1本目 満月が照らすのは
「もっしー、何してんのー?」
闇夜を覆う雲が流れ、満月がパチンコ店の吹き抜けを抜けて、店内を照らす。浮かび上がる落書きだらけの壁と、床に散らばる割れたガラスが、現在の店の経営状況を物語っていた。
かつて賑やかであっただろう中央のホールに、制服姿の女子高生と、それを抑え込む6人の大柄な男達が、入り口から聞こえた声の方に目を向けていた。
「せっかくの満月だしー。唐突ながら、将来有望な僕に、愛のある寄付をお願いしたいんだけどー?」
入り口に仁王立ちしている、月の光に照らされた細めの人影が声をあげた。まだ若い青年の声だった。
「だっ、誰だテメーは!」
男達の1人が叫び、声の方向に懐中電灯を向ける。ムラのない日本製の白色LEDの光に照らされ、パーカーのフードを深く被った、黒ずくめの青年が浮かび上がった。
「俺か?俺はねぇー」
少年は、どこか余裕でもあるのか、からかう様な口調で喋ると、ポケットから赤い缶を取り出し、握ったまま高々と頭上にあげて――レモンを絞るように缶を握り潰した。派手な音と共に破損した容器から溢れる液体を、口を大きく開いて受け止める異様な光景に、ホールに居る誰もが釘付けになっていた。そしてホールに居た誰しもが思った。
『普通にプルタブを引けばいいのでは?』
しばらくして彼は満足したのか、潰れた缶を背後に投げ捨てると、フードを取りながら呟いた。
「通りすがりの、ヒーローだよ。以後、よろぴこ。」
顔に浮き出た無数の血管。異様な程に充血した眼球。ヒーローや正義とは無縁な顔が、男達の方へ向いていた。