76話 一夜城と肉の壁
カーディア帝国軍が捨てた陣地を有効活用している僕たちは、彼らが後方に用意していた陣地を監視していた。
今のところ、帝国軍に動きは見られないが、油断はできない。
偵察部隊からは、帝国軍が戦力を立て直すために、部隊を再編成していると報告されている。
こちらも、対抗策の一夜城を、ほぼ完成させた。
しかし、見た感じが櫓のようで心許ない気もする。
「ねえ、サイディングボードをつけてみたら?」
僕を見て、ケイトとリネットさんが首を傾げる。
「「サイディングボード?」」
「えーと、前もって、木の板の表面に、薄く切ったレンガを張ったり、漆喰を塗ったりしておいた物を、建物に貼り付ければ、簡単に壁が出来るんだよ」
「「そういうことは、早く言って下さい!」」
眉間に皺を寄せた二人は僕に向かって怒鳴る。
良かれと思って提案したのに、二人のその態度はあんまりだ。
リネットさんがすぐに手配をし、サイディングボードが作られることとなった。
僕の隣にイーリスさんが来ると、僕が首にかけていた双眼鏡で敵陣を観察する。
彼女が近付くといい匂いがする。
「ここのところ、幌のついた荷馬車が頻繁に来ていますが、補給でしょうか?」
「もしかして、その馬車が補給を持ってくるのを待っていて、攻めて来なかったのかな?」
「その可能性もありますね。どこか不気味なので、今は注意は怠らないほうがいいでしょう」
僕は、彼女から双眼鏡を返してもらうと、敵陣を覗いた。
「あの荷馬車とは違う荷車みたいなのも気になるね。盾のように、大きな板を張り付けているけど、初日に僕たちが矢を防いで回収するために使った荷馬車の真似かな?」
彼女は、再び僕の双眼鏡を使って、敵陣を覗く。
「そのようにも見えますが、数が多いですね。あれなら、荷馬車と違って、人力で自由に動かせますから、厄介かもしれませんね」
「確かに……」
僕とイーリスさんは、敵陣を覗きながら考察するが、これと言った結果までにはたどり着けなかった。
一夜城の後方、アルセ市側が騒がしくなった。
僕とイーリスさんが見に行くと、一五台の火砲馬車を配置している最中だった。
そして、そのさらに後方には、ペスたちワイバーンが羽を休めていた。
◇◇◇◇◇
一日が過ぎた。
一夜城には、朝早くから、サイディングボードが取り付けられていった。
これで、完成だ。
敵からすれば、こんな山城のような建物が、二日程度で建ってしまうのは驚異だろう。
実際、一夜城を建て始めると、何度も敵から偵察の兵士が送られてきていた。
しかし、特戦群の働きで、全ての敵兵が狙撃されている。
敵陣を眺めていると、敵部隊が整列を始めだした。
僕は急いで、一夜城内に造られた会議室へ飛び込み、そのことをシャルやイーリスさんたちに報告する。
皆は、一斉に動き出し、敵の攻撃に備えて動き始めた。
また、戦闘が始まると思うと、気が重い。
「「「「「おぉぉぉー!!!」」」」」
敵陣から大きな掛け声が響いた。
すぐに声の方向を確認すると、複数の群れになった敵兵が、こちらへ向かって押し寄せてきていた。
ドーン! ドーン、ドーン――。
一夜城の後方から轟音が響く。
火砲馬車が火を噴いたのだ。
城の屋上に上がると、腕時計を見つめて、無線機の前に立つオルガさんがいた。
「ちゃくだーん。今!」
ドドドドドーン。
彼女の掛け声とともに、爆発音が響き、土煙が上がると、敵軍が吹き飛んだ。
敵部隊の中央には、地面もろとも大きな穴が空く。
もう、やってることが自衛隊じゃん!
