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あるのじゃ  作者: のじゃー
18/19

18

 蟻達が掘り返した地下へと続く穴の縁。

 そこで女王蟻の末期の姿を見届け、暫く瞼を伏せて合掌しながら冥福を祈る。

 自分で命を奪っておいて自己欺瞞でしかない事は理解している。

 それでも、きっと蟻達にも来世ーーつまり自分と同じように転生があると信じて幸があらん事をと願う。


「さて、此度の戦いはこれで終わり……じゃよな?」


 その後、祈りを終えて後ろを振り向き、ディアンとルーベンスの二人に質問を投げ掛ける。

 と言っても女王蟻を倒して以降は蟻が沸き出てくる気配がないので、自分の中ではすでに魔物氾濫が終了したと確信している。

 なので、勿論だ、という肯定の声が返ってくることを期待しての質問だったのだがーー


「ナナシちゃんー」


「む?」


 返ってきたのは言葉ではなく、予想外にも突然の体当たりだった。 

 ディアンが胸の辺りに勢いよく飛び込んでくるので、ハッと驚きつつも、その小さく軽い身体を正面から両手で受け止める。


「いきなりどうしたのじーー」


「ありがとー!!」


「……」


 魔物氾濫が終息したか否か。

 わざわざ長たらしく説明を聞かずとも、その嬉しそうなディアンの笑顔から理解できた。


「……そうか、終わったんじゃな」


 ディアンに抱き付かれたまま首だけ回してザッと辺りを見渡したところ、蟻の群れは砦まで後一歩届かずといったところで全て石化している。

 つまり都市軍に死傷者は出ていないと、そう考えていいはず。


 魔法の失敗で洞窟を壊した時は背筋がひやりとしたが、それでも最終的には人的被害を抑える事が出来たのだ。


 ーー無事に乗り切った。


 その事が分かった瞬間肩の荷が下りたのかホッとして、同時に嬉しさが込み上げて自然と頬が弛む。

 

「ふふっ、ディアンよ! わしによーく掴まるのじゃ!」


「こう?」


 言われるまま首に腕を回してギュッと抱きついてくるディアン。

 自分もディアンの背中に腕を回して、しっかり抱きしめる。

 そのまま飛行魔法で空中をくるくると回って二人で一緒に喜びを分かち合う。


「それー、くるくるじゃー!」


「わー」


 暫く魔法で飛び回って遊んで、やがてディアンと共にぐったりと地面の上でうずくまる。


「うぅ、酔ってしもうた……」


「そうだねー……」


 そうしてジャレあっていると、ふとアルテがだらしない笑みを浮かべているのに気付いた。


『おぬし、なにを笑っとる?』


『だってだって! あなたってば大胆すぎるよっ!』


 口さえ閉じていれば、美しく可憐だと表現できる容姿端麗なアルテ。

 その顔がにんまりと欲望にまみれた笑顔のせいで台無しになっていた。

 多分というか、確実に変な事を考えている時の表情をしている。

 嫌な予感がしたので身構える。


『……大胆とは?』


 意味がわからず聞き返すと、アルテは着ている服の太腿辺りを指で差した後、むふふと笑いながら此方に意味深な目を向けてきた。


『尻尾で服が捲れて、見えそうで見えない際どさときたら……もう最高過ぎるよっ!』


『見えそうで……?』


 アルテの視線の先を辿ると、白くて細っこい生脚が見えていた。


『ほらほら、油断してると奥まで見えちゃうよっ!』


『っ……!!』 


 アルテの言いたい事を理解した瞬間、慌てて服の裾を両手で押さえる。

 それでも大きな尻尾が背中に生えた分、着ている服の面積が足りずに太腿の付根辺り、それもかなり際どい箇所まで見えてしまっている。


『どうしたのかなっ? 今までずっと気にしてなかったのにね?』


『……なるべく気にせんようにしとったのじゃ!』


 もしこれが下着を見られる程度であれば別に構わない。

 しかし、どこぞの密林で目覚めた時の所持品はバスローブ1着だけだった。

 文字通りそれだけ。パンツも何もなかった。何も穿いていなかった。

 つまり、ローブを脱ぎ捨てて、その時と同じバスローブ姿となった今ーー


(うぅ……やはり、のーぱん姿はスースーするのじゃ……)


 ルーベンスに貰った黒ローブは、龍の尻尾をディアンに見せつける時に格好を付けて勢いよく脱ぎ捨てた。

 怯えるディアンを安堵させる事に成功したので、後悔はしていないがーー


「っ……!!」


 風が吹く度に股の間がヒヤリとする。


「どうかしたかナナシ殿?」


「ど、どうもしないのじゃっ!!」


 誰かに見られたらと思うと今度は背筋がゾワリとする。


(ああ……わし、のーぱん姿で何をしとるんじゃ……)


 やたらと下半身が涼しくて、一度意識してしまったら、もうどうしようもなく気になって気になって仕方がない。


(……早くまともな服を手に入れねばならんのぅ)


 もちろん、容姿だけ見れば今の自分は年端も行かぬ幼女そのもの。

 なので下着姿くらいなら見られても何て事はない。

 ただ、その下の無毛地帯まで昨日今日出会ったばかりの人にバッチリ見られるのは、こう、なんとも言えない抵抗がある。

 人としての尊厳というか、そういったものを深く考えずにはいられない。

 

(……い、いや、じゃが、9歳という年齢を考慮すれば堂々としておっても案外問題ないのでは? うむ! その通りじゃ!)


