0. 拳
薄暗い部屋の中では異形の者たちで溢れかえっていた。
明らかに普通の人間と異なる姿をした怪人たち、全身を黒ずくめの衣装で包んだ戦闘員たち。
しかしその集団の中心に何故か、どう見ても小学生くらいにしか見えない少女が立っているでは無いか。
白衣を着た少女は怪人や戦闘員に囲まれた状況に些かも動じた様子は無く、年不相応な鉄仮面の如き無表情を貫いていた。
少女は手に持った厚いファイルに目を通しているらしく、凄まじいスピードでファイルの中身に次々に目を通す。
暫くして部屋のドアが開き、徐に新たな怪人が姿を見せる。
「…おいおい、わしを呼びつけたのはこんな嬢ちゃんかよ…。 嬢ちゃん、子供はもうお眠の時間だぞ?」
「嬢ちゃんでは無い、私はセブン。 よく来てくれた、怪人コブシ」
現れた怪人の全身は厚い体毛で覆われており、その両腕は年輪を重ねた丸太のように太かった。
その顔付きから恐らくゴリラかそれに類する類人猿系をベースにしたらしい怪人は、躊躇い無く部屋の中に入ってくる。
やがて怪人は部屋の中心に居る少女の姿を気付き、自分の目を疑うかのように少女を凝視した。
そして怪人は場であからさまに溜息を付き、少女に対して悪態をつき始めた
しかし少女…、セブンは自分の年齢を見て侮る存在に慣れているのか、怪人コブシの揶揄に何ら反応を見せる事無く淡々と話を進めた。
「今日はあなたに私の設計した怪人の性能テストに付き合って貰う」
「お、喧嘩か? まぁ、そう言う事なら大歓迎だぜ、最近仕事が無く鈍っていた所だしな!!」
少女の言葉が終わると同時にその背後に立っていた怪人が、コブシの前に姿を見せた。
その怪人は全身を青い鱗で覆い、両腕と両足に鰓らしき器官を供えており、恐らく何らかの魚類をベースにした怪人なのだろう。
現れた魚型怪人は言葉こそ出さないが、その表情は既に勝利を確信しているような強気な態度を取っていた。
少女の姿を見てやる気の無さそうにしていたコブシは、魚型怪人の姿を見て途端に元気を取り戻したようである。
好戦的な笑みを浮かべたコブシは、これから相手となる魚型怪人と興味深そうに眺めた。
セブンと名乗った白衣の少女は、悪の組織リベリオンに所属する若き天才であった。
十歳程度の幼い見た目に反して彼女は、この年で既に怪人の設計を任される程の力を持っているのだ。
今日、セブンは自分が開発した怪人のテストとして、リベリオンに所属する旧式の怪人を用意した。
試験役に選ばれた怪人コブシは、リベリオン黎明期に製作された怪人である。
当時怪人製造技術が未熟であった頃の作品であるコブシには特殊能力は一切備わって無く、怪人としての肉体能力を駆使した格闘戦しか脳のない怪人である。
それに対して今回のテスト対象である魚型怪人フィッシャーは、セブンが設計した最新の怪人だった。
フィッシャーにはセブンが施した様々な特殊能力が備わっており、特に体内に備えた特殊な器官から放出される鉄砲魚の如き水流は鉄をも簡単に貫く事が出来る。
余ほどセブンはこの怪人フィッシャーの出来に自身があるらしく、普通は戦闘員相手で行うのが一般的な性能テストのためにわざわざ怪人を呼びつけたのだ。
セブンはフィッシャーがコブシに勝つ事を確信しており、コブシが瞬殺されたらテストにならないとすら本気で心配していた。
しかしコブシとフィッシャーの戦いは、セブンが予想も付かない決着を迎える事になる。
「ば、馬鹿なぁぁぁっ!?」
「何だ、もう終わりかよ。 つまんねーなー」
両怪人の繰り広げた戦いを簡単に説明するなら、以下のようなの流れになるだろう。
格闘しか脳の無い怪人コブシが、フィッシャーに手の届く距離まで近付く。
そして近接距離まで近寄ったコブシの太い腕から振り下ろされた拳が、フィッシャーの顔面にぶち込まれたのだ。
力自慢な怪人の一撃をまともに受けたフィッシャーは、数メートルほど後方に吹き飛ばされてそのまま背後の壁にぶつかってしまう。