僕の頭にそんな感想が浮かぶ。
「ガガ……。第二射装填。ガガ……。準備良し!」
無線機から声が聞こえると、オルガさんは腕時計を見る。
「ってぇー!」
彼女は無線機に向かって叫ぶ。
ドーン! ドーン、ドーン――。
再び、轟音が響く。
火砲馬車の方をみると、筒からは白い煙が立ち昇っていた。
「ちゃくだーん。今!」
ドドドドドーン。
再び、彼女の掛け声とともに、爆発音が響き、土煙が上がると、敵軍が吹き飛ぶ。
今度は、敵部隊の先頭に大きな穴が空く。
彼女は手をかざして、敵軍の様子を確かめた。
そして、逃げ惑う敵兵を見て、満足そうな顔をする。
あまりにも戦力の差が違いすぎることに、敵へ同情しそうになってしまう。
砲撃から逃げ惑う敵兵は、特戦群のスナイパーと弓兵のクロスボウによって、ことごとく倒されていく。
カーディア帝国軍は、戦力を立て直して攻めてきたが、近代兵器と連携したユナハ国軍の圧倒的な強さの前では、近付くこともままならないでいた。
ここまで力の差を見せつけられたのだから、降伏してくれればいいのに……。
それは、僕の正直な思いだった。
僕たちユナハ国軍が、戦闘開始から展開を有利に運び続けると、立て直した兵力を、大幅に削られた敵軍は、撤退したのだった。
これで、しばらくは攻めてこないだろう。
しかし、いつまでも戦闘を長引かせるわけにもいかない。
ゲームと違って、戦争は思っていたよりも、多くのお金がかかるのだ。
どこかのタイミングで、敵陣へ攻め入らなければならない。
だが、こちらから攻めれば、自軍にも多くの死傷者が出てしまいそうだ。
ただでさえ帝国軍よりも兵士が少ない。
そして、これから帝都も落とさないと、この戦争は終わらない。
そんなことを考えると、兵士は一人も減らしたくはないという考えが、僕の思考を占拠してしまう……悩ましい。
僕が思い悩んでいると、敵陣に動きがみえた。
イーリスさんと話していた荷車が兵士に押されて進軍してきたのだ。
そして、その荷車を見た僕は、血の気が引いていくのを感じる。
「オルガさん! 皆を呼んできて!」
僕は、オルガさんに向かって叫んだ。
彼女は、僕の視線の先を不思議そうに見ると、顔を真っ青にすると、僕に向かって頷き、駆け足で持ち場を離れた。
少しして、シャルたち皆が屋上へと駆けあがってくる。
彼女たちは、荷車を見て驚愕した。
「あの幌のついた荷馬車は、この人たちを運んでいたのですね……」
イーリスさんがつぶやく。
僕は、彼女のつぶやきに黙って頷く。
他の皆は、言葉を出せずに驚愕するか、怒りで拳を強く握りしめていた。
カーディア帝国軍が取った戦術は、荷車に取り付けた大きな盾に、女、子供を貼り付けて進軍することだった。
そう、『肉の壁』だ!
まさか、こんな光景を実際に見ることになるとは、思ってもみなかった。
これでは、こちらからは攻撃が出来ない。
敵兵は壁に隠れるようにして、こちらへと歩みを進めてくる。
そして、その後方を悠々と進んでくる部隊がいた。
「あれは、第二騎士団とハウゼリア聖騎士団、それに、レクラム領軍の主力です。第二騎士団の先頭にいる騎士が、クレーメンス・フォン・シュミットです。そして、その横で話しかけているのが、オイゲン・フォン・レクラムです」
イーリスさんは、双眼鏡を覗き込みながら、険しい表情をした。
僕は、ヒーちゃんから借りた望遠レンズをスマホにつけて、二人の顔を写真に収める。
クレーメンスは、紫色のかかったサラサラの銀髪に、女性のような美しい顔立ちをしていた。
そして、騎士というには、色白で線の細い体型をしていた。
横にいるオイゲンは、黒髪の両サイドに白髪が生えたオールバックで、背中まで伸びる後ろ髪を束ねていた。
色白で痩せているところは、クレーメンスと変わらない。
そして、紳士的そうな穏やかな顔つきのわりに、眼光は鋭かった。
こいつが、イーリスさんに言い寄っていた奴か。
こんなことを思いつく奴に、彼女を渡さずに済んで、つくづく良かったと思う。
要注意人物のクレーメンスは、写真に撮ったし、顔も覚えた。
オイゲンの写真も撮り、顔も覚えた。
そして、肉の壁を平気で実行できる二人には、さっさと退場してもらおう。
そのためにも、問題は、肉の壁の攻略法だ……。
