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1R武神敗れる

真面目にジャンルが無かったので困りました。

スポーティーな感じを目指したいのですが何分ヒッキーの運動経験、知識共にゼロなのでお見苦しい点が多々有ります。

願望100%で出来ていますのでスポ根が読みたい方は止めた方が良いと思います。

忠告はしたんでね!

此処から先は勇者のみ御入り下さい。

武神敗れる。

そのニュースに日本中が、いや、世界中が震撼した。

史上最大の番狂わせと各報道紙に言わしめ、後にある種の伝説とまで言われ続けることになる試合、スペインで開催されたオリンピックでの準決勝、ザウル=アファナシエスとの一戦。

そこで負けた九鬼武勝は三位決定戦に勝利し、銅メダルを獲得した。

以下、その三位決定戦後のインタビューを受けた時の記録である。


――


記:この度は銅メダルとなりましたがどうでしょうか?


定型文から入る記者に対し武勝は軽く乱れた息をととえるように幾度か深呼吸すると答えた。


九鬼:はい、金メダルを持ち帰ることが出来ず、申し訳有りませんでした……。


武勝は見本の様に綺麗な90度の礼を見せると謝罪した。


記:い、いえ!十分過ぎますよ!ご自身の持つ最年長メダル獲得記録更新おめでとうございます!


その態度に一瞬記者であることを忘れて本気で武勝の偉業を称える記者。


九鬼:いえ、最近はもう体が思うように動かず……。不甲斐なく一本負けしてしまいました。

記:普通63歳で三位なんて取れませんよ。その御年を考えれば大健闘じゃないですか。


記者は若干呆れを含んだ口調でそう聞く。正しく記者の言う通りであった。前の最年長メダル獲得記録保持者の記録は43やそこらなのだから此処まで記録を伸ばすなどそれこそ神の御業である。


九鬼:いえ、日の丸を背負って立つ以上はどのようなハンデも言い訳になりません。


その後堅く真一文字に結ばれた武勝の口元はまるで巌のようだった。そこに甘えの2文字は無い。


記:厳しいですね。

九鬼:日本代表に選ばれる、とはそういうことです。


自分の都合も何もなく選ばれた以上は結果を出さなくてはならない。そう武勝は言っているのだ。


記:これで記録は12連覇で止まってしまいましたが。それについては?

九鬼:記録については特に思う所は有りません。過去の功績が幾ら有ろうと今勝てなければ不要ですから。


オリンピック12連覇、約半世紀もの間世界の第一線で戦い続けて来た事実を不要と切り捨てる武勝。その態度に記者は更に驚かされた。


記:そ、そうですか……。ではその思いを次のオリンピックで晴らす訳ですね?

九鬼:いえ、次はのオリンピックは有りません。これで引退します。

記:えぇっ!?何故ですか!?


記者が抱いたのは驚きというより不可解だった。武勝は記者が物心付いた時から世界を圧倒し続けていた。それが引退するなど有り得ない事実だったのだ。


九鬼:勝てない選手ほど不要な物は有りませんから。

記:貴方が勝てないなら他に勝てるような選手は居ませんよ!


柔道66キロ級絶対王者『武神』。武勝がそう呼ばれるのには理由がある。それは単に武勝が負けないからだ。勝率99、9%、その内一本勝ち80%。15歳でオリンピック最年少優勝記録は未だ破られておらず、そこから12連覇して世界のトップを走り続ける現在63歳。正しく武神の名に相応しい活躍だった。そのあまりに人間離れした能力を解明する為に研究チームを発足したという都市伝説まである。その活躍っぷりからネット民の書き込み『武勝さんマジ神』を縮めた『武神』の愛称で皆に愛されている。そんな人物が引退するなどあって欲しくない。記者は必死で説得するが武勝は首を縦には振らなかった。


九鬼:私は柔道のお陰で救われました。その恩を返そうとする一心で騙し騙し今日までやって来ました。ですがそろそろ限界です。これ以上勝てない私がのさばっても日本柔道に悪影響が及びます。引退した方が恩返しになるでしょう。


