94話 カーディア新帝国との境界
豪華な部屋で、豪華なテーブルと椅子に座ってお茶を飲んでいると、貧乏性なのか、どうにも落ち着かない。
小休止を挟んでから、今、起きている事態の話しをするつもりだったのに、豪華な造りのせいで、僕だけがあまり休めていない気がする。
それでも話しを始めなければならない。
僕は、ヘルゲさんたちに、カーディア新帝国の侵攻の後、カーディア正統帝国がプレスディア王朝とユナハ国へ対して侵攻の準備をしていることを話し、シュミット王国とハウゼリア連邦のことも加えた。
彼らの顔は、僕の話しを聞いていくうちに、今までの穏やかな表情から険しいものへと変わっていく。
そして、僕に問いかけることなく、揃って腕を組んで唸っていた。
「ヘルゲさん、カーディア新帝国の侵攻状況はどうなっているの?」
彼は腕を組んだまま、こちらに視線を向けてから立ち上がると、地図を持って戻って来る。
そして、テーブルに地図を広げた。
「ファスト市の数キロ先、大体、このあたりまでまで来ています」
彼は地図に線を引くように、指で示した。
ボイテルロック領の三分の二くらいは占領されたようだ。
思っていたよりも獲られてるな……。
「今、偵察部隊がカーディア新帝国の動向を常に監視していますので、動きがあれば報せが来るでしょう」
僕は、黙って頷いた。
「現在、偵察部隊を追わせるように、いくつかの部隊を先行させていますが、ファスト市がこのありさまでして、復旧に人員を取られ、前線に送る部隊の再編に遅れが出ています」
ヘルゲさんは僕を見つめながら、申し訳なさそうな表情で付け加える。
すると、シリウスとレイリアが立ち上がる。
「「手伝ってきます」」
「うん、お願い」
「はっ!」
「はい!」
二人は返事をすると、アルバンと士官たちが集まっているテーブルへと向かった。
「じゃあ、私も」
ガシッ。
マイさんが二人の後をついて行こうとするのを、イツキさんとカイが腕を掴んで止める。
彼女はふくれっ面で座りなおすと、ヘルゲさんがホッとした表情を浮かべた。
僕もホッとする。
情報が集まるまで待つしかない僕たちは、地図をジッと眺めていた。
「地上からの偵察だけでは、心許ないでしょう。上空からなら敵の詳しい配置も分かるでしょうから、私の部下にカーディア新帝国軍の前線の様子を見させてきましょう」
「イーロ殿、かたじけない」
イーロさんが偵察を申し出てくれると、ヘルゲさんが頭を下げる。
「イーロさん、よろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
イーロさんは僕に返事をすると、部下に手で合図を送った。
すると、部下の一人が敬礼してから席を離れていく。
マイさんが黙ったまま、澄まし顔でついて行こうとする。
ガシッ。
再びイツキさんとカイが腕を掴んで止める。
今度は、イーロさんがホッとした表情を浮かべた。
いい加減にして欲しい……。
詳しい現状の整理を始めていると、ミリヤさんがアスールさんとネーヴェさんと一緒に戻って来きた。
「ご苦労様」
僕が声を掛けると、三人はニコッと嬉しそうに微笑む。
「フーカ様、救護施設の方は重傷者の治療も終わり、今は落ち着きだしていますので、問題ないでしょう」
「ありがとう。しっかりと休んで」
「はい」
ミリヤさんが席に着くと、オルガさんが、彼女にお茶と簡単な食事を出した。
一方のアスールさんとネーヴェさんは、とても疲れきっているように見える。
「えーと、アスールさんとネーヴェさんは、大丈夫?」
「ずごじ、づかれだだげど、ぢょっどやずめば、だいじょうぶだ」
アスールさんのガラガラ声に、僕たちはギョッとする。
「ぞのどおりでず。わだじも、ずごじやずめば、もんだいありまぜん」
ネーヴェさんまでもがガラガラ声になっていた。
二人に何があったのだろうか?