壁に寄りかかったフィッシャーは最早立つことさえ難しいらしく、驚愕といった表情を見せながら地面に崩れ落ちていった。
勝利したコブシの体にはフィッシャーが刻んだ傷跡が各所に見られ、あの魚型怪人がただでやられた訳では無い事を示していた。
しかしコブシは負傷に全く意を介した様子が無く、一撃で戦いが終わったことに対して不満そうな表情を見せていた。
欲求不満を体で表すように太い腕をぐるぐると回すその姿は、コブシの完勝という有り得ない結果の証明であった。
「…うそっ」
フィッシャーとコブシの戦いをモニタしていたセブンは、この予想外の結末に鉄面皮を崩していた。
その表情からは先ほどまでの冷たい雰囲気が消え去っており、この瞬間だけセブンは普通の子供に戻っていた。
しかしセブンはただの子供では無かったようで、彼女はすぐに感情を制御して先ほどまでの感情の無い表情に戻っていた。
セブンの注目は本来のテスト対象であったフィッシャーで無く、カマセ犬でしか無かったあの怪人コブシに移っていた。
リベリオンの施設内を歩くゴリラ型怪人コブシは、ふとその場で足を止める。
そしてコブシはその場で振り向き、自分の後ろに立つ白衣の少女の姿を見下ろした。
白衣の少女、セブンはコブシが初めて会った時と同じような子供らしくない硬い表情を浮かべている。
そし彼女の冷たい視線は、先ほどからずっとコブシの姿を捉え続けていた。
この少女は先日のフィッシャーとの戦いの後から、何故かコブシの後を付き纏うようになったのだ。
子供の悪戯と思って最初は無視していたコブシであったが、ここまで執拗に自分に付いてくるセブンの存在が流石に不気味に感じたのだろう。
コブシはセブンに目を合わせるため中腰になり、凄むような顔で睨みつけながら話し掛けた。
「おい、嬢ちゃん。 さっきから何でわしに付き纏うんだ?」
「…これは観察」
「はぁ、観察!?」
「記録にあるあなたの性能データからは計算する限り、私のフィッシャーが敗れる確立はほぼ零だった。
しかし実際にはあなたは勝った、それは何故か?」
セブンがコブシの後を着いて来る目的は、彼女が理解出来ないコブシの強さの秘密を探るという目的であるらしい。
自分の設計した怪人が敗れた原因を調べるために動く少女の姿は、やはり普通の子供とはかけ離れていた。
単なる悪戯ならば此処で叱り付けてやろうと考えていたコブシは、セブンの予想外の返答に困ったようで、頭を掻きながら困惑の表情を見せた。
やがて瞼を閉じて何かを考えているような態度を取ったコブシは、暫くしてから再びセブンに視線を合わせて口を開いた。
「…いいか、嬢ちゃん、ようはこう…、気合だよ!!」
「気合?」
「おう、気合だ! 最近は小手先の技を使う生っちょろい怪人が増えたが、所詮喧嘩なんて物は気合があれば勝てるんだよ!!」
「非論理的、説明になっていない」
「説明って言ってもなー、俺はぐぁぁぁっって行って、ぶぉぉぉんっって殴っただけだぜ?
そしたらあのへっぴり腰の魚野朗が、ばぁぁぁんっって吹き飛んで…」
「意味不明」
「ああ、もう何で解らないんだ!!」
残念ながら感覚派であるコブシは、論理派であるセブンが理解できる説明をする事が出来なかった。
当然のようにセブンはコブシの言葉に納得する筈も無く、この様子ではコブシに付き纏うのを止める事は無いだろう。
もしコブシが非道な怪人であるならばセブンを痛めつけるなどの容赦無い行動を起こして、無理やり言う事を聞かせたかもしれない。
しかしセブンに取って都合が良いことにコブシは悪の組織の一員としては珍しく、子供に手を出すのはまずいと考える良心的な怪人であったらしい。
困り果てたコブシは頭を抱えて蹲ってしまい、セブンは前言通りにコブシの観察を続けている。
こうしてリベリオンの基地内において、とある怪人と少女の奇妙な生活が始まることになった。




