人生こんなところで終わらせてたまるか!第8話
あたし佐伯美保子は28歳、アラサーまっただ中。某都市銀行の地方支店で働くOLである。身長180センチ、よく街で男の子に間違われる。大学時代は女だてらに女子プロレスにはまり、全国大会で決勝まですすんだこともある。
5年越しのお付き合いの末、婚約者の齋藤丈治に別れ話をもちかけられ、婚活を始めたあたし。
ネットの出会いサイトで誤って出会ってしまったのがゲイのおっさんだったのだけれど、親切に知り合いの結婚紹介所を紹介してくれた!ようやく、あたしの婚活がまともに始まると思えば、紹介された社長さんは、あたしの小学生の時の初恋の人だった!
神様、どんだけあたしに試練を与えるのぉぉぉ!?
ドキドキ婚活ストーリー!
「なに、いつまでもにへらっとしてるのよ、まったく」
いつもの昼食時間。従業員食堂でうどんをつかんだままぼけーっとしているあたしに京子が毒づいた。
「だってー」
と、あたしはふにゃふにゃな声で答えた。
「星夜くんってば、全然変わってないんだもん。ああ、顔つきはね、男らしくなったよ。でも芯のところっていうのかな、優しいしさ…」
「もう、それ、何回も聞いた」
京子はうんざりとした様にして、ラーメンをすすった。
「で、未だに独身で、彼女もなし。今のところは会社を軌道に乗せるのが最優先なんですってね」
京子は念仏を唱えるかのように言った。
そう、昨日の夜「バー サンセット」で懐かしい話に花が咲き、色々お互いの近況を報告しあったのだった。星夜くんは、まだ独身で、3年前に立ち上げた会社の経営で多忙を極めているのだという。バーのマスターである、小林健吾の話によると、彼女もいないらしい。
ちなみに、小林健吾は、あたしもすっかり忘れていたのだけれど、小学生の時に何度か同じくクラスになったことがあった。当時は、「ケン」と呼んでいたので、フルネームをすっかり失念していたのだった。
「それは、ひでぇな」
と、健吾は最初はふて腐れていたけれど、昔話が進むにつれ、3人で大盛り上がりになったのだった。
すっかり、少女時代のあたしに戻って、初恋の君とはしゃいで、いつもより多めにお酒も入ってしまったせいもあって、今朝はすっかり二日酔い。しかも、星夜くんとの再会で、もうデレデレ状態だった。
「で、結婚紹介所の話はしたの?」
「ぜんぜーん。そんなのすっかり忘れてたわ。ってか、もうそんなのいいんじゃない?」
あたしは当初の目的をすっかり失っていた。
「というか、初恋の君に結婚相手を紹介してくれなんて、とっても言えません。それに、夕べの雰囲気だとさー、なーんか、良い感じなのよね」
「なに、その場で告ったの?」
「そんなことできるわけないじゃないー」
「好きなら、そう言えばいいのに」
「えー、そんなの言えなーい」
あたしは、ブリっこよろしく、両手で頬を包み、イヤイヤした。周りの男性社員が全員、それに引いたのに気がついていなかったのは、あたしだけだった。
「なに、ブリっこしてるの。あんたいくつだと思ってるの」
京子はいたって冷静だった。
「じゃあ、その星夜くんをターゲットにするって方針でいいのかしら?」
「えー。京子、どう思う?星夜くん、あたしのことどう思ってるかなー?」
「知らないわよ、そんなこと。いい雰囲気だったんでしょ?じゃあ、アタックしてみればいいじゃない」
「どうしようかなー」
あたしは、すっかりデレデレになっていた。
「もう、あたし、知らない」
ついに京子もキレた。
「そんなこと言わないでよー。ねー、今週末また会うことになったんだけど、京子も一緒に来てくれない?」
「へいへい。分かったわよ。最後までお付き合いしますよ。乗りかかった船だものね」
「やっぱり、京子はあたしの親友ね。大好き」
あたしは京子の手をとって、ブンブン振った。
「あたしも、ホント、人が良いっていうか、とんでもない善人よねぇ」
幾人ものオヤジ達を虜にしたあんたが何を言うか、と口に出しかけたが、せっかく良い気分になった様子なので、やめておいた。代わりに、
「神様、仏様、京子様ー」
と、拝んでおいた。
その夜、あたしたちの所属する部課の社員で飲み会があった。会場は、部長のお気に入りの中華料理屋。料理がおいしいのが有名で、女子社員は皆一同に今日の会合を楽しみにしていた。
ただ、あたしは昨日の今日なので、早々に席をはずすつもりだった。ところが、何故かこういう時に限って、隣の席が纐纈課長だったりして、とても席を立つような雰囲気にならなかった。京子は最奥の席にいて、ヘルプも頼めそうになかったし。
「佐伯、ちょっと、この後、時間とれないか?」
他の人達が話しに盛り上がりを見せ始めたころ、纐纈課長がこっそりとあたしに耳打ちした。
え?
ちょっと耳を疑ったが、課長の真剣なまなざしに、
「はい、わかりました」
と、つい答えてしまった。