39,マドンナの野望
膠着状態はさらに十日続いた。
マドンナが操るゴブリンたちは木偶人形のように微動だに動かない。
おそらくは基礎代謝を最小限にし冬眠状態にあるのだろう。
ドワーフたちは生身の人間である。長期の緊張感には耐えられない。
そこで幸村君がリクレーションを考えた。
サッカーである。
サッカーは若いドワーフの兵士たちの間に急速に流行した。
午前中は軍事訓練であるが、午後からは自由時間となりドワーフたちはサッカーに興じた。
「ドライブ・シュートなり!」
幸村君のシュートをドワーフのゴールキーパーが見事にキャッチした。
「惜しかったなり!」
選手以外のドワーフたちは応援である。応援の笛太鼓は実ににぎやかであり、毎日がお祭り騒ぎになった。
このお祭り騒ぎが、マドンナを苛立たせたようだ。
マドンナがついに動いた。
2体のオークが巨体を揺すりながらこちらへとやってくる。
その真ん中をマドンナが歩いてくる。
ちょうどサッカーの試合だった。審判が笛を鳴らし試合は中断された。
「先生、お楽しみのところ済まないねぇ。そろそろ膠着状態を終わりにしたくてねぇ。交渉に応じる気はあるかい?」
応援席に居た私は幸村君を伴ってマドンナと対峙した。
「マドンナ! 今さら交渉か。戦いで決着をつける気は無いのだな。」
「先生だって分かってるはずさぁ。これが無駄なにらみ合いだってね。アタシはねぇ、ノックス城を返して欲しいだけさね。ドワーフが退却するなら、ノースタリアの魔物には手を付けないと約束するよ。」
「ほう、ノックス城から暗黒魔法を発信しないということだな。」
「そうさね、お互い痛み分けと行こうじゃないか。」
「だが、お前の約束を信じるわけにはいかない。何らかの確証が必要だ。」
「確証? そんなにアタシが信じられないかねぇ。ならば、ノックス城を破壊しよう。それでよいか?」
「よかろう。だが、ノックス城の破壊はこちらの手で行う。」
「好きにするがいい。これで交渉は成立だねぇ。」
幸村君が私の耳元でささやいた。
「こっちで破壊しても後で再建されたらお終いなり。」
「大丈夫だ、幸村君。外堀は既に埋まっている。」
「大坂の陣の話なりか?」
「いや、この長い膠着こそが外堀だったんだ。君と私の魔法で内堀を埋める。」
「ノックスを落城させるなりね。」
「そうだ。その前にマドンナに探りを入れるぞ!」
「探りなりか?」
私はドーワーフの兵に椅子をを持ってこさせ座った。
マドンナにも椅子に座ることを進め、マドンナは脚を組んで腰かけた。
それから酒だ。
「マドンナよ。ここは固めの杯といこう。停戦の証としてな。」
「先生、あんたも古臭い男だねぇ。上物のワインでも振舞っておくれかい?」
「ドワーフのワインだ、旨いぞ。」
「毒でも入ってるんじゃないだろうねぇ?」
「私が毒見してやる。貸せ!」
「分かったよ、先生。あんたはそんなセコい男じゃないってね。」
「では、乾杯だ!」
私とマドンナはワインを飲みほした。
「旨いワインだねぇ。」
「ああ、旨いな。」
「もう一杯、おくれでないかえ。」
私はマドンナのグラスにワインを注いだ。
このワインはドワーフの魔術師が醸造した酒である。
この酒に酔うと、酔いに任せて自分の本心を語ってしまうのだ。
マドンナが少しだけリラックスするのが分かった。
「マドンナ、お前の望みは何だ?」
「ほーお、先生がアタシの望みを叶えてくれるのかい?」
「出来ることと出来ないことがあるが、これ以上の犠牲を増やさなために最大限の譲歩はするということだ。」
「譲歩してくれるのかい。いいねぇ。」
「とりあえず、参考までに、お前の望みを聴いておきたい。同じ召喚者として…」
「同じ召喚者か、いい響きだねぇ。それじゃあ言うよ。アタシはねぇ、女王様になりたいのだよ。」
マドンナは両手を広げて嬉々としている。
それを聴いた幸村君がクスリと笑った。
一瞬にしてマドンナの表情が凍り付いた。
「お前、笑ったな。いま確かに笑ったぞ。」
「笑ってないなり!」
「いや、笑った。小娘のくせにアタシを馬鹿にしてるんだろう。アタシはねぇ、そういう嘲笑が許せないんだよ。嘲笑にさらされて生きることがどんなに辛いか、おまえに分かるか!」
マドンナは怒りに震えながら続けた。
「アタシはねぇ、子どもの頃から憧れがあったのさぁ。ユリアナ・トーキョーのお立ち台で優雅に踊るお姉さんたちだよ。アタシも大人になったら、お立ち台に立つんだって思ってた。」
