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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第4章 女王蜂の今昔
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16. 妃家



 姫岸はディスプレイから目を離し、机の上に置いてあった冷めかけのコーヒーに手を伸ばす。

 コーヒーを飲みながら姫岸の視線は、ディスプレイの横に置いてあった写真立てに移動していた。

 写真に写る姫岸、大和、そして妃、今から二年ほど前の怪人調査研究部黎明期の頃の光景がそこにあった。

 昔を懐かしんでいるのか姫岸は穏やかな笑みを浮かべながら、暫く写真を見続けていた。

 やがて飲み干したコーヒーカップを置き、姫岸は再びディスプレイの画面に注視した。


「"この前の欠番の戦闘映像、見た?"」

「"欠番さん、まじパネェっすよ!!"」

「"ていうか最近、ガーディアンの無能振りが最近酷いw"」


 ディスプレイの中ではとあるチャットルームでの、ネットワークを通して行われる会話風景が流れている。

 怪人調査研究部の部長である姫岸はSNSを利用して日々、リベリオン・怪人関係のマニアとの情報交換に勤しんでいた。

 今の時代、どんな物にでもマニアと言う人種は居る。

 マニアたちは独自のルートで驚くべきほど正確なデータを持っている事もあり、それらは怪人調査研究会の重要な情報源にもなっていた。

 ただし貴重な情報が出てくるのは稀であり、大抵は今のようなオタクたちの他愛の無い雑談に終止するのが殆どであるが。


「"あれ、KUMO怪人さんは今日も居ないの? 最近とんと顔を見ないよなー"」

「"リアルでトラブルでもあったんじゃ無いのか? 最近、突然居なくなる奴が多いな…"」

「"えぇぇっ!? あんだけ前振りしておいて、トンズラかよ…"」


 マニアたちは最近このチャットに現れなくなった、KUMO怪人と言うハンドルネームの人物について会話していた。

 KUMO怪人は怪人マニアの間では有名な重度のマニアで、何時も自慢気に何処から手に入れたか解らない裏情報を語るのが常だった。

 実際、この彼か彼女か解らない人物から姫岸が得られた貴重な情報は数知れない。

 しかしかつてはほぼ毎日現れていたKUMO怪人は最近、このチャットに姿を見せなくなったのだ。


「…また消えたの?」


 所詮はネット上の付き合いであり、昨日まで居た人間が何の音沙汰無く消える珍しいことでは無い。

 普通であったら気にし無くても良さそうな事であるが、どういう訳か姫岸は深刻な表情を見せる。

 姫岸はまたディスプレイから目を逸らし、先ほどの写真の方に顔を向けた。

 しかし姫岸の顔は先ほどとは異なり、何かに怯えたような不安げな表情を見せていた。











 怪人調査研究部の城となっている情報教室から、学校中に響き渡るような勝利の雄たけびが叫ばれていた。

 研究部の集大成とも言える怪人データベースの完成に、研究部の部員達が歓喜しているのだ。

 生涯に三度しかない高校生活の夏休みと言う貴重な一ページを、彼らは怪人研究をと言う端から見たら馬鹿みたいな行為に費やした。

 心無い人間がこの場に居たら、怪人調査研究部の行為を鼻で笑うかもしれない。

 だがそんな外野の声は、苦労が報われた達成感に包まれている彼らの耳に届くことは無いだろう。

 勿論この場には初代研究部メンバーの大和やクィンビーの姿もあり、何だかんだで作業を手伝っていた大和は彼らと一緒に素直に完成を喜んでいた。

 しかしクィンビーは歓喜の輪に入る様子は無く、何処か冷めた様子で研究部の熱狂を眺めていた。


「やりましたよ、丹羽先輩! これも先輩たちのお陰です!!」

「いや、俺は殆ど何もしてないから…。 そういえば折角作ったこのデータベースって、何処かで発表したりするのかよ?」

「うーん、とりあえず作ることだけ考えてましたからね…。 正直、使い道は未定です」

「おいおい…」


 下手をすればガーディアンに売れそうなほどの情報量を持つ怪人データベースは、特に目的が無く作られた物らしい。

 姫岸を筆頭にした現研究部のメンバーは使い道の無い物に此処まで情熱を注いでいたのかと、大和は呆れた様子である。

 しかし怪人調査研究部は設立の経緯はあれだったかもしれないが、所詮は一高校生たちの部活動でしか無い。

