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あるのじゃ  作者: のじゃー
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 洞窟を壊した。

 前方では天井が崩れて、洞窟が魔物もろとも土砂に埋もれている。

 それはつまり、ルーベンスの言う地下を循環する魔力の通り道が塞がってしまったということ。


「むう……」


 やっては駄目だ。そう言われていた事をやってしまったのだ。

 後悔しながら後方に目を向けると飛竜が居る。

 そして、その飛竜に騎乗するのは一人の女性。

 真剣な顔で壊れた洞窟を見つめるルーベンスを前にして、こんな時にどうすればいいか。


 洞窟を壊した事を謝るのか?

 それとも魔物を土砂で押し潰して倒した事を喜ぶのか?

 暫し頭を悩ませ、そして結論を出す。


(……よし、決めたのじゃ!!)


 とりあえず、気不味い雰囲気をどうにかするために笑ってみる事にした。

 意を決して、あえて空気を読まずに気さくな感じで声をかける。 


「いやー失敬失敬! わしとしたことが、ついやってしもうたのじゃー! あっはっは!」


「……」


「なーんて……」


「……」


「あはは……何か喋って欲しいのじゃ……」


 失敗だった。完全に失敗だった。

 気不味いなんてものじゃない。

 勢いでなんとかするつもりが、ルーベンスに一切反応がないのだ。

 重い空気が更に重くなった。

 笑顔が引き攣り笑い声も乾いたものになってしまう。

 

「……ナナシ殿、ふざけている場合じゃないぞ」


「あ、うむ。すまぬ……」


「洞窟を壊したことで、敵の本隊が何処から攻めて来るのかが分からなくなってしまった」


「ほんたい?」


 どうやら本当に遊んでいる場合ではないらしい。

 とはいえ、ルーベンスの言葉の意味がよく理解できないので質問を返す。


「敵ならば今ごろ、わしの魔法で全て土砂に押し潰されておるのでは?」

 

 そう言いながら前方の洞窟を指で差す。

 魔法の暴走。意図したものではないとはいえ、数千匹の蟻は全て倒したはず。

 なのにルーベンスは何を言っているのだろうか。

 首を斜めにしながら疑問の目を向けると、ルーベンスは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「あれは尖兵だ。群れの中に大型の蟻が見当たらなかったからな」


「尖兵……」


「つまり、蟻の群れはまだまだ居る。これからが本番だ」


「う、嘘じゃろ……ここはどんな魔境じゃ……」


 見えていた範囲の蟻は魔法で殲滅した。

 その数千匹が単なる尖兵。だとすれば本隊は数万匹? 思わず眩暈がした。

 そんな危険な場所に都市を作るなんて、いったい何を考えているのか。


(それとも、外の世界はもっと危険ということなのかのぅ……?)


 そんな事を考えていて、つい反応が遅れてしまう。

 異変に気が付いたのはルーベンスが叫んだ後だった。


「真下から来たか!!」


「なっ!?」


 上空から地面に目を向ければ、砦の手前辺りに大きな縦穴が開いている。

 そこから這い出てくるのは黒い影。

 無数の黒い塊が蠢いて、ギチギチと囗器を擦り合わせて不快な音を響かせている。

 洞窟を塞がれたことで、蟻が穴を掘って地下から砦まで進んできた。

 そういう事なのだろう。


「……これ、わしのせいかのぅ?」


「否定は出来ない」


「うぅ……」


 本気で洒落にならない事を仕出かしたのだと思って肩を落としていると、ルーベンスが大きくかぶりを振った。


「まあ、ナナシ殿が何もしなくとも、いずれ物量に押されて砦まで到達されていたさ」


「慰めで言っとる……、わけではなさそうじゃな」


 確かに見えている都市側の人数は千人ちょっと。内部で控えている予備兵力なんかを含めても二千人はいないだろう。

 対して蟻は数千が尖兵、下手をすれば本隊は数万、あるいはそれ以上の数がいる。

 恐らく数が違いすぎる。


「洞窟を壊した事は確かに良くなかった。だが、魔道部隊の魔力をほぼ温存した上で尖兵を全て下したんだ。気落ちすることはない」


「しかし……」


「洞窟を塞いだ事を考えてもお釣りが来るということだ。ほら、下を見てくれ」


「した?」


 言われた通りに見ると、砦では魔導部隊とやらが魔法を放っている。

 先ほど目にした類いの統一された魔法ではなく、閃光が蟻を貫き、炎が燃やし、人型の岩が蟻を殴り付け、樹木が近くを通る蟻を絡め取って自由を奪う。

 更には氷や雷のようなものまで飛び交い、実に多種多様な魔法が嵐のように砦周辺に吹き荒れている。

 各々得意とする魔法を放っているという事だろうか。

 これが戦闘中でなければ、心踊る光景に大はしゃぎしていただろう。


「ふわぁ……凄い光景じゃのぉ……」


「ナナシ殿?」


「あ、うむ……」


「ははっ、そんなに目を輝かせて、もしやナナシ殿は魔法が好きなんだな?」


「……」


 魔法が好き。

 確かにそうなのかもしれない。

 大空を飛んだり。火を吹いたり。色んな事が出来る。想像が現実になる夢のような力。

 宝石都市も魔法の力で作られたもの。ディアンだって魔法の力で黒曜石から生まれた存在だ。

 驚くことは多けれど、嫌う要素なんてたったひとつだって見つからない。

 

