第一話 地球は売り物ではありません
二次元は書いてましたが、オリジナルは初の小説です。
瓶にいろいろ入れたら、キレイかなぁと思って書きました。
私は、大きな店の扉を開いた。
ギィと重たい音と、ガランとドアベルの音が、同時に響く。
扉の横に「小さな地球屋」と、書かれた、これまた大きな看板を立てかければ、店は開店だ。
師匠のババニが、遠環えんかんに旅立って、一か月ちょっとが過ぎた。
「エレナ、この店を頼んだよ」と、ウインクをして、そして、ちょっと、寂しそうな顔を私に向けて、ババニは行ってしまった。
店には、もう弟子である私しかいない。
死んだわけではない。わかっているけど、私が会いに行くには、地球が大きすぎる。
最初の頃は、毎日のように、ババニがいないことを、確かめるように客がやってきて、
「本当に遠環えんかんへ、行っちゃったのかい」
「戻ってくることはある?」
「最後に会いたかったなぁ」
と、ババニのことばかり話すから、私も悲しくなっちゃって、涙をこらえるのに必死だった。
私だって、離れたくなかったし。
でも、ババニは頑固で、一度決めたら、絶対に曲げない。
私が「行かないで」といったところで、頭をポンポンされて「お前はやれるよ」と行って終わりかも。
そのときの私は、そんなやり取りはまっぴらごめんで、別れのとき、私はものすごく物分かりのいい弟子だった。
今となっては「行かないで」と、言えばよかったかもとは思う。ほんと、素直じゃない。素直じゃないのは、師匠譲りだ。
まぁ嘆いても仕方ない。
ババニに頼まれた以上、私は「小さい地球屋」を続ける義務があるし、なにより、弟子の私が、店を切り盛りできると見込んで、旅立ったババニの気持ちに答えたい。
私はやる気を出そうと、大きく息をする。空気が湿っぽい。昨日の雨の気配がまだ残っているようだ。
見れば、店の前に水たまりができていた。
水たまりに、雨の気配はどこへやら、そこには春の雲が映っている。私がのぞき込むと、その中に、赤茶色の髪を、首元で二つに結んだ女の子がいた。
13歳くらい、顔色よし、笑顔よし、ついでに、けっこうかわいい。
「よしっ」
私は自分の頬を軽くたたいた。水の中の女の子もいっしょに頬をたたく。
ポケットから、小さな丸い小瓶を取り出してしゃがみ込む。水たまりの表面をそっとかすめるように、瓶の口を浸した。
すると、水面に映っていた白い雲が、細い糸のようにほどけながら、吸い込まれるように瓶を満たしていく。
瓶の中で、小さな白い雲が漂う。
「かわいい雲…」
私は満足して立ち上がると、
「やぁ、エレナちゃん。おはよう」
と声がして、顔を上げる。見れば、近所のパン屋のテテムさんが立っていた。片手にパンが覗いた紙袋を抱えている。たぶん配達の途中なのだろう。
「おはようございます」
私も元気よく答えた。
「ババニさんがいないと大変だね」
その言葉に、私は反射的に背筋を伸ばした。
「はい。でも、私ができることでしたら、いつでもどうぞ」
私は笑顔を作ったが、少し作り笑いになったかもしれない。
「あー……。そのときは頼むよ」
テテムさんは、少し困ったような顔をした。
「またね」
そう言って、店には入らず手を振って去っていく。その背中を見送りながら、私は小さく肩を落とした。
みんな、ババニに頼みたがっている。
まあ、当然だけど。
ババニは、国認定の特級空間採集技師であり、小瓶技術の第一人者だ。私だって、自他ともに認める天才技術者のババニに、注文したい。
でも、それ以前に、おしゃべり好きだけど、一言多くて、技術者として厳しくて、……私を救ってくれた命の恩人。技術者だけじゃない、色々なババニが、私の中で混ざっている。
私は、小さなため息をついて、店に入った。
この店の中に、足を一歩、進めば、みんな、口をあんぐりするだろう。ババニが集めたお気に入りが所狭しと並んでいるのは壮観だ。
「この店は、ワクワクを売っている」と、楽しそうに、ババニが客と、木製のカウンター越しに話していたのを思い出す。
カウンターには人が一人通り抜けられる通り道がある。私はそこをくぐる。その奥には白い薬品棚が並んでいた。中にはずらっと、薬瓶が詰まっているが、中身は薬ではない。
ー夕焼けの欠片。
ー眠れない夜。
ー春の終わりの風。
ー遠すぎて届かない星の光。
薬瓶のラベルには、そんな言葉が書いてある。
ここは、“小さな地球”を作る店だ。
広すぎる世界を、調合して、小瓶に蓋をする。
「小瓶には、遠くを少しだけ、近くする力がある」
これは、ババニの受け売りだ。
「んー」
