佐藤さわりの霊障事件簿 無人バスの復讐鬼
これは久々に「いいものを書いた」と思ったのですが、どうでしょうか。
本当は長くして前編・後編に分けるつもりでした。
けれど、あまり引き延ばすとくどくなる気がして、一作にまとめました。
話は変わりますが、猫が死んで一年が経ちました。
よく夢に出てきていたのですが、ぬいぐるみを買ったら、夢に出てこなくなりました。
ぬいぐるみに宿ったのだと思っています。
そう考えると、少しだけ救われます。
第一章:無人バスの悲劇
夜の国道を、一台の路線バスがゆっくりと進んでいた。
運転席には誰もいない。ハンドルは勝手に回り、アクセルもブレーキも、まるで見えない手が操作しているかのように動いている。
だが、乗客たちは驚かない。
彼らは皆、このバスが“無人で走る”ことを知って乗っているのだ。
車内灯に照らされた空間は、妙に湿った静けさに包まれていた。
誰も話さず、誰もスマホを見ず、ただ窓の外の闇をぼんやりと眺めている。
まるで、この異様な運行が日常の一部であるかのように。
その静けさを破ったのは、ひとりの酔っぱらいだった。
松本ごん。
焼酎瓶をラッパ飲みしながら、意味のわからない歌を大声で叫んでいる。
「ひゃっはー! 今日はついてるぞぉ!」
酒臭い息が車内に広がり、乗客たちは眉をひそめた。
スーツ姿の紳士が、静かに立ち上がった。
白髪をオールバックに撫でつけ、眼鏡の奥の瞳は冷静そのもの。
子安則夫。
その横には、娘の則子が座っている。
「君、静かにしたまえ。ここは公共の場だよ」
穏やかな声だった。しかし、酔った松本には火種にしかならない。
「なんだとぉ? 偉そうに……!」
則子が父の袖をつかむ。
「お父さん、やめて。こういう人は、言うと余計に……」
だが、松本はすでに子安に絡み始めていた。
怒鳴り声が車内に響き、乗客たちは目をそらす。
誰も立ち上がらない。
誰も止めようとしない。
口論は一瞬で熱を帯び、松本は鞄から金属の光を取り出した。
サバイバルナイフ。
刃が車内灯を反射し、則子の顔が青ざめる。
「やめてください! 誰か、助けて!」
叫びは虚しく空気に吸い込まれた。
四人の男性乗客は動けず、ひとりの女性乗客は震えるだけだった。
次の瞬間、子安の胸元に松本の腕が振り下ろされた。
車内に短い悲鳴が響き、則子が崩れ落ちる父を抱きしめる。
「お父さん……!」
松本は、まるで何事もなかったかのようにナイフをしまい、ふらふらと次の停留所で降りていった。
バスの扉が閉まり、再び無人の運転席が静かに動き出す。
*
事件は翌日、テレビで大きく報じられた。
「無人バス刺殺事件」
奇妙な名前がつけられ、ワイドショーは面白半分に取り上げた。
しかし、警察の動きは鈍かった。
酔っぱらいの犯行、目撃者多数、にもかかわらず捜査は進まない。
いつのまにか報道は減り、事件は迷宮入りとなった。
一年が過ぎた。
世間はすっかり忘れていた。
*
競馬場。
松本ごんは、相変わらず酒を飲みながら馬券を握りしめていた。
レースが終わると、外れ馬券を空に放り投げる。
「ちくしょう……」
そのときだった。
松本は突然、何かを見るように目を見開いた。
「来るな! 来るなって言ってるだろ!」
周囲の客は冷たい視線を向けるだけだった。
松本は叫びながら走り去り、姿を消した。
*
高層ビル一階のカフェ。
松本は持ち込んだ日本酒を飲み、店員に注意されていた。
「お客様、困ります。お店の外で……」
