93話 カイの安否
朝になり、僕たちボイテルロック領へ向かう組とエルさんたちプレスディア王朝へ向かう組は、準備を終えて、いつでもアンテス領を飛び立てる状態だ。
僕は、エルさんたちのところに顔を出す。
「エルさん、カーディア正統帝国の後ろでブレイギル聖王国が手引きしているかもしれないから、ブレイギル聖王国も警戒しておいたほうがいいと思う」
「うん、分かったわ」
僕が忠告すると、三人は険しい表情に変わり、エルさんが返事をした。
そして、僕が彼女たちから離れると、エルさんは、急に笑顔を浮かべて、僕に手を振りながら、ブラックドラゴンの背に乗る。
僕は離れた位置から、エルさんたちが飛び立っていくのを見送った。
彼女たちが見えなくなると、アスールさんの背中へ乗り、僕たちも飛び立つ。
僕たちのことを、エイルマーさんが見送ってくれていた。
僕は彼に手を振り、彼が見えなくなると、正面を向く。
すると、ボイテルロック領へ向けて、ルビーさんを先頭にドラゴンたちは加速していく。
ペスたちもドラゴンと一緒に編隊を組んで、同じ速度で付いて来ている。
ドラゴンの空気抵抗を無効化する魔法の範囲内にいるから、無理はしていないようだ。
カイが目指した進軍先、ボイテルロック領の首都ファスト市を目指して飛んでいると、街道を隊列を組んで進むアンテス領軍が見えてきた。
彼らは、ちょうどボイテルロック領内へ入る位置にいた。
地上での大規模な軍隊の移動は、時間が掛かるのだ。
ルビーさんたちが国へ帰ったら、僕たちも、こんなに速く移動をすることは出来なくなる。
この騒動が終わったら、ユナハ市に戻って乗り物関連の開発状況を確認する必要があるなと、僕は街道を歩くアンテス領軍の隊列を見つめながら、そんなことを思っていた。
僕が思いふけっている間に、アスールさんはアンテス領軍の隊列の上空を通過して、ボイテルロック領内の上空を飛んでいた。
向かっている方角に煙が立ち上っていることで、僕は我に返った。
カイたちが、まだ戦っているのかもしれないという不安が募り、焦ってくる。
「アスールさん、前方の煙が気になるから、もう少し早く飛べないかな?」
彼女はこちらを振り返る。
「フーカ、焦る気持ちは分かるが落ち着け!」
「ごめん」
僕が謝ると、彼女の口元がわずかに上がった気がした。
彼女は正面へ向き直ると、そのままルビーさんの後方を飛び続ける。
首都ファスト市が見えてきた。
煙はファスト市の街から立ち上っていた。
しかし、戦闘が行われているようには見えない。
僕は戦闘が終わった後なのだろうかと思い、不安が募ってくる。
ファスト市の上空までくると、市内の様子が目視で確認できた。
建物の多くに燃やされた跡があり、まだくすぶっているところもあちこちに見られる。
しかし、人々が逃げ回っている様子もなく、戦闘も行われていない。
僕たちは市内に下りるのは危険と考え、街を守る城壁の外へ着陸することにした。
城壁の外に下りた僕たちが、市内へ入るための手段を相談していると、城壁の門から馬に乗った兵士が一人で駆けてくる。
僕たちは警戒するが、彼の腕には、手のひらサイズの可愛い狐の紋章のついた布が巻きつけられていた。
あの恥ずかしい紋章はうちのだ。
僕たちのそばにまで近付くと、彼は馬から降り、僕の前でひざを折る。
「先ほど、ファスト市を制圧したばかりで、お迎えが私のみで申し訳ありません」
「いや、忙しいところをごめんね」
「いえ、大丈夫です。これより陛下方をカイ様とヘルゲ様のところまでご案内いたします」
「よろしくお願いします」
「はっ!」
彼は立ち上がると、僕たちの準備が整うまで待ってから、城壁へ向かう。
僕たちは彼の後をぞろぞろと着いて行く。
