2R会長抵抗する
あくまでフィクションですから。
特定の個人、団体とは全く関係有りません。
いや、マジで。
会長上岡正光は苦悩していた。
「ああ、遂に言ったか……」
会長は引退記者会見のテレビを見て項垂れる。一応事前には知っていたことだ。だが知っていたとしてもその衝撃は凄まじい。更にその事前に知らされた電話がこれだ。
――
儂がスポンサーとの会談を終えて車に戻り携帯を取り出すと着信履歴に九鬼の名前が有った。ああ、負けた試合のことか、と本日有った生中継を思い出す。唐突に止めるなどと言うものだから開けるポストが定まらない。最終的には会長の座に象徴として収まって貰うとして、次回オリンピックの代表監督は確実、その繋ぎのポストをどこにするか……などと考えながらリダイアルをする。
数コールする間に九鬼が出て、もしもしと言うのが電話越しに聞こえた。
「おお、スマン。何かしておったか?」
『いえ、先にお電話したのは私の方ですから』
などと社交辞令を終えると儂は早速用を聞き出すことにした。
「して、何か用かね」
『実は試合に負けたので引退しようと思ったのですが……』
改めて聞くと凄い台詞である。こんなふざけたことを言っていたのが若造なら張り倒していただろう。しかし、言っているのはあの九鬼である。少々寂しい思いはあるが、今まで良くやったと笑顔で迎えるべきだ。
「ああ、あのインタビューか。試合の方も生で見ておったよ。実に惜しい試合だったな。運が悪かったよ」
お世辞などではなく実際に運が悪かった。一度九鬼が一本を取ったかに見えたのだが場外として一本は取り消され、もう一度攻めた時に少し焦ったのか完全に決まってない形で投げに入ろうとした所をギリギリで返されたのだ。最後は物言いがつくほどに運勝負だった。こんなつまらない試合で九鬼が引退なんて許しがたいが本人たっての希望だ。それ位叶えてもバチは当たらないだろう。
『ええ、有り難う御座います。しかし最後に覆されたのは実力ですよ。何の文句も言えません』
一切隙なく良い放つ潔さに気持ちの良い物を感じつつもやはり損な性格だなと改めて思う。
「九鬼は昔から運が無かったからな……」
儂と九鬼は昔に少し親交が有った。親交といってもただ同じ中学柔道部の先輩後輩というだけだが……。九鬼は先輩甲斐の無い後輩だった。一度も勝たせてくれない内にさっさと世界一になってしまった。アレだけ才能を見せ付けられれば幾ら主将だったとはいえ柔道で食べて行きたいなど口が裂けても言えなかった。嫉妬する気持ちすら沸いて来なかった。そんな儂が今や会長など何の因果だというのか。まぁ、それは兎も角、学生時代の正月に九鬼を含めた部員全員で初詣に行っておみくじを引いたのだが、九鬼が引いたのは大凶。あまりにも幸先が悪くその当時大事な試合が近かったのもあり、物も良く知らなんだ我々は九鬼に何度もおみくじを引かせたのだ。3連続で大凶が出たのは今では笑い話だが、当時は冗談にもならなかった。4度目で漸く出た凶にホッとした物だ。
『ハハッ、お恥ずかしい。して引退後のことなのですが……』
電話越しでも九鬼が頭を掻いているのが分かった儂は少しほんわかした気持ちになった。
「なに、気にするな。今すぐに何らかのポストを空けるのは無理だが数年の内にはどこか空ける。それまでは適当に何処かのコーチでも面倒を見て……」
『いえ、私はまだ指導側に移るつもりは有りません』
九鬼は儂が言い掛けた言葉を途中で遮りそうキッパリと言い切った。滅多にしないその強い口調に少々面食らった儂は一瞬口籠るも、真意を問い質そうと思い問うた。
「どういう意味だ?」
といっても相手の言いたいことが分からずこんなバカみたいな質問になってしまったのだが状況的に仕方無いだろう。
『いえ、総合格闘技に転向しようと思い、許可を頂こうと今回電話したのですが……』
絶句した。
暫く街の雑踏のみが聞こえ続け、それを不審に思ったのだろう。もしもしと電話越しに聞こえる九鬼の声にハッと我に帰る。
「君はまだ……」
あの娘のことを?と聞こうとして言葉にすることが出来ない。年甲斐もない、昔のことだ、忘れろ。幾つもの言葉が浮かんでは消えていく……。
『ええ、忘れられる筈がない』
途中までしか言えなかった先の言葉の意味が通じたのだろう。先程とは明らかに違う口調で電話越しにすら殺気が漂っていた。
「すまなかった……」
『いえ、先輩が悪い訳では……』
先輩、とは久々に聞いた。懐かしい……。何時からそう呼ばれなくなったのだろうか。
「いや、すまない。だな。九鬼の願いを叶えたいのは山々だが、私にも立場という物がある」
『そうですか……』
失望を隠し切れないのだろう。溜め息さえ聞こえてきそうだ。
「だから一度だ」
『え?』
電話越しに聞こえる間抜けな声に少し救われたような気分になる。やってることは悪党すらも嫌悪することなのだろうが。それでさえ、私がやったことよりはマシなのだ。
「駄目と言おうがやるのだろう?ならば一度だけチャンスをやる。一度でも負ければ即止めろ。この条件を呑まなければ許可しない」
ほとんど達成不可能とも思えるような条件。
『望む所です。さもなくば世界一など程遠いでしょうから。なに、簡単なことです。40を越えてからの条件と同じではないですか』
