23,魔族包囲網
ドメルグ・トクーガは慟哭した。
うわぁぁ、と大声をあげて泣きくずれた。
「ガストン、なぜ死んだ! 何故じゃ、何故このような残酷なことが! アーレスがガストンを殺した! わしは死んでも死にきれん! あぁぁぁぁぁ」
グランローゼ城に戻った私たちは、事の次第を報告した。
女王ヒミカは沈痛な面持である。
王女ツキヨミ殿はその場に泣き崩れたが、気丈にも私たちの報告を最後まで聞いた。
ドメルグ殿にはアーレスのことについて聞きたいことがあったのだが、絶望する老人にそれを問いただすのは酷としかいえない。
「オルス卿に尋ねればいいなり。」
「そうだな。オルス卿なら大公家の内情は知り尽くしているはずだからな。」
私たちはヴァルディーノ・オルス卿を伴ってグランローゼ城に戻っていた。
大公に従って私たちと戦った黒の魔導士ではあったが、もはや世界の構図そのものが書きかわったのである。
敵はアーレスであり、マドンナであり、さらに魔族だ。
もはや、我々が敵対する理由はない。むしろ協力すべきなのだ。
「オルス卿、魔族と戦う同志だと思ってさしつかえはないだろか?」
「もちろんです、先生。我々は対魔族の共同戦線を構築すべきです。それに、そのオルス卿という呼び方も堅苦しい。これからはヴァルディーノとお呼びください。」
「ではヴァルデーノ殿、よろしく頼む。」
私たちは対魔族の戦略を練らねばならない。
だが、情報が足りない。
マドンナがアーレスを解放した。
アーレスが魔物を率いてガストンを襲撃し、殺した。
これだけだ。
「サスケが戻ってきたなり!」
幸村君の影の中からサスケ君が姿を現した。
「何かつかんできたか?」
「伝えたいことがいっぱいあるニャ! イースタリアは大変なことになってるニャ。でも、少し休ませて欲しいニャ。」
「疲れているのか。サスケ君に暖かいの飲み物を持ってきてくれ。」
サスケ君は熱い紅茶を飲んで、ひとごごちついたようだ。
「サスケ君、疲れているところ悪いが、状況を報告してくれ。」
「はいニャ!」
サスケ君の報告はこうだ。
「アーレスを幽閉していたノックス城をマドンナが襲撃したニャ。マドンナは魔法を使い、氷の矢で警護の兵士たちを皆殺しにしたニャ。」
召喚者の強力な魔力だ、警護の兵が壊滅したのも無理はない。
トクーガ大公家にはアーレス派と呼ばれる家臣たちがいる。
大公がガストンを後継者に選んだ時、彼らは粛清されたはずだったが、その残党が各地で生き延びていたのだ。
アーレスはかつて自分を支持した家臣たちを呼び寄せ兵力とした。
アーレスは暗黒魔法を発動する。
暗黒魔法は魔物を使役することができる。
アーレスは地中のダンジョンに暮らすゴブリンをあやつり、魔物の軍団を作り上げた。
マドンナは召喚者の強力な魔力で翼竜ワーバーンを復活させた。
「アーレスの家臣たちも暗黒魔法を習得しているニャ。魔族が復活するニャ!」
「魔族復活か。やはりな。」
「今、アーレスと魔物の軍団は、レガリア城を攻めているニャ。」
「トクーガ大公家の本拠地だな。」
「城が落ちるのは時間の問題ニャ。」
「魔物の大群に攻められれば、レガリア城などひとたまりもないわけか。」
「今から救援に向かえないなりか?」
「もう遅い、今行ったとしても落城の後だ。ゴブリンの大群に包囲され、空からはワイバーンが攻撃しているんだ。」
「無念なりね。」
そう言って、幸村君は肩を落とした。
とりあえず、最低限の情報は集まった。
この情報を共有する。
私たちは会議室に集まった。
ギヨーム殿とヴァルデーノ殿、両魔導士。
幸村君と三成君、それにヴァン殿だ。
「ゴドー殿はどうした?」
「冒険者部隊を従えて国境の守りに向かったなり!」