僕は、ルビーさんならガラガラ声の原因が分かるのではと、彼女を見る。
「フーカ殿、問題ない。ブレスを吐きすぎただけだ。しばらくすれば治るから、心配はない」
「ブレスの吐きすぎって……」
ルビーさんの言葉に、僕は唖然としてしまう。
「そうだ!」
僕は荷物の中に、のど飴があったことを思い出し、リュックの中を漁ると、アスールさんとネーヴェさんは興味津々でこちらを見つめていた。
期待されているのに、のど飴を出してガッカリされないか不安になってくる。
取り出したのど飴を、二人に手渡す。
「ちょっと待った!」
アスールさんが袋ごと口に入れるのを見た僕は、急いで止めた。
「アスールさん、袋は食べられないんだよ。袋から出してから口に入れて」
彼女は、手のひらにペッと吐き出すと、袋を破いてから口に入れなおす。
その様子を見ていたネーヴェさんは、袋からのど飴を取り出して、恐る恐る口に入れた。
二人は口の中でコロコロと転がすと、頬を押さえて幸せそうな表情を浮かべる。
気に入ってもらえたようだ。
「「「「「ゴクッ」」」」」
生唾を飲み込む音が皆から聞こえてきたような気がしたと思ったら、「ゴホン」「ケホケホ」と皆が咳を始めた。
僕は仕方なく、のど飴を皆の手に一つずつ配っていく。
「もう二つ下さい」
「えっ!? なんでレイリアがいるの? 向こうで再編成の話しをしてたんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれです」
「意味が分からん。それよりも、何で、もう二つなの?」
「シリウスとアルバンの分です」
「そ、そう。がめちゃダメだからね」
「し、失礼な! 私は、そんなに食いしん坊じゃありません!」
いや、のど飴を配ってることを察して、ここにいる時点で食いしん坊だと思うんだけど……。
僕は、レイリアの手にのど飴を二つ載せると、彼女はニコッとして嬉しそうに戻って行く。
彼女ががめないか、その行動を追っていると、ぎくしゃくしながらもシリウスとアルバンにのど飴を渡していた。
のど飴を渡すだけなのに、物凄く葛藤しているように見えたんだけど……。
さっきから僕の視界の端をウロチョロとして、うっとおしい人物がいた。
ケイトだ。
何をしているのかと観察すると、皆から、のど飴を包んでいた袋を回収していた。
僕にとっては、ただのゴミでしかないけど、こっちの世界では貴重な物だということを忘れていた。
それにしても、ドラゴンがブレスを吐きすぎると、のどを痛めるなんて驚きだ。
日本では誰も知らないだろうから自慢したい。
しかし、誰かに話したとしても、妄想と笑われて終わりそうだ……。
その後、皆とカーディア新帝国の対策を話し合っていると、あっという間に数時間が過ぎてしまっていた。
皆の顔にも疲労が見られてきたので、少し休憩をとることにする。
アンさんとオルガさんがお茶を淹れなおしてくれていると、偵察に出ていたイーロさんの部下が戻ってきた。
彼は僕の前に来ると、敬礼をする。
そして、カーディア新帝国軍が、ここから数キロのところに陣地を造り、すでに約一万人の兵士が集結していたと報告した。
「ありがとう。しっかりと休んでね」
僕は彼にお礼を言うと、シャルに視線を向ける。
「状況が状況なので仕方がないですが、こちらが出遅れてますね」
シャルは、そう言うと難しい表情を浮かべる。
「そうだね。疲れている皆には悪いけど、こちらも準備を急いでくれるかな。ごめんね」
「「「「「はい!」」」」」
シャルたちが気持ちの良い返事をしてくれる。
皆は、アンさんとオルガさんが淹れてくれたお茶を飲み干すと、すぐに席を立ち、動き出した。
◇◇◇◇◇
皆が頑張ってくれたおかげで、翌朝には三千ほどの兵士が揃った。
僕たちは、彼らとともにカーディア新帝国軍が陣地を布いている場所の付近まで移動する。
歩いている兵士の中を、僕たちだけが馬車で移動するのは気が引けたが、一緒に歩いたら体力的に足を引っ張るので勘弁してもらう。
数時間ほどで、こちらの陣地に到着した馬車が停車する。
久々の馬車移動に、僕たちは、降りるとすぐに、小さく呻きながら身体を伸ばす。
いつの間にか、身体がドラゴンでの移動に慣れ切ってしまっていた。
「やっぱり、移動は馬車よりもドラゴンの背に乗っているほうが楽だな」
アスールさんが、最初に感想を言い出すと、ルビーさんたちは、彼女を呆れた表情で見つめた。
その様子を見ていた僕は、何とも複雑な思いになる。
辺りを見回すと、先行していた部隊がいくつものテントを張り、すでにこちらの陣地を構築していた。
さすがに今回は、一夜城を造る余裕はなかったので仕方がない。
そして、カーディア新帝国軍が陣地を布いている方向には、目視できる位置に、木枠を組んだバリケードが設置されていた。
その向こうにも、テントがいくつも並んでいるのが見える。
僕は、自軍が設置したバリケードのそばまで行くと、見張りの兵士が僕の身を案じて、そばに来る。
カーディア新帝国軍のバリケードにも見張りが立っており、こちらを警戒しているようだった。
お互いのバリケードの間が、カーディア新帝国とユナハ国の境界となっているようだ。
僕は見張りの兵士の落ち着かない様子に、自分が彼の邪魔をしていると気付き、「ご苦労様」と声を掛けてから、その場を離れ、中央にある大きなテントへと向かった。
