14
地下都市ファレーズの防砦にて。
魔物氾濫に対する軍議の場で盛大にやらかしてしまった自分は、ディアンに手を引かれて部屋を後にした。
それはもう逃げるようにそそくさと退室した。
(わしが原因とはいえ、これはさすがに空気が重すぎるのじゃ……)
というのも、軍議の場だと云うのにルーベンス以外の円卓の面々は萎縮して、黙って俯いたまま何も話さなくなってしまったのだ。
視線を向けるだけで慌てて目を逸らされる。
自分が消えることで重苦しい雰囲気が少しでも緩和されてくれればと願うばかりだった。
そして現在、ディアンと手を繋いでいる姿を兵士たちに微笑ましそうに見られながら、腕をブンブン振って仲良しこよしな状態で廊下を突き進んでいる。
耳を済ませば辺りをたむろする兵士たちの声が聞こえてきた。
「さっきの揺れは何だったんだろうな……」
「今回の魔物氾濫の規模はやばいらしいぜ。過去最悪だそうだ」
「それじゃ地震が魔物の仕業だってのか?」
「本当かよ……俺、まだ死にたくねえよ……」
一人がそう口にすると、皆一様に怯えた顔になっていく。
中には青褪めて震えている者までいる。
この雰囲気の中で、砦を揺らしたのは自分です、などと言えるわけもない。
(うぅ……すまぬ、無闇に不安を煽って本当にすまんかったのじゃ……)
心の中で何度も何度も謝罪しながら砦の内部を練り歩き、やがて案内されたのは砦の上階にある小さな部屋だった。
備えてある家具はベッドと椅子と机と棚が各一つずつ。
「一緒に座ろー」
座る場所がないので、ディアンと二人隣り合わせで柔らかいベッドに腰掛けた。
「ここ、わたしの部屋なんだよー」
「個室か……」
最低限の内装とはいえ、前線の砦で単なる一兵卒が個室を用意される事はまず有り得ない。
となると、やはりディアンの事を重要視しているのだろう。
幼い顔付きや、華奢な手足。
ふりふりのドレスで着飾った姿は、見目麗しいお嬢様にしか見えない。
とてもじゃないが魔物と戦えるとは思えない容姿だが、魔法が使えるので戦力として宛にされているらしい。
ふと、疑問が口を衝いた。
「ディアンは何故戦うのじゃ。まさかとは思うが、誰かに強制されておらんか?」
大人に利用されているのではないか?
そう思って問い掛けると、ディアンは首を軽く左右に降る。
「戦うのは、お母さんと、わたし自身の為だよー」
「……目的は金を稼ぐことかの?」
もしかして万能治療薬の材料費を稼ぐ為に嫌々争いに身を投じていたのでは? そんな戸惑いが顔に出ていたのか、此方の表情を見たディアンがクスッと笑う。
「ナナシちゃんは優しいね……」
上を向いて、ここではない場所を頭の中で想い描いているのか、遠い目をするディアン。
「お金には困ってないよ。取引のお金もお母さんの物だから、まだまだあるの」
その様子が何処か儚げで、大人びて見えた。
「お母さんはね、この街を頑張って造ったの。わたしとお母さんの想い出の詰まったこの街だけは、絶対に魔物の好きにはさせない」
いつもの緩い喋り方ではない強い口調から覚悟や決意がありありと感じ取れた。
同時に、戦う事を辞めるよう説得するのは不可能だと理解してしまった。
「そうか……」
「うん、そうだよー。それが、わたしが戦う理由だよー」
話し方がのんびりしたものに戻るディアン。
そして若干眠そうな目で上目遣いをしてきた。
「ナナシちゃんは味方だよ……ね?」
「当たり前じゃ。わしはいつだって子供の味方じゃよ」
「えへへー、良かったー」
おねだりに成功した孫のようににこりと笑うディアンの様子につい苦笑してしまう。
とはいえ頼られて嫌な気分にはならない事から、どうも自分は子供に甘いらしい。
(……わしこそ利用されているのかもしれんが、この笑顔を守れるならば些細な事じゃな)
それから暫くの間、世間話を続けていた。
マイペースで掴み所がないため、ありきたりな話題だと会話が続かないが、お母さんの事が絡むと途端に饒舌になるディアン。
瞳を輝かせて嬉しそうにお母さんについて語ってくる。
「ーーでね、お母さんは迷宮の最奥にいるから管理者って呼ばれてるの。とっても優しくて綺麗で強い人なんだよー」
「ふふ、ディアンはお母さんの事が大好きなんじゃな。わしも一度会ってみたいのぅ」
何気なく言った一言に、ディアンが顔を曇らせた。
「うん、でもわたしもずっと長い間会えてないの」
「万能治療薬か……」
普通に考えて、薬を求めるということは何処か身体を悪くしているのだろう。
そこでふと疑問に思った。
これは偶然なのか? と。
そして頭上でシャリシャリとりんごを齧る妖精アルテに念話を繋げる。
『管理者とは何者じゃ?』
『えっと、どういう事かな?』
ディアンの話によると、お母さんーー管理者は、今も重い病を患っている。
詳しい症状までは知らないが、お金は十分にあるのだから普通に手に入る薬は試していないはずがない。
となると、恐らく通常の薬では効果がなかったのだろう。
そんな時に、万能治療薬でしか治らない患者がいる場所に都合よく薬を売りにきたわけだ。
アルテに導かれるままに。
『……質問を変えるが、もしやアルテは管理者と知り合いかのぅ?』
そう口にすると、アルテはハッと驚いた顔をした後で、悪戯っ子のような笑顔になった。
『ふふっ、会ってみてのお楽しみだよっ!』