 そして部活動の成果として作り出された物など、大抵は特に役に立たない自己満足な物になってしまう。

 この怪人データベースも、その例に漏れなかったという話なのだろう。


「よーし、今日はこのまま打ち上げするわよ!」

「部長、もしかして奢りですか!!」

「馬鹿言うんじゃ無いわよ! 割り勘に決まっているじゃ無い!!」


 怪人調査研究部の現部長である姫岸は、怪人データベースの完成を祝う祝杯をあげることを宣言する。

 満面の笑みを浮かべた姫岸の言葉に、研究部の部員達は当然のように姫岸の提案に乗っかる。

 今、怪人調査研究部の熱気は最高潮にまで高まっていた。


「丹羽先輩に妃先輩も一緒に行きますよね!!」

「えっ、俺たちも? おい、妃、どうす…」

「悪いけど遠慮しとくわ。 ほら、もう行くわよ」

「おい、妃!? 引っ張るなよ」


 姫岸は途中参加した研究部設立メンバーである大和やクィンビーに対して、打ち上げの参加を持ち掛けた。

 どうやら大和の方は打ち上げに興味があったのか、笑みを浮かべながら幼馴染設定の蜂型怪人に確認を取る。

 しかしクィンビーはこの熱気に水を差すように、冷めた表情で姫岸の誘いを一蹴した。

 そして初めて研究部に連れて来られた時のように、有ろう事か大和を強引に引っ張って情報教室から出て行こうとする。

 大和の抗議の声に全く耳を貸す事無く、クィンビーは大和と共に情報教室から姿を消した。






 大和とクィンビーが去った情報教室では、悲しげな表情を浮かべた姫岸の姿があった。

 姫岸が大和やクィンビーを慕っている事は、この研究部の部員達の誰もが知っていた。

 敬愛する先輩たちから情け容赦無い仕打ちを受けた姫岸に対して、部員達たちは誰もが姫岸に同情の視線を送る。

 しかし今の姫岸に話しかける勇気がある部員は皆無らしく、情報教室ではパソコンの排気音のみが聞こえる嫌な沈黙の状態となっていた。


「…ごめん、打ち上げはまた今度ね。 今日は用事を思い出しわ」

「ちょっと、部長!?」


 暫く大和たちが出て行った情報教室の扉を見ていた姫岸は、やがて意を決したかのように表情を引き締めた。

 そして大和たちに引き続き、何を思ったのか姫岸までもが駆け足で情報教室を出て行ってしまった。

 残された部員達は戸惑った表情で、互いの顔を見合わせる。

 情報教室では先ほどまでの熱気が嘘のように引き、すっかり場の空気が白けてしまっていた。











 余り場の空気が読めないキャラクターであるクィンビーであるが、普段の彼女であれば流石にあの場で空気を読む選択をした筈である。

 しかし今のクィンビーは、怪人操作研究部などと言う瑣末な事に構っている余裕が無かったのだ。

 学校を後にした大和とクィンビーは、携帯で呼び出したセブンと合流する。

 そして大和とセブン、そしてクィンビーは、大和の自宅近くにある有料の駐車場の前に来ていた。

 広さは恐らく大和の家の面積と殆ど代わり無く、10台ほどの駐車スペースしか無い小規模な駐車場である。

 全国展開している某駐車場会社を示す看板は比較的新しく、この駐車場が出来てからそれほど時間が経っていない事を示していた。


「…此処なの?」

「俺の母さんの話が確かなら…」


 この駐車場は今から数年前、大和たちがまだ普通の人間であった頃はまだ駐車場では無かった。

 大和の母である霞の話では、この場所には普通の民家が建っていたらしい。

 家の住民の苗字は"妃"、この場所はかつて妃 春菜と言う少女の家があった場所だったそうだ。

 大和はセブンたちの料理教室があった昨日、霞から妃の家の顛末について聞く事が出来た。

 しかし昨日は部外者である黒羽の目があり、クィンビーは大和が霞から聞き出した自分の生家があった場所に行くことが出来なかった。

 そのためクィンビーは、今日始めてかつて自分の実家があった場所を目撃することになる。

 その場所にはかつて妃の家があった痕跡は何も残っておらず、有るのはただの駐車場だけである。

 いまだに過去の記憶が戻らないクィンビーであるが、流石に自分の家が無くなった事実には面を喰らったのだろう。

 クィンビーは昔の妃家の面影を見つけようとするかのように、何時までも目の前に広がる駐車場の姿を見詰めていた。


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