15. 霞のお料理教室(2)
黒羽とクィンビーの顔合わせがすんなり進み、安堵していた大和はその直後にまた胃が痛くなる場面に遭遇してしまう。
既にエプロンを着用して準備万端の霞がリビングが現れ、クィンビーの姿を見た瞬間にその表情を凍りつかせたのだ。
大和の幼馴染であった妃については大和の母である霞が知らない筈も無く、妃の姿をしたクィンビーが現れたことに霞が驚くこと事は理解出来る。
しかし霞の反応はそれを差し引いても、些か過剰なように見えた。
母と幼馴染の不仲を知らない今の大和には、クィンビーに対する霞の態度には違和感しか感じ無いだろう。
「は、春菜ちゃん? どうして此処に…」
「ん、だれ…」
「は、博士が連れて来たんだよ! どうもこの二人、知り合いだったみたいで…」
「八重ちゃんが…?」
呆然とした様子でクィンビーを見詰める霞に、クィンビーが余計な事を言いそうになってしまう。
慌ててクィンビーの言葉を遮った大和は、霞のためにクィンビーと言う思わぬ闖入者が居る理由を説明する。
セブンの連れと言う大和の説明を受け、霞は不承不承ながらクィンビーがこの家に居る事に納得したようだ。
霞としては大和が行方不明になった時に、最後に一緒に居たと思われる妃という少女には聞きたい事が色々とあるだろう。
それ以前に大和と同時期に行方を眩ました少女が、何故この場に居るのか気にならない筈が無い。
しかし黒羽がセブンが居る状況でその話をするのはまずいと自制心が働き、此処でクィンビーに対して動きを見せることは無かった。
こうして不穏な空気が漂う中、成り行きでクィンビーと言うメンバーを追加した状態で二回目の料理教室が始まった。
セブンたちの料理をする様を事細かく説明するのも何なので、此処から彼女たちが調理中に交わした会話の一部を抜粋してみた。
これで彼女たちがどのように料理をしていたのか、その雰囲気だけでも理解できるだろう。
「いい、こういう物はフィーリングでやればいいのよ」
「き、妃さん? それは些か入れ過ぎでは…」
「うん、ついでにこれも入れときましょう!! きっと隠し味になるわ!!」
「それはレシピに指定された材料に無い物では…」
「大丈夫大丈夫、これ位アレンジの範疇よ」
「よし、大体この位でいいわね」
「待って、火を止めるが早すぎる…。 いいわ、どうせ止めても無駄でしょうしね、好きにやりなさい」
真面目な黒羽は霞のレシピを忠実に守り、言うなれば教科書通りの料理を作っていた。
セブンに関してもレシピと言う設計図通りに作る方が性に合うのか、黒羽ほど手際はよく無いがレシピ通りに調理をしていた。
問題はクィンビーである、彼女の料理に対するスタンスは上記の彼女たちの会話を読み取れば一目瞭然だろう。
クィンビーの暴走に霞は早々に匙を投げ、彼女のフリーダムな調理工程を止める者とは誰も居なかった。
そして一時間ほどの調理時間を経て、各々の料理が完成を迎えた。
それは見た目だけは完璧に仕上げられた料理であった。
しかしこの美しい完成形を作り出す過程で、レシピを無視した常識外の調理工程を経ている事を知っていた。
美しい見た目の裏にどんな棘があるか解らず、大和には素直にこの料理を美味しそうとは思えなかった。
出来れば口に入れずに済ませたいが、この料理を作った蜂型怪人が自信満々の様子でこちらを見ているので逃げることは不可能。
意を決した大和は恐る恐る箸を取り、その料理を口に入れた。
「う、美味い!? なんであんな適当な調理でこの味を…」
「…相変わらずね。 普通レシピを無視して適当に作ったら、酷い料理が生まれる筈。
けどあの子は天才的と言っていい感覚で、帳尻を合わせてレシピ以上の味を作り出す」
その料理は見た目だけで無く、味もまた完璧であった。
下手すれば霞がお手本として作った物より美味しいくらいで、大和は料理の素晴らしい味に驚愕してしまう。
何回も繰り返すようだが、この料理は霞の指導を完璧に無視して、端から見たらクィンビーが適当に作ったとしか思えない一品なのだ。
それにも関わらずレシピ通りに作った物以上の味を、クィンビーはいとも簡単に作ってしまった。