まずは、肉の壁にされている人たちを助けなければならない。
僕が対抗手段を考えていると、オルガさんとリンさんが僕の前に立つ。
「フーカ陛下、盾に貼り付けられている者には、獣人やエルフもいます。ここは特戦群に任せてもらえませんか?」
リンさんが進言してくる。
こういう時は、特戦群や特殊部隊を使うのがセオリーだと思うけど、状況的に危険すぎる。かといって、このままではこちらから攻撃はできない……。
僕は悩む。
しかし、別の案を出せるわけでもない。
仕方なく、リンさんの進言を飲むことにした。
「今回は、私が特戦群を仕切るので、大丈夫です!」
オルガさんの言葉に、僕は唖然とする。
「オルガさんも行くの?」
「はい! ここは、特戦群創設時のメンバーである私も参加する必要があります」
彼女の意思は固そうだった。
「分かったよ。その代わり、特殊部隊とグレイフォックス隊に支援してもらうこと! いいね!」
「「はい!」」
二人は元気よく返事をするが、僕は胃に穴が空きそうだ……。
二人が準備のために立ち去ると、ケイトは無線機を使って、ジーナさんに特戦群の支援を要請する。
その後、各部隊にも指示を与えていく。
後方に配置されている火砲馬車の砲身の角度が上げられる。
肉の壁の人たちを救出するため、陽動として敵陣に砲撃をするのだ。
火砲馬車のさらに後方では、ペスたちが爆撃装備をつける作業が行われていた。
そして、僕たちも部隊を率いて出陣した。
敵の目を引き付けるための囮だ。
エルフが壁に使われていたこともあって、エルさんたちが「部隊を貸して欲しい」と願い出てくる。
彼女たちも、囮として加わることとなった。
王族である僕とエルさんがいる豪勢な囮の完成だ。
僕が囮になることを提案した時は、猛反対したシャルたちも、結局、現状を鑑みると、その手段しかなく、渋々と納得した。
ドーン! ドーン、ドーン――。
火砲馬車の砲身が火を噴き、轟音が鳴り響く。
それを合図に、『肉の壁、救出作戦』が開始された。
砲撃は敵陣に着弾し、土煙が上がると、敵兵たちがうろたえる。
その隙に、僕とエルさんたちは、両側に別れて部隊を展開した。
戦場を一人で駆け回れるほどの馬術を持ち合わせていない僕は、レイリアの前に座らせられ、一緒に出陣している。
「パソコンで見たんですけど、自転車でしたっけ? アレを思い出しますね」
「えっ、どうして?」
「前の椅子に子供を乗せてました!」
僕は、自転車の前乗せチャイルドシートを思い出す。
彼女に悪気はないのだろうが、こんな時に言わなくても……。
恥ずかしさが込み上げてくる。
今は囮に集中しないと、僕は余計なことを考えないように、頭を振って気を引き締めた。
作戦通り、敵軍は、僕たちに注意を逸らしている。
その間に、オルガさん率いる特戦群は、ひっそりと気配を消して動き出す。
そして、その後ろを特殊部隊が続く。
上空では、すでに、ペスたちが旋回をしながら様子をうかがっている。
肉の壁の後方にいた敵軍が左右に展開を始める。
僕の部隊とエルさんの部隊に、敵軍が食いついたのを確認すると、僕たちは逃げるように、左右へとさらに展開した。
彼らは、肉の壁を使うこともなく、僕たちを追いかけてくる。
このまま、両側で敵軍を引き付けていなければならない。
追いつかれても引き離してもダメだ。
それが一番難しい。
敵部隊に捕まりそうになると、シリウスやヘルゲさんの率いる各部隊が、臨機応変に敵部隊の側面を攻撃しては離脱していく。
特戦群は、その間に肉の壁へ辿り着き、貼り付けられている人たちを解放していく。
特戦群に攻撃を仕掛ける敵兵たちは、特殊部隊によって排除されていく。
そして、送り込まれる増援に対しては、ペスたちが急降下を何度も繰り返して爆撃し、肉の壁に辿り着けないように牽制した。
一方、敵陣には、再び砲撃が開始され、あちらこちらで土煙を上げ、敵兵を混乱させる。
特戦群によって肉の壁から解放された人たちは、ユナハ国の陣営に向かって逃げ出し始める。
解放された人たちには、エルフや獣人、人族の垣根はなく、走り切れない人族の子供を、体力のある獣人が抱えて逃げている姿が見られた。
こんな時に、不謹慎だが、嬉しく感じてしまった。
パシュッ。
乾いた音がすると、上空に赤い煙が広がった。