「うるせぇ! 来るな! 来るなぁ!」
突然叫び、松本はカフェを飛び出した。
ちょうど開いたエレベーターに飛び乗り、隅にうずくまる。
「やめてくれ……来ないでくれ……」
震える声が密室に響く。
他の客は困惑し、距離を取った。
エレベーターが最上階に着いたとき、松本にははっきり見た。
白い靄のような巨大な影。
目と口だけが赤く浮かび、手はあるが足はない。
その手が、松本の首元へ伸びていく。
エレベーターの扉が閉まり、階段で屋上まで登った。
その後、ビルの外で松本の遺体が発見された。
警察は状況を理解できず、結局「自殺」と処理した。
だが、ひとりの警察官がつぶやいた。
「これ……手配中の松本ごんじゃないか?」
しかし、すでに死亡しており、真相は闇に沈んだ。
第二章:行方不明者続出
子安則子は、かつて父と同じ教会に通う敬虔な信徒だった。
幼い頃から神を信じ、祈りの言葉を覚え、父の説く「赦し」の教えを疑ったことは一度もなかった。
だが、あの夜――
無人バスの中で、父が助けを求めながら倒れていく姿を見たとき、彼女の信仰は音を立てて崩れた。
「どうして……誰も助けてくれなかったの……」
泣き叫ぶ彼女の声は、乗客たちの沈黙に吸い込まれた。
その沈黙こそが、彼女の心に最も深い傷を残した。
刺した男よりも、見て見ぬふりをした五人の乗客を、彼女は憎んだ。
そして、警察が事件を迷宮入りにしたとき、彼女の中で何かが決定的に壊れた。
「神は……いない」
その日を境に、則子は教会に姿を見せなくなった。
【悪魔の教義との出会い】
父の書斎に残された神学書を読み返すうち、彼女はある一冊に行き着いた。
古びた革表紙の奥に、父が決して講義では触れなかった禁忌の章があった。
“魂の分離と召喚の儀式”
それは、神学者が「研究対象としてのみ」扱うはずの、異端の教義だった。
だが、則子はそこに救いを見た。
「幽体が分離すれば……あの人たちに、罰を与えられる」
彼女は青梅の実家を改造し、地下に小さな祭壇を作った。
蝋燭の炎が揺れ、壁に刻んだ紋様が赤く浮かび上がる。
儀式を繰り返すうち、彼女はついに“向こう側”へと踏み込んだ。
幽体となった彼女の姿は、ターゲットにしか見えない。
白い靄のような輪郭、赤い目、足のない影。
それは、彼女自身が望んだ「復讐の形」だった。
【奇妙な失踪事件】
その頃から、街では不可解な現象が続いた。
人混みの中で、突然ひとりが叫び出す。
「やめろ! 来るな!」
周囲の人々はぽかんとし、スマホを向ける者すらいた。
SNSには動画が溢れた。
《ドッキリ?》《酔っぱらい?》《ガチでヤバい人》
そんなコメントが並び、誰も本気にしなかった。
だが、叫んだ者たちは、数日後には姿を消した。
家族が警察に届けても、手がかりは一切ない。
まるで神隠しのように、五人が消えた。
*
あのバスに乗っていた者たち
行方不明者の共通点は、ただひとつ。
――子安則夫が刺されたとき、同じバスに乗っていた。
• 荻野誠(40代・会社員)
事なかれ主義。
「関わると面倒だ」と目をそらした。
• 大学生(20代)
恐怖で硬直し、動けなかった。
後で自責の念に苦しんだ。
• 中年の自営業者
自己保身。
「家族がいるから危険なことはできない」と自分に言い聞かせた。
• SNS配信者
他人事として撮影していた。
助ける気は最初からなかった。
• 池田裕子(看護師)
足がすくみ、声も出なかった。
背の高い、黒髪の女性。
