10
とある山脈の巨大な断崖には、煌めきの都市ファレーズへと通じる穴がある。
「今から洞窟に入るが、できれば明かりは自前で用意してもらえるか?」
「うむ、分かったのじゃ」
「では付いてきてくれ」
飛竜に乗り風を切って翔ぶ赤髪赤眼の麗人ルーベンスの後を追い掛け、アルテとともに絶壁の断崖に開いた1つの穴に突入する。
そこにあったのは僅かな光も射し込まない暗闇の世界だった。
「陰気な場所じゃのぅ……」
顔を顰めながらも指をパチンと鳴らすと、自分を中心に掌サイズの眩い光球が数十個現れて、衛星のようにくるくると回転し始める。
魔法の発動に詠唱も動作も必要ないとはアルテの言葉だが、自分はタイミングを測るために何かしらのアクションがなければ発動できない。
この辺りがそのまま力量に現れている。
龍人族だなんだと畏れられていても、アルテの足元にも及ばないだろう。
そんな事を考えながらチラリとルーベンスに視線を向ける。
「光よ、ここに在れ」
するとルーベンスは詠唱魔法でバレーボールくらいの弱々しい光球を1つ出した。
どうやらその頼りない光で進むらしい。
「ナナシ殿、ここからは絶対にはぐれないように付いてきてくれ。万が一迷っても、勝手に脇道には入らないように頼む」
飛竜から降りスタスタ歩きながら、念を押すように先程の言葉を繰り返すルーベンス。
所々枝分かれした洞窟状の通路は外観から想像していたよりも広く、翼を広げた飛竜が3匹くらいは余裕で通れそうな程に余裕をもって掘られている。
「脇道には危険な罠が張ってあるからな」
「罠じゃと?」
「たまに厄介な魔物が洞窟に迷い混んでくるのだ。まあ、罠程度で龍人がどうこうなるとは思えないがな、はははっ」
ややツリ目がちな眦をふっと緩めて苦笑交じりにそんな事を言い、入り組んだ迷路のような道を迷い無くスイスイと進むルーベンス。
時折振り返って軽口を叩く余裕まであるらしく、すでにこの洞窟はお馴染みの場所なのだろう。
そんな折、飛竜を見てふと思う。
(あぁ……気持ち良さそうじゃな……)
ルーベンスと飛竜の仲はすこぶる良好らしく、首筋を撫でられては飛竜がキュイキュイ嬉しそうに鳴いている。
そして何故かそれを見ていると、羨ましいなどという、自分でも理解し難い感情に包まれてしまう。
(これは龍というか、動物的な本能なのかのぅ……?)
試しに首筋をペタペタ触ってみるが別段気持ちよくはなく、自分の謎行動にガックリ肩を落として思わず溜め息が出る。
(はぁ……わしは何をやっておる……)
そんな事をしている間もどんどん奥に進んでいき、ふと背後を振り返ると誰一人として姿が見えなくなっていた。
もしもルーベンスを見失えば、このまま永遠に続く洞窟に取り残されてしまうのでは?
そんな錯覚に陥りそうになる。
(ほ、本当に大丈夫なんじゃろうか……?)
今更になって不安が込み上げてきた。
というのも、これまで確たる意思もなく行動して、アルテに流されるままだったからに他ならない。
異常なまでに畏れられる龍人族。
ルーベンスが興味を示したアプルの実。
魔物の強さや魔石の価値、それに自分の今の力量など、そもそも知らないことが多すぎるのだ。
元々、街に来た目的は買い物だけだったはずなのに、気付けば一都市の軍人に連れられているなど予想外もいいところ。
これから向かう街は安全だとアルテが言っていたが、龍人は危険人物だからという理由で討伐される事だって考えられる。
(そんな事をいい始めたら、絶対の安全など保証できるはずもないか……)
ぼんやりと頼り無い光に導かれるまま薄暗い洞窟を延々と進んでいると、今度こそこれがまるで奈落への旅路のような感覚を覚えてしまう。
不安に駆られてアルテに話し掛ける。
『のう、アルテよ』
『なになに!』
『聞きたい事がある、龍人とはなんじゃ?』
『とっても強い種族だよっ!』
『それは以前聞いたのじゃ』
『わたしが話せるのはここまでだよっ!』
『むぅ……またそれか……』
街に来るまで時間があったので色々と質問はした。
けれども、このようにアルテはあまり多くを語ってくれないのだ。
『ぜーんぶ、わたしが話しちゃったら、あなたにとって異世界がつまらなくなるよっ!』
つまり、情報が欲しければ自分の目と耳で集めろということなのだろう。
(後でルーベンスに色々と聞くとしようかのぅ……)
そんな事を思いながらアルテをジッと見つめる。
『どうしたのかなっ?』
『せめて1つだけ、ちゃんと教えて欲しいんじゃが』
『えー?』
『ほら、この通りじゃ』
もちろん1から10までアルテに聞くつもりはないが、どういう基準で訪れる街を選んだのか、理由くらいは教えて欲しいと思い、肩に止まって御機嫌そうに鼻唄を歌うアルテの頭を指でソーッと撫でる。
暫くその行為を続けると、だらしない笑顔になるアルテ。
「ふへへぇ……もっとぉ……」
予想通りアルテは撫でられる事が好きなのか、気持ち良さそうに目を細めて猫のように指に頭をスリスリしてくる。
狙い通りに事が運んだので、スッと指を引いて頭を撫でる事をやめる。
「あぁっ……」
すると切ない声を出して指をジッと見つめるアルテ。
この時点で企みは凡そ成功したと確信する。
『ふふっ、ここから先は有料じゃが? さて、どうするかのぅ?』
「そ、そんなくらいじゃ、わたしは屈しないんだよっ……!」
『ほほう?』
そこでもう一度頭を撫でる。
「はぅぅ……もっともっとぉ……」
ーー数分後。
『もうすぐ到着するはずじゃろう? せめてここを訪れた理由くらいは聞かせてくれんかのぅ?』
『ぐむむっ……仕方無いなあっ!』
目を閉じ腕を組んでうーんと唸るアルテ。
『他の街より安全なのと、あなたに見せたい景色があるのと、それから一番の目的はさっき伝えた通り"宝玉を買うため"だよっ!』
『むぅ……宝玉……』
『そんなに心配しなくても何かあったらわたしが護ってあげるから大丈夫っ! 服とか色々必要だよね? 石鹸が欲しいとも言ってたから、色々と買い込もうねっ!』
『ま、服は必要じゃな……』
ソッと左肩に手を遣るとびりびりに破れた布の不揃いな感触がした。
気にしないようにしていたが、赤竜に食い破られて左腕の部分が無くなったバスローブが今の一張羅だったのだ。
これはどうにも締まりが悪い。
『そ、それで……その……』
『そんな顔せんでも分かっておるよ』
魔力を纏って頭を撫でる。
アルテにいつもされていた事のお返しをしてみたところ、思いの外効果的な事が分かった。
「ふぁぁ……これ、くせになりゅー……」
「……そりゃ、よかったのぅ」
アルテは終始だらしない笑みを浮かべていた。