ep9.悪魔の女の子ミーナ
灰街ギルドの掲示板には、いつも以上にぎっしりと依頼が貼られていた。創夜は少し眉をひそめ、厚い依頼書の束をめくる。
「……最近、魔物も異常だけど、人間の依頼も面倒なものが増えたな」
リンが肩越しにのぞき込み、にやりと笑う。
「また創夜が渋ってる。今回はどんな依頼なの?」
「悪魔の討伐……だってさ」
セリアはくすりと笑い、杖を軽く回した。
「悪魔ね……ふふ、面白くなりそう♡」
創夜はため息をつく。
「いや、面白いって言える余裕、今の俺にはないんだけど……」
それでも三人は依頼を受け、郊外の村へ向かった。村に入ると、辺りは戦火の残り香と煙で包まれていた。兵士たちの足跡が地面を踏み固め、倒れた家屋の間を黒い影が横切っていく。
「……ちょっと待って。あれは?」
リンが指さした先には、小さな影が必死に逃げていた。赤い瞳、ツインテールの髪、そして微かに見える小さなしっぽ――それはどう見ても、人間の子供には見えない。
「悪魔……か」
セリアの声には、興味と軽い警戒が混ざっている。創夜はその背後で、兵士たちが何かを追っているのに気づいた。
「危ない……!」
創夜は剣を抜き、リンとセリアに目配せする。三人は声もなく、兵士たちの前に立ちはだかった。
「なにをしている!」
リンが前に出て、拳を構える。兵士たちは瞬間、動きを止め、警戒の視線を向けた。
「……なんだ、この小娘は?」
兵士の一人が叫ぶ。ツインテールの悪魔の女の子は、恐怖に震えながら後ずさる。小さなしっぽがふるふると揺れる。
「……安心して、もう大丈夫だ」
セリアが前に進み、軽く杖を振る。魔力の光が兵士たちを押し戻す。
「なんで……魔術師ごときが……」
「小娘だからって、甘く見すぎだな」
創夜は冷静に剣を構え、攻撃の隙を見逃さない。リンも前衛として兵士たちに切り込む。二人の連携は、まるで自然と呼吸が合ったかのようだった。
戦いは一瞬で終わった。兵士たちは撤退し、村の残骸に静寂が戻る。
女の子は震えながら創夜たちに駆け寄った。
「……助けてくれたんですか……?」
赤い瞳が涙で潤む。小さな手が無意識にしっぽを覆うようにして、警戒心と恥ずかしさが混ざった仕草を見せた。
「悪魔……だよな?でも……かわいいから、まあいいか、敵対する様子もないし、襲われていたのはどうみてもこの子だ。」
リンが小さく笑う。セリアもくすくすと笑いながら、杖を傾けてその子を見た。
「ふふ、あたしに似た小悪魔ね。名前は?」
女の子は少し戸惑った後、小さく答えた。
「ミーナ……です」
創夜は軽く頷いた。
「ミーナか……俺たちと一緒に来るか?」
ミーナの瞳が一瞬輝き、しっぽが少し揺れる。
「……はい、お願いします!」
三人はミーナを仲間として迎え入れることに決めた。悪魔であるが、あまりに小さく、無防備で、そしてどこか守りたくなる可愛らしさがあったからだ。また、ミーナから両親が兵士たちに殺され逃げていた所だったことを知る。
村の外れにある森を抜け、彼らは一息つく。ミーナはまだ少し怖がっていたが、リンとセリアが軽く肩を叩いて笑顔を向けると、少しずつ落ち着きを取り戻した。
「ふふ、これでまた賑やかになるわね」
セリアが言い、杖を軽く振る。魔力の小さな光が森の中で揺れる。
「……これからも、よろしくお願いします」
ミーナは小さく頭を下げる。その仕草には、まだ幼さとけなげさが残っていた。
「俺たちがついてる。安心しろ」
創夜は優しく声をかける。ミーナの肩に小さく手を置くと、赤い瞳が少し緩む。
森を抜けた先には、夕焼けに染まる町が広がる。新しい冒険者たちは、こうして少しずつ、互いを信頼し合う仲間になっていったのだった。
創夜がミーナのしっぽをじっと見て呟く。
「しかし、どうみても悪魔だよな。」
セリアが笑いをこらえながらツインテールのしっぽを指で触れる。
「かわいいから許す、って感じね」
セリアが楽しげに言うと、ミーナも少し照れた笑顔を見せた。
日が沈む町の空に、仲間たちの影が長く伸びる。
悪魔――でも可愛いミーナを加え、創夜たちの新しい冒険が静かに始まろうとしていた。
灰街ギルドでの報告を終えた後、創夜、リン、セリア、そして新たに仲間となったミーナは、情報を集め、ついに仇の居場所を突き止めた。悪魔として扱われていたミーナの両親を殺したのは、王国とつながる裏社会の闇の親玉だった。
兵士の一人を脅したら場所を簡単に吐いた。
「……ここが、やつの隠れ家か」
創夜は低くつぶやき、剣を握り締める。
「待ってたよ、ミーナ。さぁ、仕返しの時間だ」
リンが拳を握り、地面を軽く踏み鳴らす。
「ふふ、ようやく……」
