結果の中
空を見上げると、先ほどまで天気が良かったが暗雲が立ち込めていた。一雨降るのだろうか。
「10年後のぼくが見えるの?」
「はい……。こちらの鏡に顔を写すと10年後のあなたの姿が映し出されます……。
今なら50セリカなところを、あなただけ特別にお安くして10セリカで……」
「アシェ……行くぞ」
「わ、ああ」
アシェの手を引き、怪しげな魔導グッズを販売している露店を後にした。
食事を終えて、少し歩くと通りでは小さな露店がひしめき合っていた。
珍しいガラス細工や不思議な香水など楽しそうに見ていたが、アシェが興味を示したのは――胡散臭い魔導グッズだった。
「10年後かあ。ちょっとだけ気になるけど、セリカが足りないや」
「残念だがあの露店の魔導グッズは全て偽物だ。渡されるのは普通の鏡だろう」
「そ、そうなの?」
「魔力を感じなかったからな」
子供相手なら売れると思ったのだろうな。
魔力の少ない人間なら騙される者もいるだろう。あの露店の魔導グッズには一切魔力が込められていなかった。値段も安すぎる。
いきなり偽物を掴まされそうになるとは。
アシェをきちんと見てないといけないな。
「そっかあ。あ、あれなんだろう」
ぱたぱたとまた違う露店に目移りするアシェ。
色々見られて楽しいのだろう。
アシェの義兄レオンの部屋には様々な魔導グッズやおもちゃが散らばっていた。
アシェの部屋には一切なかった物だった。
……あまり干渉するのも野暮だろうか。
アシェの好きな様に見てもらうか。
___
露店の前に長いものがぷらぷらしている。あれはなんだろう。
「おやかわいい坊や!この巨大蛇のぬけがらに興味があるのかい?」
「ぬけがら?」
「討伐中に見つけたものらしくてね。このぬけがらは武器や防具の素材に使えるけど、坊やには難しいんじゃないかい?」
ザナックさんなら使えるのかな。
値段を見てみるけど――セリカ3枚では到底足りない値段だった。
「坊やにはこんなのもあるよ?」
「ぬいぐるみがいっぱいだ……!」
籠の中にはうさぎやくまのぬいぐるみが入っていた。うさぎはふわふわで耳がとても長くて、目がくりくりしてる。くまは小さい耳に茶色い毛皮だ。どっちもカッコいいな。
「あとこれも売れてるよ。魔除けのお守り袋。一つ一つに魔石が封入されているんだ」
店主さんはお守り袋がたくさん入った箱をぼくに差し出した。色とりどりのお守り袋に長い紐がついていた。
店主さんは一つお守り袋を開けるとぼくに魔石を見せてくれる。小さい、真珠ほどの大きさだ。
「魔石?」
「悪いことから身を守ることができる石だよ。魔力はまだ入ってないから、自分の魔力を入れると効果を発揮するよ」
「そうなんだ……」
魔力のないぼくには使えないものだ。
でもヴァルドさんは騎士として魔物とたくさん戦っている。もしかしたら、ヴァルドさんのことを護ってくれるお守りになるかもしれない。
お守り袋を手に取ろうとしたら、ぬいぐるみと目が合う。
レオン義兄さんが買ってもらっていたな。あんなに高い物だったんだ。
うさぎのぬいぐるみの手をちょっとだけ握ってみる。ふわふわで柔らかいな。
ぬいぐるみはぼくの持っているセリカでは足りないや。
貯金箱の分を併せてもきっと足りない。
それに、レオン義兄さんも言っていた。
『“魔力のない役立たず”が、俺と同じおもちゃ欲しがるとか、図々しいぞ』って。
“役立たずのアシェ”じゃなくなるまで、ぼくは我慢をする。しないといけないんだって。
「――このぬいぐるみをひとつ、もらえるか?」
「毎度!そのカッコいい兄ちゃんは坊やの連れかい?」
「あ」
肩に手を置かれたと思い、振り返ると後ろにヴァルドさんがいた。
「ヴァルドさん」
ヴァルドさんはうさぎのぬいぐるみを受け取ると、そのままぼくに手渡した。
「アシェに持っていて欲しい」
「え!……ぼく?」
「アシェが持っていた方が、このうさぎも喜ぶ。……要らないか?」
うさぎのぬいぐるみをじっと見つめる。
ぼくのぬいぐるみなんて、一つもなかった。欲しがっちゃいけないものだった。
レオン義兄さんがぬいぐるみで遊んでるのをぼくが見ると、叩いてくるから見ないようにしていたんだ。
でも今これは、ぼくが持っていていい物。
――本当はぼくも、ぬいぐるみが欲しかったんだ。そう思った。
「いる。……ありがとう。ヴァルドさん」
ぼくは両手でうさぎのぬいぐるみをしっかりと抱きしめた。
子供みたいって笑われちゃうかな。
涙が出そうになるのをこっそり隠した。
「その魔除けのお守り袋ももらえるか?」
「もちろん!」
店主さんは再び箱を差し出す。
ヴァルドさんに先を越されちゃった。
好きなのを選んでいいと言われて、ぼくはヴァルドさんの眼の色と同じ、金色の紐がついたお守りを選んだ。
