幕間:小市民の苦悩と、神様のポケットマネー
深夜二時。
客足が途絶えた店内で、ハイ・エルフのエルランド様が、機嫌よく熱燗を傾けていた。
つまみは「なめこおろし」。
大根おろしに、サッと湯通しした大粒のなめこを乗せ、ポン酢をかけただけのシンプルな一品だ。
「……ふむ。このヌメリと、大根の辛味が酒に合う。……人間界の粗食も悪くない」
彼女は満足げに猪口を干した。
俺は洗い物をしながら、意を決して切り出した。
「……あの、エルランド様」
「ん? なんだ、改まって」
「以前頂いたチップ……『世界樹の葉』のことなんですが」
俺は、彼女から二回に渡って受け取った葉のうち、一枚を使ったことを報告した。
「……一枚は、先日Sランクに昇格した『ラピス・ナイト』の専用装備の素材に使わせていただきました。彼女の魔力に耐えられる素材が、それしかなかったもので」
エルランド様は、ほう、と目を細めた。
「あの青い騎士か。……よいではないか。私の部下が強くなるのは歓迎だ。有効活用してくれて礼を言うぞ」
「いえ、それはいいんです。問題は……」
俺は冷蔵庫の奥から、厳重にタッパーに入れられた「もう一枚の葉」を取り出した。
葉は、冷蔵庫の中でも淡く発光し、神々しいオーラを放っている。
「……これの使い道です」
俺は頭を抱えた。
「一枚で城が買えるとか、国家予算並みとか言われるシロモノが、ラーメン屋の冷蔵庫にあるんですよ? ……正直、プレッシャーで胃に穴が開きそうです」
先日も、大葉と間違えて刻みそうになり、心臓が止まるかと思った。
泥棒が入ったらどうする? 火事になったら? というか、これを所持しているだけで公安にマークされるんじゃないか?
小市民である俺には、荷が重すぎる。
「……お返ししてもよろしいでしょうか」
俺がタッパーを差し出すと、エルランド様はキョトンとした顔をした。
「なぜだ? それは代金だぞ。返される謂れはない」
「いや、代金にしては高すぎます! 釣り銭として国を一つ渡さなきゃいけないレベルでしょう!」
エルランド様は、呆れたようにため息をついた。
「……人の子よ。我々ハイ・エルフにとって、世界樹の葉など、庭の掃除をした時に落ちている枯れ葉と大差ない」
「枯れ葉!?」
「年に一度、大量に散るからな。……掃除が大変なのだ。燃やすと魔力が暴走してボヤ騒ぎになるし、埋めるとそこから新しい森が生えてくるし」
とんでもない生態系だ。
「だから、遠慮なく使え。……そうだな」
彼女は店内を見回し、適当なことを言った。
「店の道具にでもすればいいではないか。……例えば、絶対に伸びない中華麺の材料にするとか」
「食い物に混ぜないでください! 食べた客が半神半人になっちまう!」
「では、絶対に錆びない包丁とか」
「……それはちょっと魅力的ですが、ネギを切るたびに衝撃波が出そうで怖いです」
エルランド様は、クスクスと笑った。
「まあ、好きにするがいい。……困った時の貯金だと思って持っておけ。お主には、また世話になるだろうからな」
彼女は飲み干した猪口を置いた。
「勘定だ。……今日は小銭がある」
彼女は人間の五百円玉を数枚、チャリンと置いた。
「……ありがとうございます。正直、これが一番ホッとします」
俺は五百円玉をありがたく受け取った。
彼女が帰った後、俺は再び「世界樹の葉」をタッパーに入れ、冷蔵庫の最深部――納豆のパックの後ろに隠した。
「……道具、か」
俺は愛用の中華鍋を見た。
もし、世界樹の葉を練り込んだ中華鍋を作ったら……。
熱伝導率は最強、絶対に焦げ付かず、チャーハンが勝手に舞う鍋ができるかもしれない。
「……いや、やめとこう」
俺は首を振った。
そんな鍋で作ったら、ただのラーメンが「神の食べ物」になっちまう。
ウチはあくまで、ただの屋台だ。
「さて」
俺はタッパーの蓋が閉まっていることを三回確認した。
……とりあえず、間違えて天ぷらにしないように、「食べられません」とマジックで書いておこう。




