7,魔道不覚悟
真田幸村との会見から二か月がたった。
既に真田丸は破却され、城壁は壊され、外堀もほぼ埋め終わったようだ。
グランローゼ城の守りは内堀を残すのみとなった。
大公は勝利を確信していた。
「城は落ちたも同然じゃ。急ぐことは無い、ゆるりと城攻めの仕度をするのじゃ。」
城を取り囲むのは5万の兵である。
当然、大公は和睦の約束など守る気はない。
和睦の条件である召喚者と傭兵の退去が、未だ履行されていないことを理由に城の囲みを解こうとしない。
いずれにせよ、戦いは避けられないであろう。
***
この二か月の間、私が何をしていたかというと、ただ時を待っていたのである。
待っているのは退屈なので、黒の魔導士オルス卿に魔法を習うことにしたのだ。
「強力な魔力を秘めた魔王様に、わたくしがお教えするなど僭越にござります。」
と、魔法指導を固辞したオルス卿であったが、私は魔法についていろいろ聞いてみたいことがあったのだ。
「なるほど、それでは魔法の指導ではなく、わたくしが魔王様のご質問に答えるだけでいいのでございますな?」
「そうだ。まず聞いてみたかったのはエーテル粒子のことだ。エーテルはこの世界のあらゆる場所にあるのか? そして、それは何処から来たものなんだ?」
「エーテルはこの世界の成り立ちとともにあり、世界をあまねく満たすものにございます。
うーん、オルス卿は胡麻化しているつもりはないのだろうが、どうとでも解釈できる曖昧な答えだ。
「魔法は誰にでも使えるのか?」
「はい、生活魔法程度でしたら誰でも使えます。火の魔法は火をおこしたり、明かりを灯したりすることができます。水魔法が使えればどこでも水を得ることができます。土魔法は耕作や土木工事に、金魔法は様々な物質の錬成に使われます。」
「風魔法は?」
「そうですね。一般的なのは掃除ですね。風を吹かせてゴミや塵を吹き飛ばすのです。それから、溶鉱炉に風を送り鉄を溶かすときにも。それと船ですね。船の帆に風を送り航海をする場合は風の術者が必要です。」
「なんか地味だな。私のように突風を吹かせてその辺のものをなぎ倒すのはどうなんだ?」
「そういのはチート・レベルです。召喚者の魔力はこの世界のレベルを遥かに超えております。」
「チート・レベルというからには、この世界を滅ぼしたりできるのかと思った。」
「あっははは。そういのはライト・ノベルなどの絵空事の世界の話にございます。」
「この世界にもラノベがあるのか?」
「ありまする。ただし煽情的な内容の物も多くござりますゆえ、あまりお読みにならないほうがよいと存じます。」
「知ってるぞ。最強とか猫耳娘とかハーレムとか。世界は違えど、人は同じだな。」
「御意!」
こんな具合である。
風魔法を何度も練習した。
詠唱し、エーテル粒子を集める。
エーテル粒子が魔力を魔法に変換する。
私が気合を入れると風が起こる。
それだけのことだ。
だが、何というか、風がうまくコントロールできないのだ。
それに、エーテル粒子を集めすぎると胸が苦しくなる。
「オルス卿、どうすればいい?」
「そうですね。修行をすることです。」
「滝に打たれたり、火の上を歩いたりするのか?」
「それは魔力を高めるための修行です。魔王殿には必要ありません。」
「では、何をすればいいのだ?」
「心を研ぎ澄ますのです。」
「座禅でもしようか…」
「座禅?」
「私の世界での修行法だ。禅という。」
私は禅について説明した。
座禅というのは座って瞑想する。
いや、曹洞禅の開祖・道元は「只管打座」と言っている。
ただ座れ、という意味だ。
意味などというものさえ座禅には無用だ。
瞑想も必要ない。
ただ座るだけだ。
言ってるうちに自分でも訳が分からなくなった。
オルス卿は、しどろもどろになっている私を、優しい目で見て少し笑った。
「そうですね。意味を抜くというのは我々エルフ族の教えの中にもあります。」
---意味を問うな!
---ただこの世界の一部であれ!
「エルフの教えです。」
「この世界の一部か…、禅問答のようだな。」
「魔王様は、ご自分がどうして高い魔力のお持ちなのかお考えになったことがおありですか?」
「私が召喚者だからだろ。」
「我々エルフ族も生来高い魔力を持って生まれます。また、人族の約10倍の寿命を与えられておりますゆえ、魔法修行にも長い時間をかけることができます。生まれ持った能力は神々が与えたもうたものなのです。」
「つまりギフテッドということだな。」
「御意。」
つまりこういうことか。
神々から与えられた力は、神々の思し召しに沿って使うべきだ。
強い力を持った者は、持たざる者たちのためにその力を行使すべきだ。
それが世界の一部であるということだ。
この力は私のものではなく世界のものだ。
「どうだ、オルス卿?」
「よい答えです。我ら魔導士も、私利私欲のために魔法を使うことは禁じられております。」
「ほう、私利私欲に使ったらどうなる?」
「魔道不覚悟にございます。死をもって償うこととなります。」
魔道不覚悟か、どこかで聞いたことがあるような…
「士道不覚悟」という掟が新選組にあったな。
武士道に反するような卑怯な振る舞いをすると切腹だ。
とんだ禅問答だったが、面白かった。
私たちの世界でも高い能力を持って生まれてくるものと、そうでない者がいる。
能力の高いものは成功者となり言う。
「私は努力した。努力したから能力が高かいのだ。努力しない者が貧しいのは自己責任だ。」
それなら私は言ってやりたい。
「その能力は神様がくれたものだ。君の努力とは関係ない。」
エルフの教えは、そういうことを言いたいのかもしれない。
私はこの魔力を誰のために、何のために使うべきか。
答えは風の中だ。
オルス卿とはずいぶん親しくなった。
すましてはいるが、心の中には熱い何かを秘めている男のようだ。
昔話も聞いた。
かのアマテラス王位継承戦争において、黒の魔導士オルス卿と、白の魔導士エクストン卿は轡を並べて戦ったそうだ。
大公家の魔導士と王家の魔導士だ。
二人は東西の魔導士の双璧らしい。
それが今では、敵と味方だ。
「オルス卿は何故、大公殿に味方するのか?」
「魔王殿、大義のためです。この国は再び乱世に逆戻りすること必定です。力ある者が治めねは平和を勝ち取ることはできません。」
「大公が王に相応しいと?」
「ああいう方ではありますが、心根の優しい方にございます。」
フフッ、と私は笑った。
甘ちゃんの徳川家康だからな。
***
私がこの世界と魔法について探求している間に、大公は軍を整え、グランローゼ城を取り囲んでいったのだった。
「大公殿、そろそろ総攻撃ですな。」
「魔王殿、こたびも投石器で火ぶたを切ってやろうと思うてな。」
「それはお勧めできませんな。」
「何故じゃ?」
「では申し上げよう。
これは王朝の交代を意味する戦いです。
つまり易姓革命。
古き王朝は滅び、新しい君主が生まれる。
その戦いに投石器のようなチート兵器を使うなど、
正々堂々の戦いとは言えませんな。」
「なるほど。つまりはこの戦いの大義じゃな。」
「左様、どっちに転んでも勝つ戦いです。ならば正々堂々とおやりなされ。」
「魔王殿、よい忠告じゃ。感謝するぞ。わつはつはつは。」
私も、大公に習って「わつはつは」と笑っておいた。
真田幸村君、とりあえず投石器は封じたから安心しろ!




