5R武神練習する
パン、パン、ブンッ。
「ワンツー、はい。ワンツー、はい」
パン、パン、ブンッ。
私は祥平さんのミットに拳を二度素早くぶつけた後、祥平さんのミットを避けます。
「信用はしてるのですがッ、本当にボクシングが必要なのですかッ」
先程ボクシング選手と言った手前少々疑惑が拭えません。ミットを避けながら祥平さんに聞きます。
「当たり前だッ、さっきも言っただろッ、と」
――
「試合まで1ヶ月もねぇ。本当なら抗議レベルなんだが。アンタ事務局に何したんだ?」
「嘘っ!!1ヶ月!?何それ、本気で潰しに来てるじゃん!!」
祥平さんと恭子さんはそう仰いますが私にはトンと覚えが御座いません。全くどこで恨みを買ったやら。昔色々なことをやっていましたからその頃でしょうか。
「いえ、別に覚えは有りませんがそれほど異例なことなのならばやはり以前何かしてしまったのでしょうね。やった方は覚えてなくてもやられた方は何時までも覚えていると言いますから。そうであるならば何時か謝らねばなりませんね。許して頂けると良いのですが……」
私が心当たりが無い胸を伝えると何故か祥平さんは何か形容し難い顔をなさっておいででした。無精髭を生やしていると言うのに随分と子供っぽい顔です。
「……まぁ、それで時間がねぇ。早速ボクシングを習って貰う」
「ボクシング、ですか?」
私1度も習ったことが無いのですが。本当にそれが力になるのでしょうか。失礼ながら専門がそれだから教えようとしているだけなのでは?
「ああ、そうだ。さっき総合格闘技には打撃も寝技も必要だって言ったろ?そんでほとんどの選手が取り入れてるのがボクシングのフットワークとパンチだ。流石ボクシングだ。近代格闘技の芸術と言われるだけのことは有るな」
心無しか祥平さんは少し自慢気です。余程ボクシングが評価されているのが嬉しいのでしょう。
「ただ、立ち技選手がタックル切りを覚える方が寝技選手が立ち技を覚えるより10倍簡単だと言われてる。逆を言やぁそれだけ難しいってこった。しかもアンタはそれを“1ヶ月で”何とかモノにしなきゃならない。寝技については……、アンタも一応柔道家だ。そこは信頼しとく」
「恐縮です」
あれだけ私の寝技の能力について心配していらしたにも関わらずこうもアッサリ信頼して頂きました。これは私も期待に応えねばなりませんね。
「まぁ、どのみち俺に寝技は教えられんけどな。つい先程まで世界で戦ってた位だ。多分筋力はあるよな?」
「ええ、恐らく人並みには」
一応筋力は色々と鍛えて来たつもりではあるのですがそれは階級の範囲内でのこと。ライト級となり階級体重が増えた今では必要分の筋力が有るか、そして必要な筋力部位が不明です。あまり自慢できる程はないでしょう。
「オイオイ頼むぜ?分かってると思うが格闘技は筋力がほぼ全てだ。技とか気力はその筋力が平等だってことの上に成り立ってんだよ。だから階級が別れてんだろ?それが崩れりゃ勝敗は見えてるぜ。まぁ、今回は階級が二つ違うんだ。負けるのはしょうがないが次からは頼むぜ?」
なる程確かに祥平さんの言うことはもっともであり、その理屈に従えば確かに今回ミドル級相手には勝ちを譲る他ありません。ですが……。
「すみませんが負ければ次は有りません。会長と1度負ければ戻ると約束しましたので」
そう、私にもう負けることは許されません。人でなしになるのは流石の私も嫌ですからね。
「…………アンタが国民栄誉賞取って無かったら今頃ド突いてるぞ。老後の我儘もいい加減にしろよオイ」
祥平さんは総合格闘技をナメ過ぎだ、と仰った後この対戦カードの理由もそこら辺にあるんじゃないのかと邪推されました。いや、流石の会長でもそこまではしないでしょう。邪推のし過ぎという物です。
「それは誠に申し訳有りません。ですが私もまだまだ若造に負けるつもりは有りませんから」
「そうかい、んじゃあさっさとコレ着てくんな。サイズ合ってなくても勘弁な」
そう言って差し出されたのは本物のボクサーパンツです。別に練習まで着ける必要は無いそうですが今回はサイズを測るために着てほしいとのことです。早速私は更衣室に行き、ボクサーパンツのみで再び練習場に来ます。やはり年のせいか少し寒いですね。骨身に凍みます。
「へー、お爺ちゃん良い体してるじゃん。着痩せするタイプ?」
恭子さんが私のボクサーパンツだけの体を上から下までしっかりと見た後そう仰いました。スポーツ出身者特有の筋肉チェックですが、年を拾ってもやはり恥ずかしい物は恥ずかしいです。柔道の男社会にずっと居たせいですかね。視姦にでも遭っているかのような気分です。
「着痩せ……、寧ろ着過ぎて着ぶくれするタイプですね。夏は良いのですが冬は加齢臭を誤魔化すのが大変です」
量も多いせいで何度洗濯機を回したことかとこの間の冬を思い出します。
「へー、年取るのって大変なんだね」
ああ、その質問から若さが溢れ出て居ます。私ではどうあってもこの質問は出てこないでしょう。
「ええ、たまに若さに憧れてしまいます。後悔は数え切れない程ありますが今の自分が一番だと思ってますので戻りたいとは思いませんが」
「へー、何だか格好いいね。じゃ、お爺ちゃん頑張って」
そう言われると何だか擽ったいですね。ただの老害なだけなのですが。
「ええ、怪我をしない様に頑張って来ますよ」
――
「ふぅ、疲れました。柔道もそうですが年のせいか腰を落とすことを続けるとやはり腰に来ますね」
私はトントンと腰を叩きながらリングを降りる。
「では、体も温まって来たことですしこの辺りを走って来ますね。今ので鍛えなければいけない筋肉も見えて来ましたしこれからです」
私はニコリと恭子さんに笑い掛け、軽く上着を羽織って外に走り出します。そうして練習場には恭子さんと祥平さんの二人が残されました。
「しょーへー、大丈夫?」
恭子がリングの上を見ると底にはダウンされた戦士のようにマットに大の字で沈んで肩で息する中年一人。
「はぁ、はぁ、はぁ、畜生。何なんだよあのジイサン!!」
「すっごい長くやってたね」
恭子が言うのは先程のミットに当てる練習のこと。あまり動かない筈の受け役が疲労で倒れる程長い時間やっておきながら漸くエンジンが掛かって来たなどとほざく老人。まさに常識外とはこのことだった。
「ったくしつけぇんだよ畜生!何だあのバケモンみてぇな体力は!ホントにジイサンかよアイツ……」
汗だくになりリングに突っ伏す祥平。その姿は真っ白に燃え尽きた灰の様だった……。
短いですねすみません。充電キツいですので短めで。
最初がなんかちょっと変になったのはご免なさい。俺の技術じゃコレ位が限界です。




