ep17.バベルの塔編 バベルの塔の頂上
雷鳴が止み、天を覆っていた光が静かに収束していく。
粉々に砕けたアイギスの破片が光の粒となり、空に舞い上がる。
やがてそれらは再び形を成し、神々が一人、また一人と姿を現した。
アレス、ヘカテー、モイライ、リッサ――
そしてゼウス。
神々は戦いを終えた創夜たちの前に整列し、その眼差しには怒りではなく、清らかな敬意が宿っていた。
ゼウスが槍を地に突き立て、重々しく言葉を紡ぐ。
「人の子らよ――見事であった。神々の領域に挑み、なお一歩も退かぬその魂……我らは、その勇気を讃える」
光が降り注ぎ、砂漠の神殿が静かに輝き出す。
ゼウスの声が響くたび、空気が震え、空が応える。
「まずは、創夜」
ゼウスが手を掲げると、天空の星々が集い、一振りの剣が形を成した。
それは、剣でありながら、刃の形が常に変化し続けていた。光、炎、影――その形は見るたびに異なって見える。
「これは『夜の剣』。剣であり、剣ではない。お前の心が望む形に自在に変わる。戦場において最も自在な者――それが、お前だ」
創夜は剣を受け取り、笑みを浮かべる。
「……俺にぴったりだな。ありがたく使わせてもらうよ」
次に、アレスがリンの前に進み出る。
その拳には、紅蓮の炎を宿した金色のガントレットが現れていた。
「龍族の娘、リン」
アレスが豪快に笑う。
「お前の拳は戦の象徴そのものだ。この『戦神のガントレット』を授けよう。お前の拳に、思った属性の魔力を宿す。炎でも、氷でも、雷でも――お前が望む力で敵を砕け!」
リンは感無量の表情で拳を握る。
「アレス、ありがとアル! これ、最高アル!」
アレスは笑い、リンの頭を大きな手でぐしゃっと撫でた。
「気に入ったか。ならばもっと鍛えろ。拳こそが、己の誇りだ」
次に現れたのは、月光のように艶やかな微笑を浮かべるヘカテー。
その手に握られていたのは、星と闇の魔力が交錯する一本の杖。
「セリア、あなたの魔法は見事だったわ」
ヘカテーの声は、夜の風のように艶やかで静かだ。
「この『賢者の杖』を授ける。あなたの魔力を幾倍にも高め、属性を自在に操ることができる。魔法を極めた者にこそ、ふさわしい杖よ」
セリアは杖を受け取り、微笑む。
「……ふふ、これで次は、神様にも負けない魔法を撃てるわね」
ヘカテーは唇に笑みを浮かべ、囁いた。
「そうね。けれど、魔法の本質は『破壊』ではなく『創造』――それを忘れないで」
続いて、モイライ――運命を司る三姉妹が静かに一歩前に出る。
その手から、白銀の剣が浮かび上がった。
風を切るように、音が鳴る。
「天の剣士、ミリィ」
三姉妹の声が重なり響く。
「この『音速の剣』を授けよう。お前の身のこなしに応じて、刃は音よりも速く動く。その剣は、お前の舞を完全に追随する――あなたにぴったりな剣よ」
ミリィは目を輝かせ、剣を構える。
「……これ、すごい! 本当に私の動きに合わせてくれる……!」
モイライは静かに微笑む。
「運命はお前の足と共にある。その速さで、未来を切り開け」
最後に、リッサがふわりと姿を現す。
紫の瞳、妖艶な微笑。
その手には、薄い黒革の本があった――まるで上質な秘書が持つ帳面のように。
「ミーナ、あなた……面白い子ね」
リッサが唇を舐め、黒い本を差し出す。
「この『悪魔の秘録書』を授けるわ。封じられた術や禁呪が記されている。あなたがその好奇心でページを開くたび、新たな力が目を覚ます。……あなたに似合うわ」
ミーナは頬を赤らめ、受け取った。
「わ、私に……似合う? ……ふふっ、なんか嬉しい!」
リッサは妖艶に笑い、くるりと背を向けた。
