65話 僕が指名手配!?
晩餐会の翌日、僕は、執務室で山積みにされた書類にサインと判を押していた。
ほとんどが、新設されたり、これから新設される機関や設備の認可をするものだった。
僕が提案したものばかりなので、取り下げたり、再度検討するものはなかったのだが、各国の大使館の申請書に紛れて、『エルヴィーラをもてなすための大使館』『マイのマイによるマイのための大使館』などとふざけた書類が複数出てくるせいで、仕事の効率が悪くなっていた。
マイさんはユナハ国民なのに、なんで大使館の申請が出されているんだ……。
その都度、エルさんとマイさんを呼び出しては、却下を告げる。
二人は頬をプクーっと膨らませて帰っていくが、一緒に呼び出されるサンナさんとエンシオさんは、何度も頭を下げることとなった。
サンナさんとエンシオさんも余計な仕事を増やされて、気の毒に思う。
そんな単純作業を繰り返していると、廊下が騒がしくなる。
バタン!
部屋の扉が勢いよく開け放たれ、レイリアが血相を変えて飛び込んできた。
彼女は僕に迫ってくると、ドンと机に紙を叩きつける。
「大変です! カーディア帝国がフーカ様を簒奪者として、指名手配しました」
「へっ?」
僕が間の抜けた返事をすると、彼女はイラっとする。
「これを見て下さい! フーカ様が婚約者のいるシャル様を寝取り、毎晩、身体を要求し、恥ずかしい拷問を繰り返す事でシャル様を洗脳、王位を簒奪したと書かれています!」
「なっ! 全然違うじゃないか! いつも僕のほうが、シャルにお説教されて洗脳を受けているのに!」
「いえ、問題はそういうことじゃないんですけど……」
彼女は僕を呆れたような目で見つめる。
「へぇー。フーカさんは、私をそんな風に思っていたんですか」
いつの間にか、シャルがいる。
彼女の後ろには、苦笑するアンさん、イーリスさん、ミリヤさんもいた。
「いや、そんな風には思っていません。こんな羨ましいこと……酷いことを、僕に行えるだけの度胸はないと、憤慨していました」
「自分で言っていて、情けなくないですか……?」
シャルが冷たい視線を僕に送る。
その後ろでは、アンさんたちも同様の視線を送っていた。
僕たちは、この指名手配の件で、急遽、会議を開くこととなった。
しかし、僕の執務室の隣にある部屋では手狭なので、大会議室で行う。
大会議室には、ユナハ国の主要メンバーと各国の代表も集まっていた。
僕は、大きな会議テーブルの上座に座らせられる。
僕だけが、ど真ん中な感じで恥ずかしい。
将来、社長のような立場には、向かないのだと実感する。
議題は、簒奪者と明記された手配書の対策だ。
「カーディア帝国は、この手配書を機に、大義名分をあげて宣戦布告してくるつもりでしょう」
イーリスさんが切り出す。
「でも、フーカ君のことだから、あながち嘘でもないのよね」
「「「「「……」」」」」」
マイさんの一言で、誰もが押し黙る。
「何で、黙っちゃうの? 僕、こんな卑劣で卑猥な事はしてないと思うけど」
……。
少し間が空く。
皆は何やら悩みだしていた。
「いやいやいや、そこで悩むのはおかしいでしょう。僕は清廉潔白だよ」
……。
皆は、さらに悩みだす。
……僕って、皆にどう思われてるの? とても不安になる。
そもそも、議題が、手配書から僕の素行に変わっている。
何で、僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ! この手配書を出したヤツを、絶対に許さない!
