74話 開戦、カーディア帝国
空が徐々に明るくなっていく。
僕たちは、場所を会議室からアルセ市の城壁へと移す。
城壁には、リンさんたち王直下特戦群がスナイパーライフルを構えて待機していた。
銃の名前を聞きたいが、後ろに『ッポイ』とつくのが分かっているだけに聞きづらい。
彼女たちの銃には、スコープが取り付けられていたので、ちょっと、覗かせてもらうと、倍率は低いがしっかりとスコープの役目を果たしていた。
姉ちゃんもよくやるよと思ってしまう。
僕の横では、ヒーちゃんがスマホのカメラ部分をいじって、筒を取り付けていた。
「ヒーちゃん、それは何?」
「スマホに取り付ける望遠レンズです」
彼女は澄ましたように答える。
日本から持ってきたのだろうけど、そんな物があるなんて、日本にいた時ですら知らなかった。
僕は興味津々で、彼女がスマホを使って敵陣を見ているところに顔を近付け、画面を覗く。
敵兵の様子が良く分かる。
便利だ! そして、いい匂いがする。
背後が徐々に明るくなってきた。
振り向くと、東の空に太陽が顔を出し始めている。
そして、あたりが一気に明るくなっていく。
「「「「「おぉぉぉー!!!」」」」」
カーディア帝国の陣地から大きな声がこちらまで響いてきた。
すると、隊列を組んだ兵士の群れが、こちらへと進軍を始めている。
とうとう、決戦だ!
こちらの陣地に近付いた敵兵が、弓を空に向かって構える。
その姿をヒーちゃんのスマホが捉えた。
「弓です!」
ヒーちゃんが叫ぶ。
「矢が来ます!」
ケイトも、双眼鏡で確かめながら、無線機に向かって叫んだ。
矢の到達点である城壁の下を覗くと、兵士たちが盾で傘を作るようにして、隠れ始めた。
正面に視線を戻すと、空に無数の矢が放たれ、こちらへ弧を描くように向かってくる。
矢が雨のように自陣へ降り注ぐ。
兵士たちが心配で、再び覗くと、全ての矢は盾で防がれ、問題はなさそうだ。
状況を確認したケイトは、一瞬、ニンマリすると、シャルにマイクを渡した。
「我々は、カーディア帝国軍からの攻撃を受けました。これより反撃の指示を出します。皆さん、よろしくお願いします」
城壁に備えられたスピーカーからシャルの声が響く。
しかし、兵士たちは、掛け声を上げることもなく静かにしている。
ただ、各隊の指揮官がこちらに向かって敬礼をする姿だけが見えた。
イーリスさんが双眼鏡で敵軍を確かめると、狙撃手たちに向かって頷く。
カシャン、カシャ。
そして、狙撃手たちは、ボルトアクションを一斉に引いた。
緊張感があたりを覆いつくす。
パン、カシャン、カシャ。パン、カシャン、カシャ――。
一人が発砲すると、続けざまに乾いた発砲音と次の弾を装填する音が聞こえだす。
そして、その音は、連続していく。
こちらを侮っているのか、ゆっくりと戦力の差を見せつけるように悠然と歩を進めていた敵軍の歩みが止まった。
先頭に立つ敵兵が、次々と崩れ落ちていく姿に動揺しているようだ。
そして、指揮官らしき人物が、様子を見に後方から出てくる。
「指揮官です」
ヒーちゃんが声に出す。
パン、カシャン、カシャ。
彼女の声に反応するように一発の銃声が響くと、スマホに映る指揮官は、その場に倒れた。
その光景を見た敵兵たちは、うろたえだす。
その後も様子を見に指揮官が出てくると撃たれ、周りの敵兵たちがうろたえるという光景を各所で繰り返す。
完全に敵軍の足が止まった。
イーリスさんは、敵の様子を双眼鏡で確かめてから、ケイトに向かって頷く。
「各隊、こちらアルファ。迫撃砲用意、各隊の判断で撃ってよし。終わり」
ケイトは無線機を使って、各隊に命令を出した。
ん? アルファって、フォネティックコードだよね……。
パシュー、パシュー――。
自陣から複数の乾いた音が聞こえると、白い煙の尾を出しながら、砲弾が弧を描いて敵軍の先頭と中央へ向かっていく。
ドン、ドン――。
そして、あちらこちらで、爆発音が響き、土煙が上がると、隊列を組んでいた敵兵は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
こちらに向かって逃げてくる敵兵たちには、無数の矢が刺さる。
土嚢で待機していた兵士たちが放ったのだ。
槍や剣で戦うのかと思いきや、弓矢だった。
「弓で戦うの?」
「接近戦になれば、槍や剣で戦いますけど、身を隠しながら弓で攻撃した方が効率的ですから。それに、クロスボウの完成が間に合いましたからね」
僕の質問に、ケイトがケロッとした表情で答えた。
「クロスボウも完成してたの? 僕は何も聞いてないんだけど」
「言ってませんもん!」
彼女は嬉しそうな顔をする。
や、やられた。何で、皆、僕に黙って事を進めるかな……。
僕の存在って何なのか?