さすがゴドー殿、動きが速いな。
「ヒミカ殿にも臨席してもらおう。誰かヒミカ殿を呼んできてくれ。」
会議室のドアが開き、ツキヨミ殿が入ってきた。
「お母さまは、気分を害して寝込んでおられます。ここはわたくしが…」
「気丈なお姫様だ」と私は言った。
ツキヨミ殿は憂いを含んだ笑顔で私に答えた。
「魔族の復活となれば、我ら王家だけでなくアマテラーザ全体の問題です。わたくしはその陣頭に立つ覚悟です。」
「王女自ら陣頭に立たれると言われるか。」
「はい、覚悟はできております。ガストン殿の仇は討たせていただきます。」
王女ツキヨミの目には強い光が宿っている。
王女が対魔族の陣頭に立つならば、これほどの旗印はない。
かつて魔王を滅ぼした初代王アマテラスの血を引く者だ。
そして、ツキヨミ殿はあの織田信長公の子孫なのだ。
おっと、信長公の件はまだ公表してないから内緒だけどな。
「三成君、いま我々に打てる手はなんだ?」
「まずは国境線を固めるべきです。ゴドー殿が向かわれましたが、ゴドー殿は剣士、魔法の扱いには不慣れです。魔術に熟練した者を送りとうございます。」
「ヴァルデーノ殿、頼めるか? あなたならトクーガの内情にも詳しい。おそらくガストンに仕えた家臣たちも、アーレスに付くべきかどうか思案中といったところだろう。調略を仕掛けてこちらの陣営に付くように働きかけてほしい。」
「承知! わたしもガストン様の仇を討ちとうございますからな。」
「三成君、次は!」
「次に成すべきは、ウエスピア及びサウスティカに使者を遣わすべきです。魔族の災厄は、王家のみにあらず! やがてこの国全体を覆うものと推察し申す。」
「なるほど、対魔族の共同戦線か。ウエスピアのモーリス公爵とサウスティカのシーマ伯爵だな。ギヨーム殿、お任せしてもよいだろうか?」
「承知! わたしの部下の魔導士のなかにはウエスピア出身の者もサウスティカ出身の者もございます。それぞれ使者として遣わします。」
「その地方の出身者を送るわけか。そのほうが話が早いということだ。」
ここでヴァン殿が発言した。
「先生、ノーザン・テリトリーのことを忘れてもらっちゃあ困りますぜ。ノーザン・テリトリーは我らドワーフの土地でさぁ。」
「そうだな、ノーザン・テリトリーがこちらに付けば、敵を挟み撃ちにできる。対魔族の戦いにおいて最も重要な拠点となろう。ノーザン・テリトリーには私が行こう。ヴァン殿、道案内を頼めるか?」
「承知! ドワーフの故郷をお見せしますぜ。」
「幸村君、君も私と来るんだ。」
「承知なり!」
「三成君には対魔族戦の兵站を任せる。」
「承知でござる。」
「ギヨーム殿は宰相としての役目を果たしていただかなくてはならない。」
「承知です。先生。」
さぁーて、対魔族の包囲網が動きだすぞ!
これは総力戦になる。
***
私はグランローゼ城の中を走りまわっていた。
ふと気づくと、城の中庭にポツンとたたずむ老人の姿を見かけた。
ドメルグ殿だ。
ドメルグ殿はガストンの死のショックから抜け出せず、精神を病んでしまったようだ。
毎日、庭を徘徊し、空を見上げている。
かつては、大公! 魔王! などとののしりあった仲だ。
私は涙を禁じえなかった。
だが、私にはどうすることもできない。
時代は対魔族の戦いに沸騰し始めている。
私は戦略を練るのに忙しく、次第にドメルグ殿のことを忘れるようになった。
いや、忘れようとしていたのかもしれない。
城の中庭に雪が降り積もる頃、ドメルグ・トクーガは逝った。
清らかな雪にに埋もれて、眠るように死んでいたと伝えられる。
享年68歳。
乱世の梟雄と呼ばれた男の、寂しい、そして静かな最期であった。




