12 千石不在
マーケット広場に戻るともう集会は終わっているようで、中央にウィリーと数名の天陰族の姿を残し、辺りは閑散としていた。ウィリーは僕と葵に気がつき、軽く手を振って僕らを呼び寄せ、テーブルの上で束になった用紙を指差した。
「全員とはいかなかったが……まあだいたいの奴が俺たちの考えに賛同して記入してくれたぜ」
僕は用紙の束を手に取り、一枚目にざっと目をやった。名前、レベル、経過日数、クラス、そのクラスを選んだおおまかな理由。それらが記入欄に見合わない大きな文字でありありと記されている。
「これウィリーのか……。『世界一の魔法使いになって、超絶火力魔法でヴォルデモート的悪を滅ぼすため』……これがソーサーラーを選んだ動機?」
ウィリーは柄にもなく恥ずかしがり、用紙を奪って無理やり束の一番下に潜り込ませた。ヴォルデモート? 誰だ?
「って、いま経過日数の欄に『289』って書いてなかった? ウィリーってもうそんなに経ってたの?」
「ああ……まあ俺は初めてからすぐに小引退したからな。で、久々にログインしたらこの騒ぎに巻き込まれたってわけだ。それよりほれ、お前らも早く書けよ」
僕と葵はそれぞれぺらぺらな用紙を持って横長のテーブルに向かい、パイプ椅子に腰を下ろしてペン立てからボールペンを取った。剣と魔法の胸躍るVRMMOのなかにいるというのに、ここだけどこかの役所みたいだ。
「私も記入用紙の作成に参加した身だから今さらだけど」とペンを走らせながら葵は言った。「この、クラスを選んだ理由って項目、本当にいる?」
「その人の特徴がひと口で現れるからね」と僕は言った。「初期クラスから枝分かれしていく二次職、あるいは三次職に至るまで、その選択は本当に重要なものになる。こんな世界になっちゃったし、なおさらね。だから、僕もできるだけ的確なアドバイスをみんなにしてあげたいんだ。火力魔法で悪を討ち滅ぼすためにソーサラーを選んだウィルが、知らず知らずのうちにデバッファーの道に進んじゃったらモチベーションの低下に繋がりかねないだろ?」
ふうん、と葵は最初っからあまり関心がなかったみたいに呟いた。もし僕がいま三匹が斬るの第六シリーズにおける千石不在の華のなさに言及していたとしても、やはり彼女は『ふうん』と口にしていただろう。
「それで……葵はどうしてプリーストを選んだの?」と僕は話が途中で終わったようなふんわりとした空気に探りを入れるみたいに質問した。
葵の持つペンがぴたっと動きを止めた。「……回復したかったから」と彼女は横顔で僕に言った。
「ああ、それって結構よくある動機だよね。博愛的というか、ナイチンゲール的というか、僕にはよくわからない感情だよ。だからこそヒーラーのことは尊敬――」
彼女は僕の目を真っ直ぐ射抜くように見て、ばっさりと僕の話を遮った。
「そんな風に、ヒーラーは誰でも同じみたいに言わないで。私は博愛的な人間でも、ましてや白衣の天使なんかでもない。私がヒールしたいのは一人だけ。その人のためにプリーストを始めたの」
エメラルド・グリーンの瞳はしばらく僕のことを睨みつけるように見て、それからまた記入用紙に視線を移した。太陽が西の一番深いところから、残された僅かな力で僕たちにスポットライトのような陽を浴びせていた。
「そ、そうなんだ……。ごめん、たしかに十把一絡げみたいにヒーラーのことを言っちゃったね。」と僕は言った。「それで、そのヒールしてあげたいって人はこの世界にいるの? 外の世界の知り合いと一緒にプレイする予定だったとか?」
葵は何も言わなかった。僕はだんだんと彼女のことがわかってきた。別に怒っているわけではなく、話したくないときは話さないし、話さないときは話す必要がないときなのだ。
「おいおいイタル、お前ちっとも書いてねえじゃねえか」
いつの間にかウィリーが僕の後ろに立ち、僕の記入用紙を覗き込んだ。
