36,ノックスの攻防
これは後で聞いた話だ。
ゴーレアに残ったヴァン殿は義勇兵を募った。
煮え切らないドワーフの族長たちを見限ったドワーフの勇者たちは、ことごとくヴァン殿の義勇兵に集まった。
ヴァン殿は精鋭5千の兵を率いてゴーレアを進発しようとしたが、族長たちからストップがかかった。
ヴァン殿はグルジ大支族長に直談判に及び、しぶしぶながら族長たちを納得させた。
この説得にヴァン殿は一日を費やした。
そして、この一日がノックス城の帰趨を左右し、私たちの運命の分水嶺となる。
***
「先生、ゴブリンの大軍がノックスへ迫りつつあります。」
私がホーク殿から報告を受けたのは正午だった。
私たちがノックス城を制圧して5日目のことである。
夜には、この城はゴブリンの軍団に包囲される
「ついに来たなりね。」
「ゴブリンが約1万、オークが30、派手な衣装の女が率いているようだ。」
「マドンナなりね。」
「どうあってもノックス城を取り戻すつもりだ。」
「籠城になるなりか?」
「籠城は援軍が来るという前提条件がなければ無意味だ。」
「ヴァン殿の援軍がいつ来るか、なりね。」
「さっき、タリス殿を使いに出した。ヴァン殿とできるだけ早く連絡を取ることが肝要だ。」
「タリス殿の加速スピードなら今日中には連絡が取れるはずなり。」
「ヴァン殿がノックスへ向かっていればな。」
「ヴァン殿が何らかの理由で来ていない可能性もあるなりね。」
「そういう場合も想定しなければならない。」
「その場合はどうするなりか?」
「ノックス城をできる限り破壊して、撤退する。」
マドンナの動きが速い。
これは厳しい戦いになるだろう。
陽が地平線に沈むころ、ノックス城はゴブリンとオークに包囲されていた。
夕日を背にしてマドンナが魔物の陣頭に立った。
相変わらずのボディコンの派手な鎧姿だ。
「お久しぶりだねぇ、先生。ノックスは返してもらうよ。その城の弱点は分かってんだ。お前たちは100人足らずさね。ゴブリンが押し寄せればひとたまりもないはずだぁ。降伏するなら今のうちだよ!」
相変わらずの大声だ。耳の奥がキンキンする。
私は城からマドンナを見下ろした。
「マドンナよ、お前の言うとおりだ。ここには50の兵しかいない。みんなを説得して降伏するつもりだ。一時間ばかり時間をくれ!」
「はっはー!、時間稼ぎかい。援軍を待つつもりだね。だが、援軍は来ないよ! 見な!」
マドンナの後ろから豚の顔をした大男が現れた。
身の丈三メートルはある巨人だ。
これがオークか!
オークの右腕には獣人が握られていた。
獣人はオークの握力で締め付けられ、呻いている。
「タリス殿なり!」
タリス殿が捕らえられたのか!
「見えるかい、先生、このウォルフの獣人はねぇ、森の中に援軍を呼びに行ったってねぇ。でも援軍は来てなかったのさぁ。このウォルフが戻ってきたところを捕らえてねぇ。はっはっはぁー! さーあ、ウォルフの旦那、先生に教えてあげな。援軍は来ないってねぇ。はっはっはぁー!」
タリス殿は苦し気に呻いている。
オークの握力で何も言えないのだ。
「オークよ、ちょいと握力を緩めておくれ。そしてウォルフの旦那、『援軍は来ない』って、はっきり言いな!」
オークが握力を緩める。
一息ついたタリス殿が振り絞るような声で叫んだ。
「援軍は来ており申ーす。ヴァン殿率いる5千、まもなく到着!!」
タリス殿は最後の力を振り絞った後、気絶してぐったりとなった。
援軍来るの情報に、ノックス城内では歓声が上がった。
「ひゃおぉぉぉ! 援軍来り!」
「5千だよ! それもドワーフの精鋭だべ!」
「魔物どもめ、ドワーフさ恐ろしさ、思い知らせてやるべ!」
マリータ殿が率いる女戦士たちの顔に華やかさが宿った。
だがタリス殿は、オークの手に握られたままだ。
マドンナは苦々しい顔をして言った。
「いまいましいウォルフだねぇ。援軍は来ないって言えば生かしてやったものをさ。オークよ、その獣人、握りつぶしておしまい!」
-----ギリギリギリ!
