ep4.ゼノフォビア中層
下層の農場を後にした俺たちは、白亜の階段を上り、中層へと足を踏み入れた。
そこは下層ののどかな風景とは一変し、磨き上げられた大理石の床と、花の香水のような甘い空気に満ちた、洗練された居住区だった。
「ゴミ一つないのは下層と同じだけど、人々の服が農業着ではなくなっているわ。農業着の人もいそうなものだけど……」
セリアが鋭い視線で周囲の住人を観察する。確かに、行き交う人々は絹のような光沢のある生地を纏い、一様に穏やかな、どこか陶酔したような笑みを浮かべていた。
「お腹空いたわ! 創夜、あそこに行ってみましょうよ」
ミリィが指差したのは、中層の広場に面した一際大きなテラスを持つ建物だ。看板には、金細工で形作られた杯から雫が滴る意匠と、『聖杯の雫』という文字が踊っている。
「いらっしゃいませ」
店内に足を踏み入れると、燕尾服に身を包んだ初老のウェイターが、流れるような動作で一礼した。
「お好きな席へどうぞ」
「俺たちは初めてこの島に来た商人だ。勝手がよく分からないんだが」
案内されたテラス席からは、紺碧の海と、段々畑のように重なる白亜の街並みが一望できた。
「そうですか、当店の料理は、こちらになります。一部下層から足りない食材を取りに行くこともありますのでお時間を頂くこともあります。忙しい人はレストランではなく、外の屋台で朝に買った食事で昼を済ませることが多いんです」
「ここの代金は?」
「だ・い・き・ん?」
ウエイターが、顎に人指し指を当てて、上を見ている。人はなにかを思い出そうとするときに上を見るものだ。それを察知した俺は、言葉を言い換えた。
「この食事の対価だよ。食事の調理やウエイターや食べたものに対する何か交換するものはあるんじゃないのか?」
「うーん。食事の対価?」
「食事の労働に対する対価ってことだよ」
「そっか。あーなるほど。食事は、皆。お手伝いしているんです。好きなだけ注文して問題ありません。食べたいものを食べたい時にです」
女子たちが分厚いメニューを必死にめくっている中、俺だけが色々とこの国について確認をしていた。
「ここのおすすめはあるか?」
「どれも美味しいですよ。好きなものをご注文下さい」
「しばらく滞在させて貰いたいんだが、宿はどこにあるんだ?」
「宿でしたら、中層の真ん中です。上層付近と下層付近には、作業していた人たちが着替えた後、食事をしてすぐに作業に戻れるように、レストラン街が並んでいます」
「なるほど、そういうことか、中々いい配置をしているんだな」
「では、注文が決まりましたらお知らせください」
「あの服も可愛いかな」
ミーナがウエイターの服をチラチラと確認していた。
「メイド服はここにはないようだな」
「私もメイド喫茶やろうかな」
「手伝うわ!」
「情報収集に良さそうね」
「メイド喫茶。面白そうアル」
「次、来たときに空いているレストランの施設でも聞いてみようか」
「昼には少し遅かったみたいね」
「それより、このスープとこのタルト美味しそうだわ」
「ある程度、ここの食事を調べた方が良さそうね。自由に下層の食材が使えそうだから、メイド喫茶も場所さえあれば開けそうね」
ミーナが、メニューを見ながらメイド喫茶の計画を進めていた。
「創夜はどれにするの?」
「俺は、フランスパンと適当なスープかな。固いものがいい」
「私たちはデザートを参考に皆で違うものを頼んでこの国の好みを調べるわ」
「創夜も何か頼むアル」
「あー、適当なものでいい。昼に甘いものはあまりな」
リンが適当に、俺の分も頼んでくれた。
食材が運ばれてきたが、見た目はそれなりに見たことがありそうな物ばかりで、下手物などはなかった為。普通に名前がよく分からないものが使われているだけで、普通の食事だった。
食事を済ませ、俺たちは宿を予約することにした。
中層の広場に面した宿屋『聖龍の休息所』のカウンター。俺は宿の主人に向き合い、さりげなく部屋の空き状況を確認した。
「部屋を二つ頼む。4人部屋と、2人部屋を一つずつだ」
主人は台帳をめくりながら、少し不思議そうな顔で俺の後ろの女子たち……セリア、リン、ミリィ、ミーナの4人を見た。
「お兄さん、やるねぇ」
主人の正論はもっともだ。だが、俺がここで『6人』として部屋を割り振れば、姿を隠しているフィーリアのことがばれる可能性がある。彼女の寝床を確保しつつ、その存在を完璧に無として通すには、俺が不自然な行動をとるしかない。
俺はわざとらしく鼻を鳴らし、あえて女子たちから距離を置いて、主人にニヤリと下卑た笑みを向けた。
「まあな」
もちろん、隣にいるはずのフィーリアの方など微塵も見ない。視線ひとつで彼女の居場所を露呈させるようなヘマはしない。俺が見ているのは、あくまで店主の反応と、自分が演じている適当にスケベな男という虚像だけだ。
主人は俺が夜中に女子の誰かを自室に連れ込むか、あるいは現地の娘でも誘うつもりだと解釈したらしい。
「皆は4人部屋の方にしてくれ、ここの部屋は4人部屋が最大みたいだ。全員分取るには、無理があるからな」
「俺は別部屋にする。取り敢えず、俺の部屋に来てくれ」
一度、俺と身を隠しているフィーリア分の2人部屋に全員で集まり、扉を閉めてカーテンを締め部屋に盗聴できそうなものがないか皆で調べた後、ようやくフィーリアが実体化した。
「……ふん。随分警戒してるわね。別に私は異次元空間のメンテナンスルームで休めるわよ」
「俺があそこで、6人何て言ったら即ばれるからな。で、これからだが、ここを拠点にこの島の様子を探ろうと思う」
「私たちはメイド喫茶の準備をするわ、よく分からないけど空いている場所があるみたいだらかね」
ミーナが嬉しそうに答えた。
「どう見ても平和な国で争いが全くないようにみえる。普通に考えたらおかしいことなんだ。喧嘩してる人がいたっておかしくないだろ。何か裏がありそうだな」
俺は仲間の顔を見回した。
「で、創夜は何するの?」
ミリィが創夜に問いかけた。
「俺がメイド喫茶にいるのも変だからな。暫くはこの島の習慣性ってやつを見て回るよ。適当に果実の育て方とか、色々とあたってみるつもりだ」
「夜にここで、確認結果を共有しよう」
「私は農場の方で、あの『聖麦』や魔石の混じった土の秘密を、魔法的な視点からもっと詳しく見てくるわ」
セリアが立ち上がる。
「私たちはミーナと一緒にメイド喫茶の準備するアル」
リンとミリィが意気込む。
「私はこのまま姿を隠しておくわ。その方が都合がいいかもしれないし」
再び姿を消したフィーリアの気配が、俺のすぐ隣に並ぶ。
「よし、じゃあ解散。……くれぐれも、目立ちすぎるなよ。ここは『平和な楽園』なんだからな」
俺たちはそれぞれの目的を胸に、白亜の街『ゼノフォビア』の探索へと繰り出した。俺の指先は、すでにこの街の理不尽を暴くためのイメージを練り始めていた。