「コホン。議題がずれているので、戻しましょう。今はフーカ様の素行は除外して、手配書の対策に集中して下さい」
イーリスさんが仕切り直す。
僕はショックが大きすぎて、集中できないでいた。
「貴族や国民にも、この手配書は出回っているんですか?」
ケイトが質問をする。
「少しは出回っているようですが、王都近辺では相手にされていないようです」
アンさんが報告をする。
「そりゃそうだろ。民衆の目の前で、夫婦漫才をしていたのだから、こんな紙切れが配られても、誰も相手にせんわ」
レオさんがニカッとしながら話す。
僕とシャルは式典のことを思い出し、顔を赤くして、うつむく。
「しかし、式典を見にこれなかった遠方の民の中には、信じる者が現れるかもしれないので、各領主にフーカ様の人となりを民に報せるように徹底させるべきでしょう」
サンナさんが提案してくれる。
「対策も大事だが、式典の翌日に配られていたことを注視するべきだ」
ロルフさんが意見する。
「そうですね。前もって準備されていたということですから、調べる必要がありますね」
ブレンダさんは警戒を促す。
「アンちゃん、調べてるの?」
エルさんは、お茶の入ったカップを手に持ちながら尋ねた。
「はい、すぐに手配しました。国内に残るハウゼリア教会が関係しているようです」
「あんなのを、まだ残しているのか? あれは、この国の害にしかならんと思おうぞ」
ルビーさんが顔をしかめる。
「昨日の式典を機に、教会の取り壊しを命じています。前もって教会を取り壊すと、カーディアやハウゼリアから乗り込んでくる司祭が現れるかもしれません。それは、建国の妨げになると判断し、式典を終えるのを待っていました」
「なるほど、そういうことか。良い判断だ」
イーリスさんが答えると、ルビーさんは表情を緩め、納得した。
「国内を分裂させる思惑ですかな? それとも、国内を混乱させて、他のことを企んでいるのですかな?」
マクシムさんが疑問を投げかける。
「マクシムの言う通り、相手の思惑を考えるべきでしょうな。建国したばかりなのですから、基盤を揺るがす要素は摘んでおくべきです。ほんの些細なことでも、のちに国を揺るがすことになりかねません。もし、そこまで計算している敵なら、必ず逃してはなりません。正体を突き止めねば、この国が滅びます」
マクシムさんの言葉を捕捉するように、オレールさんが怖いことを言いだした。
僕はそんな大げさなと思ったが、ロルフさんやレオさんたちだけでなく、ルビーさんやエルさんまでもが深く頷き、厳しい表情を浮かべていた。
彼らの真剣な表情に、僕は血の気が引いていく感覚がする。
シャルたちも同じなのだろう。
青ざめた顔をしていた。
急に、エルさんが首を傾げる。
「ん? ちょっと待って! さっきから、私たち、他国の者しか意見を述べていないわよ。フーカ君たちは、何でだんまりをきめこんでるのよ!? 自分たちの国のことなんだから、もっと、しっかりしなさい!」
そして、僕たちは、エルさんに喝を入れられた。
どことなく頼もしいエルさんを、認めたくない自分がいる。
「そうですね。私たちの国のことなんだからしっかりしないと。今は、情報が足りません。アン、情報収集を急がせて!」
「はい」
「そして、叔父様、イーリス、クリフは、領主への指示と、貴族たちへの対応を、急ぎお願いします」
イーリスさんたちは黙って頷き、席を離れた。
シャルは、ヘルゲさんに視線を向ける。
「ヘルゲ、この件が敵の謀略の恐れありと兵士に報せ、軍の統制をお願いします」
「はっ!」
ヘルゲさんも席を離れるが、彼はシリウスとアルバンには、この場に残るように指示を出してから、去っていった。
シャルが息を吹き返し、テキパキと指示を与えていく。
司令官みたいで、カッコいい!
