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あるのじゃ  作者: のじゃー
15/19

15

 ディアンの私室で過ごし始めて数時間が経過した時の事。


「この部屋に居るのは何人じゃ?」


「わたしとナナシちゃんの二人だけだよー?」


 話題が尽きたので、目の前でぷかぷか浮かぶアルテを見ながらディアンに質問してみたところ、返ってきたのは予想通りの答えだった。


 何を言っているの? とでも言いたげなディアンの顔を見るに、やはり妖精アルテの姿は自分以外の誰にも見えていないらしい。


 ならば妖精族について質問してみようと思ったところで、アルテが腰に手を当てて眉を吊り上げながらこちらを指差してきた。


『あなた、乙女の秘密を探ったら駄目なんだよ!』


『むぅ……』


 誰しも触れられたくない事の一つや二つは持っているというが、アルテの前で妖精族について聞くのはご法度らしい。

 嫌がる事を進んでやるのは気が引けるので、この話題は諦めて、地下都市について知り得た情報を整理する。


 ディアンの話に依ると、街のお母さんーーつまり管理者は、元々何処かの流浪の民だったそうだ。

 異世界に於いて非常に珍しい黒髪黒目を持ち、その希少さ故に厄介事に巻き込まれて迷宮に逃げ込んだ。


 そして迷宮内に魔法で一から都市を造り上げて、その後は統治者の代理を立てて、街の運営を任せることで迷宮の最奥に引き籠もり、都市の完成後は約1ヶ月毎にふらりと街に顔を出すくらいだったという。


 ーー半年前に病に侵されて、姿を現さなくなるまでは。


(無事であればいいんじゃが……)


 今では管理者が街に姿を見せなくなって久しいが、万能治療薬(エリクサー)で病が治ればまた沢山会える。

 そう嬉しそうに語ったディアンの話を聞いている内に、おかしな点に気付いた。


「のう、ディアンよ」


「なあに?」


「おぬしが何歳か、もう一度教えてくれんか」


「えっとね、たぶん200歳くらいだよー?」


 数年やそこらで大規模な都市を造り上げるなど到底不可能ではないか? 

 そう思って詳しく聞いてみると、ディアンは地下都市を設立当初から見守っている管理者の配下の一人で、普人族ではないそうだ。

 そして、この都市には2種類の種族がいる。

 ルーベンスのような普人族と、都市の運営を取り仕切るディアンのような核石族。


 胸に視線を向けると、それに気付いたディアンが、


「えっと、また見たいの?」


 と言いながら、おもむろに黒いドレスを捲って下着姿になる。

 そのなだらかな2つの胸の中間地点には、黒く耀く黒曜石ーー核が埋まっている。

 ディアンは核石を中心に、魔力で肉体を形作った魔力生命体、らしい。

 この異世界では、剣が勝手に動いたり盾が喋ったり、とかく無機物が魔力に依って意思を持つことも珍しくないという話だった。


 いくら都市一番の魔法の使い手とはいえ、ディアンのような幼子が誰からも様付けされる事に違和感を覚えていた。

 だが彼女は見た目に反して、この都市の中でも最高齢の人物の内の一人だという。

 ようやく敬われる理由に納得できた。


 閑話休題。


 管理者の手で黒曜石に魔力を与えて造られた黒紫髪の幼い少女は、そのまま英語で黒曜石(obsidian)という名前を持っている。

 前の世界の言語。

 もしかするとディアンの母親の管理者とやらは、元の世界から転移・転生してきた人間なのではないだろうか。


「ディアンよ、《日本語は通じるかの》」


「ふぇ?」


「何でもないのじゃ……」


 魔物氾濫が終われば、どうにか管理者とやらに会って一度話をするべきだろう。

 そもそも、アルテが訪れる都市をここに選んだ本当の理由は、自分を管理者に引き会わせるためではないのか?

 そんな事を考えながらチラッとアルテを横目で観察する。


『どうしたの?』


『……いや』


 聞いても教えてもらえないのだろうなと思い、どうせ実際に会えば直ぐに分かる事だと自分を納得させる。


 その後、暫くディアンと二人仲良くベットに腰掛けて遊んでいると、扉を軽くノックする音が聞こえてきた。

 「だれ?」と問い掛けるディアン。

 すると、聞き覚えのある凛々しい女性の声が扉の向こうから返ってきた。


「ルーベンスです! 報告に参りました!」


 声の主は赤髪赤眼の麗人ルーベンスだった。

 自分とディアンが軍議の途中で抜けてから既に数時間が経過している。

 本来ならばディアンもその場に居なければならなかったはず。

 恐らくルーベンス側はようやく話し合いが終わって、その内容をディアンに伝えに来たのだろう。


「入っていいよー」


 ディアンの声に応じて扉を開けて、ルーベンスが部屋に足を踏み入れる。


「失礼します!」


 凛々しい顔付きで入室したルーベンス。

 その手の中には謎の黒い布があった。

 というのも、まるでその黒い布を壊れ物か何かのように、両手で丁重に扱っているのだ。


 何だろうと思い、不思議そうにジロジロ見ていると、視線に気付いたルーベンスが苦笑しながら黒い布を差し出してくる。


「ふふ、ナナシ閣下、これを受け取ってくれ」


「むぅ?」


 ルーベンスの不意打ちに、思わず間抜けな声が出てしまった。

 閣下? ルーベンスは何を言っているんだ?