オルガさんに持たせた発煙団だ。
特戦群が、肉の壁になった人たち全ての解放に成功した合図だ。
それを見た僕たちは、次の行動に移る。
僕たちが、逃げる人たちと敵軍の間に割って入り、その人たちが逃げ切る時間を稼ぐのだ。
僕はレイリアを見る。
彼女はニコッと微笑んで頷くと、肉の壁に使われていた荷車の方へと進路を変えた。
反対側にいるエルさんたちの部隊も同じ行動をとる。
あとはエルさんたちと合流をして、陣地までまとまって逃げるだけだ。
追ってくる敵部隊は、ペスたちが爆撃してくれる。
僕は作戦が順調に進んでいることで、少しホッとし、気が緩むのだった。
僕たちが荷車の方へと向かっていると、解放された人たちを始末する気なのか、敵兵が剣を振り上げて追いかけていた。
一応、敵兵が解放された人たちを襲うことは想定はしていたが、部隊の隊列を乱してまでするとは思わなかった。
個々に動いて、解放された人たちを追いかけている。
弓を構える敵兵は、特戦群に狙撃されているが、このままでは追いつかれてしまう。
レイリアは馬の速度を上げる。
鞍にしっかりと掴まっていないと振り落とされそうだ。
敵兵に追いついたレイリアは、剣を抜くと解放された人たちを追いかけている敵兵を斬りつけていく。
何とか間に合ったが、敵兵の血が僕のところへも飛んでくるので、ほどほどにして欲しい。
反対側からこちらに向かってくるエルさんたちが見えた。
彼女たちを見て安心していると、エルさんが手を振って騒いでいる。
僕も手を振り返す。
すると、馬が急に倒れこみ、僕とレイリアは地面に投げ出された。
何が起きたんだ?
とっさにレイリアが庇ってくれたので、僕はかすり傷で済んだが、彼女は投げ出された衝撃で呻いていた。
僕は手に魔力を集中させて、彼女をさすりながら状況を確認する。
馬には矢が刺さっていた。
生きているが、とても苦しそうだ。
何とかしてあげたいけど、僕の魔法は馬にも効くのだろうか?
僕は余計な考えを振り払うように頭を振る。
馬には悪いが、今はレイリアを優先させてもらう。
彼女の治療に専念をしていると、僕の前に立つ人影があった。
誰か助けに来たくれたのだろうと、頭を上げるとアウレートだった。
体中に鳥肌が立ち、恐怖で体温が下がっていくのを感じる。
彼の後ろには、剣を構えた多くの敵兵もいる。
レイリアは、何とか身体を起こすろ、僕とアウレートの間に割って入り、剣を構えた。
しかし、彼女は、再び膝をつくと、立ち上がれないでいる。
その様子を見たアウレートと敵兵たちは、ニマニマとした表情を浮かべた。
僕の部隊の兵士たちは、こちらへ駆け付けようとしているのだが、敵兵に阻まれて近付けないでいる。
敵兵の隙間からは、エルさんたちの戦っている姿も見える。
彼女たちもまた、敵兵に阻まれ、こちらへ近付けないでいた。
万事休すだ。
「貴様がフーカだな。貴様のせいで、我々の描いた道筋が変わってしまった。そして、私は息子を失ったのだ。そのけじめはつけさせてもらう。まあ、アノンは失ったが、シャルティナ皇女殿下に私の子を産んでもらえばすむことだ。だから、アノンのことは許してやろう。しかし、お前がいたのでは、それもままならぬ。お前はこの場で死ね」
アウレートは嬉しそうに話す。
正直、そんな理由で殺されたくはない。
そもそも、アノンの死を許されても、殺されるなら無意味じゃないか!
何か手立てはないかと、脳をフル回転させて考える。
しかし、何も浮かばない。
ドカッ!
「うぐっ!」
レイリアがアウレートに蹴り飛ばされた。
「レイリア!」
僕が彼女に近付こうとすると、アウレートの剣が、僕の顔の前に出された。
僕は、それ以上動けなかった。
「その女は、お前たちで好きにしろ」
彼がそう言うと、敵兵たちが嬉しそうにニヤケ出す。
僕は何もできない悔しさで、泣き出しそうになるのをグッと堪えた。
アウレートが僕に向かって、剣を振りあげると、僕は恐怖で目を強くつむって、身体を硬直させた。
しかし、いつになっても剣は振り下ろされないし、シズク姉ちゃんの加護に、一途の望みをかけていたのだが、それも発動する様子がない。
僕は恐る恐る目を開けると、アウレートたちの慌てふためく姿が視界に飛び込んだ。
何があったのだろうか?