各国の代表たちは、満足そうにシャルを見つめた。
「ダミアーノ殿、オルランド殿、ここでこんなことを了承してもらうのは心苦しいのですが、ミリヤをユナハ国のウルス聖教最高司祭にすることをお許し下さい」
シャルは二人のそばまで足を運び、頭を下げる。
ミリヤさんは驚き、彼女の横に駆け付け、共に頭を下げた。
そんな二人に、ダミアーノさんとオルランドさんは、立ち上がる。
「分かりました。ウルス聖教教皇の名において、ミリヤ・エテレインをユナハ国ウルス聖教最高司祭に任命します。国は違えど、ツバキ様とシズク様を信ずる信者として励んで下さい」
「ありがとうございます。ツバキ様とシズク様の名に恥じぬ行いをいたします」
ダミアーノさんの言葉に、ミリヤさんが恭しい態度で答えた。
パチパチパチパチ――。
皆が拍手をするので、僕も拍手をする。
しかし、何故か納得がいかない。
「うーん。シズク姉ちゃんは分かるんだけど、ツバキちゃんの名に恥じぬって、ツバキちゃんが恥の塊みたいなのに、どうするの?」
「「「「「……」」」」」
僕の一言で、皆が押し黙り、固まってしまう。
や、ヤバい、やってしまった……。
そして、良く事情をしらない人たちが困惑した。
ちょうどそこへ、部屋を出ていたイーリスさんたちが戻ってきた。
彼女たちは室内の様子に戸惑っている。
ケイトとオルガさんが彼女たちに説明をしてしまう。
わざわざ教えなくても……。
彼女たちの視線が僕に集中する。
そして、またかとでも言いたそうな表情をした。
イーリスさんは溜息を吐くと、僕とツバキちゃんたちの関係について話し、「このことは口外しないように」と頭を下げた。
事情を知った一部の人たちからの視線が痛い……。
「コホン。皆さん、くれぐれもよろしくお願いします」
イーリスさんは、あまり触れないように言葉を省いて、再度お願いすると、皆は黙って頷く。
再び、議題に戻ろうとするシャルの横には、いつの間にか鎮座ましている人物がいた。
マイさんだ。
彼女はシャルのことを、悲しげな目でジーっと見つめる。
目を合わせないようにしているシャルの頬がヒクヒクしている。
「叔母様、さっきから、いったい何がしたいんですか?」
シャルが折れた。
「私、警察省長官……。警察省の長官なのよ」
マイさんは、そう言って、プクーと膨れた。
彼女は警察省長官の立場でありながら、シャルから相手にされないので、拗ねたようだ。
「何で、叔母様を警察省長官にしてしまったの……。私のバカ!」
シャルは頭を抱えて、テーブルに崩れ落ちた。
「マイ様。今、警備兵と衛兵を中心に、警察官を編成している段階なので、人数や人材が揃っていません」
イーリスさんがシャルのフォローをする。
「えー。それじゃあ、私はお飾りなの?」
マイさんは、テーブルに指を立てて回し、いじける。
子供か!
「分かりました。叔母様は、今、使える警察官だけになりますが、彼らを率いて今回の騒ぎの原因を起こした者を捕まえて下さい」
シャルが疲れたように言うと、彼女は目をキラキラさせて立ち上がった。
「分かったわ!」
彼女は僕のほうへ向かってくる。
えっ? 何? 何でこっちに来るのかが分からない。
ガシッ。
彼女は僕を取り押さえる。
「シャルちゃん! 騒ぎの原因を捕まえたわ!」
「「「「「ブフッ」」」」」
吹き出した音が聞こえる。
皆はテーブルに肘をつき、うつむいた状態で身体をフルフルと震わせていた。
「お、叔母様……。た、確かに、騒ぎのもとはフーカさんですけど、私が言っているのは、指名手配のビラを配ったり、指示を出している人物。犯人を捕まえて下さいと言っているんです!」
シャルは頭を抱える。
「えっ? そうなの? フーカ君、助かったわね」
「……」
僕はマイさんの言葉に、どう反応していいのか分からない。
僕が解放されると、押し殺した笑いと溜息が聞こえる。
「もう、シャルちゃんが遠回しな言い方をするから、間違えちゃったじゃない。困るわ!」
そう言って、彼女はあごを押さえて悩みだす。
シャルは額に青筋を立てて、彼女を睨みつける。
「なら、エトムントたちを捕まえないといけないんだけど、国外に逃げちゃったし、どうしましょう」
「「「「「!!!」」」」」
今、この人なんて言った!?
僕だけでなく、皆も頭が混乱しているみたいだ。
室内にいた全員が、マイさんを見つめる。
「ダメよ! これでも私には主人がいるわ!」
彼女は頬に手を当て、科を作り、恥ずかしがる。
ガンッ!!!