自問自答してしまう。
僕が落ち込んでいる間に、敵軍が動き出した。
敵陣の増援が最前線へ向かって、土煙を上げながら進んでくる。
騎士団や騎馬隊が出てきたようだ。
その様子を見たケイトは、ニヤリと悪い顔をする。
そして、彼女は無線機に向かって、増援部隊のそばに火砲を一発撃つことを指示した。
ドンッ。
今までとは違う空気を震わせる轟音が響くと、増援部隊のそばで大きな土煙が上がり轟音がこちらまで届く。
すると、馬が暴れて落馬したり、あさっての方向に走り出す馬を制御しきれないで、そのまま走り続けていたりと、増援部隊は混乱し、隊列が乱れだした。
そうか、大きな音で馬を脅かしたのか!
ケイトのあの顔は、これを狙っていたのだ。
しかし、敵軍も残った部隊を立て直し、こちらへと向かってくる。
全て騎馬の部隊だけあって、迫ってくるのが早い。
そして、先陣を切るように部隊の先頭を馬で駆けてくる二人に見覚えがあった。
アウレートとアノンのボイテルロック親子だ。
アウレートは、こちらの矢を剣で薙ぎ払って突進してくる。
このままでは自陣の先頭にいる兵士たちがやられそうだ。
僕がそう思った瞬間、城壁の門から飛び出す黒い一団が、彼らに向かって駆けていく。
シリウスだ。
彼が騎士団を率いて向かっていた。
そして、彼を追うように、ヘルゲさん、カイ、アルバンが騎士団と騎馬隊を率いて後を追っている。
アルバンにとっては、戦いにくい相手だろう、大丈夫だろうか?
少し心配になる。
「ここで高みの見物はいけないと思うんだ! 僕たちも下に降りて、前線のそばにいよう」
「「「「「はあ!?」」」」」
僕の意気込みに対し、人を馬鹿にしたような返事が、周囲から戻ってきた。
「フーカさんを敵が見つけたら、こぞってフーカさんに襲ってきますけど、大丈夫ですか? それと、戦っている者たちの邪魔をしたり、負担を掛けさせないでいられるのですか?」
シャルは心配というよりも、どこか呆れた表情をしていた。
「フーカ様が討ち取られたら、そこで終わりなのは、分かっていますよね?」
イーリスさんも呆れた感じだ。
でも、二人とも否定的な感じには見えない。
ちょっと、不思議だ。
「王が先頭に立つのは、兵士や国民だけでなく、仕える者たちにも良い印象を与えますし、士気や忠誠心を高めるので、否定はしませんが……フーカ様は弱いですから、その……。だから、王らしい行動をとれるのなら、誰も反対はしません」
ミリヤさんは困った表情で、言葉の途中を濁した。
意気込みはあったのだが、軽率だったかな。
何だか、自分から火中の栗を拾いに行っている気がする。
そして、とてつもなく嫌な予感がする。
いまさら、怖気づいてやめますとは、格好悪くて言いづらい。
「だ、だ、だ、大丈夫だよ! 何とかなるさ!」
「そんな言い方をされたら、全然大丈夫じゃないんですけど。それに、何とかなるさって……」
ケイトにツッコまれた。
彼女は溜息を吐きながら、近くに置いてあった大きな箱のような鞄を開いて、中身をゴソゴソと物色している。
「テレレレッテレー! ギリースーツ!」
緑色と茶色の混ざったモコモコした物をカバンから取り出し、僕に見せつけるようにしてドヤ顔をする。
また、変な言葉を覚えてる……。
そして、ケイトの出したギリースーツで身を隠しながら、前線へ向かうこととなった。
皆で、ギリースーツを着こみ、自陣へ現れると、兵士たちはギョッとしてから目をそらす。
見てはいけないものを見てしまった雰囲気が漂う。
まあ、そうなるよね……。
ヒーちゃんは、日本から持ってきた無線機を持って、城壁の上に残ったケイトとこまめに交信をしている。
二人は、敵が僕たちに気付いたかどうかの確認を取り合っているのだ。