しかし九鬼はその無茶な条件を呑んだ。むしろ嬉々として。その無邪気なまでの自信に、儂がこれからしようとしている悪事に心が痛む。
「そうだな」
『では、これにて失礼します』
ブツッと電話は途切れ儂は項垂れた。
「お前の怒りは、まだそこに横たわっているのか。もう自分を許したらどうだ?九鬼よ……」
無意識にそんな言葉が口から飛び出る。そしてその言葉の意味を自分で解した時、自らの愚かさに笑けてしまった。結局の所、儂は許されたいのだ。だから九鬼に自分を許せなどと偉そうなことを言う。九鬼が自分を許そうとしなければ儂の罪は許されることはない。罪深く、醜く、愚かで、出来損ないな儂は高潔な九鬼に許しを求めた。そしてそれだけなら未だしも自分を許さない九鬼を詰るような言葉まで吐いた。これを悪辣と呼ばずに何と呼ぼう。許される罪ではないとうのに。許されるべきではないと分かっているのに。
「はぁ……」
罪を再確認した儂は急に重たくなった体に鞭打って立ち上がる。そしてあるアポを取ろうと携帯を再び取る。儂は悪魔だ。罪深い。だが、悪魔が更に悪事を重ねるのに然したる覚悟は要らないだろう。すまない。やはり儂は悪人だ……。許されるべきではない。
――
アポを取ったのは日本の総合格闘技のイベントCHOUTENを運営する事務局。その局長だ。
柔道のトップと総合格闘技のトップ。その二つを繋いだのは武神と呼ばれる男だ。武勝が居なければこの二つが繋がることはなかっただろう。まぁ、繋がったから何だと言う話ではあるが……。
「この度はお越し頂き有り難う御座います。あの……今回は?」
柔道界のトップが訪ねてきた理由を測りかねたのか素直に聞く局長。総合格闘技のトップとは思えない程線の細い男だ。CHOUTENの主催者と言えどあまり権力を持っている訳ではない。それは競技人口の低さしかり人気も2000代前半までと比べ下降傾向にあるからだ。国際組織に名を連ねている訳でもなく、単にイベント興業の主催者であるため、そこまで競技としての纏まりがある訳でもない。戦う場所を用意して対戦相手のマッチング、チケットの販売など言わば雑務である。此処が競技者とその支援する者の集団である柔道との大きな違いだろう。
「九鬼という選手は知っておるか?」
「それは勿論。というか知らない方がおかしいでは?」
その答えを聞いて会長は安心した。説明なく直ぐに本題に入れるからだ。競技がまるっきり違うので、もしかしたら知らないのではないかと心配していたのだ。
「引退したことは?」
「ああ、スポーツニュースでやってましたね。流石に年なので仕方無いとは思いますが残念です」
これも知っていたようだ。
「その九鬼が総合格闘技に転向したいそうだ」
「……………………すみません、聞き違いだと思うんですがもう一度言って貰えます?」
「その九鬼が総合格闘技に転向したいそうだ」
一言一句違わず綺麗に繰り返してやった。
「いや、ハハッ、まさか、え?」
どうやら事務局長は壊れてしまった様だ……。
「その九鬼が総合格闘技に転向したいそうだ」
「……………冗談ですよね?」
「その九鬼が総合格闘技に転向したいそうだ」
「いや、あの、分かりましたんでその村人みたいな答え方止めて貰えます?怖いです」
儂だって未だに信じられんよ。だからお前の気持ちは良くわかる。ただ3回目位から非常に面倒臭くなった。物には限度という物があると思うぞ。
「話したいのはその先だ。九鬼の意志を尊重してやりたいのは山々だが九鬼は柔道界には必要な存在。総合格闘技には再起不能になるまで叩き潰して欲しいのだ。頼む」
儂が頭を下げると局長は慌てて頭を上げるように言ってくる。
「ええぇ……。でもそういうのは今はテレビでは映せないですし……」
「再起不能に、とは言ったが実際にはそこまでやる必要はない。九鬼に一勝だけすれば良い。そうすれば九鬼は勝手に止める。そちらにはその一勝を作って貰いたいのだ」
「一勝、ですか……」
不審気な顔をする局長に何とか取り付けて貰おうと頭を上げる。
「勿論、タダでとは言わん。成功させれば連盟のスポンサーの内幾つかスポンサーになって貰えるよう話を付けておく。何なら儂の所の会社からも幾らか出資しよう」
「本当ですか!」
その話に局長は食い付く。総合格闘技とはあまり興業的には儲からない。少なくとも昔ほどは。昔は日本にも世界最高峰と言っても良い選手が集まって居たのだが、CHOUTENの前身HOPEがアメリカのUFPに買収されてからめっきり強い選手が居なくなってしまった。その為海外の強い選手を呼ぶ為には金が幾ら有っても足りないのだ。
「ああ、その代わり出来なかったら連盟の総力を挙げて此処を潰しに掛かるから覚悟しておけ」
儂が凄むと局長はゴクリと大きな唾を飲んだ。だが勿論嘘だ。単純に考えて出来る訳がないのだが、脅しには有効だろう。
「わ、分かりました……。必ず潰して見せます……」
(すまんな、九鬼……。柔道の未来にはお前が必要なのだ……)
こうして会長と局長の密約が交わされた。
風邪引いた……。
熱はないけど咳と鼻水がしんどい……鼻かみすぎて鼻痛い……。
もうやだ。
こんな貧弱が書いた奴ってことで知識なくても許してつかあさい。