 必死にそう思い込もうとしても、


『げっへっへー、見ちゃうよ見ちゃうよっ!!』


『ひっ!? なな、なにしとるのじゃ!!?』


 アルテが足元に移動して下から見上げてくると、どうしても気恥ずかしくて逃げてしまう。


「ナナシちゃん、どうしたのー?」


「何でも、本当に何でもないのじゃー!」


「?」


 他の人には妖精族のアルテの姿が見えていない。

 なので、周りからすれば一人であたふたしているように映っているはず。

 ディアンもルーベンスも不思議そうに首をかしげているだけで、今の状況はまさしく孤立無援だった。


(うぅ、アルテのやつ後で覚えとれ……!!)


◇ ◇ ◇


 そんな事がありながらも、やがて砦から宝石都市ファレーズに帰る事になった。


「ほー、ようこれだけ集まってくれたものじゃ」


 見送りのため、砦の前に集まったのは大勢の兵士達。

 恐らくは龍人に気分良く去ってもらうためのご機嫌取りの一環なのだろう。

 それが分かっていても一応、警戒は怠らない。

 龍人が危険な存在だからという理由だけで、不意討ちされる可能性だってあるのだから。

 いつでも反応できるよう掌に魔力を集めて魔法の準備に取り掛かる。

 僅かにピリッと緊張した空気。


 そんな中、円卓部屋で見かけた指揮官らしき一人が代表なのか、1歩1歩前に出てきて、やがて目の前で立ち止まり、片膝を突いて頭を垂れた。

 相変わらず龍の尻尾を見て震えている。


 一方で此方はと言うと、急に膝を突いて低い姿勢になられたことで、色々と際どい部分まで見られないかと恐怖で身がすくんでいた。

 大勢の前でのーぱん姿を見られたら……、そんな事を考えるだけで羞恥のあまり身体がブルッと震えてしまう。


「龍人様」


「むゃ!?」


 考え事をしている途中、低い姿勢から見上げられてビクッとなる。


「いや、あの!そんな畏まらんでいいんじゃがなぁ! ほれ、ササッと立ち上がってくれんかの?!」


「しかし……」


 言葉を渋る指揮官。

 とはいえ、立ち上がってくれねば見えたら駄目な部分が見えてしまうじゃろうが! なんて直接的な事は口には出来ない。


「と、とにかくこうして見送ってくれるだけで感無量の極みじゃて。ありがたい、感謝するのじゃ!」


 なので内股になって、服の裾を押さえて脚を隠して、こちらから御礼を述べて、さっさと話が終わってくれと心の中で強く願う。


「そんな、感謝するのは我々の方でーー」


「いやいや、わしらはとっくに戦友じゃ。今さら水臭い。長々とした感謝の言葉は不要じゃ!」


 のーぱんを悟られないよう気を付けながら、にっこりと笑顔を向けて勝手に戦友などと言ってみる。

 馴れ馴れしい気もしたが、まともに会話した事もないのに龍人だからという理由だけで恐縮されるよりは、気軽に接してもらう方が余程ありがたい。

 あと本音を言うと、スースーするので出来れば話が早く終わってくれるともっとありがたい。


「……そ、そんなわけにはまいりません。龍人様の助力があればこそ、此度の魔物氾濫では死傷者が無しという、前例のないものとなりましてーー」


 なんて真面目な話の途中、尻尾の付け根の柔らかい部分を誰かに触られて、


「むゃ!?」


「ひぃぃ!? ごめんなさい! 殺さないで!!」


 思わず飛び上がったところ指揮官が命乞いを始めてしまった。


「いや、違うのじゃ!! なんでもないんじゃよ? 本当じゃよ?!」


 咄嗟に否定の言葉を口にしつつ足元を見やるとアルテがにへっと笑っていたので、キッと睨み付ける。


『アルテ!』


『きゃー!』


 それ以降、ちょっかいを掛けては逃げるアルテを追い掛ける事も出来ずに、そわそわと話を聞くことになる。

 自分でも驚くくらい指揮官の話が頭に入ってこない。


「ーーという事です。我々地下都市軍の一同、龍人様には心より感謝しております」


「むっ?」


 そして気が付けば話が終わっていた。


「……あの、先程から何か余所を見ておられるようですが、何かお気に召さない事でも……?」


「いや……違っ、ええと、なんじゃったか……そう、僥倖じゃった! うむ、そうじゃ! わしとしても地下都市軍の力になれたのは僥倖じゃ! 実に良かったのじゃー!」


「……ありがたいお言葉です」


「あ、うむ……どういたしまして」


 殆んど話を聞いていなかった事に罪悪感を覚えつつ、なんとか乗り切った事にホッと胸を撫で下ろす。

 その後、宝石都市にはもちろん飛行魔法でーーなんて筈もなく、ルーベンスに頼み込んで馬車、もとい角蜥蜴が牽引する竜車に乗せてもらうことになった。

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