幸村君が小声で訊いてきた。
「ユリアナ・トーキョーって何なりか?」
「バブルの頃に流行ってたディスコだ。ボディコンのお姉さんたちがお立ち台でヒラヒラ踊ってた。」
「あたしの生まれる前の話なりね。」
「歴史的事実だ。」
マドンナの表情に陰りが生じた。
「ところがさ、アタシが大人になるころには、バブルは崩壊していたのさ。大学時代はバイトに明け暮れ、そのうえ就職氷河期だってさぁ。まだ男女平等も徹底されてない時代でねぇ。アタシら女子大生には就職先はなかったんだよ。仕方なく大学院に進んだ。就職氷河期をやり過ごすためにね。甘かったよ、失われた30年が始まってたんだよ。」
マドンナは二杯目のワインを飲みほした。
「アタシは大学院で歴史学を選んだのさ。どうしてだか分かるかい。歴史に興味があったわけじゃない。歴史学の指導教官がチョロそうだったからだよ。ちょいと色目を使うとね、指導教官は何でもアタシの言うことを聞いてくれた。修士論文だって代筆してくれたんだよ。アタシは初めて女王様の気分を味わったね。」
私はマドンナのグラスにワインを注ぐ。
「大学院を出て、歴史学の修士号をもらったけど働く当てがないのさ。キャバクラで生活費を稼いでいたら、店にいいカモが来てねぇ。政治家の秘書をしてるっていうのさ。こいつを手づるにアタシは政治家のコネを探した。何でもやったさ。汚いジジイどもに這いつくばって、時には泥水だってすすったよ。その時、分かったのさ。権力っていうのはね、素晴らしいものだってね。」
マドンナは三杯目のワインを半分だけ口にし、残りの半分を棄てた。
この酒の自白効果に気づいたか!
だが後の祭りだ。
マドンナ、思う存分、本心を語るがいい!
「ジジイどもにすり寄るアタシを見てねぇ、みんなが嘲笑するんだよ。『そんなに権力が欲しいのか』『そんなに金が欲しいのか』ってね…。 ああ、欲しいね。アタシは女王様になるんだよ。でもね、アタシには実力が無かった。歴史学者の肩書でテレビに出ても、気の利いた事ひとつ言えなかった。せっかく色仕掛けで手にした『戦国武闘伝』の監修の仕事もしくじった。歴女とかいう連中が騒ぎ立てて、あげくは炎上騒ぎだよ。まったくさ、お笑いだね!」
「何だと!『戦国武闘伝』の監修を色仕掛けで私から奪い取ったというのか?」
「今ごろ気づいたのかい? そうだよ、先生をクビにしたテレビ局のプロデューサーは、アタシが篭絡したんだよ。」
私はショックを受けた。そして権力に取りつかれた女の恐ろしさを知った。
だが、マドンナは話をやめない。
「異世界に召喚されたときはやり直すチャンスだと思ったよ。異世界の大公家がアタシを招いてくれた。女王は無理でも大公妃くらいにはなれるんじゃないかって希望を持ったよ。アタシは大公家のために精一杯働こうと思ったのさ。イースタリアを最強の国にして称賛を浴びるはずだった。けど、異世界という現実も甘くは無かった。アタシの提案はことごとく失敗に終わったのさ。また嘲笑が聞こえてきた。アタシの大嫌いな嘲笑がね。」
マドンナは肩を落とした。
「それからが地獄だよ。アタシは無能の烙印を押されて大公家を追われた。その時、聞いたんだよ。先生、あんたの話をね。王家に取り入って、いい思いをしている召喚者がいるってね。悔しかったよ。何としてもあんたに一矢報いたいと思ったんだ。」
マドンナの話しにむかっ腹が立ってきた。
私は立ち上がり、マドンナを睨みつけた。
「君はそんな理由で、アーレスを幽閉から解放したのかね。そのせいで、どれだけたくさんの人が死んだか分かっているのか!」
「知ったことじゃ無いねぇ。アタシは女王になるのだよ!」
なんという奴だ。はらわたが煮えくり返る。
だが、こんな人間に何を言っても無駄だ。
「わっ、はっ、はっー!」
幸村君が笑った。
「そんなに女王になりたいなりか? くだらないのだ! こんな女には嘲笑がお似合いなり! 」
わっはっはっはー! わっはっはっはー! わっはっはっはー!
幸村君は笑いをやめない。
マドンナの顔は蒼白になっていた。
顔を伏せ、耳を覆って、マドンナは逃げた。
幸村君の嘲笑は決してマドンナを許さない。
「ざまぁなりぃぃぃぃぃぃ!」
幸村君の魂の「ざまぁ」が、どこまでもマドンナを追いかけたのだった。




