8R武神の鮮烈なデビュー戦
挿入してある歌詞は適当に作った物です。もし盗作になっていたら速やかに教えて下さい。適当に直します。
その試合はケーブルテレビで生中継された。地上波ではなかったのは些細な会長の抵抗であり、多くの人に武神の乱心した姿を見せて柔道全体のイメージダウンを防ぐ為だ。事務局が金になりそうなこのマッチングにも関わらずそのことを了承したのは後にスポンサーを貰い受ける密約を考え遠慮した形となる。
そして静かな話題となったその試合は会場は満員御礼、中継の瞬間最高視聴率は衛星放送としては異例の5%を越えた。それ程国民の注目度が高かったと言えよう。
会長が、国民が、猛者達が注目する試合は定刻通りに、静かに、そして派手に始まった。以後はそのテレビを通して映された試合の冒頭である。
――
シュピン。という刀が空を斬るような音を発した後画面の中で柔道着を着た九鬼とオープンフィンガーグローブを着けた谷川が退治する。その下には谷川俊秀前哨戦のロゴ。何処かのポスターのような仕上がりだった。暫くその画面が映ったかと思うと場面が変わりVTRが流れ始めた。
『あの日、世界が揺れた……』
「そうですね、格闘家として総合格闘技に転向しようと思います」
強いフラッシュの焚かれた最早伝説となったあの引退会見の映像が流れる。その中の九鬼は決意を込めたような眼をしていた。
『そしてこの男は今宵もまた、世界を揺らす!!
武神、総合格闘技参戦!!最強無敵のチャレンジャー、九鬼武勝現る……。
そして、この男もまた、世界を揺らす為の準備をしていた』
先程と同じく強いフラッシュの焚かれた映像が映る。先程と違うのはカメラが納める人物だ。
「俺は世界に挑戦する!いや、世界に日本の格闘技の方が上だと知らしめてやる!かつての誇りを取り戻す!」
アメリカからの招待選手と試合が決まった時の会見の映像である。立ってマイクを掴み、魂のまま叫ぶ谷川が映る。
『男の名は日本総合格闘技ミドル級チャンピオン、谷川俊秀。片や総合格闘技チャンピオン。片や柔道66?級絶対王者。
この世に王者は二人と要らない。今宵、たった一人の王者が決まる』
VTRが終わると会場が映された。小さい会場だが、観客は所狭しと詰め掛けていた。中央に鎮座する小さなリング。今日この上で一人の勝者が決まるのだ。そして実況、解説の紹介が終わると漸く主役の二人が登場するためのVTRが流された。
椅子に座ってインタビューを受ける九鬼の様子がまず紹介される。
――なぜ総合格闘技に転向しようと思ったんですか?
「そうですね。強いて言えば予てより挑戦したいと思っていたのですよ。柔道に対して義理を通していたら随分時間が掛かってしまいました」
――今日は王者としてではなくチャレンジャーとしての挑戦となりますが。
「はい、新鮮な気持ちです。私はこの世界では新入りですから、胸を借りるつもりで挑みたいと思います」
――谷川選手のことはどう思いますか?
「日本チャンピオンだそうですね。素晴らしいと思います。素直に尊敬します」
――相手に取って不足無しと?
「それは少し違いますね。確かに尊敬すべき御仁では有りますが、その敬意は為してきた偉業とそれを達する為に行って来たであろう努力に対してです」
「こと私と対決することに関しては力不足ではないかと拝察しております」
その言葉の直ぐ後に画面が切り替わり、柔道着で瓦割りをする映像の前にこんな文字が躍る。
『私は世界王者だ!!!!日本王者は引っ込んでいろ!』
VTRが終わり、画面が扉を捉えると爆音で音楽が鳴り始めた。そして実況がマイクを使って叫ぶ。
【体重、149ポンドぉ〜。ライト級、チャレンジャー】
そして別録りした名前が呼ばれる。
『タァアケェェ〜カァアツゥゥ〜〜〜、クゥゥルルルルルルキィィィィイイイッッッッ!!!!!!!!!!』
プシュー!!、というスモークの放出音に続いて一気に扉が開け放たれ、後ろからのライトの逆光で全身が青黒く染まった九鬼の姿が映る。
≪燃え上がれぇ!男ならぁ!≫
曲が始まると同時に扉から踏み出し、世界に全身を曝す。九鬼のその姿は黒帯を締めた着なれた柔道着だった。
≪立ち上がれぇ!戦士ならぁ!≫
九鬼は1度トントンとその場で軽く飛び跳ねて調子を調えるとゆっくりと中央のリングに向けて歩み始めた。
【おおっと、九鬼選手が着ているのは柔道着、道着は基本着用禁止の筈ですが?まさかそのまま戦うつもりでしょうか】
≪お前はぁ、そこでぇ倒れると決めたのか?≫
拍手の渦に呑まれながら九鬼は一歩一歩リングに近付いて行く。九鬼が抱いていたのは久方ぶりの高揚感と新鮮味。柔道ではこういった派手な演出はまるっきりないのだ。新鮮なのも致し方ない。
【一歩、また一歩とリングへの道をひた走る。柔道選手としてではなく、一人の格闘家として、一人の男として、一人の英雄として戦いの舞台へと上がる】
≪そうじゃないだろ?立て!俺の英雄!≫
九鬼はロープをくぐり、リングの上に立つと柔道着を脱ぎ、自らの肉体、そしてオープンフィンガーグローブ、ボクサーパンツを曝す。そして脱いだ柔道着は綺麗に畳んだ後、セコンドに付いた祥平に恭しく渡す。
【そして柔道着を脱いだァー!!見よ、鋼の肉体。柔道世界一?好きなだけ言うと良い。此処にはただ一人の格闘家しかこの場には居ないッッ!!!!!!!!!!】
≪負けるななんて言えねぇ。ただぁ!死に場所は、テメェで決めろォ!≫
そして九鬼は両手を突き上げた。
九鬼の登場が終われば次は谷川だ。
――なぜ日本チャンピオンだというのに世界に挑戦するのですか?
