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4R武神教わる

ちょっとした説明回です。

お嬢さんの突然の大声に耳を塞いでおりますと1分程立って漸く声が収まり、普通に会話が出来るようになりました。私はそこで自己紹介からやり直すことにしました。やはり人間そこが基本ですから。


「落ち着きましたか?何なら水でもお持ちしますが?」


「いや、逆になんでお爺……九鬼選手こそ落ち着いてるの?柔道とか関係ないよウチの施設」


恐らくお爺ちゃん、と言い掛けたのでしょう。一瞬言い淀んだ後私の名前を呼びました。しかし私はもう選手では無いのですが。


「お爺ちゃん、で良いですよ。柔道はもう止めたので次は総合格闘技に転向しようかと」


「……………………………は?」


不思議です。言う人言う人同じ反応をします。そんなに可笑しなことでしょうか。後輩で幾人か総合格闘技に転向した方を知っているのですが……。


「可笑しいでしょうか……」


「だって、選手寿命とっくに過ぎてるよ!?」


そう言えば柔道軽量級の選手寿命は20代。格闘技についてもそれ位でしたね。確か私が抜く前の最年長メダル獲得記録は35歳だったような……。それに引き換え私はもう63ですか。年月が過ぎ去るのは早い物です。私の髪も白くなる筈ですね。

九鬼は自分の頭に手を当てると、寂しそうに笑った。


「それならご安心下さい。私、相手に敵うよう努力致しますので」


九鬼の口から出たのは精神論。努力すれば何とでもなるとでも取れる発言に少女は絶句した。


「大分落ち着きになられたご様子ですね。もし宜しければ大変遅くなり誠に申し訳ありませんがお名前をお聞きしても構いませんか?」


漸く人として当たり前の地点に立つことが出来ました。こうして思うに当たり前とは難しい物ですね。当たり前であるが故に失敗が許されません。私としたことが名前を聞き忘れるなど、汗顔の至りです。


「えぇ……。えっと言って無かったかな……。ウチの名前は……」


「オイ!五月蝿いぞ恭子!何休みにはしゃいでんだ、ったく」


お嬢さんの声を遮って聞こえて来ます怒鳴り声の主は欠伸を堪えながらこの部屋に入って来られました。年代的にはお父さんでしょうか。


「あっ、えっと今言われちゃったけどウチの名前は恭子。恭しいの恭に子供の子で恭子。宜しくねお爺ちゃん」


お名前は恭子さんですか。恭という字には慎み深いという意味が有ります、きっとその様に育って欲しいと恭子さんのご両親がお思いになったのでしょう。良い名前ですね。またキョウという読みは京にも通じます。京都で過ごすのにはぴったりな名前ですね。いや、このような練習場を建てられたということはご両親は格闘家関連をなさっておいででしょうからともすれば強と掛けたのかも知れませんね。


「恭子さんですか。ではこちらこそ宜しくお願い致します」


私が握手をと手を伸ばすと恭子さんは手を握り返してくれます。


「あ、何だお客さんか?じゃあ、あの手紙は本物だったってことかよ」


さて、先程の失敗を繰り返さない為にも此方の御仁にも御挨拶するとしましょう。


「九鬼と申します」


「ああ、知ってるよ武神さんだろ?知らない方が可笑しい。俺は佐原祥平。字は不祥事の祥に平凡の平。名前通りに元サラリーマンの平凡な男だよ。宜しくな」


なる程、祥はめでたいという字。大事がなく幸に恵まれて育って欲しいといった所でしょうか。良い名前ですね。


「ええ、此方こそ。此方で試合の為のトレーニングをつけて頂けるとのことで事務局から紹介を預かっているのですが」


差し出された手を握り返しますと早速私が此処に来た理由について説明します。先程のように話が拗れては困りますからね。


「ああ、話は聞いてるよ」


ああ、それは話が早くて助かります。


「ちょっ!しょーへー!どゆこと!?ウチ初耳なんだけど!?九鬼選手が来るなんて一言も言ってくんなかったじゃん!国民栄誉賞授賞者にお爺ちゃんて言っちゃったよウチ!」


「うるへー、気付かん方が悪い!大体俺だって昨日手紙でチラッと来ただけなんだよ!誰がうちみたいな零細に武神が格闘家になって登録しに来たなんて言われて信じんだよ!イタズラだと思う方がふつーだろーが!!」


二人は顔を突き合わせて怒鳴り合います。微笑ましいやり取りですね。喧嘩する程仲が良いとは言いますが、ちょっとやそっとでは崩れなさそうな関係ですな。羨ましい限りです。


