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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第5章 正義と悪
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0-2. 別れ


 某所に密かに建設されたリベリオン秘密基地内、その一角にある食堂は閑散としていた。

 個人主義が強い怪人たちはわざわざ食堂に足を運ぶ事が無く、必要があれば食堂付きの戦闘員に自室へと食事を運ばせるのが一般的であった。

 そもそも怪人の栄養補給の方法は千差万別でおり、人間と同じような形式で食事を取らない怪人も多々居るのだ。

 そんな悪の組織の食堂の中のとあるテーブルの一席で、非常に奇妙な光景が繰り広げられていた。


「…おいおい、嬢ちゃん。 今日もそんな味気の無い飯でいいのかよ?」

「栄養補給はこれで十分」


 テーブルを挟んで椅子に座る一体の怪人と一人の少女、セブンとコブシの姿があった。

 どうやらコブシは今もセブンに付き纏われているらしく、食事の席にまで着いて来られているようだ。

 コブシは机の上に置かれた見るからに高カロリーな料理を箸で突きながら、一緒に食事をしているセブンに苦言を呈していた。

 セブンはわざわざ食堂に来ているにも関わらず、戦闘員お手製の料理を口にすること無く味気の無い栄養ブロックで食事を済ませようとしていた。

 コブシはセブンがこのような食事を取るのは今回だけでは無く、この少女は三食全てが今のような有様で有る事を知っていた。

 何回かコブシはセブンに忠告染みた言葉を投げたが、効率を重視するセブンは頑なにこの食生活を変えなかった。


「見ているわしの飯がまずくなるんだよ! ほら、こんな物は捨てちまいな!!」

「あっ…」

「おい、そこの戦闘員! 嬢ちゃんにカレーでも作って来いや」

「キィィィィッ!!」」


 コブシはセブンの食事が余ほど気に入らないのか、とうとう実力行使にでてしまった。

 椅子から立ち上がったコブシは、セブンから力付くで栄養ブロックを取り上げてしまう。

 そして大声で食堂付きの戦闘員を呼びつけて、セブンのために食事を作るように命じる。


「キィィィ!!」

「お、来た来た。 ほら、嬢ちゃん、これを食え」

「何故、私がこれを…」

「いいから食え! せめてこういう場所に居る時くらいは、温かい飯を食うもんだよ!!」


 コブシの指示を受けた戦闘員は、すぐにカレーを手に持って戻ってくる。

 セブンの目の前に戦闘員特製のカレーと野菜サラダが置かれ、カレーから食欲のそそる香りが漂っていた。

 そしてコブシは運ばれたカレーを指差し、セブンにこの食事を食べるように命じる。

 コブシの行動の意味が解らないセブンは、すぐには食事に手をつけようとはしなかった。