彼女もまた、ある日突然姿を消した。
五人全員が、同じように「恐怖に怯えた末に失踪」していた。
しかし、警察は動かない。
家族は困り果て、ただ祈るしかなかった。
だが、その祈りは、もう則子には届かない。
第三章:佐藤さわりの調査
東京・小作。
冬の風が杉並木を揺らし、細い道に影を落としていた。
その道を、黒縁眼鏡の小柄な女性が歩いていく。
佐藤さわり――政治記者にして、いまや“霊障請負人”としてSNSで名を知られる存在だ。
眼鏡の中央には小型カメラが仕込まれており、彼女の視界は常に録画されている。
鞄には、五七の桐のキーホルダー。母方が豊臣家の血筋だという話は、本人も半ば冗談のように語るが、どこか誇らしげでもあった。
「さて……行方不明の看護師、池田裕子さんの家は、この先ね」
杉の影が濃くなるにつれ、空気がひんやりと変わっていく。
やがて、古い木造の家が見えてきた。
表札には「池田」とある。
チャイムを押すと、老夫婦が出てきた。
二人とも目の下に深い隈をつくり、疲れ切った表情をしている。
「佐藤さん……本当に来てくださったんですね」
「裕子は一人娘なんです。警察にも、探偵にも頼みました。でも……何も……」
老夫婦は震える手で封筒を差し出した。
中には前金が入っている。
その重みは、金額以上に“切実さ”を伝えていた。
「必ず、探します。どんな形であれ、真相には辿り着きます」
佐藤は深く頭を下げ、家を後にした。
*
帰り道、杉の影が揺れ、風がひゅうと鳴った。
佐藤は独り言のように呟く。
「厄介な事件だわね。現代版の神隠し……?」
そのときだった。
「――手を引きなさい」
耳元で、はっきりとした声がした。
佐藤は反射的に振り向く。
誰もいない。
風の音だけが残っていた。
「……気のせい、じゃないわね」
胸の奥がざわつく。
そのざわつきは、帰宅後さらに強くなった。
*
夜。
佐藤は風呂場で服を脱いだ瞬間、息を呑んだ。
胸元に、赤い染み。
触れると、指先に生温い感触が残る。
「……血?」
怪我をした覚えはない。
服にも傷はない。
だが、確かに胸から血が滲んでいた。
「この事件……胸……?」
夢の中で見た老紳士――
胸を刺されて倒れた姿が、脳裏に蘇る。
「キーワードは《胸》……そして《バス》《殺人》《酔っ払い》……」
佐藤はタオルで血を拭き取り、深く息をついた。
「これは、ただの事件じゃないわね」
その夜、佐藤はスーパーベルクで買った七五%引きの弁当を食べた。
「手付金も貰ったし、今日は半額弁当なんかじゃなくてもよかったかもね……」
そう呟きながら、あっさりと眠りに落ちた。
夢を見た。
無人バス。
酔っぱらいの怒号。
老紳士が胸を押さえて倒れ、娘が泣き叫ぶ。
周囲の乗客は、ただ目をそらすだけ。
胸が苦しくて、佐藤は飛び起きた。
「……嫌な夢。でも、これで確信したわ」
胸を押さえながら、彼女は呟く。
「この夢……現実の事件と繋がってる。まずは、あの“バスの殺人事件”を調べる必要がある」
*
翌日、佐藤は国会図書館で過去の新聞記事を漁った。
古い紙面をめくる指先が止まる。
「……あった。無人バス刺殺事件」
記事には、老紳士の名前――子安則夫。
そして、犯人・松本ごん。
さらに、当時の乗客の証言が断片的に載っている。
「やっぱり……あの夢の老紳士は、この人だったのね」
佐藤は記事を閉じ、立ち上がった。
目指すは――青梅の子安邸。
そこに、すべての答えがある。
第四章:生き残るのは誰か?
