5.特訓
「痛!」
金槌で叩かれてたような衝撃が頭を揺さぶる。
「集中できてへんで」
続いて胸、腹と同様の衝撃が響き危うく胃の内容物を逆流させるところだった。
自分は何をしていたのだったか。頭を撃たれた所為で思考が停止し、目の前の男が発する忌々しい関西弁が耳に流し込まれる。
「あ、今のは別のこと考えてた顔やな。せっかくオレが指導してやってんやから集中しや」
そうだ、昨日から始まった魔力の使い方講座だ。
目の前のサングラスをかけた関西弁、芦屋大介は十を片手にへらへらと笑っている。
清秋の持っている魔力の量は一般人よりも多い。もしそれが自由に使えたなら強力な戦闘能力が得られるらしい。強力な、というのはどれくらいなのかかなり曖昧な表現だったが、大介に言わせると「まあオレと同じかそれぐらいやな」ということらしい。
ではそんな戦闘力を得てどうするのか。
もちろん襲ってくるモノから身を守るためである。
と言っても襲ってくるのは怖い不良グループとか宇宙から来た戦闘民族とかでもない。
魔力を得るためにそれらを咀嚼する生物らしい。それは吸血鬼だったり狼男だったりとなんともファンタジーな話であるが、どうやら実話らしい。
おそわれる為に魔力を持っているのか、襲われない為に魔力を持っているのかよくわからない。
「じゃあ次始めるでー」
大介の言葉によって思考は遮られる。この特訓は考えごとをしんながらできるようなものではない。
まるで野球のノックのような気軽さで芦屋が構えるのは銃。リボルバー式になったその銃は発射される弾の数を確認できる。
八発。
それをすべて避ける事が芦屋大介の魔力特訓レベル2のクリア条件の一つだ。
両足を肩幅まで広げて銃口をじっと見つめる。発射のタイミングは芦屋が決める。数十秒で撃つ時もあれば数分待たされる時もある。
「ええか。もう一回確認やで」
と良いながら引き金を引く可能性があるので油断はできない。
「オレは引き金を引く前に銃弾が通るとこを魔力で線を引く。その魔力を感じ取って」
おもむろに引き金を引く
「うまいこと避けてくれや」
一発目の不意打ちを清秋が避けた事を確認。続けて二発発射する。
左頬に当たった魔力を感じて顔をわずかに右に傾ける。弾が通り過ぎる風きり音と感じ、わずかに遅れて二発目の弾が右わき腹をかすめた。
「ほらほら、一発に気を取られたら次のにあたるで」
にたにたと笑う大介に向かって清秋は走りだす。
銃弾をすべて避けながら大介に一撃を入れる。それがもう一つのクリア条件なのだが、避ける方が簡単なのでまだ一度も実践していなかった。
残り五発。
距離を積める間にも銃弾は清秋の頬をかすめる。
「お、攻めてくる気になったか。じっとしてるより動いた方がいいってことが今更わかったん」
「遅くて悪かったな」
弾を避けながら発射している大介に接近する。発射から着弾までの時間が短くなるため一見不利に思える。
いや、実際の銃で魔法なんてものが存在しなければ不利なのだ。その場合は銃口と相手の指の動きから発射角度とタイミングを図らなければいけない。
しかし現在行っているのは魔法の訓練だ。
魔力を感知してその軌道から体を逸らせばいい。しかもぎりぎりかわせるタイミングで弾より早く魔力が来るのだ。つまり百メートル離れていても一センチしか距離がなくても避けられるタイミングで魔力が送られてくるのだから距離など関係ない。
それがこのトレーニングの攻略方法だ。
残り三発。
「やばいな。こりゃあ負けるかもしれん」
言葉とは裏腹に余裕の表情でまだにたにた笑いを続けている。
「勝ちとか負けとかないだろ。とりあえず全段命中しなければクリア。合格か不合格か、それだけしかない」
わずか数メートルに迫った状態で新たに発射された弾を避ける。もう数百発避けてきたので体も慣れてきたようだ。
しかも今気付いた事だが走って体を動かしている方が避ける動作を行いやすい。
残り二歩の位置まで迫り片腕を振り上げる。人を殴ったことなどないので形とかはよくわからない。しかし一応相手の体に当てれば合格なので少し力をセーブした。
その判断は違う意味で正解だった。
「振りかぶったら隙ができるで」
言葉を聴覚で判断すると同時に魔力を感知した。ちょうど自分が腕を持っていく軌道上だ。
もしも力一杯振りかぶっていたら自分の腕を止めることができずに銃弾へ拳をつきだしていただろう。
しかしまだ完全にスピードに乗っていなかった右拳は何とかとどめることができた。