 それに、もしも転生が魔法の力によるものだとすればーーそのお陰でこうして今、異世界人のルーベンスと話している。

 新しい出会い、未知の世界、そして2度目となる命を与えてくれた魔法。

 そう思えば、魔法には幾ら感謝しても足りない。

 自分にとって魔法とは沢山のものを与えてくれた、言葉では言い表せない、それでいて暖かい何かだと。

 そこまで考えてポツリと呟く。


「わしは、魔法が好き……」


「どうかしたのか?」


「ふふっ、いや何でもないのじゃ!!」

 

 この気持ちを言葉で正確に伝える事は出来ない。

 けれど、もっと魔法のことを知りたい。もっと沢山の魔法を使ってみたい、見てみたい。

 そう思う自分はきっと、本当に魔法が好きなのだろう。

 認めた途端、不思議と楽しくなってきた。

 切羽詰まった今の状況で何を暢気なと自分でも思う。 

 同時に今の自分ならどんな魔法でも出来るような、そんな気がしている。

 気分が高揚して笑っていると、どこからともなくのんびりした声が耳に届いた。

 音源に目を向けると、下から何かが飛行魔法で浮上してくることに気付く。


「ナナシちゃんー」


「おお、ディアンか! 先ほどの魔法凄かったのぅ! こう、バシューンと敵を撃って、パパパッと石化して!」


「うん。バシューン。パパパッ。てなったねー」


「うむ!!」


 ディアンにこの感動が伝わった事が嬉しくて、満足気に大きく頷いて見せる。

 