青梅の山裾に建つ子安家は、夜の闇に沈んでいた。
外観は普通の古い家だが、内部には異様な静けさが漂っている。
その奥――地下へ続く階段の先に、別世界のような空間があった。
地下室は、湿った土の匂いと、燃える松明の熱気で満ちていた。
壁には黒い紋様が刻まれ、天井からは古い鎖が垂れ下がっている。
中央には祭壇があり、白い布をかけられた則子の身体が横たわっていた。
眠っているのか、死んでいるのか、判別できない。
祭壇の下の広間には、五人の人影がいた。
四人の男と、一人の女。
右手首には手錠がかけられ、壁の金具に固定されている。
「……喉が、渇いた……」
誰かがかすれた声で呟く。
「ここは……どこなんだ……?」
別の男が震える声で言う。
窓はない。
時計もない。
時間の感覚が奪われ、ただ松明の炎だけが揺れている。
そのとき――
空間の中央に、白い靄がふわりと現れた。
最初は十円玉ほどの大きさだった。
それが、ゆっくりと膨らみ、形を変え、やがて“顔”になった。
黒い長い髪。
白い肌。
赤く光る目。
鼻はなく、口だけが異様に大きい。
両手はあるが、足はない。
浮遊する影のような姿。
「どうして、ここにいるかわかるかい」
声は低く、太く、空気を震わせた。
男たちは息を呑み、女――池田裕子は顔を伏せたまま動かない。
「思い出せるように、夢で教えてあげていたのにね」
影はゆっくりと広間を見渡す。
「私は……あなたたちが見殺しにした、子安則夫の娘、則子」
男のひとりが叫んだ。
「ち、違う! 俺たちは……!」
「助けを求めたのよ。あのとき、あれだけ……」
影の声が震えた。
「でも、誰ひとり動かなかった。誰も、父を助けなかった」
沈黙が落ちる。
「犯人の松本ごんは、もう葬ったわ。次は……あなたたちの番」
男たちは一斉に叫び始めた。
「許してくれ!」「頼む、助けてくれ!」「家族がいるんだ!」
影はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……そう。なら、ひとつだけ方法があるわ」
松明の炎が揺れ、影の輪郭が歪む。
「あなたたちで殺し合いなさい。最後に残った一人だけは、助けてあげる」
広間が凍りついた。
「な、何を……どうやって……」
「武器ならあるわ」
影が指を鳴らすと、祭壇の横に武器が並んだ。
日本刀、剣、槍、三叉槍。
どれも古びているが、刃は鈍く光っている。
沈黙が続いた。
やがて、ひとりの男が叫ぶ。
「……やる! このまま死ぬくらいなら……!」
カチャリ、と手錠が外れた。
「俺もだ!」
「俺も……!」
次々と手錠が外れ、四人の男が武器を手に取る。
ただひとり、池田裕子だけはうなだれたまま動かない。
「さあ、始めなさい」
影がそう言った瞬間――
地下室の扉が勢いよく開いた。
「みんな、やめなさい! 目を覚まして!」
佐藤さわりが立っていた。
息を切らし、眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。
則子の霊が、ゆっくりと佐藤を見た。
「この女から片付けなさい」
四人の男が一斉に佐藤へ向かって走り出す。
日本刀、槍、剣、三叉槍――金属の光が一斉に振り上がった。
「ちょ、ちょっと待って……!」
佐藤はたまらず階段へ駆け上がった。
刃が床を叩き、火花が散る。
「逃がすな!」
男たちの怒号が響く。
佐藤は必死に階段を登り、祭壇のある上段へ飛び込んだ。
その瞬間――
祭壇の裏から、黒い影が一斉に飛び出した。
こうもりだった。
数えきれないほどのこうもりが、佐藤めがけて襲いかかる。
「うわっ、やめてってば!!」
佐藤は腕で払いながら後ずさりした。
こうもりの群れは彼女の髪に絡み、背中にまとわりつき、羽音が耳を塞ぐ。
「いやあああっ!」
佐藤は耐えきれず、階段を転がるように駆け下りた。
男たちの横をすり抜け、地下室の出口へ向かう。
「待て!」
男のひとりが剣を振り下ろしたが、佐藤は身をひねってかわし、そのまま地上へ飛び出した。
冷たい夜気が肌を刺す。