半数以上が、テーブルに頭を打ちつけた。
ガタン。
椅子を勢いよく倒して、立ち上がる人物がいた。
イツキさんだ。
「マーイー!」
彼女は叫びながら、マイさんに向かって走り出し、アイアンクローをきめると、そのまま、宙へと吊り上げた。
「いやー! イ、イタタタッ! ご、ごめんなさい! お姉様! ゆ、許してー! 痛い! 頭が割れちゃう!」
マイさんは、悲鳴を上げて叫ぶ。
そして、僕たちは、イツキさんの豹変ぶりに恐怖した。
「マーイ? あなたは、いったい、何を、どこまで、知っているのかしら?」
とぎれとぎれに話すイツキさん。
その話し方が、彼女を一段と怖く見せた。
「は、話します! 全て話すから、放して! 痛いの! 本当に痛いんだから!」
「こんな時にダジャレを言えるなんて、余裕のようね!」
「ち、違います! 話すから、手を放してって、お願いしてるの!」
二人の壮絶な光景に、僕たちは驚愕することしかできなかった。
ドン。
イツキさんがマイさんを落とすように放すと、彼女は頭を押さえて、ヒクヒクしていた。
ここまでやったら、復活するのに時間がかかるのでは……。
ゲシッ。
「ふぎゃ!」
「さっさと起きて話す!」
「はい、お姉様……」
まさか、蹴りを入れるとは思わなかった。
イツキさん、怖すぎる……。
マイさんは、しょんぼりと席に座る。
「私が知っているのは、エトムントたちが貴族総会の後、監視者に悟られないよう、ハウゼリア教会の者と密談して、その後、国外逃亡したことよ。そして、ハウゼリア教会が、エトムントたちの逃亡の手引きをしたことは分かったわ。また、式典の少し前から、各地域のハウゼリア教会が慌ただしく動き出していたことから、彼らが式典後に教会を取り壊され、教会関係者が捕縛される情報を入手して、エトムントたちの後を追うように国外へ逃亡したわ。まさか、逃げ出す際に、こんな置き土産を残していくとは、思っていなかったけど」
「「「「「……」」」」」
マイさんが話し終えると、僕たち名、そこまで調べていて、何も報告をしていない彼女に愕然とし、何も言葉が出てこなかった。
「それと、各教会には、カーディア帝国の密偵が、常時、数人ほど滞在していたわ」
彼女からのさらなる追い打ちに、僕たちは頭を抱えた。
何故、それほどの情報を持っていて、この人は黙っていたのだろうか?
それよりも、どうやって調べたのかが気になる。
新設したばかりとはいえ、情報省長官のアンさんの上をいく情報って、役職の人選を見直した方が……。
しかし、マイさんじゃ、情報を上げてこない気がする……。
「教会の中が空にされ、関係者や信者と思しき者たちが消息を絶った理由が分かった気がします。マイ様、これからは、そう言う情報は優先的に報告して下さい」
イーリスさんは、そう言って肩を落とす。
「ごめんなさい。ハウゼリア新教とカーディア貴族を脅迫するネタに取っておきたかったの……」
「「「「「……」」」」」
マイさんはしょんぼりと素直に謝るが、僕たちは、彼女が脅迫のネタ集めをしていたことに言葉を失った。
ふと、週刊誌などのスキャンダル記事が頭をよぎり、僕は彼女に確かめる。
「マイさん、個人の情報とか集めてないよね?」
「そういう情報は、フーカ君がシャルちゃんたち女性陣をスマホで隠し撮りしていたり、シャルちゃんたちがヒサメちゃんに頼んで、フーカ君が日本にいた時の写真を見て、キャーキャー騒いでたり、フーカ君の写真をこっそりもらって、肌身離さず持っていることくらいしか知らないわ」
それだけ知っていれば、十分だ!
僕は気まずそうにうつむき、シャルたちは顔を真っ赤にしてうつむく。
そんな僕たちをに、生暖かく見守る視線が集中する。
恥ずかしい。
「コホン。叔母様、これからは身内のことを調べるのは控えて下さい」
「はい、ごめんなさい」
シャルに言われて、素直に謝るマイさん。
なんか調子が狂う。
「それと、フーカさんは狙われる可能性があるので、護衛をつけて、あまり動き回らないように!」
ガーン!
シャルが僕のことを心配してくれているのは分かるが、あんまりだ!
街の視察に行く許可を求めようとしていたのに……。
僕がうなだれたところで、会議はお開きとなった。
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