僕はあたりを見回した。
そして、唖然とする。
剣や槍を構えたメイドさんの集団が馬に乗って、こちらへと向かっていたのだ。
そのメイドさんたちの先頭には、デスサイズを振りかざしている悪鬼のようなメイドさんがいた。
アンさんだ!
彼女たちは、もの凄い勢いで、アウレートの部隊を蹴散らし、こちらへと近付いてくる。
メイドさんなのに、皆、とても強い。というか強すぎる。
アウレートの部隊は、メイドさんで構成された部隊に唖然とし、その強さと姿に翻弄されて動きが鈍る。
その隙をついて、アンさんと数人のメイドさんたちがこちらに駆け込み、僕とアウレートの間へ強引に割り込んだ。
「バカども! 服装に惑わされるな! こいつらは元第一騎士団の精鋭だ! 気を引き締めろ!」
アウレートが部下たちに向かって吠えた。
だが、すでに遅く、彼の部下たちは次々と斬り殺されていく。
彼は、その光景を苦虫を嚙み潰したような表情で見つめていた。
「フーカ様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
馬を降りたアンさんは、優しい表情に戻っていた。
今度は、安堵で泣きそうになるのを、僕はグッと堪えた。
「僕は大丈夫だよ! それよりもレイリアが!」
僕は彼女に向かって叫んだ。
「レイリアは無事です」
彼女がそう言って指差す方向を見ると、メイドさんたちに解放されているレイリアが見えた。
甲冑を男たちによって、はがされてはいたが、何もされていないようだ。
僕は安堵すると、体中の力が抜けてへたり込む。
「さて、アウレート、私を未亡人にしようとした罪は重いですよ」
アンさんはアウレートの向かいに立ち、デスサイズを振り回しながら対峙する。
彼は眉間に皺をよせ、後ずさった。
彼女が一歩近づけば、彼は一歩下がる。
彼女はそのまま、僕から彼を引き離すように追い込む。
その間にも彼の部下たちは、メイドさんたちに容赦なく斬り殺され、数を減らしていく。
「アウレート。怖気づいたのですか? アノンみたいに漏らさないで下さいね」
彼女は、彼を挑発するようにあごへ手を当て、首を傾げてみせた。
「うるさい! あいつと一緒にするな!」
彼は顔を真っ赤にして、イラついた。
一緒にするなって、自分の息子だよね?
僕はアウレートにツッコミたかったが、グッと堪える。
アウレートが地面をけり上げた。
土がアンさんに向かって舞い上がると、彼は、彼女に向けって剣を振り下ろす。
ガキン。
火花が散り、彼の剣が弾き返された。
そして、すかさずアンさんの鎌が彼の首を狙ったが、彼は後ろに跳ねてかわした。
彼の首からは、ツーと血が垂れている。
「親子そろって、卑怯な真似が好きですね」
「うるさい! どんな手段だろうと、勝てばいいのだ!」
アンさんが呆れた表情をすると、彼は首の血を手で拭いながら、持論を吐いた。
そして、二人は間合いを少しずつ詰めていく。
アウレートは突きの体勢で、アンさんに向かって飛び込んだ。
彼は飛び込みながら、近くに落ちていた盾を蹴り上げると、その盾に身を隠しながら、剣先を彼女に突きつけた。
アンさんはデスサイズの柄で盾を突き、その反動を使って体をひねり、剣先を交わす。
そして、アンさんとアウレートの位置が入れ替わった。
彼は僕をチラっと見る。
これは、ヤバい!
アウレートの背後の位置になってしまった僕は、急いで、レイリアたちのいる場所まで逃げる。
彼は剣を振り上げて、僕に向かってきた。
「フーカ様!」
アンさんが悲鳴に近い叫び声を上げながら、アウレートへ目掛けて突進する。
彼は、これを狙っていたのか、背後から突進してくるアンさんを振り返ると、彼女へ剣先を向けた。
アンさんは、デスサイズで剣先を弾いてかわすと、柄で彼の腹部を突く。
「ぐふっ!」
彼は呻き声をあげると、僕のほうへ退いてきた。
僕はさらに近付いてきたアウレートを見て、彼が僕に背を向けている間に、レイリアたちのところへと向かって、必死に走った。
ズサー!