こうもりはなおも背中に迫り、佐藤は地面に転がりながら必死に逃げた。
地下室の中から、則子の霊の声が響く。
「邪魔者はいなくなったわ。さあ……殺しあいなさい」
*
地下室には、再び四人の男だけが残った。
池田裕子は壁際でうずくまり、震えている。
「……やるしかないんだ……」
日本刀の男が低く呟き、槍の男へ踏み込んだ。
刃と柄がぶつかり、金属音が地下室に響く。
剣の男と三叉槍の男も動いた。
互いに距離を取りながら、円を描くように歩く。
「やめて……やめて……!」
裕子の声は誰にも届かない。
槍の男が日本刀の男を押し返し、床に叩きつける。
だが、日本刀の男は倒れたまま刃を振り上げ、槍の柄を弾いた。
三叉槍の男が剣の男に突きを放つ。
剣の男はそれを受け止め、火花が散る。
「うおおおおっ!」
日本刀の男が立ち上がり、槍の男へ斬りかかる。
槍の男は後退しながら叫ぶ。
「やめろ! やめてくれ!」
だが、戦いは止まらない。
恐怖と生存本能が、彼らを獣のようにしていた。
剣の男が三叉槍の男を追い詰め、壁際で刃を振り下ろす。
三叉槍の男は必死に受け止めるが、力の差は歴然だった。
金属音が響き、三叉槍が床に転がった。
残ったのは――剣の男ひとり。荻野誠。
息を荒げ、汗と埃にまみれながら、彼は勝利を確信したように笑った。
*
則子の霊が、ゆっくりと池田裕子へ視線を向けた。
「あと一人。その女をやりなさい。
もし、あなたも戦うなら、手錠を解いてあげるわよ。どうする?」
裕子は首を振った。
涙が頬を伝う。
「あと一人よ。武器も持たないのに可哀想……手錠は外してあげるわ」
カチャリ、と裕子の手錠が外れた。
剣の男は、ゆっくりと裕子へ歩み寄る。
剣を持つ手が震えている。
「やめて……やめて……」
裕子は後ずさりし、壁に背をつけた。
そのときだった。
地下室の扉が再び開いた。
佐藤さわりが、こうもりに追われながら戻ってきた。
「裕子さん! 逃げて!」
佐藤は階段を駆け上がり、祭壇へ向かった。
こうもりが背中にまとわりつき、彼女はよろめいた。
その勢いで、こうもりは松明の炎へ突進した。苦しみもがくこうもりが再び飛び立った。
こうもりが則子の上に落ちた。
その火が、則子の肉体へ燃え移る。
影の姿が苦しげに歪む。
「やめ……やめて……!」
霊体がのたうち、赤い目が揺らぎ、輪郭が崩れていく。
「いや……いやぁぁぁ……!」
叫びとともに、影は煙のように消え失せた。
次の瞬間、祭壇の炎が壁へ燃え移り、地下室全体が火に包まれ始めた。
佐藤は階段を駆け下り、裕子の手をつかんだ。
「裕子さん! 逃げて!」
二人は外へ飛び出した。
背後では、最後に残った男が炎の中で狂ったように叫んでいた。
「俺は勝った! 生き残ったんだ! わはははは!」
その声は、炎の轟音に飲み込まれていった。
エピローグ
晴れた日だった。
青梅の山の空気は澄み、焼け残った子安家の跡地には、まだ焦げた木の匂いがかすかに残っていた。
佐藤さわりは、池田裕子と並んで立ち、静かに花を手向けた。
「則子さん……お父さんは不幸な死に方をしたけど、あなたには幸せを掴んでほしかった」
その言葉に、裕子は唇を噛み、涙をこぼした。
炎の中で狂ったように笑っていた男の声が、まだ耳の奥に残っている。
だが、いまはただ、静かな風だけが吹いていた。
裕子と別れ、佐藤はひとりで坂道を下りながら呟いた。
「調査費も貰ったし……今日は夢庵でも行くか」
その声は、どこか疲れていて、どこか満足げでもあった。
(完)
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回の物語は、
「見捨てられた者の怨念」
「日常の裂け目に潜む恐怖」
「人間の弱さ」
をテーマに書きました。
特に、佐藤さわりという人物は、
“超常と日常の境界に立つ存在”
として、これからも色々な事件に関わっていく予定です。
本作は、彼女のシリーズの中でも、
「もっとも人間の弱さが露骨に出た話」
になった気がします。
もし続編を読みたいと思っていただけたなら、それだけで十分です。




