第200話:【リディアトレード:遥かなる旅路】
あれから80年。
リディアの丘は、今日も透き通るような青空に包まれていた。
エイミーは、色とりどりの花が咲き乱れる小さな墓碑の前に、静かに膝をついた。
「リリー……。そちらでも、新しい魔法の書を読み漁っているのかしら」
刻まれた親友の名をなぞる。
かつて共にリディアトレードの技術を支えたリリーは、数年前に安らかな眠りについた。
エルフであるエイミーにとっては、それは一瞬の瞬きのような歳月だったが、共に駆け抜けた記憶は今も昨日のことのように鮮やかだ。
「エイミー、あまり長くお身体を冷やしてはいけませんぞ」
背後から響いたのは、少し枯れた、けれど岩のようにどっしりとした声だった。
振り返ると、そこには白髪の混じった髭を蓄えたガルガンが立っていた。
かつての豪傑もさすがに年輪を重ねたが、その背中を支えるように、血気盛んな若きドワーフが寄り添っている。
「……父上、エイミー様はまだお若いのです。そんなに心配しすぎですよ」
苦笑いするのは、ガルガンの息子だ。
大介がかつて「リディアの物流革命だ」と笑って抱き上げた赤ん坊は、今や立派な役員として父の跡を継いでいる。
「がっはっは! 息子よ、お前は分かっておらん。このお方は、俺たちドワーフ族にとっての女神なのだからな」
ガルガンの豪快な笑い声が丘に響く。
その隣には、あの日と全く変わらない凛とした美しさを保ったセレナもいた。
彼女はエルフとして、エイミーと共にこの永遠に近い時間を歩む覚悟を決めた、唯一の同志だ。
「エイミー、そろそろ行きましょう。……大介さんが遺したあの場所へ」
セレナに促され、エイミーは最後に一度だけ、リリーの墓の隣にある、一際大きな「戸田大介」の墓石を見つめた。
かつて身体を入れ替えてまで成り上がったあの男は、今、この丘からリディアの街を見守っている。
本社ビルに戻り、執務室のデスクに座ると、懐かしい端末がひとりでに起動した。
『よお、エイミー』
空中に浮かび上がったのは、全盛期の戸田大介の立体映像だった。
『この映像が流れてるってことは、俺はもうそっちにはいねえんだろうな。……へへっ、驚いたか? お前が一人で寂しがらないように、あらかじめ仕込んでおいたんだ。これぞリディアトレード、至高のおもてなしってやつだ』
エイミーは思わず口元を押さえた。
映像の中の大介は、まるで今の彼女を見通しているかのように語りかける。
『いいか、エイミー。俺は死んでも、俺たちが入れ替わってまで作り上げたこの会社の中に、ずっと息づいている。お前が通るポータルの鼓動に、会議で使う資料の隅々に、俺の魂を刻み込んでおいた。だから、お前はちっとも一人じゃないんだぞ』
大介は映像の中で、誇らしげに親指を立てた。
『愛してるぜ、エイミー。……さあ、いつまでも湿っぽくしてんな! 次の市場を驚かせに行くぞ。お前なら、どこまでも成り上がれるんだからな!』
光が消え、部屋に再び静寂が戻る。
エイミーの頬を、一筋の涙が伝った。けれど、その顔にはもう迷いも孤独もない。
「……ええ。見ていてくださいね、大介さん」
エイミーは涙を拭い、背筋を伸ばして部屋を出た。
扉の向こうには、ガルガンの息子や新しい世代の社員たちが、彼女の指示を待って整列している。
「皆さん、次のプロジェクトを始めましょう。リディアトレードは、さらにその先へ……世界の果てまで成り上がりますわ!」
彼女の凛とした声が響き渡る。
かつて自宅ダンジョンで出会った二人の物語は、今、永遠という名の新しい旅路へと漕ぎ出した。