「んなの決まってんだろ?世界王者になって、殿堂入りして日本の格闘技の凄さを知らしめるためだ」
――この度は招待選手と戦う前の前哨戦となりますが?
「勝って当たり前だ。こんな所で負けるようじゃ話にならない」
――対戦選手である九鬼選手についてはどう思われますか?
「元柔道選手ってのが嫌いでな。自分が柔道やってたから強いんだって顔しやがる」
――というと?
「総合格闘技の為にどれだけ努力しようがその努力を一切無視して柔道のお陰だってはずかし気もなく言うのがムカつくんだよ」
――それは九鬼選手も、ですか?
「そうだ。鬼神だか武神だか知らないが、ヨタヨタ歩くジジィが神聖なリングの上に立つのが我慢ならねェ!過去の栄光ごと速攻でぶちのめしてやんよ!!」
そうして画面が切り替わり、画面に向かってパンチをする谷川俊秀の上に文字が躍る。
『老いぼれが!お前は踏み台だッ!!!!!!!!』
紹介が終わると会場に音楽が流れ始め、実況が紹介をした。
【体重、183ポンドぉ〜。ミドル級〜チャンピオン】
『トォオシィ〜ヒィ〜デェ〜タァニィイカァァァァアアワァァァアアアッッッッ!!!!!!!!!!』
プシュー。スモークが湧き、扉が開け放たれ、谷川の姿が見える。
≪傲慢?怠慢?好きなだけ言え。俺こそが正義ぃ!≫
谷川はフード付きのパーカーを羽織っており、目元まで覆うようにフードを被っていた。
【おおっと、姿が見える!あれこそ我らのチャンピオンだぁ!】
≪文句ある奴ぁ前出ろ。皆俺がぶちのめしてやるぜ!!≫
谷川はコキンコキンと首を鳴らすとパーカーのポッケに手を入れ、リズムに乗るように軽やかにリングに向かって歩く。
≪命張る、正義見付かる。それに乗っかる?ムシロ声嗄る程声だしてぶつかる!≫
身長、体重、共に恵まれて来た。そんな谷川が選んだ最強の場に辿り着く。パーカーの上からでも分かる筋肉の量に会場は歓喜した。
≪色んな異論、飛び交う議論。そんな無明のnightの中、差し込む俺のright≫
谷川はロープを掴むと、一気にリングの中に飛び込んだ。
【おおっと!チャンピオン魅せてくれます!これは凄い!危険を物ともしない入場パフォーマンス!】
≪ゴチャゴチャうるせェ、外野黙らせェ、ほら皆叫べ。Hey?Say!≫
飛び込んだ勢いで外れたフードのパーカーを脱ぐとセコンドの辺りに放る。
≪ジャスティス!≫
そして九鬼の前に立った時にそのあまりの両者の差に観客は否応なく理解した。
≪ジャスティス!≫
身長、体重に恵まれた筋肉のみっちりと付いた谷川に比べ九鬼はあまりにも細い。それこそ青年と老人という対比がピッタリであった。その姿を見た観客は思った。これは試合ではない。一方的な処刑だ、と。
≪ジャスティス!≫
「ぶちのめしてやるよ!!」
「貴方様のご活躍を心より祈念致しております」
差し込む俺のrightは光であり正しさであり正義です。
渾身の右ストレートではないので。
念の為。