ミーナの赤い瞳がぎらりと光る。ツインテールが揺れ、微かに見えるしっぽが威嚇のように動いた。
「――お前たち、ここまで来るとはな」
隠れ家の奥から、黒い鎧に身を包んだ親玉が現れた。周囲には手下の兵士が取り囲む。
「この娘!やっぱり悪魔か以前逃がしたやつか……覚悟しろ!」
親玉の声には嘲笑が混ざっていた。
「覚悟、ですって?」
ミーナが静かに立つ。手をかざすと、赤黒いオーラが周囲に波紋のように広がる。
「……うん、私の手で全部終わらせる」
戦闘が始まると同時に、リンが前に飛び出した。
「連続拳!――ドラゴンブレイク!」
高速で拳とキックを連打するリンの動きは、まるで嵐のように親玉の手下を翻弄した。壁にぶつかる兵士が倒れ、残る敵は慌てふためく。
セリアは後方から詠唱を始める。
「フロスト・バリア……そしてアイス・ブレイズ!」
氷の刃が飛び交い、敵の足場を凍らせる。攻撃の軌道は計算され尽くし、どの兵士も動きを封じられた。
創夜は地面に手をつき、重力魔法を発動する。
「グラビティ・クラッシュ――!」
周囲の兵士たちは重力の渦に吸い寄せられ、宙に浮いたまま無力化される。
しかし、主役はミーナだ。彼女は剣「アルティメットブレード」を握り、赤黒いオーラに包まれる。
「――ダークインフェルノ・ストライク!」
高速移動スキルを駆使し、瞬間的に親玉の周囲を飛び回る。瞬間移動のような動きではあるが、微妙な速度変化と軌道操作で読まれることはない。まるで悪魔そのものが地面と空間を蹂躙するように、斬撃と衝撃波が炸裂する。
「く……何だ、この速度……!?」
親玉が苦悶の声をあげる。剣の一振りごとに、地面には赤黒い炎の痕が残る。
「次は……影縫い連撃!」
ミーナの技は複数連続攻撃の連携で、どの隙も与えない。小さな体から繰り出される無数の斬撃は、まるで空間を裂くほどの威力を伴っていた。
「うおおおお!」
リンもキックの連撃で援護し、兵士たちは完全に翻弄される。
セリアは氷と雷を組み合わせ、追撃の網を張る。創夜も重力の調整で、親玉を空中で拘束し、逃げ場を奪った。
親玉は必死に反撃するも、ミーナの悪魔的な速度と技の多彩さにはかなわない。
「……終わりだ」
ミーナがアルティメットブレードを天にかざす。赤黒い炎が剣から噴き出し、親玉を包み込む。
「ダークレギオン・インフェルノ……!」
爆発的な斬撃が親玉を打ち砕き、周囲の空間が一瞬赤黒く染まった。
気がつくと、親玉は地面に倒れ、手下の兵士たちも無力化されていた。ミーナは息を整えながら剣を下ろし、赤い瞳を曇らせずに前を見つめた。
「……これで、両親のかたき討ちは終わり……」
リンが笑みを浮かべ、手を差し伸べる。
「すごい……さすが悪魔、いや、すごすぎる」
セリアも微笑み、杖を軽く回した。
「ふふ、今日の主役は間違いなくミーナね♡」
創夜は静かに頷き、仲間の肩に手を置いた。
「……これで一区切りだな。だが、油断は禁物だ」
ミーナは小さく笑みを浮かべ、しっぽを揺らす。
「……はい。でも、私は……これからも、皆と一緒に戦います」
灰街ギルドに帰る道すがら、夕陽に染まる街並みを背景に、仲間たちは静かに互いの背中を見つめ合った。悪魔の少女――ミーナの悪魔的な力と覚悟は、確かに新しい仲間としての価値を示していた。
あとがき:
キャラクターイメージ:ミーナ
小さな影が必死に逃げていた。その姿は、一見すれば少女だが、微かに見える小さなしっぽと、はっきりと捉えられる赤い瞳が、それが人間ではないことを告げていた。
銀色の髪は、肩のあたりで二つに結ばれたツインテールとなり、その先はふわりと丸くカールしている。白いリボンのブラウスは、幼いながらもきっちりとした印象を与えるが、その下は黒いショートパンツとサスペンダー、そして膝上まで伸びるロングブーツという、少し大人びた服装だ。
ツインテールの悪魔の女の子は、恐怖に震えながら後ずさる。彼女の小さなしっぽは、不安にかられてふるふると揺れていた。しかし、創夜たちが兵士を退けた後、その子は震えながらも彼らに駆け寄った。
間近で見ると、その赤い瞳は涙で潤んでおり、幼い口元は何かを訴えたいように小さく開かれている。小さな手は、無意識のうちにしっぽを覆うような仕草を見せ、警戒心と恥ずかしさが混じり合った、複雑な感情を露わにしていた。問いかけに、ミーナは少し戸惑った後、小さく答える。「ミーナ……です」。その瞬間、彼女の瞳は一瞬輝き、隠していたしっぽが喜びで少し揺れるのだった。まだ少し怖がっていたミーナだが、リンとセリアが優しく肩を叩いて笑顔を向けると、次第にその表情に安堵が広がり、少しずつ落ち着きを取り戻していった。




