表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/18

13 女ソルジャー

 翌朝の目覚めは悪くない目覚めだった。

 簡素なベッドが二台と、壁に打ち付けられた今にも崩れ落ちてしまいそうな棚。バランスの悪い丸テーブル。どうあっても陽を取り入れないよう入念にポジショニングされた窓。そんな宿屋の一室での起床だったが、食堂の硬いテーブルに頭を突っ伏して寝たのと比べればかなり心地良い眠りだった。やっぱり人は横になって寝るよう創られているのだ。


「よう、おはようさん」と隣のベッドで体を起こし、ウィリーは短く刈られた頭を掻きながら言った。

「おはよう」と僕も言った。「なにもウィリーまでここに泊まらなくてもよかったのに。この街のメイン・クエスト終わっているんだから、もう<天陰館>に部屋をとれるだろ?」

「まあそうなんだが……お前と葵嬢はここしか泊まるところがねえんだから、それなら俺もって思ってたな。けど、本当にこの世界はどうなっちまったんだ? また現実世界みてえに眠り込んじまったぜ?」


 僕はウィンドウを開き、インベトリのレザー・チュニックやレザー・ボトムズなどを纏めてタップした。パジャマとして着用していた初期装備のシンプルな服装から、レベル7で装備できる最高の防具へと微かな光を伴い瞬時に切り換わった。


「そうだね。このイリュージョン的な着替えさえなければ、僕も現実世界だと思い込んでしまいそうだ」


 二人で部屋を出て下の階に降りると、同じ境遇の天陰族が何人もカウンターの前に並んでいた。その一番後ろに葵もいた。彼女はやっぱりメイド服のような恰好をしていて、シャンプーの匂いをほのかに香らせていた。金色の長い髪も、まだ乾いたばかりといった瑞々しい艶を残している。


 朝の挨拶を交わし、しばらく列に並んでから会計を済ませて表に出ると、ウィリーはUIの時計を見てからマーケット広場の方向へと歩き出した。


「まだ集合時間まで一時間ほどあるが、立案者として先に行っておくか」


 その言葉に、葵は愕然とした表情で反応した。「えっ……朝ごはんは?」


 立ち止って振り返り、ウィリーは呆れた様子で口を開く。


「昨日の夜にあんだけ食ってただろ……。それに、俺は現実世界でも朝飯はあまり食わねえんだ」

「それはあなたの胃袋事情でしょ? 私まで巻き込まないで」


 貫くような二人の視線が同時に僕に向けられた。やれやれ、僕は蝶番ちょうつがいか何かか。


「じゃ、じゃあ僕たちは急いで食べてくるから、ウィリーは先にマーケット広場に行っててよ」

「そうだな、じゃあそうすっか」とウィリーは言った。「あっ……それであの金だが、本当に集まったメンツの装備やポーション代に使っちまっていいのか?」


 僕は頷いた。昨夜のうちに200,000Zel渡しておいたのだ。それだけあれば、全員が現時点で最高の店売り装備を身に纏えるだろう。レベルが上がって装備の更新時期が訪れれば、各自で揃えられるようになるまではそれも援助するつもりでいる。


「でも、あくまで『足ながおじさん』からだと強調しておいてほしい。じゃないとウィリーが大金を持ってると思われかねないからね」

「ああわかってるよ。不特定多数からそんな目で見られてもいいことなんてねえからな。とくに、こんな風になっちまった世界じゃな」


 葵はもう既にいつもの食堂へと歩き出していた。僕はもう一度ウィリーと目を見合わせて頷き、走って葵を追いかけた。





 僕は朝食を手早く済ませ、まだテーブルの向いでコロッケ定食を幸せそうに食べている葵に目を向けた。それからまだ彼女のステータスやスキルをちゃんと見ていなかったことに気がつき、ウィンドウを開いてフレンドリストの彼女の名をタップした。


 美しい少女の美しい3Dモデルが中央に大きく表示され、僕はおもむろにステータスのチェックを始める。


「んっ……? 《敵対種族特攻:58(+8)》って、何これ?」


 葵は口のなかにあるものを飲み込んでから、この人は何を訊いているのかしら? という感じで口を開く。


「魔陽族への余ダメージアップに、レベル9までのフィジカル・ボーナス+8ぶんをすべて振っているということだけど?」

「いや、それはわかるよ……。そうじゃなくて、君ヒーラーだよね? あまり自由な成長要素に口を挟みたくないけど、普通ヒーラーは回復力やMP、もしくはHPや自然MP回復速度にポイントを注ぎ込むものだよ?」


 葵は何も言わずにまた食事を続けた。ポテトサラダを、まるでハーゲンダッツのようにひと口ずつ味わって食べている。

 僕も彼女のステータスチェックを続けた。スキルと魔法の項目に移ると、また僕は大いなる疑問を抱かざるを得なくなった。


「んっ……? <アクア・ショット:熟練度5>って、何これ?」


 またか、という顔をして葵は口を開く。


「プリースト唯一の攻撃魔法に、レベル9までのスキル・ポイントをすべて振っているということだけど?」

「それはわかってるって……。そうじゃなくて、だから君はヒーラーだよね!? とりあえず<ヒール>にポイントを振るか、それかパッシブスキルの<ヒーリング時の追加効果>に振って、解毒を習得しておこうよ! いや、こういうのは人の好きずきだから、あんまり言いたくないけどね!?」