「使い方を間違えないようにね。あなたがそれを操るのか、それに飲まれるのか――それもまた、愉しみだから」
神々がそれぞれの贈り物を授け終えると、
光の粒が再び舞い上がり、エジスが一歩前に進んだ。
「僕の出番、最後だね」
砕けたアイギスの破片が宙に浮かび、彼の掌の中で再構成されていく。
瞬く間に黄金の盾が復活し、眩い光を放った。
その光が広がり、創夜たちの傷を癒していく。
焦げた服、裂けた皮膚、疲労――すべてが黄金の光に包まれて消えていった。
セリアが驚きの声を上げる。
「……身体が、軽い!」
リンがガントレットを構えて笑う。
「まるで休んだみたいアル!」
エジスは微笑んで言った。
「もう一度、みんなで進んでほしい。次の階層――『光の神アポロン』が、待ってる。あっ、それと、フィーリア、君にも既に渡してあるから、時が来たら君もそれを使って……」
ゼウスが天を指さす。
「太陽の光が導く先に、『上層の天板』がある。お前たちの旅路は、まだ終わらぬ。だが――我らはもう、お前たちを敵とは思わぬ」
その言葉と同時に、天井が開いた。
まばゆい金色の光が差し込み、上空に浮かぶ巨大な円盤が現れる。
創夜が剣を肩に担ぎ、仲間たちを見回した。
「じゃあ――行くか。次は『太陽神』だってさ。派手な奴が出そうだな」
リンが拳を突き上げる。
「やってやるアル!」
セリアが杖を掲げる。
「今度は私の番ね」
ミリィが剣をくるりと回す。
「もう負けない!」
ミーナが黒い本を胸に抱き、にっこりと笑う。
「ふふ、どんな神様かな~楽しみ!」
フィーリアが皆に続く。
「本当に、この子達といると初体験ばっかりだわ」
エジスが静かに呟く。
「……みんな、気をつけてね。……運……の……龍達よ……」
光の天板が輝きを増し、創夜たちはその上に立つ。
身体がふわりと浮かび、天へと昇っていく。
神々の声が、最後に響いた。
「――ふははははっ試練はこれで最後だ。人の子よ、安心せよ次は試練ではない。有意義に過ごすがよい」
そして、彼らの姿は金色の光に包まれ、
『アポロンの神殿』へと導かれていった。
黄金の光が満ちる空間。
そこは『神の領域』――バベルの塔の最上層。
炎でもなく、光でもなく、まるで太陽そのものが近くにあるかのような熱と輝きに包まれていた。
眩しさに目を細めながら、創夜は仲間たちの前に出る。
「……全員、俺の後ろに入れ。太陽に焼かれるぞ」
――シールド
漆黒の光が展開し、仲間たちを包み込む。
外では砂が焼け、岩が溶ける。
まさに太陽の下に立つというより、『神の目の前にいる』と呼ぶべき光景だった。
やがて、輝きの中心から声が降り注ぐ。
「……龍の気配、しかし穏やかな闇の調べ。
お前が――創夜か」
声とともに、光が形を成した。
黄金の髪がゆらめき、白衣をまとう青年が現れる。
その姿は、戦神たちとは違い、清浄そのもの。
彼こそ――太陽神アポロン。
アポロンは微笑み、手を軽く掲げた。
すると、その瞬間、灼熱が和らぎ、空間の温度が落ち着いていく。
「安心せよ。ここは試練の場ではない。我は戦いを好まぬ。そなたたちに報酬を与えよう」
創夜は眉をひそめ、剣を構えたままアポロンを見据える。
「報酬?……神が人間に何を与える」
アポロンは少し目を細めた。
「ふむ……用心深いな。だが、それも当然だ。これまで戦ってきた神々は、お前を『試す者たち』だったのだろう。だが、我は違う。我は『照らす者』――闇を責めることも、争うこともせぬ」
創夜はなおも構えを崩さない。
「……言葉だけで信用はできない。俺には『お前を凍らせる』ための準備もある。一瞬で、な」