だが、落ちていた槍を踏んずけて、派手に転んでしまった。
グサッ。
「はうっ!」
何故か、アウレートから変な声が聞こえたが、僕は気にせず、転んだ状態から四つん這いになると、レイリアたちのところまで這っていった。
レイリアを解放していたメイドさんたちは、僕とアウレートを交互に見て、何とも言えぬ表情をする。
彼女たちの表情を不思議に思い、アウレートを振り返ると、その原因が分かった。
僕の踏んずけた槍が跳ね上がり、彼の尻の中心を突き刺していたのだ。
「ぎ、ぎざまぁー!」
アウレートは、痛みをこらえながら尻に刺さった槍を抜くと、激怒していた。
「僕は悪くない! そんなところに槍を落とした奴が悪いんだ!」
「ふざけるな! お前は殺す!」
僕が言い訳を叫ぶと、殺人予告を叫び返された。
おっさんが激怒した顔は怖い!
僕はそそくさと、メイドさんたちの背後に隠れると、彼女たちに苦笑される。
「あなたの相手は私です。よくもフーカ様を利用してくれましたね。フフフ……。アーハハハハ! ンフフ、ンフフフ、ンフフフ、フーフー。ンフフ、ンフフフ、ンフフフ、フーフー」
アンさんが甲高く笑いだした。
そして、お気に入りの鼻歌が聞こえだす。
アウレートの死は、確定してしまったようだ。
彼が隙をみて、アンさんから逃げ出すことは、もう無理だろう。
アンさんは、アウレートに向かって地面すれすれの高さで、突進する。
彼は後方に飛び跳ねながら剣を振り下ろすが、それよりも先に、彼女のデスサイズは、空中にいる彼の足を鎌で引っ掛け、彼を地面に叩きつけた。
「ぐはっ!」
アウレートは背中からたたきつけられ、呻き声を上げる。
しかし、彼はすぐに起き上がると、アンさんに剣先を向けて突く。
だが、彼女は剣先をすれすれでかわし、くるりと身体をひねると、デスサイズの柄で彼のあごを跳ね上げた。
アウレートは後方に吹き飛び、四つん這いで血を吐く。
彼が立ち上がると、口の周りは血まみれになっていた。
そして、尻も血がズボンににじんで、赤くなっていた。
「顔と尻が赤いと、猿みたいだ」
「「「「「ブフッ」」」」」
僕のつぶやきに、メイドさんたちが吹き出し、アンさんも顔を逸らして笑った。
「貴様は何なのだ!? バカなのか!」
アウレートは、怒りと呆れの入り混じった表情で、僕を睨みつける。
僕はすぐに、メイドさんの背に隠れた。
「あなたには分からないでしょう! これがフーカ様の魅力です!」
そう言って、アンさんは、アウレートに襲い掛かる。
彼は、アンさんが降り下ろしたデスサイズを剣で受け止めた。
僕は、アンさんの言う僕の魅力に、釈然としない気持ちを抱きながら、二人の戦いを見届ける。
アンさんの素早い無数の攻撃がアウレートを襲い始めると、彼は剣で受け止めたりかわしたりしているが、切傷が増えていき、血が滲みだしていた。
ガキン。
そして、アンさんが両手で振り下ろしたデスサイズをアウレートが受け止めるが、鎌の刃先が彼の首から鎖骨のあたりに突き刺さった。
アンさんがその刃先を抜くと、血が噴き出したが、彼は首を押さえて、血を止めるようにして剣を構える。
すると、アンさんは身体をひねって、デスサイズに遠心力を乗せて振り回した。
パキン!
アウレートは剣で防いだが、その剣が折れてしまった。
そして、呻く暇もなく彼の首が宙に飛んだ。
アウレートは、首と胴体が離れ、その場に崩れ落ちて亡くなった。
まだ生き残っていた数人のアウレートの部下たちは、彼の首を持って逃げ出す。
アンさんは彼らには見向きもせずに、僕のところへと来た。
「フーカ様、帰りましょう」
「う、うん」
僕は、あっさりとしているアンさんに戸惑いながらも、彼女に抱きかかえられながら馬に乗ると、メイドさんたちに護衛されて、自陣へと帰るのだった。
一夜城へ着くと、解放された人たちが手当を受けたり、食事や飲み物を与えられている光景を見る。
彼女たちには、食事どころか水も与えられたいなかったことを聞いて、愕然とする。
それは、シャルたちも同様だった。
今は、解放された人たちに、ゆっくりと休んで欲しいと思う。
その光景は、僕とシャルたちに、カーディア帝国は終わらせなければならないという決意を、強く抱かせた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字、おかしな文面がありましたらよろしくお願いいたします。
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よろしくお願いいたします。