前線のそばに来ると、すでに、シリウスたちの率いる部隊とボイテルロック親子の率いる部隊が戦っていた。
僕たちは土嚢に隠れて、シリウスたちを見守る。
シリウスはアウレートと、アルバンはアノンと剣で交戦していた。
四人は馬を降りて戦っているが、ヘルゲさんとカイは馬に乗ったまま、敵兵をなぎ倒している。
「敵の騎馬兵は動きが悪いね」
「きっと、鐙の差ですよ」
ミリヤさんに言われて、両軍の馬をよく見ると、敵の馬には鐙がつけられていない。
それに対し、自軍の馬には鐙がつけられていた。
敵は足が踏ん張れない分、バランスが悪いようだ。
なるほどと思っていると、土嚢にいる兵士がこちらを見て困惑している。
ギリースーツを着たモコモコしたのが一〇人以上もいれば、当然と言えば当然だ。
おっと、シリウスたちの戦いを見守らなければ。
シリウスとアウレートの戦いは互角に見える。
素早さと技術は、シリウスが勝っているけど、パワーと防御力はアウレートが勝っている。
あんなおっさんがシリウスと互角なことに納得がいかない。
アウレートがシリウスの剣を受け止める度に火花が散る。
そして、シリウスはアウレートの剣を全てかわしたり払っていた。
一方、アルバンとアノンは、アルバンが優勢。
アノンがアルバンに、「裏切り者!」「お前の家族がどうなってもいいのか!」と吠えている。
僕はアルバンの家族が気になり、リネットさんに視線を送った。
「アルバンの家族は無事ですわ。家族だけでなく、帝国側についていない親族や知人たちも、今はアルセ市で無事に過ごしていますわ! あのバカは何をほざいているのでしょう?」
リネットさんは僕に向かって答えた後、首を傾げる。
それなら安心と、二人の戦いに視線を戻すと、アノンと目が合った。
彼はアルバンを無視して、こちらへと向かってくる。
バ、バレた! ここはひとまず退散!
「はい、フーカ君!」
逃げようとしていた僕に、マイさんがクロスボウを押しつけてくる。
「こ、こんな物、僕には使えないよ!」
僕はクロスボウを押し返す。
ビュン。
「「あっ!」」
クロスボウが暴発した。
「ヒィッ!」
暴発した矢は、アノンから僕たちを護るために前へ出たレイリアの横をかすめてしまい、彼女は悲鳴を上げ、尻もちをついた。
「お二人とも、何をしてくれちゃってるんですか! 私を殺す気ですか!」
彼女はとても驚いたのか、言葉遣いが変だった。
そして、顔を真っ赤にして怒っている。
「だって、マイさんが!」
「だって、フーカ君が!」
僕とマイさんは、お互いに責任をなすり付けようとして、言葉がかぶってしまった。
「ぎ、ぎざまらー、ぐふっ」
アノンが苦しそうな声を出している。
彼を見ると、胸に矢が刺ささり、口から血を流していた。
「「ヒィー!」」
僕とマイさんは、スプラッターな光景に悲鳴を上げた。
「フーカ君が悪いのよ! 祟るならフーカ君よ!」
「マイさんが悪いんだ! 恨むならマイさんだよ!」
僕とマイさんの言い訳はかぶり、お互いに責任をなすり付ける。
皆から僕たち二人に、冷たい眼差しが注がれる。
「「ぎゃぁぁぁー!!!」」
僕とマイさんは、アノンの胸から剣先が飛び出てくる光景を見て、お互いにしがみついて悲鳴を上げた。
アルバンがアノンの背後から剣を突き刺したのだ。
そして、アルバンが剣を引き抜くと、アノンは正面から倒れこみ、息絶える。
「フーカ様、マイ様。大丈夫でしたか!?」
僕とマイさんは、アルバンに声を掛けられ、黙ってコクコクと頷く。
度重なるスプラッターな光景に、僕とマイさんは声を出せなかった。
今日は、この光景が夢に出てきそうで、眠れないかもしれない。
「誰か、今日は一緒に寝てくれないかな?」