市内に入ると、まだ炎を上げて燃えている建物も多く、兵士と住民たちが協力してバケツに汲んだ水を掛け、消火活動にあたっていた。
水を掛けてもなかなか消えない炎を見て、アスールさんがトコトコと燃え盛る炎のそばまで行く。
すると、「どいてろ!」と叫び、消火活動をしている兵士と住民たちを下がらせる。
そして、彼女は大きく息を吸うと、火元に吹きかけるように息を吐いた。
「「「「「ヒィー!!!」」」」」
僕たちは、ひんやりする空気が流れてきたことでブレスだと気付き、驚いて悲鳴を上げる。
だが、彼女はブレスの調節ができるらしく、火元とその周辺を凍らせるにとどまり、火は鎮火された。
「「「「「おぉぉぉー!!!」」」」」
パチパチパチパチ――。
燃え盛っていた炎が一瞬で鎮火されたことに、兵士と住民たちから歓声と拍手が起こる。
アスールさんは、歓声と拍手を贈られ、恥ずかしそうに照れている。
そんな彼女の手を引っ張る少女の小さな手があった。
アスールさんは、少女を優しく見つめる。
「あっちも!」
「へっ!?」
少女の指差す先には、まだ燃えている建物がいくつかあった。
そして、少女はアスールさんの手をぐいぐいと引っ張っる。
アスールさんは、オロオロしながらこちらへ視線を送って困っていた。
少女に急かされて困っている様子が微笑ましく見える。
僕は、アスールさんに向かって頷くと、彼女は嬉しそうな表情を浮かべ、少女の頭をなでながら、まだ燃えている建物へと少女に引っ張られるように向かって行った。
「「「「「……」」」」」
竜族の皆さんが、アスールさんを見て固まっている。
固まるほど驚くなんて、彼女に対しての扱いが酷い……。
「ルビー様、アスール一人では心配なので、私もついて行きたいのですが、よろしいですか?」
「う、うむ」
真っ先に我に返ったネーヴェさんは、ルビーさんから了承してもらうと、アスールさんと少女を走って追いかけて行った。
うーん。なんだか、アスールさんが可哀そう……。
僕たちはアスールさんとネーヴェさんの二人を残して、先にカイのもとへと向かう。
歩いていると、崩れた建物も多く、数か所では瓦礫が道をふさいでいた。
市内の被害は大きいようだ。
そして、道端には死体が並べられており、兵士だけでなく住民の死体もある。
酷いありさまだ。
かなり乱戦になったように見えるが、カイの率いた部隊の被害は大きいのではないだろうかと心配になる。
ヘルゲさんの部隊も合流しているようだし、大丈夫だと思うが、この街のありさまを見ると、不安がぬぐえない。
そして、二人がこんなことをするとは思っていないが、戦いの中では、やむなく街を破壊することはあり得る。
この酷いありさまが二人の手によって行われていないことを祈るのだった。
城にたどり着くと、壊された門から城壁の中へ入る。
ここまで、瓦礫でふさがれた道を迂回したりして、けっこうな道のりだった。
おかげで、僕は息を切らし、呼吸が荒い。
皆は、そんな僕を白い目で見てくる。
その視線に反発したい。
「現代っ子のひ弱さを、甘く見るなよ!」
「「「「「???」」」」」
僕は息を切らしながらも叫んだが、皆は、僕の言葉に首を傾げていた。
開き直って叫んだ言葉に、誰からもツッコミがなく、スルーされるとは思ってもみなかった……。
言葉の意味が伝わらずに見つめられたまま放置された僕は、とても恥ずかしくなってくる。
ヒーちゃんなら分かってくれる。
僕は、一縷の望みをかけて、彼女に目を向けた。
すると、彼女は悲しそうな表情で僕を見つめ、ガッカリしているだけだった。
そんな彼女を目にした僕は、何とも言えぬ中途半端な雰囲気を作り出してしまったことを後悔するのだった。
これからは、もう少し体を鍛えよう……。
城壁の中では、庭にテントが張られ、救護施設が設営されていた。