その切々とした覚悟を孕んだ語り口に返す言葉を失った記者は黙り込む。そしてその事実を認め、天地が裂けるような思いに涙を呑みながらも一言搾り出した。


記:それで、引退後は……。

九鬼:やりたいことは有りますが、自分が決めていて出来る物でも有りませんから。詳しくは引退会見を開くと思いますのでそこでお話します。


記者は武勝のその言葉を指導側に回りたいがそれは連盟が許可を出すことなので言えないと解釈した。希望を話すだけなら問題無いだろうに、一敗しただけで引退といい一本筋を通す人なのだなと内心感心していた。武勝の心内は全く違う物であったのだが……。


記:成程、分かりました。有り難う御座いました……。


記者は万感の思いを込めて90度の礼をした。インタビューを受けたことだけではなく、今まで柔道界を牽引してきたことや期待を乗せて戦って来たことを。国民を代表して頭を下げた。


九鬼:有り難う御座いました。


――


インタビュー後の選手村。すっかり暗くなったホテルのような一室で武勝は一人佇んでいた。


遂に終わってしましましたか……。


武勝はそう小さく呟いた。


しかし、不思議と晴れやかな気分ですね。今までは柔道に人生を捧げる覚悟でやって来ましたから、こんな日が来るとは思いもしませんでした。これからは好きなことが出来ます。最も、こんなに自由になるまで時間が掛かるとは思いませんでしたが……。全く、こんなに年を取ってしまいました。


武勝は白髪が多くなってきた髪に手をやる。幸い、禿げることはなくフサフサであった。父の家系はそうではなかったので武勝は密かに心配していたのだ。武勝は髪にやった手を今度は胸ポケットに滑り込ませ、1枚の古い写真を取り出す。そこに映っていたのは二十歳前後に見える色白の美しい少女だった。


私は老いていくのに君はまだあの時と同じ綺麗なまま。端から見たら犯罪になるのでしょうかね。


そう思うと武勝は何だか可笑しくなって小さく笑った。その姿は武神ではなく、恋をした一人の青年のように見えた。そして青年に戻った武勝は写真に映った少女を呼ぶ。かつて武勝の妻だったその名を……。


あの日の約束、今でもまだ間に合うでしょうか……。

ねぇ、明日奈。


――


翌日、選手村。トレーニングルームにて。


ガチャンガチャンガチャン。


朝早くからバーベルが上がる音が部屋に響く。音の主は武勝である。老人の朝は早い。

そこを通り掛かる一人の選手。彼は緊張の為に早く起きてしまったので、目を冷ます為に水を飲もうとトレーニングルームの前を通り掛かったのだ。そして窓越しにバーベルを上げる武勝を見掛けたのだ。しかもそのバーベルの重さが尋常ではない。両方合わせて200キロはあるだろう。それを真っ赤な顔で上げ下げする武勝。その選手は武勝のその姿を不思議に思ってその場に立ち尽くす。


「おおい、何してんだ?」


トレーニングルームの前で立ち尽くすその姿が不審に見えたのだろうか、後から来たもう一人の選手がその選手に声を掛ける。


「ん?ああ。なぁ」


水を飲もうとして来た選手はその目的を忘れて、後から来た選手に呼び掛ける。


「ん?何だ?」


「あの人、引退……したん……だよ、な?何であんなに鍛えてる訳?」


全国ネットで流れたインタビューの様子を思い出しながらもう一人の選手に尋ねる。しかしその返答は期待した物では無かった。


「さぁ?」


二人は揃ってトレーニングルームの前で首を捻ったのだった……。


――


武勝の引退記者会見はオリンピック閉会式が終わり、帰国した後直ぐに開かれた。

余程反響が大きかったと見えて、その場には200人を越える報道陣が詰め掛け、その様子を生中継している所さえあった。武勝という一個人がそれだけ愛されていたことの証左だろう。

会見の時間が差し迫る程に殺気を増していく会場。そしてその場に武勝が現れた時、その殺気は頂点に達した。


パシャパシャパシャパシャパシャ。


物凄い量のフラッシュが炊かれ目映い程の光に武勝はかつての栄光の日々を思い出していた。その日々にはもう帰ることは出来ないし帰るつもりもない。全てを捨てる覚悟はもうとうの昔に出来ているのだ。

