6.小休止
その後、大介による必死の攻防(常に雀が優勢)の後に上級生の潔い土下座という何とも惨めな結果によって大介はなんとか部室に入る事ができた。
「ぷはー、おう佐々木妹。なかなか旨いやんけこれ」
そして現在ソファに深々と腰掛け、足を組みながらこの部屋で一番偉そうに座っている。
「気配りもできて顔もなかなか良いし……、あとは性格がよかったら嫁にしたってもよかったんやけどな」
がっはっはと笑う大介に「こっちから願い下げです」と言いながらティーポットを持ち替えて清秋のカップに紅茶を注ぐ。
ティーポットを持ち替える?
「なんでポットが二つあるんだ?」
テーブルの上にはカップが三つにポットが二つ。
「それはもちろん私と清秋さんが飲む紅茶にはちゃんとした葉っぱを使ってますから」
説明はそれで十分といった風に黙って自分のカップにも赤い液体を注いでいく。
しかし『ちゃんとしていない』紅茶を飲んでいる大介はもちろん黙っていない。片手を雀の方へかざしてオーバー気味に
「まてまてまて、じゃあなんやねん。このちゃんとしてない茶はどうやって作ったん?」
「それにしてもその辺でひろってきた葉っぱでも大丈夫なんですね」
「ぜんぜん大丈夫ちゃうで。オレの精神がもうなんか得体のしれないもん飲んでるって知って尋常じゃないほど大丈夫じゃないで」
「校庭で拾ってきた葉っぱをちょっと腐らせ……、発酵させたあとレンジで乾燥させただけなんですが、美味しいと言っていただけるとは私も尋常じゃないほど驚いています」
「今腐らせてって言ったやん」
「表現の違いです」
さらりととぼける雀に対してまあいいわと言いながら入れられたお茶を啜る大介。
この二人は顔を合わせる度にこんな調子だ。しかし文句を言い会っている割には少なくとも大介は楽しそうに見える。
これだけ言い合えるというのは案外仲が良い証拠なのかもしれない。
しかし一度始まってしまうとしばらくは話が進まない。それが清秋が昨日今日で学んだ事だ。
「あの、そろそろ喋ってもいい?」
一区切りついた事を確認して清秋はおずおずと手を挙げる。
「ええも何も、別に喋るの禁止してたわけちゃうやろ」
腕を組みながら不思議そうに首を傾ける大介に対してあんた達に遠慮したんだとはもちろん言わない。
代わりに苦笑いを浮かべながら
「確か僕は銃の素質があるからあなたに教えられてるんですよね」
ではなぜ未だに銃を使っていないのか、と言う質問は口に出さなくても伝わったようだ。
大介はいつものにやにや笑いをしながら
「若い、若いなー。そりゃあ早く武器に触りたいのはわかるで」
「いくつだよあんた」
その質問にはもちろん答えずに
「でもオレは銃の使い方を教えに来たわけちゃうで。戦い方を教えに来たんや。銃を撃ちたきゃ狙撃場かどっか行って撃たせてもらえばいい。ほんじゃあ正しい姿勢から順番に教えてくれるわ。でもそんな知識がどこで役に立つ。戦いながら正しい姿勢とかしてる分けないやろ。オレらはやるかやられるかの中で戦うねん。必ずしも正しい姿勢で打てるとは限らん」
確かに、言ってしまえばどんな撃ち方をしても相手に当たればいいのだ。そこには芸術点などない。相手をしとめる事ができるかできないかだ。
「だからまずは相手の攻撃を感知して避けながら攻撃する練習や」
「でもあれは避ける練習だろ。さっきはたまたまあんたに向かっていったけど七発全部避けたら合格だったはずじゃ」
それを聞いて深いため息をつきながら
「七発? 何をふざけてんねん。確かにさっき使ってた銃は七発のリボルバー式」
でも、と言いながら懐に手を突っ込む。
取り出したのは先ほどのものとは違う銃。
「これはフルオートの二十二発式。ちなみにオレの持ち駒はこれだけちゃうで。軽く数時間は銃だけで戦えるようにしてる」
「まさか全部避けてもどんどん出てくる予定だったのか」
「当たり前や。避けるだけなら猿でもできるわ」
あきれたような仕草をとりながら銃を懐に仕舞う。