そこでは、けが人の手当てだけでなく、食料などの物資を住民に配ったり、炊き出しも行われていた。
「フーカ様、手伝いたいと思うのですが、いいですか? フーカ様? あのー、大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫。手伝ってあげて」
「はい」
ミリヤさんは、自爆して落ち込んでいる僕を気に掛けながらも、救護施設へと向かって行った。
「今度からは、皆にも通じるような開き直りをしたほうがいいです。見ていて痛々しいです。それと、あのセリフは、さすがに引きます」
ヒーちゃんは、僕を心配してくれているのだろうか? それとも、とどめを刺したいのだろうか? 分からない……。
僕は、さっきのことを忘れようと頭を振り、目の前の状況に集中した。
ここで行われていることを考えると、街の破壊はカイたちの仕業ではない気がする。
しかし、ここの連中が自分たちの街を破壊した理由が分からない。
僕は頭の隅で悩みながら、前を進む兵士に置いて行かれないようについて行く。
城の玄関は開け放たれ、案内の兵士と僕たちが近付くと、二人の守衛は、僕たちに敬礼をしてから、一歩下がる。
「ご苦労様」
僕は、二人に言葉を掛けてから中へと入る。
入るとすぐに大きな広間が現れた。
そこには、多くの住民が集まり、座っていたり、寝そべっていた。
「ここにいる人たちは?」
「市街戦に巻き込まれて居場所をなくした住民たちです。カイ様とヘルゲ様が城を制圧した後、困っている住民たちの避難場所として開放したのです」
「そうなんだ」
僕は案内の兵士の返事に、嬉しくなった。
ここに住む人たちのことも考えている二人が、街を破壊したのではと少しでも疑った自分が恥ずかしい。
こちらをチラチラと不思議そうに見る住民たちの横を通って、大広間を抜けると、両開きの豪華な扉の前に着く。
彫刻が施され、金や宝石があしらわれている扉は、無駄に費用をかけているとしか思えない。
案内の兵士がその扉を叩くと、中から「入れ!」と声が掛けられる。
僕たちは、兵士を先頭に中へ入ると、部屋中が金や銀でピカピカと輝き、天井には見事な絵が描かれ、そこからシャンデリアが下げられていた。
壁には、ずらっと絵画も並んでいる。
今まで見たことがないような煌びやかな豪華な部屋に、僕が唖然としていると、皆も部屋をキョロキョロと見回して唖然としていた。
贅の限りを尽くすとは、こういことをいうのだろうかと思ってしまう。
部屋の中央をに目を向けると、ヘルゲさんとカイが、大きなテーブルで、士官たちと話し込んでいた。
二人の姿を見つけた僕は、今までの不安が取り除かれ、ホッと胸をなでおろす。
僕は、ここまで案内をしてくれた兵士に「ご苦労様」と声を掛けてから、ヘルゲさんとカイの二人がいるところへ合流する。
「大変なことになったけど、二人とも無事で良かったよ」
「「ご心配をおかけしました」」
僕は二人にニコッと微笑んで返す。
「早速ですが、現状を報告します」
「うん。お願い」
ヘルゲさんは、黙って頷くと話し出す。
「現在、ファスト市は我々によって制圧をほぼ完了しています。敵勢力の生き残った者は捕らえてあり、貴族と士官は地下牢に入れ、一般兵は聴取をしたのち、命令に従っていただけの者に対しては解放し、追って指示あるまで自宅待機、家を失ったものは城での待機を命じています」
「うん、それでいいよ。ありがとう。それで、ここまで来る間に戦争でもあったような破壊された街を目にしてきたんだけど、何があったの?」
「フーカ様、さっきまで戦争をしてたんですよ。大丈夫ですか?」
ピクッ。
「……スゥー、ハァー」
レイリアにツッコミを入れられ、揚げ足を取られた僕は、眉がヒクヒクするのを感じながらも、平常心を保つために大きく深呼吸をした。