武勝は白いテーブルクロスの敷かれたマイク台からマイクを取り、立ったまま口許に当てた。パイプ椅子に座らなかったのは先ず一番始めに謝らなければならないことが有ったからだ。座ったまま謝るなど武勝に言わせれば言語道断だ。


「この度は私などの為に御来席賜り真に有り難う御座います」


そうして一度軽く会釈した。


「御聞き苦しいかと思いますが、最後まで聞いて下さればこれに勝る喜びは御座いません。本日来て下さった目的とは違うかも知れませんが、先ず最初に皆様に謝らなければならないことが有ります」


動揺する報道陣を前に武勝は一呼吸開けた後、また話し出した。


「今回皆様に金メダルを持ち帰ることが出来ませんでした。力及ばず真に申し訳有りませんでした」


武勝はそう言った後、深く頭を下げた。会釈の時とは比べ物にならない程深く、重い謝罪だ。


パシャパシャパシャパシャパシャ。


その姿を収めようと再び大量のフラッシュが炊かれる。武勝はたっぷり40程頭を下げた後顔を上げ、再び話始める。


「そして私はそのことで日本代表としての力不足を痛感し、御存知の方も多いかと思いますが、今回引退することを決意しました。私の我儘を聞き届けて下さった皆様、私を指導して下さったコーチの皆様、裏方で働いて下さったスタッフの皆様、そして最後に応援して下さった皆様、今まで半世紀もの長い間、真に有り難う御座いました」


また頭を下げる。今度は先程の謝罪のように深く重い物ではなく、優しく暖かい物だ。


パシャパシャパシャパシャパシャ。


また盛大にフラッシュが炊かれた。別に頭を下げるつもりまでは無かったのだが、急遽そうしたのは目尻に浮かぶ物を隠す為だ。


(いけません……。もう後悔はないと思って居たのですが……。こんなことでは残りたくてもあの場から去らなければならなかった戦友たちに申し訳が立ちませんね)


もう少しでやっぱり止めるの止めますと言いたくなるのを鋼の精神で押さえ込み、顔を上げる。


「何か質問ある人は挙手を御願いします。時間の許す限りお答えします」


隣で進行役が案外あっさり終わった会見に少々焦った様子で報道陣の挙手を促す。すると待ってましたとばかりにほぼ全員の手が上がった。


「では、そちらの方」


進行役が指名すると、報道陣の一人が立ち上がった。


「引退するということですが、一敗しただけでは?正直まだまだ戦えるのではないかと思うのですが」


「43歳で最年長記録を更新した時から気持ちを改めました。ここから先は進退は自分で決めることが柔道への恩返しになるのではないかと。実力のない老兵が上にのさばり続けても良いことなど有りませんから。ですからその時から一敗すれば退こうと決めていました」


一人の質問を皮切りに次々と質問が飛ぶ。その多くが半世紀もの間戦い続けたのは何が原動力なのですか、とか12連覇という前人未踏の大成果を誰に伝えたいですか、とか九鬼選手にとって長く付き添って来た柔道とは何ですか、とかの前向きな言葉だ。武勝はそのことが嬉しくまた、そんな彼らに金メダルを持ち帰れ無かったのが悔しかった。そして時間が差し迫って来たので最後の質問として当たった一人がこんな質問をした。


「引退後の進退はどうするつもりですか?」


多くの報道陣がその質問を心の中で侮蔑した。曰くそんなの聞かなくても分かるだろ、無駄な質問して貴重な時間を浪費するな、俺当たらなかったんだぞ、と。そう報道陣にとって武勝がコーチの座に就くのは自明の理。そもそもトルコで開催されたオリンピックから武勝は選手だけでなくコーチも兼任していた。そしてそこから他の階級でもメダルを続出させ、柔道大国を復活たことから実績も出ている。故に報道陣も国民もこれからコーチに専念する物だと信じて疑わなかった。武勝の答えを聞くまでは……。


「そうですね、これから格闘家として総合格闘技に転向したいと思います」


武勝のその斜め上過ぎる返答に一瞬にしてその場は凍り付いたという……。


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