自悶自答
自悶自答
人生の在り方は、人それぞれだ
なんて言葉がずっと脳みそを反芻していた。人工的な明かりだけが室内を照らす。窓の外には、もう何度見たか分からない、つまらない景色が広がるばかり。室内に他人の声はおろか、自分の声も聞こえない静寂の中、今はこのことしか考えられなかった。
はっとして、田中は慌てて時計を見た。良かった、まだ時間はさほど過ぎていない。
特に慌てる様子もなく、田中はご飯を食べ始めた。無機質な味。もう何回これを食べたことか。自分で自炊できないから、母親の作った温かなご飯が食べたい。
驚いたことに、一人で暮らす前まではそんな事思ったこともなかった。親に感謝なんて思い始めたのはつい最近だ。「当たり前に感謝」なんて概念は、本当一ミリもなかったのに、それが芽生えるなんてとても不思議なことだ。
と、田中は感傷にふけっていた。彼は、大学で宇宙のことや、物理のことを学んでいた。それ故、今まで自覚すらしていなかった「無」から、この考えが生み出されたことに対して、質量保存の法則を無視してるだかウンタラカンタラなど、暇を持て余しているのをいいことにどーでも良いことを考えて時間をつぶしているのだ。よくある話である。こんなどうでもいいことをしてるくらいなら、仕事をするべきであるというのが一般的な考えであろう。
そんな事は分かっている。分かっているが、分かった所でなんだ。特に何ができるわけでもない。俺は感情に浸ることすら許されないのか。これは自問自答じゃない。これは自問自答じゃない。
急に自室が静まり返った。ような気がした。頭のなかのざわめきが一気に消え、口の中の無機質な食べ物の感触だけが歯と頭に響く。
おい、待ってくれよ。これじゃホントにさっきに逆戻りじゃないか。ずーっとぼーっとして、気づいたら飯の時間も過ぎちまってる。そんな時間に逆戻りだ。久しぶりに感傷に浸れたんだ。折角ならもっと何か考えたい。
有意義な時間を過ごせている自覚はない。少し前まではあったのだ。いろいろなことを学び、それを生かせる経験に。が、しかしそれも飽きてしまった。俺は昔っから熱しやすく冷めやすい。ようやく、ようやく、ようやく、熱がずっと続くようなことを見つけられたと、思っていたのに。蓋を開けてみればこれか。全くくだらない。
田中は、自分のしたかった事すらも貶してしまっていた。可哀想である。何もやる気が起きないのであろう。
哀れみが心のなかに充満してきた。辞めろ、そんな事を考えるな。これは自問自答じゃない。これは自問自答じゃない。事実だ。いま、俺は楽しいだろう?ほら、こんな有意義なことない。今はお金もあるんだ。楽しいことだけを考えよう。
今自分がしたいことは何かな〜。友達と思いっきり遊びたいな。それに、彼女も欲しい。一緒にしゃべって、おいしいご飯を食べて、一緒に窓の外を眺めるんだ。家族でもいい。
それか、知らない星好きのおっさんでもいい。先生でもいい。近所のおっさんでもいい。スーパーにいるおばさんでも、散歩してるなんか派手なメガネかけた四十手前くらいのかっこいいイケオジでも、なんなら、自分でも…。 いや、それは嫌だな、と田中は思う。いくらさみしいとは言え、自分と友達ごっこなんて気持ちが悪い。と思った。
これは自問自答じゃない。これは自問自答じゃない。未来の設計図をいま描いているところなんだ。これは自問自答じゃない。これは自問自答じゃない。
てか、最近スーパーとか、コンビニとか行ったっけ…。なんか無性に惣菜食いたくなってきたな…。赤字が心配になるくらいのえげつなく安いパンとかもう一回食いたかった。もうあのスーパーは潰れたのかね。どうなんだろうか。
田中が住んでいるところでは、暫く雨は降っていないし、特に屋根がある必要はない。
いや、そんなことはないだろう。これのおかげで生きてられるんだ俺は。これは事実。それがあることに感謝しよう。
皆は今まで感謝をしたことはあるか?本当の意味でだ。未来を担う若者たちよ。今のうちにその気持ちを抱いておかないと、大変なことになるぞ。
田中は、口に出してるわけでもなく、ましてやそれを直接伝えられているわけでもないのに、自己満足でなんかゴチャゴチャほざいているのであった。
いや、自己満足でいいだろ。何が悪いんだよ。ほら見ろ、窓の外には美しい景色が広がっているだろう?どうせなら外に向かって言ってやろうか?あぁ、言ってやるとも。
「……っ」
田中は、久々に声を出そうとした。が、本当に久々だったため、声が出なかった。掠れていて声が出ないのか、声の出し方を忘れてしまったのか、哀れである。
「………っ」
田中はとうとう、泣き出してしまった。自分のやっていることの無意味さ、声を出すにも出せないこの状況、自分を心のなかで卑下することしかできない、この状況。まるで常軌を逸している。
「うぅぅ…。クソっクソっ。」
あぁ、声が出たな。もう良いか。そうだ。もう良いんだ。俺は一人じゃないんだ。
と、田中は思った。そうだ、お前が居なくなっても、ここには私が居る。そうだろう?。
あぁ、そうだ。お前が居るんだ。俺が居なくなっても。そうだ。お前が居るじゃないか。これは自問自答じゃない。これは自問自答じゃない。これは自問自答じゃない。
田中は、心の中で、そう繰り返す。私も、田中の心のなかでそう繰り返す。それは自問自答じゃない。
何言ってんだよ。お前はお前だろ?ほら、窓の外見てみろよ。俺が昔憧れた宇宙が、星空が広がってる。
もう、地球から出てきて体感二十年。光速に限りなく近い速さで移動しているから、実際は地球ではもう何百年か経っているんだろう。もう、死んでいるだろう。友人も家族も、そこら辺の人も、星に憧れた老人も。
だが、お前は生き続けるんだ。そう思う。そう思わせてくれ。な?
そうして田中は宇宙船のドアを開け、外へと飛び出して行っ——
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