しかし数時間も戦えるほどの銃を隠し持っているのはにわかに信じがたい。先ほどの練習でも数分のうちに七発使用したのだ。これに体術を加えたとしても数時間戦うとなると数百、もしかすると数千発必要になだろう。
だが目の前の男は見た目は普通の学生だ。この学ランの中にそれだけ大量の銃火器が隠されているのだろうか。
「でもさっきの訓練で魔力の感知は結構鍛えられたと思うで。例えば」
と言いながら手のひらを上に向けて清秋に差し出す。
「茶菓子になるようなものは持ってないぞ。そういうのは雀に言ってくれ」
「ちゃうわ! ていうかなかなか冗談上手なってきたやんけ。ていうか佐々木妹もクッキー置かんでいいねん」
一通りのコントを行った後、クッキーをくわえながらもう一度同じように手のひらを上向きにする。
「なにも置かないなら何をすればいいんだ。手を置けばいいのか」
「ちゃうちゃう。オレの手のひらをよく見てみぃ」
言われた通りに視線を大介の手のひらに移動させる。
何の変哲もない手だ。そりゃあ自分の手をは違うが特に変わった様子もない。
とそう思ったところで
「!」
なにやら違和感がある。
手ではなく手のひらから上約十センチほどの空間が歪んでいる。それは注視しなければ分からないほどで目を離したり瞬きをするだけでも分からなくなりそうな微少な違和感だ。
「見えたみたいやな。それが魔力そのものや。人によって見え方は違うけど何か固まりみたいなもんが見えるはずや」
「見え方に個人差があるのか」
「うーんなんて言えばいいかな」
と考えて込む大介に雀が説明を引き継ぐ。
「魔力と言うものは見えてはいないんです」
「見えてはいない?」
目に写っているのだから見えているのではないか。清秋は言葉と現象の矛盾に疑問を抱く。
「正確に言うと目では見えていないのです。そこに魔力があると体全体で感覚として確認し、脳が理解する。存在を認識しているのに目に見えないという矛盾を解消するために脳が補正している、言うなれば幻のようなものですね」
「ちなみに佐々木妹は特別に視覚として魔力を見る事ができるねんで」
話がややこしくなるので口を挟まないでくださいと睨みつけた後
「この魔力というのは一般人には感じる事ができませんからもちろん見ることもできません。これを見えるようにするのが魔力の視覚化です」
「キヨやんはもともと体内に魔力持ってるから見えるようになんのも早いけど、それでもまだぼんやりとしか見えてないやろ。それがはっきり見えるようになるまで今の練習を続けるからな」
続けた後に次はどう言った練習が待っているのだろうか。
正直に言うと清秋も最初は魔法という未知のものに対して少し期待していた。それは清秋でなくともそうだろう。
一般の人が、しかも高校生などと言えばよくも悪くも現実と妄想の境界線が曖昧になっているような年頃だ。そこに自分は特別だとか言われれば誰であってもわくわくする。
しかし実際に魔法や怪物のいる世界に足を踏み入れてしまえばそれまで非日常であったそれらのものはただの日常へと成り下がってしまう。
現在行っている魔法の特訓であってもそうだ。延々と達成されるまで同じことを繰り返す様はまるで部活動で基礎固めをしているようだ。その点を考えればこの集まりを部活動と言うのはあながち間違いではないのかもしれない。
だが、清秋は基礎だとか反復練習だとかいうものが嫌いである。つまらないものを積み重ねてこそ成し遂げた時の達成感が素晴らしいのだと言うものもいると思うがそれは人それぞれだ。そういう考えもありだと思う。
ただ、清秋は進んで苦痛なことをしたくないし、むしろそういったことをしたくないから部活動にも入らないつもりだった。
そんな清秋がこの部活に入ろうと思った理由は二つだ。
一つは自分の中にある魔力というものについて知識をつけたかったから。