テントの中へ入ると、アンさんが駆け寄って来る。
「フーカ様、何処に行っていたんですか?」
「えーと、バリケードのところ」
「……一人でですか?」
「うん」
「護衛もつけないで、勝手にそんなところへ行かないで下さい! 今度、勝手にウロチョロしたら、お仕置きをしますから、肝に銘じて下さい!」
「ご、ごめんなさい」
アンさんは、僕を叱りつけてから、ニッコリと微笑む。
その微笑みが怖い……。
テントの中では、ヘルゲさんたちが中央に置かれたテーブルで作戦会議を行っていた。
僕は彼らの邪魔にならないように、端に用意された椅子へ座り、彼らの会議を眺める。
会議は思うように話しがまとまらないようだ。
それは仕方がないと思う。
ファスト市の復旧にも人員を費やしているために、戦力が揃っていないのが痛い。
こちらは、ドラゴンというチート的な戦力を持ってはいるけど、両軍が乱れて戦うことになりそうな、ここの布陣では戦わせづらい。
それに、アスールさんたちも味方を気にしながらでは、戦いづらそうだ。
しかし、いつまでもここで睨み合って均衡状態が続くのは、カーディア正統帝国の件もあるので好ましくない。かといって小戦力でむやみやたらに攻め込むわけにもいかない。
僕はヘルゲさんたちの話しにも耳を傾けながら、自分なりの戦略を考えてみたが、悩み苦しむだけだった。
作戦会議でも僕が思っていたことと同じく、アスールさんたちの戦力が話題に上がったが、自分たちが彼女たちの足手まといになってしまう結論にたどり着いてしまう。
それに、アスールさんはともかく、ルビーさんたちはグリュード竜王国の女王と重鎮にあたる。
そんな人たちを、自分たちの戦いに起用するのは良くないと、釘を刺す発言をする者もいた。
平然とルビーさんたちに頼っていた僕は、耳が痛くなる。
作戦会議がまとまることはなく、時間だけが過ぎていると、一人の兵士がテントに駆け込んできた。
そして、カーディア新帝国からの使者が来ている事を告げる。
僕たちは驚きつつも、急いで使者のもとへと向かう。
使者を待たせているテントへと入ると、そこには、甲冑を着た騎士が兜をわきに抱えて立っていた。
僕は、彼から少し離れた位置に立つと、ヘルゲさんとシリウスは、いつでも僕を護れる位置に着く。
「待たせて申し訳ない。僕がユナハ国国王のフーカ・モリ・ユナハです。ご用件は何ですか?」
彼は少し戸惑った様子でこちらをうかがう。
そして、ひざを折ると、頭を下げたまま筒を差し出した。
僕の横に並んで立つシャルが、僕の脇腹を肘で強めに叩く。
「フーカさん、王らしくして下さい。まったく威厳がない態度に、使者の方が戸惑ってたじゃないですか」
彼女は小声で注意してくる。
「ごめんなさい」
僕も小声で謝る。
アルバンが使者から差し出された筒を受け取ると、こちらをチラッと見て、苦笑しながらヘルゲさんへ渡す。
そして、ヘルゲさんは、筒から手紙を取り出すと、僕にその手紙だけを渡す。
僕が直にもらった方が早いのでは? と思うが、安全面を考慮してのことだから、仕方がない。
手紙に目を通してみると、書いてあった内容に、僕は驚いた。
手紙には、ユナハ国への敵対の意志がないことが書かれており、カーディア新帝国の代表が、こちらに出向き、話し合いの場につきたいとも書かれていた。
そして、差出人には『カーディア新帝国、ヘルマン・フォン・ベーレンドルフ』と書かれている。
僕は、自分だけで判断するわけにもいかず、その手紙をシャルに渡し、皆にも見せるように頼んだ。
僕は、「使者には、こちらが返事を出すまで、他のテントでくつろいでもらうように」と、近くの兵士へ命令する。
そして、兵士に連れられた使者が、テントから出るのを待った。
使者がいなくなると、僕たちは輪になって相談を始める。
シャルたちも手紙の内容が想定外であったために、「何かの画策では?」「とんでもない要求をしてくるのでは?」「降伏勧告のつもりでは?」などと、意見は出るものの、どれもしっくりこない意見ばかりで、なかなかまとまらない。
「大丈夫よ! 話し合いの場を持つと返事をすればいいわ」
マイさんが自信満々で協議することを主張した。
また、僕たちの知らないところで、この人は何かをしているんじゃないのかと疑問を抱くと、イツキさんが僕のそばに来る。
「彼らに敵意はないと思います。今は、カーディア新帝国と話し合いをするべきです」
何故だか、イツキさんがマイさんの意見に加勢するので、カーディア新帝国と協議をすることで意見がまとまってしまった。
こちらが用意した場所で、翌朝、協議をしても良いとの内容の返事を記した手紙を筒に入れると、使者に持たせて、敵陣へと帰した。
僕は、マイさんの意見を受け入れたことに不安を抱くが、イツキさんも同じ意見なのだから大丈夫だろうと、自分に言い聞かせるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
この作品が、面白かった、続きが読みたいと思った方は
下にある☆☆☆☆☆を押して、
評価をしていただけると嬉しいです。
また、ブックマークもいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