「あなたって意外とうるさかったのね……。わかったわよ、じゃあ次からはヒーラーらしいポイントの振り方をしていくわ」


 わかってもらえたみたいだ。僕は安心してコーヒーカップを口許で傾けた。熱いコーヒーが喉元を通り過ぎていく。その熱さは、僕に『まさか』と気づかせるのに十分すぎる温度だった。


 僕は再び彼女の3Dモデルを表示させ、今度は武器をチェックした。


 <白樺の杖:敵対種族特攻+1、敵対種族特攻+1、敵対種族特攻+1、敵対種族特攻+1>


 この娘はどれだけ魔陽族をぶち殺したいのだろう? 案の定、武器のエンチャント・スロットにまでヒーラーらしからぬ輝石をフルにぶち込んでいた。





 マーケット広場には既に多くの天陰族の姿があった。ウィリーは昨晩がたがたと揺れる丸テーブルの上で一緒に作成したリストをもとに、手際良くPTメンバーを振り分けていた。


「おお、イタルに嬢ちゃんも来たか。知ってると思うが、イタルがGチームで葵嬢はHチームな」

「うん、了解」と僕は返事をした。そして僕らの考えに賛同してくれた人たちをあらためて眺めまわし、続けて口を開いた。


「これだけの人数がほぼ同じデザインの店売り装備だと、なんだかどこかの制服みたいだ」

「たしかにそうだな」とウィリーは笑って言った。そして羽織る漆黒のマントを遠慮がちになびかせた。「それもあって、このNM産の装備だとかなり目立つな……」

「いいんじゃない? ウィリーが一番レベル高いんだし、教官みたいで」と今度は僕が笑って言った。「本当はここにいる全員に店売りのものよりいい装備をあげたいけど、さすがに僕の倉庫にもそんな数はないからね。ウィリーも葵も変に遠慮しないで、レア装備のぶんみんなの助けになってあげてよ」


 葵は無反応のままウィンドウを操作し、黒いメイド服から<聖女の羽衣>に着替えた。薄いピンク色の衣を身体に巻き付けただけのような格好だが、ヒール効果にプラス補正がつく優れものだ。


 遠くに見える時計塔が八時の鐘を打つと、ウィリーは自然とできた円の中心にすっと立った。


「おおかたPTを組めたと思うが、まだ来てねえのが何人かいる。誰かなんか聞いてる人はいねえか?」


 女ソルジャーが胸の前で組んでいる手を僅かに上げた。昨日ウィリーに意見した女性だった。


「初日は様子見したいってのが九人いるらしいよ。あたしも人伝で聞いたんだけどね。だから計四十一人。ここにいるので全部ってこと」

「そうか……」とウィリーは少し残念そうに言った。「まあ、それならそれで構わねえ。強制はできねえからな。じゃあこのままリスト通りPTを組んで、それで再編成が必要そうならまた考えよう」



 大門から外に出たのは、それから二十分後だった。ウィリーは僕らの意見を参考にうまく四十名を九つのPTに振り分け、自分は今回二組あるレベル1PTの面倒を見ると言って、先に少し離れた狩場の浅瀬まで彼らを率いていった。


「じゃあ、あたしらも行こうか!」と女ソルジャーが言った。そして前に出て振り返り、僕ら全員の顔をざっと見まわした。


「どうやらここはもうあたしらの知っているVRMMOの世界じゃないらしい。HPがゼロになったら消滅しちゃうみたいだ。『消滅? それってもしかして、唯一外の世界に帰れる方法では?』と思う人がいるかもしれない。それなら勝手に実践してみるといい。あたしはそんな賭けはお勧めしないけどね」


 彼女は一度目をつむり、すぐにまた開いた。


「できれば誰も欠けることなくマーケット広場でのランチを楽しみたい。『足ながおじさん』が天陰館の特製弁当を用意してくれているんだってさ。……おっと、長々と喋っても仕方がないね。それじゃあみんな――狩りの時間だよ!」


 女ソルジャーがまるでウィリーの穴を埋めるようにそう宣言すると、ここにいる多くの人が思いおもいに気合のこもった声をあげた。僕もそうぜすにはいられなかった。彼女にもウィリーとは少し違った種類のリーダの素質があるみたいだ。あるいは、もともとそういう立場にいたのかもしれない。


 六つのPTがそれぞれに適した狩り場を目指して散らばっていくと、残った僕と葵と女ソルジャーは誰からともなく視線を交錯させた。


「再編成したGチーム。三人PTで効率はもっとも悪いけど、そのぶん頑張ろう」と僕は言った。


 葵は牽制するような目を女ソルジャーに向けた。「よろしく」


「葵ちゃんだっけ? あんたすごく可愛いね、どうぞよろしく」


 彼女は愛想良く笑って葵に挨拶をすると、さっと顔を僕に振り向けてじっと目を見つめてきた。赤くて長いポニーテルが、いつまでも静止することなくゆらゆらと揺れ動いていた。


「あと、こっちもよろしく――ヴァンクロードさん」


 彼女は不敵な笑みを浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