「「「「「えっ?」」」」」
僕のお願いに、皆は顔を真っ赤にして困惑する。
「こ、こんな時に、その、こんな場所で、何でその……アレを要求するんですか?」
シャルは耳まで真っ赤にして、言葉になっていないような返事をする。
ん? アレ? ……。
皆が大きな勘違いをしていることに気付き、僕も真っ赤になる。
「違うよ! あんな光景を見たから、一人だと、その、怖くて……眠れないかもしれなくて……」
自分で言っていて恥ずかしい。
しかし、皆は僕の言葉を聞いて、ホッとしたようにも残念そうにも見える複雑な表情で微笑みだす。
「そ、そういうことですか。紛らわしいことを言わないで下さい。フーカさんが寝る時に、空いている者が一緒に寝るということでいいですか?」
「うん」
「「「「「はい!」」」」」
シャルの提案に、僕と皆は返事をする。
「叔母様とエル様は、返事をしないで下さい!」
どさくさに紛れた二人の返事は、シャルに却下された。
敵兵がアノンの亡骸を回収していく。
息子の亡骸を見たアウレートは、シリウスを勢いよく弾き飛ばすと、こちらを鬼の形相で睨みつけてから、アノンのそばへ近付く。
そして、その傍らに寄り添うと、アノンを運んでいる兵士たちとともに、陣地へと戻っていった。
敵の部隊は、彼とアノンを護るようにして、戦場からの撤退を始める。
僕たちは、敵軍が撤退を終えるのを確認してから、城壁へと戻る。
「フーカ様!」
ケイトは、僕の姿を見るや否やこちらに駆けだしてくる。
僕の身を心配してくれていた彼女に、グッときてしまう。
ケイトに抱き着かれるのだと思った僕は、腕を広げて待ち構えたのだが、彼女は僕の目の前に来ると、僕の胸ぐらをつかみ、強く揺すってきた。
「何、見つかっているんですか! バカですか! 死にたいんですか! それに、クロスボウを暴発させてましたよね。遠くから見ているこちらの身にもなって下さい! ヒヤヒヤハラハラで生きた心地がしなかったんですから!」
ケイトは顔を真っ赤にしている。
心配というよりも、ほぼ、怒っている。
そして、彼女の後ろでは、特戦群たちがコクコクと頷き、彼女に賛同していた。
「ケイト。そのくらいで。今は、城壁内で休息をとりましょう」
イーリスさんが提案したことで、ケイトも落ち着きを取り戻し、僕たちは城壁内に用意された部屋で休息をとることにした。
ただ、僕とマイさんだけは、皆からのお説教を代わる代わるに受け続け、休息をとっている気が全然しない。
そして、そんな僕たちを、エルさんたちとルビーさんたちは、面白そうに眺めていた。
お説教が終わると、僕は、エルさんたちやルビーさんたちに、ユナハ国軍の装備の威力について驚いていなかったことを質問してみた。
エルさんたちは、最初は驚きはしたものの、ユナハ国だからと思うと、すんなりと納得できてしまったと返される。
そして、ルビーさんたちには、ブレスの方が凄い! と対抗心を燃やされてしまった。
ルビーさんたちは特別だとして、今後、ユナハ国が何かをしでかしたとしても、ユナハ国だからで済まされてしまいそうで怖い。
そんなことを思っていると、外はすでに暗くなり始めていた。
今日、カーディア帝国軍との戦火は開かれてしまった。
そして、アノンの死によって、帝国軍は手段を択ばず、容赦なく攻め込んでくることになるだろうと、予想ができる。
僕は、数の多い敵に隙がなくなるかもしれないことに、気が重くなるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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