「ああごめん……。すぐに記入するよ」
僕は名前とレベルとクラスを続けざまに書き、スカウトを選んだ理由に『<速足>スキル』と書いた。スカウトはレベル1からこれが使用できるので、倉庫とマーケットを行き来するサブキャラに一番適しているのだ。
「で、経過日数は? そういや葵嬢のも聞いてなかったな」とウィリーは言った。
葵は黙って記入用紙をウィリーに渡し、頬杖をついてペンをくるくると指先で回し始めた。僕はそれを見るともなく見ながら宙に指を走らせてウィンドウを開き、『アチーブメント』をタップして達成項目を確認した。
《始まりの街・ルヴェサイユ到着! 10/01(fri)04:24》
今日が十月一日なので、僕がこのサブキャラを初めてから年をまたいで345日目ということになる。僕はそれを記入し、ウィリーの手のひらに置いた。
「ふむふむ、葵嬢は二週間か、始めたばっかで災難だったな……。で、イタルはっと……345日か、なるほどなるほど……」
彼は鮮やかな二度見をして、もう一度僕の経過日数欄に飛び出そうな眼球を向けた。
*
昼食を抜いた(抜かざるを得なかった)夕食。僕と葵とウィリーはまた昨日と同じ食堂に行き、同じテーブルに着いて食事を口に運んだ。今日はこうしてゆっくり過ごし、明日の朝からいくつかのチームに分かれてレベル上げやメイン・クエストに励むことになっている。僕たちに賛同してくれた、総勢五十名の初期クラスの面々。これを全員余すことなく二次職まで押し上げなければならない。
「にしても、まさかイタルが経過日数的に一番危険な位置にいるとは思ってもみなかったぜ」
ウィリーはそう言い、またハンバーガーを豪快に頬張った。葵は例によって、カニグラタンやらうな重やらフライドチキンやらを黙々と食している(今回は僕が二人にご馳走した)。
「まあ、倉庫係のサブキャラの宿命だよね。こんな世界にならなければレベル1のままで問題ないし。だって消滅したってまた作ればいいだけの話だから」
「けど、余裕でいすぎだろ。あの消えちまった女性を見ただろ? お前あと二十日で二次職にならなきゃ、ああやって消滅しちまうんだぞ? わかってんのか?」
「わかっているよ」と僕は言った。「二十日もあれば十分さ。もっとも、僕が知っているままの世界だったらだけどね」
僕は自分で口にしておきながら、その含みのある言い方にうんざりとした。どうしてヴァンクロードのように軽快に言えないのだろう?
「ってかよ……今思い出したが、お前らあの集会にいなかった天陰族を探しに出掛けたよな? 連れてこなかったが、いなかったのか?」
「ああ、僕が声をかけた二人組の男はいたけど、参加を拒否したんだ。葵が担当したおじいさんと子供はどこにも見当たらなかったよ。街中捜したんだけどね」
「おいおい、じゃあお前ら俺にあんなめんどくさいことを押しつけて、二人で仲良くぶらぶらとデートしてただけかよ」
食事を終えた葵が紙ナプキンで上品に口許を拭い、カップの紅茶をひと口飲んでから口を開いた。
「最初に会ったのが教会だったからそこにまだいると思っていたけれど、もぬけの殻だったわ」
「そうか……」と言ってウィリーはソファーにもたれ、腕を組んだ。「二人で仲良くぶらぶらとデートは否定しないのか……」
「う、うるさいわね。ちゃんと真面目に探していたわよ」
僕は葵の赤くなる顔を見ながら、彼女がただ一人だけヒールをしたい人物のことをふと考えた。その人はこの世界にいて、いつか葵を連れ去ってしまうのだろか? 第六シリーズの千石のように、初回スペシャルだけは三人でいるけれど、それからぱったりと葵は僕の前から消えてしまうのだろうか?
ぽつんと残された僕とウィリー。やっぱり華がなくなるな、と僕は思った。そしてなんだか胸がちくりと痛んだ。あるいは痛んだような気がした。