「レイリア、街が酷いありさまだったことを言いたかっただけで、分かってるから大丈夫だよ」
「それならいいです」
彼女は、ニコッと笑顔を返してくる。
天然って怖いと思っていると、シャルたちからは、クスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。
「コホン。まずは我々がここに到着する前からになりますが、よろしいですか?」
「うん。お願い」
レイリアが壊した緊張感を、ヘルゲさんが咳払い一つで直してから、説明をしてくれることとなった。
「私とカイはボイテルロック領内で合流し、ファスト市へ向かいました。ボイテルロック領軍はカーディア新帝国の進軍を抑えるべく兵のほとんどを回していたので、ファスト市までは領軍と会うこともなく進軍でき、ファスト市自体も手薄となっており、市内への侵攻も容易でした。しかし、市内に攻め入った途端、宰相の親族を中心とした貴族たちの指示で街に火が放たれ、大混乱となった市街での戦闘となり、街への被害を食い止めるのが遅くなってしまいました。申し訳ありません」
ヘルゲさんが頭を下げると、カイも頭を下げた。
「いや、そういうことなら仕方ないよ」
僕の言葉に、二人は少しホッとした表情を見せる。
「今回、特殊部隊、工兵部隊、偵察部隊が素晴らしい働きをしてくれました。彼らが我々と一緒に従軍していなければ、状況はもっと酷くなっていたと思うとゾッとします。フーカ様が先を見越して作られた新設部隊は、やはり正解でしたな」
彼の言葉に、カイもコクコクと頷く。
誰かがこちらに近付いてくる。
それは、アルバンだった。
現場に出ていたのだろうか? 彼の顔は煤で黒く汚れていた。
こちらに来た彼は、街の火災をアスールさんとネーヴェさんが、ほとんど鎮火させたことを、ヘルゲさんに報告する。
そして、僕に敬礼をした。
「二人が、ほとんど鎮火しちゃったの?」
「はい。お二方とも、子供たちに、「あっちも! こっちも!」と引っ張りまわされては、目につく火災を鎮火していましたから」
「「「「「……」」」」」
僕たちはアルバンの報告から、二人が子供に手を引っ張られ、ブレスをせがまれている光景が脳裏に浮かぶと言葉を失い、苦笑するしかなかった。
あんなに強い二人でも、子供には形無しなんだ。
そして、アルバンは、工兵部隊が消火活動の終わったところから、瓦礫の撤去と道の復旧を行っていることを報告する。
ヘルゲさんは大きく頷くと、「今回の戦いで、新設部隊の導入に、いまだ半信半疑だった者たちも認めざるをえないでしょう」と付け加えた。
すると、カイとアルバンも大きく頷く。
僕も、こちらの世界とは違う戦い方や訓練を行う軍隊が、命令だからではなく、認められ出していることに嬉しくなった。
テーブルの前で立ったままで話していた僕たちは、兵士が部屋の端に席を用意してくれると、そちらのテーブル席へと移り、少し休むことにした。
カイ、ヘルゲさん、アルバンの三人も一緒に移動していると、イツキさんがカイのそばへと近付いて話し掛けている。
イツキさんは表には出していなかったが、カイのことが心配だったんだ。
やっぱり母親なんだなと思う。
ただ、二人のそばをマイさんが嬉しそうな笑顔で一緒に歩いていた。
彼女がカイの無事を喜んでいる光景を見て、今まで心配のしの字も無かった行動と、今の光景が繋がらず、僕の脳が悲鳴をあげる。
そして、リンスバックで僕とカイがトラブった時のマイさんの姿も浮かんでくると、僕の脳は、さらに悲鳴を上げることとなった……。
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