ヴァルドさんは店主さんからお守りを受け取り、ぬいぐるみの首元にお守りをくくり付けてくれた。初めてもらったぬいぐるみにぼくは、なんだか胸がいっぱいになってしまった。
______
なんだか嫌な気配が脳を掠める。
振り向くが、周りで特に変わった様子はない。
街は結界で囲まれている。
気のせいだろうか。
そんな中、アシェは再び露店で何かをじっと見ている。
なんでも買ってやりたいと思うのは、あまり教育に良くないだろうか。
ノーマン館長に、アシェ自身にもお金の使い方を教えてあげるよう頼まれていたことを思い出す。様子を見てみるか。
アシェは何やら指で数を数えた後、露店の店主に告げる。
「こ、これ……下さい」
自身のポシェットからセリカを取り出して、支払いをすませる。
「毎度!気を付けて持つんだよ」
「ありがとうございます」
アシェは両手で品物が入った紙袋を受け取る。
「買えたのか?」
「ヴァルドさん!うん」
「何を買ったんだ?」
「あ、あのね。これ――」
アシェががさごそと紙袋を開けて見せようとした時だった。
突然大勢の住人が血相を変えて露店の中を走り出していた。人混みで転びそうになるアシェの手を引き、胸元に引き寄せる。
「わあ」
「なんだ?」
走り出す住人を見回す。
嫌な気配。まさか――
「ま、魔物だ!」
「逃げろ!教会に行くんだ!」
どうやら魔物が出現したようだ。
本来、街には魔石による結界が張り巡らされている。侵入できるはずがないのだが……。
「ま、まもの……?」
「魔物は皆、共通して黒い体毛と赤い瞳を持っている。
中には、毒を持つものや、相手の魔力を吸い尽くし、そのまま魂まで奪うものもいる。アシェの魔力がないとはいえ、不用意に近付くなよ」
「わ、わかった」
アシェは震えながらも、こくりとうなずいた。
この街にもこのような事態に備えて、別の騎士団が常時見回りをしているはずだ。騒ぎに気付いてすぐに来るはずだが……。
「向こうも、魔物に囲まれているぞ!」
教会の方に向かっていた住人達が、突然声を上げて、露店の方へ戻ってきていた。
「うわああ!こっちにも魔物が!」
「露店から出られない!」
「騎士団の奴らは何してるんだ!?」
逃げ惑う群衆の前に現れたのは、黒い体毛に赤い眼を光らせた、禍々しい魔物だ。
小型だが数が多く、ジリジリと遠くから様子をうかがっている。
露店に魔物が入り込んで来るのも、時間の問題だ。
「……」
アシェは顔を青ざめながらも、オレの手を握り返す。せっかくのアシェとの楽しい時間が、魔物のせいでこんなことになるなんて。
「ぬいぐるみの坊やにカッコいい兄ちゃん!だ、大丈夫か?」
ぬいぐるみやお守りを販売していた店主だ。魔物に囲われて、同じく露店から出られないらしい。
「第二騎士団がきっと護ってくれる。それか教会まで行ければいいんだが……。
ここからは少し距離がある。どうしたら……」
店主は震えた声を出す。
逃げるにも魔物が四方を囲み、逃げられない状況だ。
「ここは第二の管轄か……」
腰の剣に手を添える。
他の騎士団とあまり関わるべきではないが、そうも言ってられない。
アシェの手をそっと離し、目線を合わせる。
「……アシェ。少しここで、待っていてくれ」
「ヴァルド、さん?」
露店全体に結界を張り巡らせる。結界を張りながらでは、本来魔力消耗が激しいが――リオットが渡してきた栄養ドリンクがあったな。
いざという時、魔力回復が出来るものだ。
魔物討伐に支障はないだろう。
アシェを魔物のいる外に共に連れて行くより、この結界の中に居てもらった方が安全だ。
「魔力による結界を張った。見えるか?
この範囲からは出るな。強力なものだが、その代わり一度出たら入れない」
「……わ、分かった。
ぼく、ここで、待ってる」
「いいこだ」
震えるアシェの頭を撫でる。
賢い子だ。自分がどうすべきなのか、すぐに分かったのだろうな。
――辺りの魔物を討伐したら、すぐに戻る。
「結界が一瞬で!カッコいい兄ちゃん。アンタ何者だ!?」
「店主。屋根を借りるぞ」
「構わないが何を……」
「アシェ、終わったら買い物の続きだ」
ぬいぐるみに括り付けられていたお守りをそっと握る。
「お守り。大事に持っていろよ」
「……ヴァルドさん!」
アシェの声を聞き、露店の屋根の上に飛び乗り、結界の外に飛び出す。
ちょうど露店の周囲を魔物が囲っているようだ。
教会の元へ逃げる人々が、遠くに窺える。
魔物による被害は今はまだ少なそうだ。
地面に降り立ち、魔物と対峙する。
いくつもの赤い眼光がこちらを睨みつけている。
「せっかくのアシェとの買い物の時間――邪魔をするな」
剣を構えると、魔物の眼がわずかに怯んだ。
襲ってくる魔物に、刃を振り抜く。
魔物の身体は真っ二つに切り裂かれて、そのまま音もなく消滅した。
オレには魔物を討伐しなければならない、――責任がある。




