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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第4章 女王蜂の今昔
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22. 先輩

 クィンビーの大蜂の毒を受けた白仮面は、その影響によって息が荒い物になっていた。

 明らかに白仮面は弱っており、これは大和たちに取って反撃のチャンスと言えた。


「…これ以上は無理か!? 丹羽 大和、三度目の忠告は無い!

 次に戦場に会った時は、力付くでお前を戦いから開放してやる!!」

「待ちなさい、逃がさないわよ!!」

「白仮面、お前は一体何を…」


 戦況が不利だと判断したのか、白仮面は大和に対して最後の警告を述べる。

 その言葉で白仮面の次の行動が読めたクィンビーは、右腕を銃口に見立てて標準を合わせ、腕から毒針を放とうする。

 しかし白仮面の行動が一歩早く、両腕の掌を前に伸ばした。

 そして次の瞬間、白仮面の両腕から白い強烈な光が放射されたのだ。


「きゃっ!?」

「くそっ、目くらましか!?」


 溜めの時間をほぼ皆無だったせいか、白仮面の放ったエネルギー波は大和たちに何らダメージを与える事は無かった。

 しかし大和とクィンビーの前面に広範囲に放出されたその光は、彼らの目を潰すことには成功する。

 通常の光と違うコアのエネルギーを源にしたそれは、大和の付けているフルフェイスのマスクでも防ぎきれない。

 視界を奪われた大和たちはその場で釘付けにされてしまい、彼らの視界が回復する時間はそのまま白仮面の逃走時間となってしまう。


「…逃げられたか。」

「あいつめぇぇぇぇっ、次にあったら今度こそ蜂の巣にしてやるからねぇぇぇっ!!」


 案の定、クィンビーの瞳からエネルギー波の光の影響が抜けた時には、白仮面の姿は何処にも見当たらなかった。

 今回の戦いだけ見ればクィンビーは、実力的に格上である白仮面を見事に撃退した形になるだろう。

 しかしそもそも今日の目的は白仮面の撃退では無く、かつて妃 春菜が残したデータの回収にあったのだ。

 肝心のデータは白仮面によって破壊され、クィンビーは失った自分をの記憶を取り戻す事は叶わなかった。

 クィンビーの怨嗟の声が、空しく辺りに響き渡った。











 高校に入りたての頃、姫岸 燈は大人しい引っ込み思案な少女であった。

 その内気な性格故、彼女は高校と言う新しい環境に上手く馴染む事が出来なかった。

 進路の関係で中学時代に居た数少ない友人とも離れ離れになった姫岸は、必然的に孤独な高校生活を過ごす事になる。

 一人で登校して、一人で授業を受けて、一人で昼食を取って、一人で下校する。

 意図してクラス内で無視されると言う事では無い、単に誰も彼女に関わろうとしなかっただけである。

 もしかしたら姫岸は無意識に人との接触を恐れ、クラスメイトとの壁を作っていたのかもしれない。

 姫岸は今の状況を作り出した自分の行動を内心で後悔していたが、現状を打破するための行動を起こすことが出来ずに鬱屈した日々を過ごしていた。

 そんな灰色の生活を送っていた日、彼女は自身の人生を一変させる運命の出会いをする事になる。


「…き、君、一年生だよね?」

「えっ…、は、はい!」


 放課後、学校に残る用事が無い姫岸は誰とも別れの挨拶も交わす事無く教室を後にしていた。

 姫岸はこの学校に幾つもある部活動に参加すること無く、帰宅部になる事を選択していた。

 入学当初に幾つかの部活動に見学に行ったものの、新しい環境に飛び込む勇気が持てなかった彼女は結局、部活に入るのを諦めたのだ。

 姫岸が学校の校舎から出ようとした瞬間、彼女はとある男子生徒に声を掛けられる事になる。

 余り特徴な平凡な印象しか与えない男子生徒は、恐る恐ると言った様子で姫岸と話し始めた。


「この時間に帰っているって事は、君は帰宅部だよね?