「わしにもあの魔法使えるかの?」


「えっとね、ナナシちゃんの持ってる属性おしえて?」


「よくわからんが多分、全部じゃ!」


 アルテに目を向けると、笑顔でコクリと頷いた。


「なら大丈夫だよー。手、つないでー」


「こうかのぉ?」


 そして手を繋いだ瞬間、ディアンから何か暖かいものが流れてくる。


「おおー、おおおー!」


「えっとね、魔力をぴかっとして、ぐわーんとして、最後にばしゃーんてするんだよー」


「なるほど分かったのじゃ!!」


 言われた通り、魔力の色をディアンが使っていたように黒くして、次に圧縮して、その後で一気に解放する。

 するとディアンと繋いだ手の周辺に禍禍しい黒色の魔力が溢れ出した。

 触れた瞬間に呪われそうな見た目だが、見た目だけのはず。

 だからルーベンスが顔を引き攣らせて若干遠ざかったのもきっと気のせいのはず。


「さあ、行くのじゃー!」


「おー!」


 ディアンと手を繋いだまま蟻の這い出る穴に向かって飛行する。

 そして上空から、禍禍しい魔力の塊をディアンと一緒に穴に向かって放り投げる。


「「せーの!」」


 ふわふわと揺れる魔力の塊。

 ゆっくりと進んだその黒い塊が蟻の大穴に着弾した瞬間、洞窟の中が黒一色に染まった。

 水に垂らした墨汁のように黒色がサッと広がり、大穴どころか砦まで含めて地下空間の全てが黒くなっている。

 見渡す限り、黒、黒、黒。

 ディアンの館で見た光景の再現のように、見えている世界の全てが黒くなっている。


「なんとも大規模な魔法になったのぅ!」


「そうだねー」


 そして、蟻が動きを止めた。

 次第に物音が無くなり、ーーピシッ、と石が割れるような音が鳴り響いたと思うと、地表に出ていた蟻が次々と石化して崩れ落ちていく。

 大穴から溢れるように沸いていた蟻がピタリとその姿を消したので、地中の蟻も石化して地表の蟻と同様の末路を辿ったはず。

 だとすれば多少呆気ない気もするが、今度こそ魔物氾濫は終わりだろう。

 肩の力を抜いてひと息つく。


「ふう、これで終わったかの……」


「二人とも、まだだ!!」


「まだとな?」


 折角余韻に浸っていたというのに。

 そう思いつつルーベンスの声に反応して咄嗟に辺りを見渡す。


「前方だ!」


 大声が聞こえたと同時に前方の地面が隆起した。

 何か大きな顎のようなものが見えるが、尋常じゃない大きさをしている。


「……なんじゃあれ?」


「まさか女王まで出張ってくるとは、まずいな……」


 焦燥した顔でルーベンスが独り言を呟いているので、ひとまず敵と考えて良さそうだ。

 だとすれば、わざわざ地表に出てくるまで待つ義理もないし、無防備な今のうちに攻撃するべきだと考えて、再度魔法の準備に取り掛かる。


「……よう分からんが、敵ならばもう一度さっきの魔法で」


「待つんだナナシ殿、ヤツにはディアン様の魔法が効かない」


 その言葉でピタリと魔法の発動を止める。

 そして胡乱げな目でルーベンスに確認する。


「……それは石化魔法の事かのぅ?」


「ああ、理屈は分からないが、何故か石化が無効化されるらしいんだ」


「無効化のぅ……ほんに魔法とは、わしの知らんことばっかりじゃ」


 そうしてルーベンスから説明を受けている間もどんどん土が盛り上がりーーやがて体躯50メートルはあろう巨大蟻が姿を現した。

 その巨大蟻が身体を動かす度に地下空間全体がグラグラと揺れている。

 圧倒的な威圧感。これが蟻達の女王。そして魔物の統率者というやつなのだろう。


「ナナシちゃん……」


 ギュッと手を握って、不安そうな声を出すディアン。

 石化魔法が効かないとなると、ディアンは見た目通り幼い子供のような力しかないはず。

 そんな幼い子供が怯える姿を見ていると、胸が締め付けられるように苦しくなってくる。


(暗い顔など見とうないのぅ……幼い子供はいつでも笑顔であって欲しいものじゃ……)


 ここは大人として、なんとかディアンを安心させるよう試みる。


「そのような顔をするでない、ほれほれー」


 まずは手始めとして、以前自分がアルテにされたように、ディアンの頬をプニプニとつついてみる。


「あぅ……ふみゃ……」


 すると、ディアンがくすぐったそうな声を出して指から逃げるように身をよじった。


「むー、ナナシちゃん?」


 そして次に少し怒ったような声を出す。

 すまん、と心の中で謝罪しつつ、ディアンが蟻の女王から此方に注意を向けた瞬間を見計らって黒ローブをバサリと脱ぐ。


「見よ、龍の尻尾じゃ」


「……」


 外気に晒されたのは、バスローブ姿と、そしてつい数時間前に生えたばかりの白い尻尾。

 よくわからない内に生えた謎の尻尾でも、有効活用できそうなら使う事に躊躇いはない。

 尻尾をディアンの目の前に持ってきて、見せ付けるように左右にフリフリと動かす。


「龍人はすごーく強いらしいのぅ?」


「……」


 無言で尻尾を見つめるディアン。


「その龍人のわしが味方なのじゃ。不安に思うことなんて何も無かろう?」


「……うん!!」


 なんとかディアンが微笑んでくれた。これで心置き無く戦えるというものだ。尻尾でディアンの頭をさらりと撫でてから、女王蟻に向かって飛び出す。


「では、ちと行ってくるかの!」


「あっ、ナナシ殿待っーー」


 女王蟻に向かって飛行していると、今まで黙って推移を見守っていたアルテが肩の上に着地した。


『わたしが手伝うことはあるかなっ?』


『いや、大見栄を切ったからにはわし自身でディアンに格好良い姿を見せたいのじゃ。すまんが、ひとりでやらせてくれんかの?』


『あなた……見栄っ張りなんだね?』


『まあ、幼い子供の前ではのぅ』


『あなたの方が年下なのに?』


『……むぅ』


 そんなやり取りを終えて、周りの被害はアルテに任せて自分は魔法に集中する。

 息をスゥっと大きく吸い込んで胸の奥辺りで一度止める。

 思い返せば此度の戦いでは魔法の失敗をしたり、慣れない石化魔法を使ったり、色々と魔法を試してみた。

 それでも戦いの最後にはこれしかないと、キッと鋭い目付きで女王蟻を睨み付ける。


(都市軍もバンバン炎を使っておったんじゃ。今更問題なかろう!)


 そして、貯めた息を魔力とともに一気に吐き出す。

 刹那、


 ーーゴオォォォォ!!!


 と、轟音を響かせながら火炎放射が蟻の女王を包み込んだ。


「ギシァァァア!!?」


 断末魔の叫びが響き渡る。

 じたばたと暴れて、それでも大量の炎が各部に絡み付いて、ひたすら女王蟻がもがき苦しむ姿を目に焼き付ける。


(おぬしに恨みはないが、すまんのぅ……)


 ジッと見つめること暫く。

 やがて灼熱の炎が消え去った跡には、消炭のように黒くなった女王蟻の死体があった。


「けほっ……今度こそ終わりじゃな」


 消し炭が地下空間に吹く風に揺られてボロボロと崩れていく姿を見届けてから踵を返す。


 ーーこうして魔物氾濫は終息した。  


 

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