 しかしコブシが有無を言わさずに食事を強制し、その圧力に負けたセブンは渋々と言った様子でスプーンに手を伸ばした。


「…温かい」


 戦闘員が作るカレーは、精々ファミレスで出てくるレベルの平凡な一品であった。

 恐らく普通の人間が食べても、これはただのカレーであるという感想しか出てこない品だろう。

 そんなカレーをセブンは次々にスプーンを使って口に入れていき、カレーは見る見るうちに皿から無くなっていった。

 恐らくこのカレーと先ほどコブシが取り上げた栄養ブロックでは、後者の方が栄養補給と言う観点から見れば効率が良いだろう。

 しかしセブンはこの温かな食事から、栄養とは別の何かが自分の中に満たされる感覚を覚える。

 コブシはセブンが黙々と食事をする姿を満足げに見ながら、自分の食事へと戻っていた。

 以降、セブンは栄養ブロック等を利用した栄養補給は控えるようになり、コブシと共に食堂で食事を取るセブンの姿が見られるようになった。











 人気の無い奥地に建設されたリベリオン秘密基地の周囲には、人が殆ど足を踏み入れていない樹海が広がっていた。

 その樹海の木々を掻き分けて進む怪人を、その後ろを付いていく少女の姿が見えた。

 怪人コブシはそのゴリラのような見た目が周囲と完全にマッチしており、第三者が見たら山の主として見られる事は間違いないであろう。

 セブンの方は何時もの白衣で無く、衣装班の戦闘員お手製の子供用登山服を着込んでいた。

 先頭を行くコブシは周囲の木の枝を折り、後ろに着いて来るセブンが通りやすいように道を作りながら進む。

 コブシが道を慣らしたお陰でセブンはどうにか着いて行く事が出来ているようだが、その様子は息も絶え絶えになっており限界寸前であった。


「ほら、嬢ちゃん。 まだ五分しか歩いて無いんだぞ、もうちょっと気合入れろよな」

「はぁはぁ…。 こ、これがあなたの力の秘密と…、な、何か関係あるのか?」

「うーん、まぁもうちょっと付き合いば解るぜ。 ほら、行くぞ、嬢ちゃん!!」

「り、了解した…」


 勿論、この山登りにコブシの強さの秘密が有る筈も無い。

 単純にコブシが狭苦しい基地内に居る事に退屈し、気晴らしに外に出ただけの事である。

 そんな事情など露知らず、セブンは馬鹿正直にコブシの着いて山道を登り続けた。

 しかし結局、子供というハンデに加えて日頃から運動不足であったセブンは、この数分後に倒れる事になってしまう。






 力尽きたセブンと言う荷物を背負いながら、コブシは先ほどとは倍のペースで山道を登り始める。

 これまではセブンに合わせていたようで、怪人としての本来の力を出せばこの位は当然なのだろう。

 セブンはコブシの毛深い背中の感触を感じながら、未だに激しく胸を打つ動悸を抑えるのに精一杯だった。

 コブシは険しい山道を容易く踏破しながら、背に居るセブンと雑談を交わす余裕さえあった。


「嬢ちゃん、どんだけ体力無いんだよ…。 これはあれか、今時の子供は外で遊ばないって奴か?

