20,はかなき夢
ガストン・トクーガは500の兵を率いて王都に入った。
大公家の後継者にしては少ない兵の数である。
トクーガ大公家がグランローゼ城を包囲したのは、つい先日のことである。
ガストンは王家に遠慮して護衛の兵を最小限にとどめたのだ。
それでもガストンの行列は実にきらびやかなものであり、グランローゼの民衆はその姿に見惚れた。
ガストン・トクーガ、24歳の凛々しい若者である。
要するにイケメンだ。
「大公殿の息子とは思えん顔立ちだな。」
「魔王殿、あれは母親似じゃ。」
「それ以外、考えられん!」
グランローゼ城に到着したガストンは、女王ヒミカに謁見を求め、女王はすみやかにガストンを謁見の間に通した。
ガストンは女王に跪き、王女との婚約の御礼を述べた。
女王はガストンに大公の位を与え、大公家の代替わりが正式に発表された。
「もう、そなたは大公ではない。これからはドメルグ殿とお呼びしよう。」
「それならば、このドメルグも魔王殿を先生とお呼びしてもよいかの?」
「ならば、これからはドメルグ殿と先生だ。」
つづいて、ガストン殿とツキヨミ殿の結納が交わされ、二人は公式に婚約者となった。
王女ツキヨミ殿はガストン殿に微笑みかけ、ガストン殿はツキヨミ殿の手を取った。
イケメンと美少女の婚約だ。
大衆はこういうものに弱い。
城のバルコニーにツキヨミ殿とガストン殿が姿を現したとき、グランローゼの民衆はわき返った。
「おめでとうございます!」
「ツキヨミ様、お幸せに!」
「ガストーン、ツキヨミ様を泣かせるんじゃねぇーぞー!」
グランローゼの街はお祭り騒ぎだ。
港町からは花火が上がり、夜空を染めた。
城からは祝い酒が振舞われ、人々は平和に酔いしれた。
ここまではセレモニーだ。
肝心なことを決めておかなくてはなららい。
***
私たちは会議室に集まった。
これは非公式な会議だが重要なことを決定する。
根回しというやつだ。
大公家はガストン大公、ドメルグ前大公とトクーガ家の重臣二名が参加だ。
二名の重臣のひとりはヴァルデーノ・オルス卿、黒の魔導士だ。
王家からは女王ヒミカ、王女ツキヨミ、そして私とギヨーム殿である。
幸村君と三成君もオブザーバーとして参加だ。
「幸村君、三成君、オブザーバーは立会人のことだ、会議に口をはさむんじゃないぞ!」
こうした少人数でなければ、会議の進行が遅れるだけだ。
ここは速やかに決定事項を確認する。
私が進行役をつとめる。
「まずは婚儀だ。婚儀は来春、桜の咲くころとしよう。王女はグランローゼ城を出て、イースタリアに向かう。結婚式はイースラリアの州都レガリア城においてとり行う。」
異議なし。
「ガストン殿とツキヨミ殿に子どもが生まれた場合、第一子をアマテラス王家の後継ぎとし、第二子をもってトクーガ大公家の後継者とする。」
ドメルグ殿が疑問をはさんだ。
「生まれた子どもが姫の場合はどうなるのじゃ?」
「その場合は女王、または大公女として即位すればいい。」
「納得できんのう。」
「ドメルグ殿、こればかりは運に任せるしかない。くじ引きみたいなものだ。」
そう、子どもが生まれない場合もあるのだ。
こればっかりは、神のみぞ知るだ。
さて、ここからが重要な点だ。
「大公家はあくまで王家の家臣であることを確認しておく。ただし、王家の血筋が断絶した場合、大公家のしかるべき人物を養子として王家を相続する。その逆もしかりだ。今後、王家と大公家はひとつになる。」
私が言いたかったのは、大公家が王家の家臣であるという一点にある。
相続の話はまだまだ先のことでよく分からん。
こう言っておけば、大公家の方々の面目も立つというものだ。
大公家サイドは苦い顔をしているが、異議は出なかった。
ここが落としどころと見ているののだ。
これも王家と大公家の結婚という前提があってこそだ。
***
この会議は、ドメルグ殿とガストン殿の再開の場となった。
「父上、よくぞご無事で!」
「この魔王殿、いや先生のおかげじゃ。ガストン、先生にご挨拶を。」
「こたびは誠にありがとうございます。先生、今後とも父をよろしくお願いいたします。」
ガストンはよく分かっている。
ドメルグ殿はグランローゼ城に人質として残る。
おそらく、この城で一生を終えることになるだろう。
「ガストン殿、お任せあれ。ドメルグ殿とは魔王・大公と呼び合った仲ですからな。」
「父上はよい友人を持たれた。」
よい友人か…
スローライフをやるとすれば、ドメルグ殿も仲間にいれてやろう。
どうせ暇だろうし、歴史研究の手伝いをさせるのだ。
おっ、ツキヨミ殿がこちらへやってくる。
ガストン殿と並べば、似合いの夫婦だ。
先月、14歳になったツキヨミ殿とは10歳の歳の差だ。
「先生、ガストン殿はよき殿方にございました。」
「ドメルグ殿に似てなくて良かったな。」
「まあ、ドメルグ殿も素敵な紳士ですわ。それなりに。」
「それなりに、か。ツキヨミ殿も言うようになった。どこでそんな物言いを覚えたんだ?」
「わたくしの先生から教わりました。」
一本取られた。
もうひとつの再開はギヨーム殿とオルス卿、白と黒の魔導士だ。
二人は無言で、ひしと抱き合った。
イケメン同士の抱擁だ。
「いま、尊いものを見たなり。」
「尊い、尊いのう!」
おいおい、そんなもの見せると幸村君と三成君が悦ぶだけだ。
***
その夜は晩餐会である。
昨日までの敵同士が、今宵は歓談に花を咲かせている。
女王ヒミカは手づから料理を切り分け、ガストン殿の皿に添えた。
ガストン殿は恐縮し、そのたびに席を立つのだ。
みなが笑い、おいしそうに料理を食べている。
私の仕事は終わった。
あとはスローライフを楽しむだけだ。
私はバルコニーに出た。
町のお祝い騒ぎはまだ続いている。
満天の星だ。
「どうしたなりか?」
幸村君もバルコニーに出てきた。
「星を見ている。」
「星がさえざえとしてるなり。もうすぐ冬なりね。」
「うん、冬になったらこの城を去ろう。」
「スローライフなりね。」
「スローライフだ。」
私の胸中に、寂しさのようなものがこみ上げてきた。
その寂しさは、私の中で何かが終わったことを告げていた。
***
ガストン・トクーガは、晩餐会の三日後、イースタリアの州都レガリア城への帰途についた。
私たちもガストン殿の見送りのために国境まで同行した。
ゴドー殿が王都防衛軍(通称、冒険者部隊)をひきいて、ガストン殿の警護にあたった。
これは王都防衛軍にとって初めての行軍である。
演習の一環でもあるが、大公家に王都防衛軍の存在を印象付ける目的もある。
私は幸村君が手綱を取る馬車に乗ってお見送りだ。
馬車は東へ、東へと進み、国境地帯に至る。
ここでガストン殿を見送る。
王家の軍隊がイースタリアを進軍するわけにはいかない。
これも政治的配慮だ。
ガストン殿はここで私たちに礼を言い、遠くレガリア城に帰っていった。
すべてが、うまくいっている。
私たちの誰もがそう信じていた。
それが儚い夢であることに気づくのは、少し後のことになる。




