2本目 ワンマン反省会
『……のニュースです。昨日未明、行方不明だった女子高校生が、無事保護されました。』
灼熱の正午の太陽にも負けずに、堂々と[アカマルマート]と店名を誇示する、少し色褪せた赤い文字の看板。全国チェーンであるこのホームセンターのバックヤードの更に奥、簡単な仕切りで区切られた喫煙所に男性キャスターの声が響く。
外見は鬼の様に強面だが、内面は菩薩と言われる日用品部門長の加護目が持つスマートフォンからその声が聞こえたらしく、半日出勤を終えて、仕事終わりの煙草を堪能していた赤丑翼は、俯いていた顔を上げた。顔を上げた理由は、女子高校生という単語だ。もちろん、それは変な意味では無く、昨晩の"小遣い稼ぎ"に関係していると思ったからだ。
「ほえー。あの子ようやく保護されたんだなぁー。」
鬼の様な形相で煙草の煙を吐きながら、加護目が渋く低い声を出した。何気ない一言だが、翼は背中に少しの寒気を感じた。本人には失礼だが、凶器の様な顔面のお陰で些細な動作に殺気を感じて怯えてしまう。
そんな雰囲気を纏っているので、もしかしてハエ程度なら、殺気だけで殺せるのではないかと、そんな下らない事を思ってしまった。
「確か、繁華街で誘拐されたんですよね。で、そっから丸々4日ですか。よく無事でいましたねぇ。」
加護目とは真逆の顔付きをした大道店長が、さらりと返答した。短いショートヘアをワックスで無造作に決め、背こそ加護目と同じくらいだが、細く引き締まった身体に中性的な顔をしている。
この為に、実年齢よりも『若い男性』と間違われる事が多いそうで、俺も先月まで歳が近いと思いこんでいた程だ。
雰囲気も爽やかで、メンズファッション誌の表紙を飾っていてもおかしくない程の、俗に言う『イケメン』である。この店長のおかげで売り上げが右肩上がりとの噂だが、そんな事よりも確かに爽やかだ。
なんと言うか、真夏の青空が似合いそうで…いや、違うな。レモングラスの様な…これも違う。とにかく爽やかである。
だが今年で彼は57歳を迎えた。しかも5人の子供のパパだ。更に長女が高校生だ。おまけに街で一緒に歩いていたらカップルと間違われたらしい。やはり世の中は恐ろしいものだ。
と考えていたら、加護目の肩に止まったハエが力尽きたのか床に転落した。うっそだろオイ。本当に殺りやがった。やはり世の中は恐ろしいものだ。と、俺は静かに視線を下に落としながら感じた。
「ねー。犯人は逮捕されたみたいだけど。なんかニュースだと、郊外の廃墟のパチ屋で監禁されてたみたいで、爆発音の通報でわかったらしいよー。爆発って…何してたんだろうな?」
殺気でハエを殺した事にも気がつかない、強面の口から放たれた疑問符付きの言葉に、俺は心の中を見透かされた気がしてギクリとした。
その爆発音を出したのは、何を隠そう、先程パーカーのフードを取って、ちょいと格好つけて登場したこの俺である。
ちなみにワタクシ翼は、趣味でヒーローをやっているのだ。どうだ?すごいだろ?
と言っても最近はバイトが忙し過ぎてそんな事やる気力が起きず、トラウマもあって4ヶ月ぶりに昨日から再開したのだが。まあ、どんなヒーローなのかは後々わかると思うから、今は勿体ぶってここでは曖昧にしておこう。
さて、昨晩の出来事の反省だ。今回は、女子高生にあんな事やこんな事をしようとしていた犯人達にお灸を据えてやろうと思ったのだが、一目散に逃げ出すまでは想像していなかった。
少し力み過ぎたのか、それとも焦っていたからか。俺は思わず、近くにあった放置車両のトヨタライトエースを使ってしまった。使うといっても、メーカーが絶対に推奨していない、誤った使い方だが。でも結果としては近くにいた犯人グループは着弾の衝撃でノビてしまっていた。
本来なら『なんだこのやろー!』で向かって来た犯人に正義の鉄槌を下し、怯えて震える女子高生に優しく手を差し伸べ、お姫様抱っこして廃墟を脱出、あわよくば白く透き通った綺麗な肌を目で堪能してハッピーエンド。一石数鳥なそんな計画だったというのに。
格好つけて登場する所まではよかったが、フードを取って俺の顔を見せるなり、女子高生を含めた7人が全力で逃げ出したから焦ってしまった。
せっかく片付けたのだからと、犯人の財布からお布施を頂いたが、6人で合わせて1980円だったし、明らかに日本では使えない通貨が出てくるし、何よりも肝心の女子高生はお礼も言わずに姿を消してしまうし、散々な結果だった。まあ情報提供で場所が分かった訳だし、なんだかんだで女子高生が無事だとわかったし、良しとしよう。
加護目の疑問に、大道は「なんでしょうかねぇ」と考え込んでいたが、店内放送の呼び出しが、それを遮った。呼ばれた大道店長は、舌打ちをしながら煙草の火を消して立ち去って行った。機嫌悪そうに通路を駆ける後ろ姿も、なんて爽やかなのだろうか。まるで夏の夕暮れ時に吹く風のようで…いや違うな。えーと、とりあえず爽やかなのである。だが中年男性だ。しかも5人の子供のパパだ。以下略。
「さーて。俺も行かなきゃなー。赤べこ君お疲れさま!」
休憩が終わったのか、大道店長に続いて加護目部門長が、微妙なセンスのあだ名と労いの言葉をかけながら、大きな手で俺の肩を叩いて喫煙所を後にした。その大きな後ろ姿に「お先です!」と声をかけると、右手を上げて反応してくれた。
巨体が遠ざかるのを見送ってから、俺は軽く溜め息を吐きながら、黄緑色のパッケージが特徴の箱から煙草を取り出して火をつけた。爽やかなメンソールと共に煙草の豊かな香りが喉を駆け抜け、肺の中まで浸透していく。この快感は何にも変えがたいものだ。
そして喫煙者なら理解してくれると思うのだが、煙草を吸うとブラックのコーヒーをグイッと飲みたくなる…のだが、生憎手元にコーヒーは無い。決して金欠だとか、コーヒーなんて泥水みたいで苦手とか、そんな小さな事ではない。どちらかというと、この扱いに困る体質の関係で"今は飲むわけにはいかない"のだ。アレルギーってのが一番近いが、それは少し前までの話。
故に日本人なのにお茶もダメ、紅茶もアウト。コーヒーは御法度で、エナジードリンクなんかは、“もってのほか”である。
コーヒーを喉に流し込みたい衝動を抑えつつ、椅子に囲まれる様に置かれた一斗缶――その上に置かれたペットボトルの麦茶に手をのばし、一気に流し込んで喉の渇きを癒した。おっと、安心してほしい。この麦茶は俺が朝の出勤時に購入したものだ。
有名人のイラストと共に大きな文字で[ノンカフェイン]と表示された、用済みの麦茶の容器に少しの不満を抱きながら、翼は少し離れたゴミ箱に投げ入れた。
「コーヒー飲みてぇ…」
思わず流れ出した言葉と、ペットボトルが地面を跳ねる音が、不思議と耳に残った。




