7R武神研究する
「谷川俊秀、シュートボクシングを基調としたハードパンチャーだな。反面寝技が苦手なきらいは有るが、タックル切りが上手く中々寝技に持ち込ませて貰えない。元レスリングの選手でも無理だったんだ。投げ専門のアンタじゃ諦めた方が良いな。コレがアンタが今必死こいてボクシングやってる理由だよ」
「成る程、良く調べて有りますね」
私達は今谷川俊秀選手の過去の試合のビデオを見ながら研究をしております。しかしそれにしても今時ビデオデッキとは珍しい。少々懐かしいですな。私のデッキはもう壊れてしまって……。泣く泣くビデオテープを処分した物です。
「ほれ、見たか?こんな風に立ち技オンリーでダウンを取ってくる。素人に毛が生えたような奴が多い今の日本総合格闘技会で数少ないちゃんとした“選手”だよ」
画面では谷川選手が相手の顎に右ストレートを打ち込み見事相手の選手からダウンを奪った所が映し出されていました。
「素人に毛が生えた?選手では無いのですか?」
祥平さんの言葉に疑問を持った私は素直に質問をぶつけます。祥平さんは少し困惑したものの、快く私の質問に答えて下さいました。
「ん?あー、そうか知らねぇのか。確か前にも言ったろ?過去に日本のHOPEがアメリカの総合格闘技団体のUSFCに買収されちまってな。スター選手が軒並み持ってかれちまったのよ。んで、コレも前言ったけど総合格闘技ってのはプロレスと同じ興業だ。残ったカスカスの選手で人気を取らなきゃならない。だから素人に毛が生えたレベルの奴らを選手に見せ掛けてるのさ。今の日本の総合格闘技界はそれくらい経営が厳しい。CHOUTENの前身の戦場も潰れるレベルだ」
何と、それ程とは。世界最強を決める場所だとばかり聞いていたのですが、これでは入る場所を間違えたのかも知れませんね。
「柔道とはえらく違うのですね。選手に仕立て上げるとは……」
柔道であれば昇段試験をクリアしたことを示す帯で柔道家としての誇りの証明な訳ですがそういう物が無いのですかね?
「何他人事みてぇな顔してんだ!アンタがそうだからな!」
「それは……一体どういうことでしょう?」
実に身に覚えの無い話です。私が何かしでかしたでしょうか?
「見せ掛けるって言ったろ?プロレスみたいに魅せるっつうことが総合格闘技じゃあんまり出来ねぇからな。事務局はマッチングで強いってことを印象操作してんのさ。谷川がアメリカの招待選手とやる前哨戦だって言ったよな?要はそういうことさ。前哨戦で素人に毛が生えた様な奴をマッチングして圧勝させて本戦への期待をさんざんに煽っておく。そんで本戦でアメリカのチャンピオンと戦わせて勝ちゃあ良し、負けりゃあチャンピオン相手に善戦と言い張る。どんなに試合の内容が酷かろうがな。謂わば前哨戦の相手は噛ませ犬だ。程よく試合を盛り上げさせる踏み台。アンタが今回のソレだよ。俺が勝てねぇっつった理由が分かったか?」
成る程、噛ませ犬とは言い得て妙です。そうして選手をスターとして育てていく訳ですか。
「もしかして八百長なども有るんですか?」
私がそう聞くと祥平さんは心外だとばかりに顔を顰められました。
「流石にそこまで落ちぶれちゃ居ねぇよ。少くとも俺は聞いたことねぇ。事務局もマッチングだけで其処まではしねぇだろ。大体それがバレた時に1発で吹き飛ぶ位地盤がねぇしな。事務局も其処まで無用なリスクを背負い込むこたぁしねぇだろ。さっき言った噛ませ犬が本命に勝つこともあるしな」
ああ、これはとんだご無礼を。競技は違えど互いにスポーツマンシップを目指しているのです、下衆の勘繰りでしたね。
「実に有り難いですね。もし八百長などが通例で私にその話が来るのなら断るのに苦労したでしょうから。これで周囲に遠慮せず勝つことが出来ます」
そうしなければ潰れてしまうという言い分も分かりますし中々断り辛いですからね。断ったせいで潰れられたりしたら寝覚めが悪くて仕方有りません。
「アンタこの話聞いてまだ勝つつもりかよ……」
祥平さんは何故か呆れた目で私を見ていらっしゃいます。試合に挑む時は常に勝つ気で。別に普通のことだと思うのですが……。
「当然です。勝つ気が無ければ勝てるものも勝てません」
負ける気で戦いに挑むなんて愚かなことです。それでは万に1つの勝ち目も潰してしまいます。決して諦めず弛まぬ努力を続けることがどんなに遠回りに見えても強さへの近道なのですから。
「あー、耳がいてぇな。綺麗事言うのは良いんだけどよ。勝つ方策は何かあんのか?」
勝つ方策、ですか……。別にその様な物は必要無いのでは?