 えーっと、突然で悪いんだけど、怪人に興味無い?」

「…へっ?」

「いや、実は家の学校に怪人調査研究部ってのがあってさ…」


 姫岸に話掛けた男子生徒は既に一般的な部活勧誘の時期が過ぎた6月中のこの日に、愚かにも部活の勧誘を試みているらしい。

 男子生徒自身も自分が馬鹿な事をしている自覚があるのか、その表情は苦々しげなものであった。

 しかし男子生徒はその馬鹿な行動を放り出す事無く、姫岸に対して怪人調査研究部の活動内容について説明を始める。

 男子生徒の語る怪人調査研究部の活動は、お世辞にも全うな部活動とは思えない内容であった。

 そもそも怪人調査研究部はこの時代では学校非公認の部であり、もし姫岸がクラスメイトと少しでも関わりがあったのならば、その悪評は既に耳に入っていたかもしれない。

 男子生徒に取って幸運な事に姫岸は怪人調査研究部の存在を知らなかったため、姫岸は大人しく男子生徒の話を聞き続けた。






「それで研究部では…」

「……ふ、ははははははははははっ!!」

「えっ、俺、何か変なこと言った?」

「ははははははははっ…、いえ、何だか凄く嫌そうに喋っているのが、おかしくて…、ふふふ…」

「うっ…、いや、俺も本当はこんな事したくは無いんだけどさ…。 春菜の奴がやれって言うから…」


 男子生徒の話を遮るように、突如姫岸が大声を出して笑い出した。

 目の前の少女の変わりように男子生徒は驚きを見せるが、その反応も無視して姫岸は笑い続けた。

 どうやら熱心に怪人調査研究部の活動を語るのとは裏腹に、眉をひそめた険しい表情を崩さないという男子生徒の差異が彼女の壷に入ったらしい。

 姫岸は現在の窮屈な状況の事などすっかり忘れて、久しぶりに腹の底から声を出して笑う事が出来ていた。

 男子生徒も姫岸の笑顔に釣られたのか、先ほどまで険しい表情から一点して笑みが浮かんでいた。


「…いいですよ、私、その部に入ります」

「えっ、本当にいいのかよ!? 後悔しないような?」

「はい、今日から怪人調査研究部にお世話になります、先輩!」

「うん…、まあ本人が良いと言っているからいいのかな? よし、君が今年の新入部員第一号だ。

 そういえば名乗ってなかったな、俺の名前は…、」


 今の臆病な自分が変わる切欠を待ち望んでいた姫岸は、この男子生徒の誘いを好機と捉えたのだ。

 端から見たら血迷ったとしか思えない行動であるかもしれないが、この時の姫岸は自分の選択に一切の後悔をしていなかった。

 こうして姫岸は怪人調査研究部の一員となり、今の姫岸を形作る要因となった妃 春菜と言う劇薬に触れることになる。

 そして姫岸に一歩を踏み出させてくれた先輩について、彼女は今でも深く感謝をしていた。

 姫岸にとってあの男子生徒は自分を変えてくれた恩人であり、彼女は今でもあの時の出会いを昨日の事のように思いだすことが出来る。

 あの時に出会った男子生徒…、丹羽 大和は姫岸にとって掛け替えの無い先輩となったのだ。











 姫岸の体は大和の指示に従ったファントムによって、戦いの場から離れた安全地帯に退避していた。

 地面に降ろされた姫岸の様子を、大和と人間形態に姿を偽装したクィンビーが心配そうに見守る。

 白仮面との戦いを終えた大和とクィンビーはファントムの案内で、姫岸が運ばれた場所まで来ていたのだ。

 姫岸はファントムの麻酔針によって強制的に眠らされており、今も彼女は夢の中に居る状態である。

 しかしファントムに搭載されていた麻酔効果を打ち消す特性の気付け薬を投与したので、もうすぐ姫岸は目覚める筈であった。


「……丹羽先輩?」

「おぉ、目を覚ましたぞ! 大丈夫か、姫岸?」

「夢を…、見ていました、先輩に始めて会った時の…」


 気付けによって姫岸が目を覚まし、その開かれた眼は自分を覗き込んでいる大和の姿を捉えた。

 まだ意識がはっきりしていないらしく、姫岸は覚束無い視線で辺りを見渡す。

 姫岸は自分が見知らぬ場所に居る事に気付き、不思議そうな表情を見せた。


「姫ちゃん、痛い所は無い?」

「妃先輩、…妃先輩!? 先輩、あの白い仮面の男は何処に!? そ、それより妃先輩、あの姿は…」