自らの内に魔力とか言う訳の分からないものがあるのは気味が悪い。例える「君の中には核エネルギーに匹敵するようなエネルギーが秘められている」と言われたようなものだ。
自分の中の魔力がどれぐらいのものか実際は分からないのだが、少なくとも建物を一つ吹き飛ばすぐらいの威力は持っている。そんな力が万が一暴走とか言う事態に陥れば、自分で対処できる気がしない。
そしてもう一つの理由が期待感だ。こちらが理由の大半を占めるだろう。
先ほどの通り魔法という単語には惹かれるものがあったし、その感情は今でもある。
しかしそれだけではない。もちろん魔力そのものにたいする期待もあるが、それに付随した非日常的な出来事、つまらないと思っていた世界に現れたその刺激が清秋をひきつけた。
この部活に入っていれば前回のような事件に巻き込まれるのではないか。それはジェットコースターやスカイダイビングにハマるのと似た感情なのかもしれない。
命の危機に陥る事でアドレナリンが放出され、それが一種の麻薬として脳に快楽を与える。清秋は非日常というドラッグにハマってしまったのかもしれない。
「最短でその視覚化の特訓が終わるのにどれぐらいかかるんだ」
「早くても一、二週間です。もし途中で完全に視覚化する事に成功したとしても安定させるのにそれぐらいはかかりますね」
長い。
今から扱うものを見えるようにするだけで半月近くも費やすのはつまらないと清秋は思った。
実際雀の提示した日数はかなり短く見積もっているのだが、清秋にとっては長く感じる。少なくとも一週間は今日のような避けるだけの特訓がまっているのだ。
そんな不満の表情を読みとったのか、大介が口を開く。「うーん、まあ多少しんどくなってもいいんやったら今日の特訓プラスで魔力のコントロール教えてもいいけど」
「魔力のコントロール?」
「まあさっきオレがやったみたいなん想像してくれたらいいわ。手のひらに魔力を集める。なんや、まだつまらん言う顔してるな。これができたら戦闘も普通にできるで」
そう言うと大介は人差し指で清秋を指さす。
見るとその指先の空間が歪んでいるのが確認できた。
「そうや、今オレは指に魔力をためてる。ちなみにこの魔力ってのはそれそのものがエネルギーの固まり。電気とか炎とかと同じようなもんや」
つまり、と言ってその人差し指を突き出し、清秋の胸をトンっと突いた。
と同時に視界がぶれる。
「!!」
まるで胸部を拳で殴られたような衝撃が清秋を襲った。
一瞬息が詰まり、ソファの背もたれに押さえつけられる。
驚いた顔で顔をあげると大介がにやにやと笑っている。「どや、今のは手加減したったぐらいやで」
「なんだ今の」
その質問に大介は楽しそうに答える。
「魔力そのものがほかの物体に当たればそれは衝撃として対象に伝わる。今のはただ単にオレが体外に放出した魔力をキヨやんの体にぶつけただけや」
指先程度にためた魔力であの程度。つまり先ほどのように手のひらいっぱいに出せば
「まあ普通に人一人殺す事もできるわな。しかもさっきのは単純に表面から衝撃としてぶつけただけやが、体内に魔力を送って中から衝撃を爆発させるなんてこともできる。魔法を使った戦闘における基礎の基礎なんやけど……」
言いながらちらりと清秋の様子を見る。
「ベテランの魔法使いはこれと徒手空拳だけで相手を倒す奴もおる。応用次第で普通に戦闘ができる能力やな」
ただし
「今の特訓は続けるんやから自ずとやること多くなってしんどなるで。まあもっともぉ、それぐらいやってもらわなこれ以降ついてこられへんねんけどぉ」
後半は挑発的な口調で、さらに得意のニタニタ笑いを組み合わせてくる。その挑戦的な言葉に
「もちろんするさ」
ほぼ即答で清秋は答える。
それを見て大介は上手くいったと口の端をつり上げる。それは好物をやるから手伝いをしろという風に、俗に言うアメとムチといわれるものなのだろうがそれはあくまで大介の言葉の中の話。
彼の口車に上手く乗せられただけだと気づくのにさほど時間はかからなかった。