づき、ようやく現実へと戻ってきた。
「……れはベガかの?夏の大三角形も今日はよく見えるわい。」
「そうですね、今日は、天の川もよく見えます。」
「……。晴れて、よかったのう。」
「晴れて、よかったです。」
織姫と彦星の舞台である夏の星空、今宵は名ない二つの星のほうが、明るく輝いていたのかも、しれない。




