ep16.バベルの塔編 六層 神々との決闘ゼウス(Zeus) vs 創夜
砂漠を抜けた先――
そこは、果てしなく続く白の神殿。
天井を覆うのは雲ひとつない蒼天、だが空気には雷鳴が潜んでいた。
創夜たちの前に立つのは、黄金の鎧に包まれた巨躯。
背中から光の翼を広げ、右手には天を裂く槍――雷霆を握る。
「来たか、人の子よ」
雷鳴が言葉になる。
ゼウスが一歩踏み出すたびに、天が揺れ、空が鳴る。
フィーリアが声をかける
「創夜全力でいきなよ!」
創夜は肩を回しながら、軽い調子で笑った。
「思ったより早く出てきてくれて助かったよ。神のくせに待たせるの好きそうだったからな」
「フハハ……口の減らぬ者だな。
だがよい――『遊び』ができそうだ」
ゼウスが掲げた雷霆が、瞬く間に天を裂いた。
轟音と共に、天空から無数の雷柱が降り注ぐ。
創夜は軽く剣を構えた。
その刃に七色の光が宿る。炎、水、風、土、雷、氷、闇――七属性の七つの剣が浮かび、創夜の背後で螺旋状に回転を始めた。
神殿の床が光の反射で虹に染まる。
「ほう……『七の調律』か。人間がその域に達するとは」
ゼウスの声が雷鳴に溶ける。
「これはな、『遊び道具』だ。お前がどこまで本気か――試させてもらう」
創夜が地を蹴る。
空気が裂け、七つの剣が同時に舞う。
炎の剣が斬り裂き、氷の刃がその余波を凍らせ、雷の剣が貫く。
それぞれが別の軌道を描きながら、まるで一人の剣士が七方向から攻撃しているような錯覚を生む。
ゼウスは雷霆を構え、豪雷を纏った盾でそれを弾く。
「ぬぅんっ!」
光と光がぶつかり、神殿の壁が一瞬で吹き飛ぶ。
創夜の剣が天井を砕き、ゼウスの雷が地を裂く。
セリアが息をのむ。
「なんて魔力密度……! 一撃で国が吹き飛ぶレベルよ!」
リンが目を細める。
「創夜……遊んでる顔してるアルネ」
ゼウスが雷霆を横薙ぎに振るう。
瞬間、雷鳴が弾け、光速の閃光が創夜を飲み込んだ。
だが、そこには誰もいない。
「……!?」
ゼウスが目を見開く。
次の瞬間、背後から風の剣が閃いた。
「風の流れを読むのは得意でね」
創夜が軽口を叩きながら、ゼウスの背中へ刃を滑らせる。
ゼウスは咄嗟に雷の壁を展開。
しかしその壁を貫くように、創夜の氷剣が穿つ。
「二重属性融合――《氷雷閃》!」
雷が氷に閉じ込められ、爆裂音が静寂の中に吸い込まれる。
ゼウスの黄金の鎧に亀裂が走った。
「ほう……我の鎧を傷つけたか」
ゼウスが笑う。
「ならば、我も遊ばせてもらおう」
ゼウスが雷霆を掲げた。
その瞬間、空が裂け、雲の奥から無数の雷光が滝のように降り注ぐ。
「神雷招来・オリュンポス・ジャッジメント!」
白光が世界を覆い、視界が真っ白に染まる。
創夜の身体が光の奔流に包まれ、神殿ごと吹き飛ばされた。
砂煙の中、ミリィが叫ぶ。
「創夜――!」
リンが睨みつける。
「まだ終わってないアル!」
砂の向こうで、光が弾けた。
「……おいおい。眩しすぎて、髪焦げるだろ」
紫電の残滓の中から、創夜がゆっくりと歩み出る。
その手には七属性が融合した一本の剣。
刃の中心には、夜空の星が浮かんでいた。
「究極融合・星界創刃」
創夜の剣が鳴動する。
七属性が融合し、光と闇が螺旋を描く。
「お前の雷は確かに速い。でも――世界そのものを速く動かせば、意味ないだろ?」
創夜が片目を閉じる。
「時間加速・クロノシフト」
世界の流れが変わった。
ゼウスの雷が止まり、空の雲が静止し、雷鳴が遅れて聞こえる。
その静寂の中――
創夜の剣が音もなく振り抜かれた。
斬撃が遅れて炸裂し、神殿の柱が一瞬で崩れ落ちる。
ゼウスが雷霆を地面に突き立て、光を迸らせて受け止める。
「フハハ……まさか、時間を操るとは!」
創夜は笑い返す。
「悪いな。これでも少し遊んでるだけなんだ」
両者の力が拮抗したまま、砂嵐が巻き上がる。
雷鳴と魔力の嵐が、世界の中心でぶつかり合っていた。
ゼウスが口元に笑みを浮かべる。
「――面白い。ここまで心が躍ったのは、久しい」
創夜も同じように笑った。
「おいおい。こっちはまだ、ウォーミングアップだぜ?」
雷霆が再び唸り、創夜の剣が七色に輝く。
天が裂け、二つの光がぶつかる――
神と人、雷と星。
その瞬間、世界が再び光に包まれた。
天が裂けた。
雷鳴が音を越え、光が音を飲み込む。
ゼウスの身体を、黄金の神気が包み込む。