「誠に恐縮ですが申し上げると。この方では私の相手は少々役不足が過ぎるかと」
次の瞬間の祥平さんの目は、まるで狂人でも見るかのように濁ってらっしゃいました……。
――
バンバン!
恐ろしい程の轟音と共にサンドバッグが跳ね上がる。それと共に反動から谷川の顔からは汗が飛び散った。汗はワックス掛けしてある綺麗な床に染みを作り蛍光灯の光を反射する。
「おーい、トシ。調子はどうだ?」
俺は先輩の声に仕方なく叩くのを止めると動いてキーキー鳴るサンドバッグを押さえる。
「先輩。上々ッス」
このジムを経営する須原さんに答えを返すと垂れてきた汗をタオルで拭う。
「“本戦”までには何とか最高までに乗せておきますよ」
「余裕だなぁ、前哨戦は眼中に無いってか」
前哨戦、そのこと思うと今にも怒りが爆発しそうだ。松ナンチャラとか言う腰抜けが怪我して辞退した代わりにとマッチングされたのはド素人のジジイ一人。この俺をなめてるとしか思えない。
「誰でしたっけ?鬼神だか武神だか知らねぇがふざけた野郎だ」
ちょっと柔道でならしてたって位で自分が最強だなんだと勘違いしてる雑魚。そういうのが一番ムカつくんだよ!行き掛けの駄賃だがその高い鼻っ柱をへし折ってやるよ。
「オイオイ、スポーツニュースどころか昼の報道番組でもやってるぜ?武神、九鬼武勝。ご乱心ってな。テレビ見ねぇの?」
須原さんは苦笑すると肩を竦めた。
「見ませんね。漸く世界に打って出るチャンスが来たんだ。余所見してる暇なんか有りやせん」
今回のヴィニー=リンドグリーン戦に勝てば向こうで戦えるかも知れない。漸く巡って来たチャンスだ。必ずモノにしてみせる。
「そっかぁ〜。夢だったもんなぁ。頑張れよ」
須原さんが俺の肩を叩いて応援してくれる。
俺は中学の時に画面の中で大暴れしていた当時全盛期にあった日本の総合格闘技の選手に憧れた。当時の日本は本当に世界最強を決める舞台だった。観客に媚びるだけのプロレスなんか目じゃない。鼻っから俺は生粋の総合格闘家だった。どこの格闘技にも脇目も振らず総合格闘家を目指して今までやって来た。
そんな全盛期の総合格闘技は廃れた。アメリカに買収されてただの“興業”に成り下がった。だから俺があの頃を取り戻す。アメリカ行ってスター選手を散々に蹴飛ばして日本にもう一度夢を持ち帰る。世界最強の夢を。その第一歩が本戦だ。其処で躓く訳には行かない。
「はい。必ず本戦に勝ちます」
「その前に前哨戦だろ?頑張って来い」
「ウスッ」
俺はお前が嫌いだジジイ。ジジイに限らず総合格闘技以前に何かやってた様な奴は全員嫌いだ。総合格闘技で勝つために何か学ぶのは良い。強さに際限は無い。成長の糧になる。だが前に何かやってるような奴はダメだ。そんな奴が頂点を取るのはもっとダメだ。
それじゃまるで“最強が総合格闘技以外にある”みたいだろうがッ!俺はそんなの認めない。認める物か。そんな腑抜けた奴らは俺が完膚無きまでにぶっ潰す。全員排除する。お前がその手始めだ。覚悟しとけジジイ。
俺は苛立ちを紛らわす為にバンと一度サンドバッグを鳴らした……。
※この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件等には一切関係有りません
フィクションですからね!?
これ信じられても困りますから!
あー、超こえぇ。これやるのが嫌で今まで何とか試合を引き延ばして来たんだけどもうネタが尽きた限界。
次回武神の鮮烈なデビュー戦
お楽しみに




