第71話:焦りと広背筋
ヴァルディスが去った後、エイミーの胸には静かな闘志と同時に、抑えきれない「焦燥感」が渦巻いていました。
「今のままじゃ足りない。大介さんのあの『強さ』を、もっとこの身に叩き込まないと……!」
じっとしていられなくなった彼女は、隠し扉から交差ダンジョンを駆け抜け、新宿のアパートへと向かいました。
新宿のアパート。扉を開けたエイミーは、室内で繰り広げられていた光景に、思わず息を呑んで立ち尽くしました。
そこには、上半身裸でストイックに懸垂を繰り返す大介の姿がありました。
背中の筋肉がまるで生き物のように蠢き、浮き出た血管と滴る汗が、電球の光を反射して鈍く輝いています。
「(……っ!)」
エイミーは声を出すのも忘れ、その「筋肉の造形美」に見惚れてしまいました。
エルフの男性にはない、暴力的とも言える生命力の塊。以前入れ替わった時に感じた、あの鋼のような肉体の持ち主が、今、目の前で熱を放っている。
「98、99……100! よし……。ん? おお、エイミーか。どうした、そんな顔真っ赤にして」
大介がタオルで汗を拭いながら振り返ります。エイミーは慌てて視線を泳がせ、指先で銀髪をくるくると弄びました。
「な、なな、なんでもありませんわ! 誰があの大蛇のような背筋に見惚れていたというのですか!」
「……誰も言ってねえよ。というか、お前、その髪弄るの俺の癖だろ。隠し事してる時に出るやつ」
「うぐっ……! そ、それは、その……大介さんの鍛錬があまりに野蛮だったので、チェックしていただけですわ!」
「野蛮ってなんだよ。……で、こんな時間にどうした? 交差ダンジョンを通ってわざわざ来るなんて、何かあったのか」
大介の言葉に、エイミーはふっと表情を曇らせました。
そして、先ほどのリディアでの出来事を報告しました。兄ヴァルディスの来訪、そして強引な婚約の話を。
「……なるほどな。クソ兄貴の次は、独占欲の強い婚約者候補か。エイミーの家も世知辛えな」
「はい。ヴァルディス兄様の手を弾いた時、大介さんに教わった感覚が確かにありました。でも、まだ足りません。
「俺もそっちに行こうか?」心配そうに見つめる大介。
「ありがとうございます。それは大丈夫です。兄はレイン家の騎士団を差し向けると言いましたが、エルフの感覚なので、実際に動くのは相当後になると思います……だから、お願いです」
エイミーは真っ直ぐに大介を見上げました。
「大介さん、もう一度『入れ替わり』をさせてください。あの兄を、そして実家を黙らせるだけの力を、この体に刻み込みたいのです。修行の成果を、実戦で……いえ、大介さんの体を使って試させてください!」
大介は少し驚いたように眉を上げましたが、すぐに不敵な笑みを浮かべました。
「……いいぜ。お前のその『意地』、嫌いじゃねえ。……よし、入れ替わだ。あのクソ兄貴の鼻柱、ドリルでへし折ってやろうぜ」
「ありがとうございます、大介さん! ……あ、でも、その前にちゃんと服を着てくださいね? そのままだと、困りますから!」
「わかってるよ! お前こそ、俺の体で変なポーズ決めて鏡見るのやめろよな!」
こうして、リディアの没落貴族レイン家との全面対決を前に、二人は再び運命の「入れ替わり」へと手を伸ばしました。