その言葉にアポロンは小さく笑みをこぼした。
「面白い。我を凍らせると?太陽を閉じ込めようとするか」
黄金の光が少しだけ強くなる――が、彼は決して怒らなかった。
むしろその笑みには、寛容な父のような温かさが宿っている。
「だが、よい。警戒を解かぬのは、『生きてきた証』だ。お前がそうやって戦い抜いてきたのならば、我はその魂を尊ぶ」
創夜の剣先が、わずかに下がる。
仲間たちも息をつめ、ただその会話を見守っていた。
アポロンはゆっくりと手を掲げ、天空を指す。
「バベルの塔の頂――それこそが『神々の領域』。
そして、この神殿は、その門にあたる場所。
お前たちはすでに、すべての試練を超えた」
彼の声は柔らかく響く。
「望みを言え。創夜。報酬として、そなたが最も望むものを授けよう」
創夜はしばらく黙っていたが、やがて静かに答えた。
「……この世界に飛ばされる前、俺には『仲間たち』がいた。空を渡る船で旅をしていた。けど、海を飛んでいたら――気づけば別の次元に引きずり込まれ、この島にたどり着いた。……俺は、元の世界に戻りたい。帰りたいとは言い難いがあそこは皆と出会った場所だからな。こんな変なところにいつまでもいさせられたら困る」
アポロンの表情が、穏やかに変わる。
その瞳に、太陽とは違う『温もり』が宿った。
「なるほど。次元を越えて漂流したか。ならば――我が光で、その道を照らしてやろう」
彼は振り返り、神殿の奥を見やった。
すると、そこに黄金の飛空艇が浮かび上がる。
創夜たちが乗ってきた『あの船』――だが、今はまるで新しい命を得たように輝いていた。
「この飛空艇を、別次元へ渡れるように改造してやろう。次元の壁を越え、望む世界へと導く『旅の舟』へとな」
創夜が驚き、少し笑う。
「……そんなことができるのか?」
アポロンは優雅に微笑んだ。
「我が名はアポロン――『光』と『調和』を司る神。不可能を和らげ、道を繋ぐのが我の務めだ」
彼の指先が軽く光る。
瞬間、創夜たちはまばゆい閃光に包まれた。
ミーナが目を細める。
「ま、まぶしい!」
セリアが腕で顔を覆う。
「これは……転送魔法?」
アポロンの声が遠くで響く。
「行くがよい。お前たちは、試練を超え、『自らの道』を見つけた。神々の地に留まるよりも――自分の世界で、光を灯せ」
創夜は振り返りざま、笑みを浮かべて言った。
「――アポロン。ここまでの戦いで、俺たちは十分成長できた。あんたの言葉、覚えておくよ。ありがとう」
アポロンは微かに目を細め、最後に静かに呟いた。
「人の子よ――太陽は、夜を恐れぬ。闇があるからこそ、光は輝くのだ。その剣が夜を裂くとき、我はまた天から見届けよう」
そして、金色の羽音が響いた。
創夜たちは一瞬で飛空艇の甲板へと転移する。
船体が白金に輝き、中心の魔導炉が太陽のように輝きを放った。
セリアが目を丸くする。
「……これ、次元航行装置!?」
ミーナがはしゃぎながら窓の外を見た。
「空間が揺れてるよ!きらきらしてる!」
リンが拳を掲げた。
「帰るアル!みんなで!」
ミリィが微笑む。
「うん……この光、あったかい」
フィーリアも驚く、
「この技術一体どんな科学なのかしら、後で解析させてもらうわ」
創夜は舵輪に手をかけ、深く息を吐いた。
「行くぞ……俺たちの世界へ」
飛空艇の外装が光の波に包まれ、
空間が裂ける。
次元の海が開き、
『彼らの帰るべき場所』へ――。
太陽の神殿の上空で、アポロンが静かに手を振った。
「さらば、旅人たちよ。お前たちの魂が、新しい朝を迎えることを願っている――」
眩い閃光が天を貫き、
創夜たちの船は、別次元の蒼穹へと消えていった。