「お爺ちゃんと呼ばれたことは別に気にして居ませんよ。むしろ新しい孫が出来たようでとても嬉かったです」


二人に任せていると解決するまで時間が掛かりそうでしたので無理矢理割り込みます。二人の間に入るのは気が引けますがこの際仕方がありません。


「あー、悪かったな。その、九鬼さん?」


「九鬼で良いですよ」


敬称を付けて呼んで頂くほど偉くなった訳でも有りませんしね。


「そういう訳には行かねぇよ。じゃあ武神さん、ハッキリ言わせて貰うぜ?アンタじゃ無理だ、総合格闘技なんざ止めときな。年寄りの冷や水って言われるのがオチだ」


「ちょっ!しょーへー!」


恭子さんが心無い言葉を放った祥平さんに食って掛かります。会って間もない私の為に怒るとは、本当に心根が優しい方なのですね。


「もし宜しければその理由をお聞かせ願えませんか?」


私が言うと祥平さんは頭を少し掻いた後真剣な顔で言いました。


「総合格闘技で名を馳せた元柔道家は多い。日本の重量級に至ってはその殆どが元柔道家と言って良いな。だがそりゃ組技が出来りゃあの話だ。速い打撃に併せて投げる、何てバカなことやってる内にやられちまう。

スポーツニュースでやってたが、武神さん、アンタ一本で勝った内のほぼ100%が投げなんだって?柔道としちゃ美しいかも知れないがそれは格闘技には通用しねぇ。元柔道家が強いのはその寝技が大きな武器だからだ。この時点でアンタは大きな強みを一つ手放してる。しかも柔道家の弱点としてサイドやマウントからの絞め技もキツいのがあるしな。

後ボクシングかムエタイか、打撃系を一から鍛え直さなきゃってのもある。打撃系に寝技系、二つそれぞれの格闘技はあるが、それを一つにしたなんでもアリの格闘技が総合格闘技だ。昔なら打撃だけでもやってけたが今は時代が違う。両方満遍なく修めとかなきゃ勝てない。それを一から学び直す脳が63歳にあるか?言っちゃ悪いが今のアンタは其処らの年寄りがヨタヨタとリングに上がっていくのと何ら変わらん。俺はそんな自殺行為を許容することは出来ないね。体力もねぇ、技術もねぇ、勢いもねぇ、そんな奴はいい鴨だ。若い相手に捻り潰されるのがオチさ。

もう一つが体力か。年老いて来るとどうしても怪我の頻度が多くなり、怪我も治りにくくなる。体の改造も大変だぞ。中々変化しない。俺が相手した中年でさえそうなんだ。年老いたアンタなら尚更さ。

悪いことは言わねぇ。今の内に総合やるのはヤメロ。日本中……、いや下手すりゃ世界中の笑い者になるぞ」


それは、九鬼の使った精神論ではどうにもならないただ単純に技術の差だった。


「我儘を申しているのは重々承知です。ですが変えるつもりは毛頭ありません。幾ら世界中から笑われようが人間を止めることに比べれば遥かにマシです。私はかつて誓約しました。過去の戯れ言とは言えこの約束を違えれば私は人でなしになるでしょう。私は人に敬われるような人では有りませんが、人で無くなることについては許容出来ません。私は必ず総合をやります

誰に笑われようが関係ありません。必ず頂点を狙います」


かつての約束は果たさねばなりません。これだけ約束は遅れてしまいました。それに、これだけ年を取ってしまいました。明日奈は待っていてくれますかね。遅いと怒りますかね。どちらにしても明日奈をこれ以上待たせる訳には行きません。それに私の体力も限界です。

やるなら最短。それで頂点まで駆け上がります。


「……………本人がそう言うんなら止められねぇな」


祥平さんはそう苦虫を噛み潰したような顔で仰いました。気を遣わせてしまい申し訳有りません。


「恐縮です」


「なら尚更此処は止めといた方が良い。ウチは自分で言うのもなんだが零細だ。

このトゥルークは元々兄が建てたんだよ。兄は総合格闘技の選手だった。そこそこ強かったんだぜ?日本の格闘技が強かった頃のスター選手さ。先陣切ってその時代を切り開いた。当時の世界チャンピオン相手に判定まで持ち込んだ。まぁ、車には勝てなかったみたいだがな。選手を引退して、ファイトマネーと貯金と少し借金をして此処を建てたんだ。んでこれからって時に逝っちまった。

親戚連中がどうしようもないからこの建物売っちまうとか言うんだよ。そしたら恭子がえらい剣幕で怒ってな。私が一人で此処に住む、なんて言い出してよ。お父さんとお母さんいっぺんに亡くしてそれどころじゃなかっただろうに。親父とお袋はもう子供育てる労力なんか無かったし、施設に預けるなんて話も有ったんだが俺が引き取った」


