ep9.バベルの塔 二階 機械の町
創夜たちは、足元に広がる金属の床を確かめるように進んでいた。
天井の見えないほど高い空間に、歯車の森とパイプの峡谷が続いている。機械仕掛けの世界は静まり返っているものの、どこか生きているような微かな振動が足元から伝わってきた。
「……なんだか、音が心地いいね」
ミリィが羽を軽く震わせながら言った。
「うん、規則正しいリズム。魔力の脈動とは違うけど、これも“生命の鼓動”の一種かもしれない」
セリアが低く呟く。
リンは床を拳で叩き、首を傾げた。
「敵も罠も、まったくないアル。」
もう半日はたっただろうか。未来の町の静かすぎる町を警戒しながら速度強化のフルオーラをもってしても探索する必要があり、走って見つけられ
創夜は周囲を見渡し、無言で頷いた。
「確かに静かすぎる……いや、“設計された静寂”だ。ここは、機械たちが活動を停止した“都市の亡骸”のようだな」
ミーナが周囲のセンサーを展開し、解析を進める。
「反応ゼロ。魔力も機械信号も、どちらも死んでる……でも、エネルギーラインはまだ生きてる。つまり――」
「動かせば、また“目を覚ます”可能性があるってことね」
セリアが苦笑いを浮かべながら答えた。
創夜は腕を組み、しばらく思案した後に言った。
「今は、無理に動かす必要はない。敵もいないなら、むしろ好都合だ」
「へ?」
ミリィが瞬きをする。
「休む。ここは一階での激戦のあとだ。……少し寝よう」
その言葉に、一同が顔を見合わせる。
この異質な金属世界で眠るというのは、さすがに気が引けた。
しかしその時、エジスが前に出て、壁の一部に手を当てた。
触れた瞬間、壁の表面が淡く光り、波紋のように広がる。
「ここ……安全だよ」
創夜が眉を上げた。
「根拠は?」
エジスはにこりと笑った。
「この金属壁、塔の“中枢部”と同じ構造だ。エネルギーラインが一定で、外敵信号を完全に遮断してる。つまり、“安全な場所”なんだ」
「そんな都合のいい場所があるのか……」
セリアが呆れたように息を漏らす。
「この塔、誰かが“登られること”を前提に造ってる感じがするわね」
ミーナがつぶやく。
リンが肩をすくめる。
「なら、ありがたく使わせてもらうネ、創夜がいれば安全アル」
創夜は小さく頷き、壁際に腰を下ろした。床は冷たく、しかし不思議と体温を奪わない。
光は常に一定で、時間の流れすら曖昧に感じられる。
それでも、皆すぐにまぶたが重くなっていった。
機械の唸りが子守歌のように、心地よい眠気を誘う。
――そして、数時間の仮眠ののち。
創夜は静かに目を開けた。
金属の天井が柔らかく光り、まるで朝日が昇るように淡く空間を照らしていた。
「……朝か、ここは、バベルの塔二階だよな。」
リンが欠伸をしながら立ち上がる。
「ここ、意外とよく眠れたネ。」
「機械の音って、一定だから眠りやすいのよね」
セリアが伸びをする。
ミーナは既に携帯調理具を広げ、手際よく朝食の準備を始めていた。
「おはよう、みんな。今日のメニューは“スチームブレッド”と“合成卵のスープ”!」
湯気の立つカップから、ほんのり甘い香りが漂う。
金属の町に、まるで人の生活のような温かさが戻った。
創夜はパンをかじりながら、静かに視線を上げる。
遠くの空で、巨大な歯車がゆっくりと回転を始めていた。
「……塔が、また動き出したな」
その言葉に、皆が顔を上げる。
バベルの塔・第二階層――機構の眠りは、今まさに覚醒しようとしていた。
創夜は剣の柄を軽く叩き、目を細めた。
「次は、“目を覚ました機械たち”が、歓迎してくれるといいがな」
その冗談に、仲間たちの笑い声が静かな金属の町に響いた。
こうして、彼らの“二階での最初の朝”が始まった。