霞は苦々しげな様子でクィンビー、息子の幼馴染である妃のある種の天才的な才能を持つ才能を褒める。
どうやら妃と言う少女は昔からレシピを無視して、レシピ以上の料理を作る事が出来たようだ。
それはレシピを重視する料理研究家である霞にとっては、自分の仕事を馬鹿にされているような気分にさせられるのだろう。
もしかしたら霞が妃と言う少女を嫌う本当の理由は、意外に此処にあるのかもしれない。
「本当に美味しいですね…。 あの滅茶苦茶でこの味が出せるなんて、意味凄いです」
「ふんっ、この位は簡単よ! 何なら次は私が教えてあげてもいいわよ」
「これはあなたにしか出来無い料理。 一種の才能といえる」
クィンビーの料理は黒羽やセブンにも好評のようで、褒められたクィンビーはご満悦の様子だ。
一緒に料理と言う共同の作業をしたことで、それなりに打ち解けたのかクィンビーと黒羽は普通に会話をする程度の仲になっていた。
全ての事情を知る大和としては内心で色々と心配していたのだが、それは要らぬ気苦労だったようだ。
「博士を結構美味く出来ましたね。 黒羽さんも上手ですよ」
「ありがとうございます、丹羽さん」
クィンビーの成果が目立つようだが、黒羽やセブンの料理の出来もそれなりの物だった。
レシピに忠実に作った黒羽の料理は十分に食欲をそそる見た目であり、セブンの料理も初心者にしては立派な物に見えた。
とりあえず今回の料理教室の目的はセブンの調理スキルを身に付けされる事であり、その目的は達成されたようであった。
各々が作った料理を互いに食べあう試食会を終えた少女たちは、リビングで食後の休憩をしていた。
霞が用意した紅茶を飲みながら、彼女たちは他愛も無い会話をしていた。
怪人の癖に世間の動向や話題のドラマに詳しいクィンビーが話題を振り、黒羽ガその話に相槌を打つ。
そしてセブンが二人の会話を聞きながら、ほぼ無言で霞がお茶と一緒に出したお茶菓子に手を伸ばす。
彼女たちの仲はそれなりに上手く言っているようだった。
「…まあ、そういう訳で俺は博士経由で妃と再会したんだよ」
「大和、あの子…、春菜ちゃんのことを思い出したの?
だから最近、あの子の事について色々と聞いてきて…」
「い、いや、記憶の方は全然…。
ただあいつは俺の幼馴染って言うから、色々と気になったんで母さんから話を聞いたんだよ」
「そう…、残念ね」
そんな少女たちから少し離れた所で、大和は霞とクィンビーの事について話をしていた。
霞は大和が知らない間に幼馴染の少女に接触していた事を気にしているらしく、まずは一番の懸念事項である記憶について問い質した。
大和は正直に記憶が戻っていない事を告げた時、霞は残念と呟きながらその表情は全然残念そうには見えなかった。
妃の写真を隠していた事と言い、この霞と言う女性は余ほど妃の事が気に入らないのだろうか。
「ねぇ、大和、あの子が今何処に住んでいるの? 八重ちゃんみたにこの近くに引っ越してきたのかしら?」
「えっ、どういうこと? あいつの家が何処にあるか、母さんは知らないの?」
大和と妃 春菜は幼い頃からの幼馴染で、大和の母である霞も妃とは交流があった筈だ。
これだけ子供同士が長い付き合いをしていたならば、親同士にも繋がりがある筈である。
それならば霞が妃の家を知っている筈なのだが、今の口ぶりだと霞は現在の妃の家について知らないのだろうか。
大和はクィンビーが過去の自分の記憶を思い出すためには、何時か彼女の家を訪ねなければならないと思っていた。
近いうちに霞から妃の生家の情報を聞こうと考えていた大和が、この話に食いつかない理由は無い。
大和は霞から妃 春菜が生活していた家について、詳しい話を聞きだそうとする。
「残念だけど、私も春名ちゃんの今の家は知らないわ…」
「今? じゃあ昔、住んでいた家は知っているの?」
「…その様子だと春菜ちゃんは、あなたにあの事を話して無いのね。
実は春菜ちゃんの家は…」
「えっ…!?」
そして大和は霞の口から、妃 春菜と言う少女が行方不明になった後に起こった妃家の悲劇を知ることになる。
その意外な事実を知った大和は、頭の中は真っ白になるほど衝撃を受けてしまった。