だが拳がたまに当たるのを止めたというだけで、魔力が示す銃弾の軌道は清秋の肩付近を示している。このままでは弾につっこんでいく形だ。
腕と違って、スピードに乗っている自らの体重の半分以上を後方に移動させる事など常人にできるはずもない。だからと言って走っている状態で弾を完全に避けられるほど屈みこんだり、ましてや発射より速く左拳を打ち出すなどできるはずもない。
そうなれば方法はただ一つ。
「っ!!」
背筋に思い切り力を入れて上半身をその場に静止させ、下半身だけを勢いに任せて前方に移動させる。
そうすれば垂直方向に支える力のなくなった上半身はおのずと地面に引かれる。
「がはっ」
背中を強く打ちつけたが放たれた弾は回避した。しかしそれ以上動くことはできなかった。
額に銃口が向けられる。
「うーん、なかなか良い避けっぷりやったな。でも今の避け方はあかん。それやと今みたいに次の動きへ繋げられへんやろ。わざとコケるにしても前、最低でも横や」
容赦なく引き金を引く
「痛ってぇ」
残っていた二発を同時に放たれた。
「人を撃つのに躊躇したあかんで。一回銃口向けたんやったら相手を殺すか自分が殺されるまで容赦したあかん。見逃すとかもってのほかや」
ほな休憩でもしよか、と言ってくるりと向きを変え部室に向かう。
「おまえもぼーっとしとらんと早よ来ぃや。吸血鬼じゃあるまいしそんなとこでおっても真っ暗なだけや」
延ばされた手に捕まって勢いよく立ち上がる。
一度座り込んだので疲れが一気にでたのか少し頭がふらついた。
少しよろけたがしばらくすれば正常に頭へ血が流れ、ふらつきも治った。
「ところで昨日から気になってたんだが」
歩きながら前を歩く金髪に話しかける。
大介は「なんや?」と言って耳だけこちらに向けた。
「あんたは清水出魅とはどんな関係なんだ」
しばらく黙った後
「気になるか?」
静かな声で答える。
先ほどのテンションとは反対に落ち着いた静かな声に清秋はごくりとつばを飲み込む。
「オレとあいつはもともと恋人やったんや」
「えっ?」
あまりに突飛な発言に目の前の男がなにを言ったのか理解できなかった。思わずきょとんとする清秋。
部室の前まで到着し、立ち止まった大介は振り返って清秋の顔を確認する。
「くっっ」
声を漏らす。
別に苦しいのではないのは表情を見ればわかる。彼の顔は明らかに笑いをこらえている。
そしてブハッ、と盛大に吹き出した。
「もちろん冗談やで。あかんわキヨやん。そんな本気の顔でビビるとかめっちゃおもろいわ」
あっはっはと笑いながら部室のドアに手をかける。
「その男の言葉は八十パーセント嘘だと思っておいたほうがいいですよ」
が、ドアは大介が触れる前に勢いよく開いた。軽く風を切る音が聞こえるほどと言えばその勢いを想像できるだろう。もちろん開く方向は清秋達から見て手前側。
当然の結果としてドアの手前に立っていた大介は蠅たたきではたかれたような全身への衝撃を受けることになった。見事に数メートル宙を舞って背中から地面に着地する。
そのまま地面に線を引いて滑った後、無駄に見事な身のこなしで体勢を立て直した。
「おまえ今の絶対わざとやろ! しかもオレがドア引く瞬間狙ったな。なんやねん今の吹っ飛び方。ギャグマンガみたいやったわ!」
背中を強打してもすぐさまツッコミを入れられるほどの瞬発力は色んな意味でさすがと言わざるを得ない。
ああそうか後方に倒れてもああやって体勢を立て直すのだなと感心する。
「失礼ですね。ドアを引く瞬間を狙った事で最小限のダメージと最大限のアクションを導き出したんですよ。関西人としてあなたは感謝すべきでは?」
「いや、それはまあちょっとおいしかったけど……、じゃなくて。今の言葉はわざとやったって言ってるようなもんやで」
「あら、そんな事できる分けないじゃないですか。このドアにはガラスがないんです。壁を透視できるわけじゃあるまいし」
と言って左手で片眼鏡に触れる。
「あ、今ダイヤルいじったやろ。過剰視界使ったな!」
「さあ清秋さん。お茶の準備ができています」
「こらこら勝手に話終わらすなや。ていうかキヨやんもなんか言え。まさか師匠を裏切る気かいな」
大介の言葉に少し考えるそぶりを見せ、
「いや、そういうつもりはないけど今は雀の側についておいた方がいいかと」
「それを裏切るって言うんやー!」
という大介の叫びが消える前に雀のてによって部室のドアが閉められた。