骨のきしむ鈍い音がした。オークの握力でタリス殿がひねりつぶされた。
オークの手が血に染まった。
「タリス殿!」
私は喉の奥から絞り出すような声で叫んだ。
「やったなりね!!!」
幸村君の体が怒りの炎で包まれ、燃える火の玉となって空に舞った。
抜刀した幸村君がオークに向かって一直線に飛んでいく!
「うおおおおおおおおおお!!」
真田幸村は咆哮した。その気迫が戦場の空気を圧縮する。
「だあああああああああ!!」
炎の剣がオークを一刀両断にし、オークは幸村君の怒りで焼きつくされた。
炎の中で、オークの巨体が燃え落ちていく。
-----ぐわあぁぁぁぁぁぁぁ!
オークの断末魔の声が響くなか、幸村君はマドンナに剣を向ける。
「マドンナ! タリス殿の仇を討つなり!」
さすがのマドンナもその気迫に押された。
マドンナの表情に恐怖が明滅している。
その瞬間だった。
ヴァン殿の率いる義勇兵がモーガル川を越えてノックスへなだれ込んだのである。
5千とはいえ、ドワーフの精鋭である。
「我が名はヴァン・ダイクン、ドワーフの精鋭を引き連れて参上つかまつった! ゴブリンども覚悟しろぉー!」
ドワーフの奇襲攻撃である。
精鋭たちはノックス城を包囲するゴブリン軍団に背後から攻めかかった。
戦場は乱戦となり、血しぶきが夜空を染める。
「我らはこの戦場にて死す! ゴブリンどもを道づれにしてなぁ! わーはっはっは!」
そしてドワーフの精鋭たちは口々に叫んだ。
「ヴァン殿、最高の死に場所だなぁ!」
「死に日和だぜ、ヴァンの旦那!」
「最高の死にぎわを見せてやるぜ!」
ヴァン殿は鬼の如き形相で槍を振るう。
ドワーフの精鋭たちがゴブリンを狂ったように殺していく。
またたくまに、ゴブリン軍団の一角が崩れた。
この猛攻があと一時間続けば、ゴブリンの半数を死に至らしめただろう。
「ひけぇ!、退却だ!」
あわてたマドンナはゴブリン軍団を退却させた。
マドンナにしても、ヴァン殿の援軍がこうも早く到着するとは想定外だったのだ。
マドンナはドワーフたちの一騎当千の兵力を見誤っていたのだろう。
***
ノックス城はかがり火に照らされている。
かがり火の中を、タリス殿の遺体が戸板に乗せられ運ばれていく。
オークに握りつぶされた無残な姿だった。
「あたしが、あのときオークを速やかにやるべきだったなり。」
幸村君は悔やんでも悔やみきれない思いだろう。
「わしらが、あと一日早く進発していれば…」
ヴァン殿も悔しさで泣いている。
「我は何もできなかったべ…」
マリータ殿は肩を落とした。
ユリス君がタリス殿の遺体に寄り添っている。
泣いてはいないようだ。
ウォルフ族は戦士として育てられる。
死はあらかじめの覚悟だ。
だから涙はない。
顔をあげたユリス君が私のところにやってくる。
「先生、父上は異世界に転生したんですよね!」
この語調には哀しみの影は微塵もなかった。
ウォルフ族の教えでは、戦士は死んで異世界に転生するのだ。
「先生、異世界は素晴らしいところだって父上から聞きました。」
「そうだ、異世界は素晴らしいところだ。」
と、私は言った。
「鉄の馬車が走り、鉄の鳥が飛ぶ。
天を衝かんばかりの高層ビルが陽の光で輝いている。
楽しみもいっぱいある。
映画や音楽、アニメや小説、どこにだって行ける、誰とだって話せる。
それから、スマホっていう魔法もあるんだ。」
私は声を詰まらせながらユリス君に異世界の話をした。
ユリス君は顔を輝かせて異世界の物語を聴いている。
それはウォルフ族にとって福音なのかもしれない。
「父上は素晴らしいところに行かれた。僕もウォルフ族の戦士として死んだら父上と同じ異世界に行けるのですね。」
「そうだ」と、私は力なく答えた。
かがり火が、ユリス君の顔を照らしている。
その背後では、泣き崩れた幸村君が嗚咽の声を殺して呻いている。
私の脳裏には、タリス殿が天を仰いでいる姿がよぎった。
あの火祭りの夜、焚火を囲んだ夜のことだ。
天には無数の星々が輝き、星々は私たちのような卑小な存在をあざ笑うが如く見下ろしている。
かがり火はただ赤々と燃え、天を焦がすのみだ。
無双の魔法を操る召喚者も、時には無力であることを思い知らされる。
運命は魔法では変えることができない。




