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ギブミーカフェイン!  作者: バケツロリータ
2箱目 目覚めよ、クソ兄貴。
10/17

2本目 悪魔から消えた物

『えーと、今日からお世話になる富士野ふじの 彩葉いろはです!よ、よろしくお願いします!』

 

 夢と希望に満ち溢れた宇宙一素敵で、どんな手段を取っても絶対に護り抜きたい笑顔。頭を下げた時にフワッと揺れる、なんかもう己の性癖にブッ刺さってフェロモンをギンギンに感じちゃうくらいに滅茶苦茶良い匂いがしていそうな、栗色のショートヘア。

 例えるなら、まるで暗闇を照らす希望の灯りの様な…。いや、迷える子羊を導いてくれるシスターの様な…。いや、違うな。

 なんというかまあ、とにかく4文字で説明しろと求められた場合、【カワイイ】で花丸満点が貰えると思う。漢字一文字で回答するのならば【神】で充分意味は伝わるだろう。

 よく【尊死】とか【萌え死ぬ】等の、昔の文豪が見たら現代の若者にビンタを一発カマしそうな、チャンチャラふざけた日本語をSNSで見かけるが、今は気持ちが良くわかる。本当に心に刺さるものには、上手く当てはまる言葉が出てこないものなのだなと。今なら松尾芭蕉さんの気持ち、すっげーわかる。


 そして同時に俺は直感したのだ。






 “運命”なのだと。






 俺と富士野さん。いや、俺と彩葉。おそらく紀元前、遥か昔からの確定事項。つまりは【月とスッポン】。いや、【太陽と月】か。いや、なんか違うな…。

 まあ、とにかく。俺と彩葉は、何かしらの赤い糸で結ばれていたのかもしれない。嗚呼、神よ。世界よ。全ての生き物達よ。今は全ての存在に俺は感謝したい。今日という日を迎えられた事に感謝し、俺は彩葉と共に、新たなる未来を作っていく所存であります。どうか神よ。この若き二人の歩みを近くで見守り頂き――。





 …あぁ、すまない。少し前の出会いを思い出していたのだが、ちょっと俺の気持ちが高ぶってしまった様だ。とりあえず前回の話から簡単に説明しよう。


 それはちょうど先月の事であった。真夏に起きた忌々しい通り魔事件も犯人逮捕で収束し、まだ残暑が残る街に再び平穏が訪れ、一般市民達も通り魔事件の事などすっかり忘れ、平和というぬるま湯に浸かり始めた頃だった。

 俺の職場に“彼女”がやって来たのだ。変態に貪り食われる寸前で俺が助け出した、あの地下道の彼女だ。腹をザクザクに刺され、袋叩きにもされている内に彼女はいつの間にか逃げ出していたみたいだが。まさか再会出来るとは思ってもいなかった。

 しかも客では無く、同じ戦士(アルバイト)として。神様サンキュー。俺の行いは神も仏も認めてくれたみたいだぜ。


 しかし、少しばかり困った事が起きた。何も進展が無いのだ。そりゃそうか。彼女は俺を知らないからだ。

 地下道であった時には、無駄に便利な能力のおかげで醜い顔になっていたから、相手は気が付いていないだろうし、夜間で照明も薄暗かった事も要因だろう。

 いや、ヒーローとしてはそれで良いのだ。正体がバレて『宇宙人だ!』とマスコミが騒ぎ出し、米国から来たアルファベット3文字や4文字の機関に追いかけられるのは御免だ。

 だが、それでは困る。彼女との明確な接点が無いと、親しく接近出来ないではないか。コミュニケーションが下手な俺には痛手である。遠くから眺めているだけしか出来ぬのか。




 神よ。




 あ、違った。







 天よ。




 なぜ俺に二物を与えない!?




 畜生!この状態からどうやって『完全勝利』に発展させれば良いんだよ!なんだよググれってか!誰か教えてくれよ!どうやったら彼女と永遠の誓いを結ぶ所まで持っていけるのだ!?誰か攻略法を教えろ!


 こうなったら知恵袋で聞いてやる!コインもくれてやるよ!100枚でどうだ!だから教えてくれよ!だぁぁチクショー!神のバカヤロー!アホ!バーカ!


バーーーーーカ!!!




「…うぐぅヴェッ。」


 どうにもならない感情を心の中で爆発させながら、俺は晩御飯を、胃袋の方へ無理矢理押し込んでため息と“ゲップ”をついた。ツラさ故のため息とゲップだ。

 何がツラいって聞かれると人生や現実などなど、そりゃあ嫌になるくらいに沢山あるのだが、今は妹が作ってくれた晩御飯がツラいのだ。

 『なんだ、妹さんが晩飯作ってくれるなんて幸せじゃねーか』なんて思うかもしれないが、我が家では苦行に近い。嫌なら嫌とハッキリと言えば良いのだが、優しく育ててくれた父のお陰なのか、上手く断れない優柔不断な男故に、ダラダラと習慣化してしまっている。