 大和の傍に居たクィンビーの存在に気付いた姫岸は、そこで意識が完全に覚醒することになる。

 クィンビーの姿から姫岸が眠りに付く直前の光景、あの白仮面の存在とクィンビーが怪人となった瞬間が彼女の頭の中に再生された。

 姫岸は慌てて上半身を起こし、大和たちに自分が意識を失う前に見た光景についての説明を求める。

 目の前に白仮面という謎の存在が現れ、その直後に自分の慕っている先輩が怪人という異形の姿になったのだ。

 その時の情景を思い出した姫岸が、白仮面やクィンビーの事を聞いてくるのは当然のことだろう。


「…白い仮面? それは一体何の事だ、姫岸?」

「姫ちゃん、あなたは階段から落ちて頭を打ったのよ? もしかして悪い夢でも見たの?」

「えっ…」


 姫岸の問いに対して、大和とクィンビーは何かを確かめ合うように一瞬だけ顔を見合わせる。

 そして彼らは淀みない口調で、白仮面やクィンビーの正体を誤魔化すための作り話を始めてしまう。

 どうやら大和とクィンビーは姫岸が眠りに付いている間に、彼女を丸め込むための話を考えていたらしい。

 姫岸はあの廃墟の薄暗い階段で躓いてしまい、頭を打って気絶してしまった。

 気絶した姫岸を大和とクィンビーが廃墟から運び出して、今まで看病していたと言うのが大和たちがでっち上げた話である。

 大和たちは姫岸が見た光景を全部夢だったと納得させるために、この嘘の話を信じ込ませようと努力した。






「先輩、流石にその話は無理があると思うんですが…」

「うわっ、速攻バレた!?」


 しかし大和たちの苦労は報われることは無く、姫岸はあっさりと大和たちの嘘を見破った。

 大和たちの話が嘘くさかったと言う事もあるが、姫岸は大和が右手の五指が握って開くという行為を繰り返し行っている事に気付いたのだ。

 それなりに付き合いのある姫岸は、大和が緊張した時に無意識に行うこの癖を知っていた。

 大和の癖が出ている時点で、今の話の信憑性は著しく下がってしまったのである。


「やっぱり無理があったのよ、こんな嘘は…。 全く、もう少しましな言訳を考えなさいよね、大和!!」

「俺に責任を押し付けるなよ!? 文句言うなら自分で考えろよな!!」

「仕方無いでしょう、時間が無かったんだから…」

「だったら文句言うなよ!」

「何よ、大和の癖に生意気ね!!」


 事前に建てた作戦が失敗した結果になった大和たちであったが、余り失敗したことに対してショックを受けている様子は無かった。

 大和たちも幾らなんでもこの急ごしらえの作り話で姫岸を騙せるとは思っていなかったらしく、この結果を半ば予想していたらしい。

 そして大和とクィンビーは姫岸を無視して、互いの責任を擦り付け合う口論を始めてしまう。

 姫岸は暫くの間、何かを懐かしむような表情で大和とクィンビーのやり取りを見守っていた。

 恐らく姫岸が今見ている光景は、大和たちが居た頃の怪人調査研究部では日常茶飯事だったのだろう。


「…解りました。 先輩たちがそこまで話したく無い事なら、私は何も見なかった事にしますよ」

「えっ、いいのか、姫岸?」

「その代わり、一つだけ私のお願いを聞いてくれますか?」


 やがて大和とクィンビーが口論を止めたタイミングを見計らって、後輩は先輩たちに助けの手を差し伸べた。

 何と姫岸はある条件を呑めば、あの白仮面やクィンビーの事に付いて追求しないと言うのだ。

 姫岸が掲示するお願いの内容によるかもしれなが、これは大和たちにとって破格の提案と言えた。


「何だよ、お願いって…、俺たちに出来ることなのか?」

「簡単なことですよ、先輩…」


 そして姫岸は今日目撃した事を忘れる代わりに、大和とクィンビーに今度行われる怪人調査研究部の打ち上げへ参加する事を要求した。

 姫岸は高校三年であり、念願の怪人データベースを作り終えた彼女は今年の夏で怪人調査研究部を引退することになる。

 姫岸は自分を変える切欠を作った先輩と、自分を変えてくれた先輩と共に怪人調査研究部を引退することを望んだのである。






 数日後、怪人調査研究部の打ち上げの場で姫岸は晴れ晴れとした笑顔を見せた…。


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