 駄目だぞ、子供は外で馬鹿みたいに騒ぐもんだぜ」

「ハァハァ、私の仕事にそんな経験は必要無い…」

「仕事…、あの怪人の設計って奴か? 全く…嬢ちゃん、何時からこの組織に居るんだよ?」

「…物心付いた時から、私は此処に居た」


 自信過剰で排他的な怪人たちが多い中で、このコブシは何処か人間臭いおかしな怪人であった。

 少なくともセブンが知る限り、コブシのような変わった怪人は見た事が無かった。

 基本的に怪人は人間を見下しており、怪人の設計者と言う重要な地位に居るセブンでさえ、怪人たちはぞんざいに扱う始末である。

 しかしコブシはセブンを見た目相応の子ども扱いをする物の、付き纏われている今の状況に嫌な顔一つ見せなかった。


「ふーん、じゃあ嬢ちゃんは学校も行って無いのかよ。 つまんない人生だなー

 まあ俺も学生時代のこと何か、殆ど覚えていないけどな…」

「…あなたは怪人に成る前の記憶があるのか?」

「ちょっとだけだな。 俺が作られた頃は、リベリオンの記憶処置はまだ完全じゃ無かったみたいでね…」


 もしかしたらセブンは生まれて初めて、自分と対等の位置に居てくれる存在と出会ったのかもしれない。

 生まれてから今までの間、リベリオンの組織内で育ったセブンには同年代の友達など存在しない。

 セブンの周囲に居るのは傲岸な怪人、使い捨ての戦闘員、そして彼女と同じ怪人の研究を行う研究者たちくらいである。

 怪人や戦闘員がセブンと対等に接する訳も無く、同じ人間である研究者たちも彼女を敬遠した。

 どう見ても小学生程度の少女にしか見えないセブンが自分と同じ地位に居る、それは高いプライドを持つ研究者たちには認めがたい事実なのである。


「しかし嬢ちゃんも暇人だなー、何時までわしに付き纏う気だよ」

「…これが今の私の仕事。 あなたの力の秘密を掴むまでは私はあなたに付いていく」


 その言葉とは裏腹にセブンは、自分の中でコブシの能力についての興味が失せている事に気付いていた。

 セブンの興味は既にコブシという奇妙な怪人そのものに移っており、コブシと接する一分一秒はセブンに今まで味わった事の無い感覚を与えた。

 この年で怪人の設計を行うほどの天才であるセブンが、この胸の内から湧き上がる感覚に明確な説明を付ける事ができなかった。

 しかし少なくともこの感覚はセブンに取って不快な物では無く、セブンはこの感覚の正体を知るまでコブシから離れるつもりは無かった。

 コブシの広い背に背負われたセブンは、無意識の内にその背中を強く抱きしめていた。

 怪人と少女と言う奇妙な間柄でありながら、コブシに背負われるセブンの姿は、何処か父と子と言う親子の像を幻視させた。











 しかし怪人コブシとセブンの奇妙な付き合いは、長くは続かなかった。

 コブシはセブンが所属する支部から、他の地域のリベリオン支部に転属する事になってしまったのだ。

 今居る支部からコブシが離れる日、セブンはコブシと別れの挨拶を交わしていた。


「おい、泣くなよ」

「泣いて無い…」

「だから泣いているじゃねぇかよ、たっく…」

「あっ…」


 結局、セブンはコブシの強さの秘密を理解する事が出来なかったが、そんな当初の目的などは今の少女の頭の中には既に欠片も存在していない。

 セブンはただただ純粋にコブシとの別れを悲しみ、彼女の瞳から涙が次々に零れ落ちていた。

 コブシの前で泣いている事が恥ずかしいのか、セブンは白衣の袖口で涙を止めようと試みる。

 しかしセブンは胸の中で荒れ狂う感情を制御しきれず、涙が次々に零れ落ちてしまうのだ。

 涙を見せるセブンの姿は何時もの冷徹な雰囲気は何も無く、年相応の幼い少女にしか見えなかった。

 困惑した表情で暫くセブンの様子を見ていたコブシは、徐に右腕をセブンの方に伸ばす。

 そしてコブシの掌がセブンの頭をすっぽりと覆い、セブンは頭上からコブシの手の温かさを感じる。


「まあ、そんなに深く考えるな。 またこっちの方に来たら会いに来てやるから…」

「…今度会う時までには、あなたに勝てる最強の怪人を作って見せる」

「ははは、それは楽しみだ! じゃあな、嬢ちゃん。 達者でな…」


 セブンの頭に乗せられた掌を使って、コブシはそのまま少女の頭をぞんざいに撫で回し始める。

 繊細さの欠片の無いコブシの掌に撫でられたセブンの小さな頭は、上下左右に揺さぶられてしまう。

 頭をシェイクされた影響ですっかり涙が引っ込んだセブンを見て、コブシは笑みを浮かべながら別れを告げる。

 感情が落ち着いたセブンはコブシに対して、怪人の設計者としてのリベンジ宣言を突きつけた。

 セブンの強気な言葉が気に入ったのか、コブシは豪快な笑い声と共に去っていくのだった。











 そしてコブシとセブンのささやかな約束は果たされる事は無かった。

 転属から数ヵ月後、コブシはとある作戦行動中に戦死したと言う報告がセブンの元に届いたのである。

 この時を境にセブンは、特殊能力を極力排除した近接戦闘特化の怪人に拘るようになる。

 怪人という枠組みを超えて敵対するガーディアンのバトルスーツの技術まで利用して、セブンは肉体能力に特化した最強の怪人を求めたのだ。

 もしかしたらセブンが本当に求めている物は最強の怪人などでは無く、あの類人猿をベースにした奇妙な怪人なのかもしれない…。


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