私は薬品棚に頭を突っ込んだ。
瓶同士がぶつかって、ガチャガチャ音を立てる。ババニに見つかったら、大目玉に違いない。
「欲しいものに限って、見つかんないんだよなぁ」
-夏の朝。
-夜明け前の野原。
-古い歌声。
どれも悪くないけど、今日は違う。
ババニなら……と、考えそうになってやめた。私が決めなくちゃ。
「あっ」
小さな薬瓶に目が留まる。中には青い粉が入っている。ラベルには『藍色あいいろ』とだけある。
「これでいいか」
と、私は瓶を持って作業机に向かった。
さっき採った雲の瓶を、スタンドクランプに固定する。
薬瓶の蓋を開け、私は慣れた手つきで、薬匙にひとさじ取り出し、青空の小瓶に落とすと、栓をする。
瓶の中で、白い雲が藍色に侵食されていき、中心に小さな火花が見える。
「よしよし」
私は、うんうんと満足して頷うなずいた。
「キレイですね」
突然、後ろから声がした。
「うわぁっ!?」
思わず、声を出して振り向くと、カウンターの前に少年が立っていた。年は、私より少し上くらい。
黒い髪に、整った顔。見慣れない紺色の制服。胸元には、銀糸で丸い星の模様が縫われている。
いつ店の中に入ったのだろう。店のドアベルは鳴っていないはずだ。もしかして、ベル音が聞こえないほど、集中していたのかな。
「びっくりした……」
「ごめんなさい」
少年は素直に頭を下げた。ちゃんと謝れる人だと、私は少しだけ安心する。
「……ババニはいませんけど」
私は、ババニの不在を質問の前に返す。
「知ってます。遠環に行ったんですよね」
少年は静かに言って、私を見る。
そんな少年を見返しながら、私は、ぱちぱちと瞬きをした。
帰らない。
この人、他のみんなみたいに、あきらめて帰ったりしないんだ。
ここに来た人たちは、みんなババニがいないと知ると、残念そうに帰っていった。
なのに、この少年は、
棚いっぱいの薬瓶。
天井近くで揺れる星屑。
静かに秒針を鳴らす透明な石。
本棚に収まりきらない古書。
ババニが集めた沢山のわくわくに囲まれていながら、ただ私を見ている。
「どんな調合をお望み?」
少し緊張しながら、私は答える。ババニのように上手くいくかは、わかりませんが、いう言葉は飲みこんだ。
少年は、少し間を置いて言った。
「『地の断片』が欲しいんです」
私は動きを止めた。『地の断片』は、禁忌技術だったから。ババニが、それを作ったのは、私が知る限り一度きり。私しか知らないはずだ。
あれは、どんな星よりも、輝いて美しくて、それゆえに底がわからない代物。
店の奥で、どこかの瓶が、ちりんと鳴る。
「……どこで、その名前聞いたの」
「ババニさんから。ババニさんが言ってました。遠環に行くには、『地の断片』が必要だって」
青い瞳が静かなまま、少年は答える。
私はしばらく、少年の顔を見ていた。もしかしたら、前に店に来たお客さんかと思ったから。でも、知らない顔だ。
なのに少年は、ババニを知っている人の目をしている。その瞳は青くて、底が知れなかった。
なんだろう。私の後ろに、ババニがいる。そんな感じ。うまく言えないけど、そういうのは分かる。
私ではなく、ババニを見ている目だ。
それと同時に、少しがっかりもした。結局はこの少年も、今ここにいない、ババニが目的だったのだ。しかも、禁忌技術の調合の注文とはね。
私は口をとがらせた。
「私はエレナ。ババニとは、どういった関係なの?」
「初めまして、エレナ。僕はソルといいます」
ソルは片手を胸に当て、丁寧に頭を下げた。
続けて、
「ババニさんとの関係は、なんといっていいのか……」
と、言葉を濁したが、 私はそれを許さなかった。
「ソルは……ババニの、血族だった?」
「違います」
即答だった。確かババニは「血族はいない」と話していた。
「じゃあ、私と同じ弟子とか?」
「それも違います」
「うーん……隠し子」
私は、腕組みをしながら言う。
「違います」
ソルが、少し不機嫌そうに答えたので、私は自分で答えを見つけるのはやめた。
「じゃあ、どんな関係?弟子の私としては、興味ある」
ソルは少し考えてから、
「会ったことは、一度だけあります」
と、いった。
私は眉をひそめる。
ババニは有名人だ。
一度だけ会ったことがある、なんて人は山ほどいる。
でもだからこそ。一度だけあった人に、ババ二は、『地の断片』を教えるはずはない。そう思った。事実、ここを訪ねてくる人で『地の断片』を注文したなんて聞いたことがない。
だって、あれは、禁忌技術。売り物ではない。
地球を壊してしまいかねない。
続いてますが、短編です。