 ちなみに今日の晩御飯は、妹の一海(ひとみ)特製の【生卵と枝豆が入った甘口みかんカレー】である。あ、今の単語で嫌な予感がした奴、なかなか冴えてるナ。

 ちなみに【みかんカレー】と某検索エンジンで調べると、名前とは裏腹に腹が鳴りそうな程に美味しそうな料理ばかりだが、一海特製みかんカレーは根本的に違っていた。

 コトコトと煮込まれて型崩れを起こし、【ミカン】で在る事を放棄した謎の物体。食感は、プリプリした生魚の内臓を奥歯で潰す様で不愉快極まりなく、口の中で酸味に侵された甘口カレーの味と混ざり合い、思わず手が止まりそうになる。そして場違いであろう枝豆が、酸味と生卵で汚染された甘口カレーで満たされた口内へ乱入し、俺の舌体と脳味噌を混乱させるが、一口目で正気では喰えない代物である事は揺るぎない事実だった。




 妹よ。




 なぜみかんを入れた。




 あまりの不味さに思わず、冷蔵庫から予め取り出しておいたタバスコに右手が伸びる。

 まだ卵“だけ”なら希望はあった。生卵とカレーという組み合わせは関西ではポピュラーらしいし、確かに個人的には美味しく感じる。カレールーを作る食品メーカーの公式サイトでも紹介されている程なのだから、もう間違いは無い。

 だが妹は、希望を打ち砕く様にみかんと枝豆を入れた。鬼畜にも程がある。冷蔵庫の中のものを手当たり次第入れたのか。それとも考えて作ったのか。どちらにせよ、まともな思考では無い。今回の晩飯は、おそらく過去最悪だと思う。これなら先月食べた【もやしカレー】が遥かにマシである。


 …いや、文句ばかり言うのも気が引けるから、ここは真逆に考えてみる。

 過去の晩御飯を思い返せ俺…!まだ喰えるだけ幸せだ。




 今一度、冷静になって考えてみる。

 今回の食事で特筆すべき所は、しっかりと食材の中まで火が通っているという点だ。過去に出された“生野菜”の“野菜炒め”や、“加熱調理用“の牡蠣(かき)を生のまま出され、何も知らないまま食べて気が付いたら兄妹揃って病院だった事と比べればマシである。


 そして料理の不味さでも、脳内ランキングで1位の【鯖を骨や内臓や眼球諸共ミキサーにかけてすり身にした薩摩揚げ】と比べれば、今回の料理の方が圧倒的に美味い。アレは本当に辛かった。海水が混ざるドブ川のヘドロを砂ごと揚げるとこんな味になるのかと真剣に思った。その日は、たまたま妹が中学校のスキー旅行で居なかったのが、不幸中の幸いだった。

 もしもあの時に、早めに薩摩揚げ完食を断念して家を飛び出し、全国チェーンの牛丼屋に駆け込んでいなければ、俺は人生に対して悲観的になっていたかもしれない。

 ちなみに2位は『ニラご飯』であり、3位は『牛乳レバー丼』だ。食べた感想は、「もう思い出したくない味」としかコメント出来ない。あ、4位以降のラインナップは、こちらの諸事情により公表を控えさせて頂く。オェッ。


《……市で強盗事件が発生し、この家の住人である25歳の女性が軽傷を負ったほか、付近でも多数の空き巣被害が報告され…》


 相変わらず世間より早めな我が家の食卓は静かで、淡々と夕方のニュースを読み上げるアナウンサーの声が妙に耳に入る。そんな空間で、強敵と悪戦苦闘している間に、一海は既に『みかんカレー』を完食済。左手の掌に収まるスマートフォンの画面を、黒い長髪の毛先を右手の指で弄りながら気怠そうな目で見ている。何故に完食出来るのか、毎度毎度疑問に思うのだが、罪悪感故に完食しているのか、それとも味覚がイカれているのか。真実は彼女に聞けば分かるだろうが、聞けるほどの度胸は持ち合わせていない。というか聞きたくも知りたくもない。


「………。」


「………ゴフッ。」


 不味すぎて少しむせてしまったが、やっぱり静かだ。食卓に会話が無いのは無理もない。震え上がる程不味い手料理と、年頃の妹と二人きりなのだから。

 昔こそ、学校で起きた出来事を嬉しそうに話す一海と、笑顔で頷きながら話に耳を傾けていた父と、飛びきり上手い父特製の手料理を囲んで食べていたので、とても賑やかだったが…。嗚呼、時の流れってのは残酷だ。父は今頃呑みにでも行っているのだろうか。いいなぁ、羨ましい。


「…あのさ。」


 なんて思っていたら妹の一海が、前触れも無く口を開いた。気のせいか、彼女の声のトーンが重く感じ、瞬時に俺のポンコツな第六感が危険を察知する。


「な、なんだよ。」


 少し(ども)りつつも、なるべく平穏を装って返事を返す。それと同時に、『俺が何を“やらかした”のか』を脳内で振り返る。洗った皿に汚れが残っていたのか?鍵を締め忘れたか?いや、休日で一日中家にいた俺は完璧に任務を遂行したはず…!?

 否。もしかしたら『いい加減マトモな職に就いてよ』とか、『もう20歳過ぎてんだからしっかりしてよ!』とか、心臓をブチ抜かれるよりも辛い言葉をかけられるのか?

 だとしたら辛い…。もし、そうだとしたら、耐えれる自信が無い。言葉を喰らった瞬間に炭化して消えてしまいそうだ。あー怖い!こちらを向いた一海の眼光が鋭過ぎて怖いっ!

 思わず右手が震えて、タバスコが景気良く飛び出し、みかんカレーに降り注がれた真っ赤な水玉模様が繋がり始め、紅い湖と化している。



 しかしながら一海の口から放たれた言葉は、想像していたモノとは方向性が違っていた。







「私のさ、下着知らない?」

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