 そんな事を思いつつとりあえず黒い布を受け取り、バサッと広げてみると、どうやら単なる布ではない事に気付く。


 それは黒い布の下地に、銀で精巧な龍の紋章が描かれた絢爛豪奢なローブだった。

 

「それは今からナナシ殿のものだ」


「……えと、どうもありがとう?」


 突然マントをくれると言われても、意図が分からずに首をかしげるしかない。


「はははっ、そう困った顔をしないでくれ」


「そんな事を言われてものぅ……」


 試しに布の上で指を滑らせると滑らかな手触りが返ってくる。

 銀の装飾は細部にまで手が込んでおり、どんなに控え目に見ても高価な品としか思えない。


 目利きなど録に出来ないが、少なくとも何の意味もなく気軽にポンと渡すような物でないことくらいは分かる。

 何が狙いなのか訝しんでいると、ルーベンスが説明を始めた。


「事の始まりは……ええと、確か軍議の場にいた者達に、ナナシ殿が都市に訪れてから、魔物氾濫に対して参戦を望むまでの一連の流れを説明したんだ」


「ふむ、それで?」


「説明したのはいいんだが、誰も龍人であるナナシ殿に命令したがらなくてな」


「むう?」


「ここだけの話だが、ナナシ殿にはある程度戦場で自由に動けるように裁量を与えて、後は完全に放置ということで話が纏まった」


 どうやら軍議の場で取り乱して、指揮官の一人を失禁・気絶させた件はまだ尾を引いているようだ。

 要するにこの黒ローブは、龍人とは極力関わりたくないという、軍上層部の意思表示だと解釈できる。

  

「わし、皆から避けられておるのか……」


「あ、ははは……、いや、でも悪いことばかりではないぞ! そのローブを着ていれば、戦場で誰憚る事なく好き勝手に行動出来るから! うん、思う存分暴れていいからな!」


「……」


 ルーベンスの励ましが逆に辛かった。

 というか慰める内容がおかしい。


(うぅ……わしは好き勝手に暴れていいと聞かされて悦ぶような、そんな危険な奴だと思われておったんじゃ……)


 ガックリ肩を落として項垂れていると、ディアンに優しく肩を叩かれた。

 その心遣いが身に染みる。


「ナナシちゃん……」


「ふふ、わしの味方はディアンだけじゃ……」


 弱音を吐くとディアンが抱きついてきた。

 正面から背中に腕を回して抱きしめて、そのままポンポンと優しく背中を叩いてくる。

 どうやら慰めてくれるらしいので、自分もそれに応じてディアンの背中に腕を回す。


「わたしがいるから、大丈夫だよ?」


「うぅ、感謝するのじゃー」


 よくわからないテンションのまま、二人でひしっと抱き合っていると、ディアンがポツリと呟いた。


「こうしてると、わたしたち姉妹みたいだね」


「……ほう、ならば身長の低いディアンが妹役じゃな?」


 冗談めかしてそう口にすると、目と目が合った瞬間、ディアンが楽しそうに笑った。


「会いたかったよー、ナナシお姉ちゃんー!」


「わしも同じ気持ちなのじゃー、愛する妹よー!」


 感動の再開を果たした姉妹のようにガシッと抱擁を交わす。

 そして三文芝居の後で、ディアンとお互いに指を指し合って笑う。


「ぷっ、あはは!」


「ふふっ!」


 こうしてディアンと遊んでいると、不思議と心地良かった。


(どうにも精神が幼児化しておる気がするが……感情の閾値が下がっておるやもしれんのぅ……)


 そんな事を考えながらチラリとルーベンスに目をやると、拳を震わせて悔しそうにしていた。


「くっ、……二人はもうそこまで仲良くなったのか……今なら私も、どさくさ紛れて幼女二人と熱い抱擁を……いや、しかし……」


 一方で、アルテを見ると、やけに楽しそうに満面の笑みを浮かべていた。


『わーわー、幼女と幼女の熱い抱擁だ!!ふへへ、癒されるなぁ!!』


 どちらも幼女に対していったい何の執着があるのだろうか。

 こうして魔物氾濫が始まるまでの残り僅かな時間を平和に過ごした。



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