その様なお話が有ったのですか……。なんとお辛い。


「良い人ですね」


「止してくれ。同情して貰う為に話したんじゃない。それなりに楽しくやってるさ。他人様に同情して貰う程不幸をやってない。

さて、何処まで話したか。引き取ったのは俺が良い人だからじゃなくて恥ずかしくなったからだよ。10歳だかの子供が大人に向かって啖呵切ったんだぜ?会社で腹ん中隠して方々に謝り倒してる自分が恥ずかしくなったんだ」


祥平さんは照れ隠しなのか恭子さんの頭を撫でます。恭子さんは嫌そうにしながらも結局抵抗なく撫でられました。その姿には本物以上の“家族”が見えます。


「引き取ったは良いが恭子が此処を残すって聞かなくてよ。しゃあねぇから脱サラして此処やってんだ。だからな?此処には専門家が一人も居ない。俺が一応ボクシングやってたお陰でそっちのコース作ったりして何とか残ってるが、俺もそこまで強かった訳じゃない。選手って言うのも烏滸がましい部活の延長みたいなもんだ。

アンタがもし、頂点を狙うようならそこまで面倒見切れない。そこまで背負える実力がねぇんだ。

他に良いところを紹介するからそっちで……」


「やっぱり充分良い人ですよ」


「あ?」


私の唐突な言葉に祥平さんは少し驚いた顔で私の方を見ました。


「初対面の私に対してここまで親身に、それに利益度外視で話して下さいます。良い人でなければこの様なことはしません。

少し説教臭くなりますが、その様なことでは生きていけませんよ。生きる為にはズルさも覚えなくてはダメです。世間は貴方が思っている以上に厳しい物です。考え方が甘いかと」


祥平さんは私の要望を受けてそれに対する客観的な意見を下さいました。それは私に取って厳しい物でしたが、同時に有益な物でもありました。その様なことを利益が取れない相手に行ったのですから採算度外視が過ぎます。


「は?どうしろと?」


「もう少し強欲になりなさい。他人を利用しなさい。目の前に絶好の鴨が居るではありませか。

ああ、年は取りたく無い物ですね。ついつい意地悪になってしまいます。ですので私は貴女方の実直さには騙されてあげません。此処に登録します。貴女方の事情を私も背負います。

客観的に見て話題性は充分でしょう。このまま私が勝ち進めば此処に新しい希望者が来るかもしません。それまでは私がお金を落として続けさせます。これでも人並みの稼ぎはあると自負しておりますので」


「いや、そこまで世話になる訳にゃ行かねぇよ」


祥平さんは慌てて私の提案を却下しようと止めに掛かります。しかし、人の意思の強さを侮っておられるご様子。自分は一人を助ける為に人生犠牲にしておいて他人には無理だと思い込むなど笑止千万。油断のし過ぎにも程があります。そういう隙を私につけ込まれてしまうのですよ。


「ご心配なく。私老い先短い身、今更他人の顔を窺って過ごすなど真っ平御免です。我儘に生きるとこの世界(総合格闘技)に入ると決めた時に一緒に決めました。先の知れた老人に大金など必要有りませんから。まぁ、自分の墓代位は遺して起きたいですが」


「……アンタにお人好しとか言われたくねぇ……」


祥平さんは顔を引きつらせておられました。何故でしょう。


「じゃあ、これから宜しくな」


「ええ、此方こそ」


私たちは互いに差し出した手を握り、がっちりと握手をしました。最初の挨拶の時の握手も好きですが此方の握手の方が私は好きです。


「ああ、そういや言うの忘れてた。アンタの対戦相手も昨日来た手紙に一緒に書かれてたぜ」


握手をし終わった後唐突に祥平さんがそう仰いました。


「おや、誰でしょうか?」


やはりこういうのは気になる物です。デビュー戦ということもあり、少し緊張しますね。


「アンタ事務局に恨まれでもしてんのか?アンタの相手は谷川俊秀。今度アメリカの招待選手と試合することが決まってるからアンタとの試合はその前哨戦だな」


「それは、下馬評を覆すのは楽しみですね」


何せ今まで私が負けると予想された試合なんて記憶に残ってない程古いですからね。かなり新鮮です。


「いや、勝つのは無理だと思うぜ?」


「それはまたどうしてですか?」


「何せコイツ。アンタより階級が二つ上だ」


それは事務局が本気で武勝を潰しに来た一手だった……。

名前ですが本当なら画数とかも含めて考えて上げたかったんですが無理でした。

何せフィルタリング掛かってるんで!

サイトの安全性がなんちゃらとか言って入れませんでした。


今回の話は説明回ですが色々間違えたりだとか知識が足りない部分があると思います。

何せフィルタリング掛かってるんで!

Wikipediaやニュースが成人嗜好ってどういうことだよちくせう……。

そういうのは指摘して下さったり教えて下さると助かります。

あ、ついでですが日間ランキング8位ありがとうございます!

まぁ、アクションの競技人口が少ないので少し胸中複雑です……。

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