鎧は砕け、その下から『光そのもの』のような肉体が現れた。
背には無限に分岐する雷の翼。
右手には世界を支配する槍、左手には神々の加護そのもの――《盾アイギス》。
「見せよう、人の子よ。これが――我、全能神ゼウスの真なる姿!」
その声だけで、空間が波打ち、大地が反転する。
雷が縦横無尽に走り、空間そのものが神の威圧で震えた。
創夜は剣を静かに鞘へと納めた。
「……いいね。こういうバトル、久しぶりだ」
風が止まり、砂が宙で静止した。
創夜の黒髪がゆっくりと舞い上がり、彼の瞳に『無』の輝きが宿る。
雷鳴が天を裂き、大地が光で埋め尽くされる。
ゼウスの全能形態――その力は、まさに『創世』そのもの。
だが創夜の周囲だけは、静寂が支配していた。
風が止まり、砂の一粒すら動かない。
それは『無我』。
彼の意識が個を離れ、自然と同化した瞬間だった。
ゼウスの瞳が細められる。
「……動かぬ、だと?」
次の瞬間、雷霆が閃いた。
雷光が稲妻の竜となり、創夜を貫かんと唸りを上げる。
轟音。
光。
そして――空振り。
創夜はそこにいた。
動かぬまま、風の流れと雷のリズムに完全に溶け込み、『避けていないのに当たらない』という矛盾の中に存在していた。
ゼウスが驚愕に眉を寄せる。
「……貴様、時を止めたのか?」
創夜は微笑むだけで答えた。
「止めちゃいない。俺が――ただ、『動かないだけ』だ」
再び雷霆が振るわれる。
天地を裂く光が十度、二十度と閃く。
しかし、すべてが創夜を掠めることなく空を切る。
リンが息を呑む。
「……まるで、雷が避けてるみたいアル」
フィーリアが震える声で呟く。
「違う……創夜が『世界と同調』してる。雷も、空気も、時間すら敵じゃない……」
ゼウスが一歩踏み出す。
その圧力だけで神殿の柱が粉砕された。
「ならば、盾で潰すのみ!」
アイギスが唸り、雷鳴を纏って創夜に迫る。
創夜はわずかに身体を傾け、掌を添える。
――ドン。
地響き。
黄金の盾が一瞬だけ軋んだ。
「……ほう」
ゼウスの目が見開かれる。『叩かれた』――神盾が人の拳で。
創夜は静かに息を吐く。
「……重いな。けど、割れないとは言ってないだろ」
次の瞬間、創夜が再び消える。
砂の粒子が遅れて舞い上がる。
風が鳴る。
雷鳴が遅れて響く。
そして――ガンッ!!
二撃目。
盾の表面に亀裂がひと筋走った。
ゼウスの肩が僅かに沈む。
「人間の拳ごときが、我が盾に……!」
「神の盾も、叩けば音が鳴るんだな」
三撃目。
四撃目。
五撃目――
一撃ごとに光が散り、雷の膜が削られていく。
ゼウスの表情に、初めて焦りが浮かんだ。
「馬鹿な……我が加護を、力ずくで穿つなど……!」
創夜は微笑みながら言う。
「力じゃない。無だ。お前が世界の理なら――俺は無。全ての狭間に潜る存在さ」
ゼウスの目が光る。
「ならば、無ごと破壊する!」
神気が爆発。
天から降る雷が一本に収束し、アイギスへと注がれる。黄金の盾が、太陽のごとき光を放った。
「神盾終焉形態・ディバイン・バースト!」
全能の衝撃波が創夜を飲み込む。
砂漠が消え、地が溶ける。
神殿が吹き飛び、仲間たちはただ見守るしかなかった。
――だが。
轟音が収まった後、
光の中心で立っている影が一つ。
「……まだ終わってない」
創夜の声が、静かに空を切った。
衣は破れ、肩には焦げ跡。
だがその瞳は澄み渡る蒼。
「三度目の衝撃……だいぶ硬いな、神様の盾」
創夜が拳を握る。
空気が震える。
天地が押し潰されるほどの圧が拳に集う。
「じゃあ……これでどうだ」
一歩。
踏み込む。
音が消える。
掌が盾に触れた瞬間、
全ての色が消えた。
白。
そして、破裂音。アイギスが粉々に砕け、ゼウスが後方へ吹き飛ぶ。胸甲が割れ、黄金の血が滲む。それでもゼウスは笑った。
「……フフ……やはり、貴様は人の子ではないな」
創夜は息を吐き、拳を下ろす。
「いや、人間さ。ただ――少し、面倒なだけだ」
ゼウスが笑う。
「龍族の娘も、そして貴様も……『神を楽しませる』術を知っている。実に――見事だ。お前の勝ちだ」
創夜がニッと笑い、背を向ける。
「お褒めにあずかり光栄だ。でもな……これが人間の本気だ」
ゼウスの瞳に、確かな敬意の光が宿った。
フィーリアは戻ってきた創夜とハイタッチした。
「あなた、まだなにか隠してるでしょ」
「何のことかな」
「ほんと、面倒な性格してるわ」




