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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第2章 欠番戦闘員
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4.三代 八重


 何時も通りクラスメイトの誰とも話すことも無く学校で過ごし、大和は放課後の時間をを迎えていた。

 高校三年と言う時期も有って既に部活を引退した生徒は足早と教室を後にして家や塾で受験勉強に励み、部活がある生徒は最後の大会に備えるために部室へ向かう。

 そんな中で部活に参加していない大和も学校に残る用は無く、HRが終わったらすぐに荷物をまとめて席を立っていた。

 絶望的とも言えるような寂しい学生生活ではあるが、どういう訳か今日の大和の足取りは何処か軽くその表情も楽しげな雰囲気である。

 時折、殆どアドレスが入っていない筈のスマホを意識しながら、大和は他の生徒に混ざって教室を後にした。


「ははは、でさー」

「お前、本当かよ…」


 教室を出た大和は階段付近で、立てた箒にもたれかかるような姿勢で周りの友人と話すクラスメイトたちの姿が目に入った。

 今日の掃除当番である筈の彼らは真面目に職務をこなしていないようだ、愚痴を言いながらも真面目に仕事をこなしていた蜥蜴怪人を見習って欲しいものである。

 しかしここで掃除を促すように注意するような真面目さを持たない大和は、そのまま彼らの横を抜けて階段を下りようとする。

 その時、事件が起きた。

 

「…あっ!?」

「深谷!?」


 ふざけ合いの延長で、一人の男子生徒が目の前の友人の肩を軽く押したのだ。

 今日が金曜日であることから明日からの二連休に思いを馳せて、些かテンションが上がっていたのかもしれない。

 普段なら肩を押された友人は何事も無かったように、お返しとして相手の肩を押し返すくらいのことで話しが終わっただろう。

 しかし今は場所が悪かった、階段を背にして立っている人間の肩を押すという行為の危険性は言うまでも無い。

 加えて友人が箒にもたれかかる姿勢をしていたのもまずかった、箒に全ての体重をかけている訳では無かったがそれでも部分的には体を預けており、普通に直立しているより不安定な姿勢だったのだ。

 それらの結果が合わさり、男子生徒の行動は本人の意図せずに友人を階段から突き落とす結果となってしまった。







「…あれ?」

「…大丈夫か?」

「お、おう…」


 階段へのダイブを敢行していたクラスメイトを救ったのは、クラスメイトたちの横を通って階段を降りようとしていた大和だった。

 階段へ頭から転がり落ちそうになっているクラスメイトに気付いた大和が咄嗟に、そのクラスメイトの襟元を掴んでを持ち上げたのだ。

 普通の人間なら咄嗟に男性高校生の体を持ち上げることは難しいだろうが、そこは戦闘員の腕力を持つ大和ならではの力技である。

 片手でクラスメイトの体を軽々と持ち上げたまま大和は、その状態のままクラスメイトの無事を確認する。

 危機を脱したことに対する安堵からか大和に持ち上げられて文字通り宙に浮いている己の状況に混乱したのか、クラスメイトは呆然とした表情で生返事を返すことしか出来なかった。

 

「じゃあ、俺はこれで…」

「お、おい…」

 

 クラスメイトの無事を確かめた大和は、何事も無かったかのようにクラスメイトを降ろしてその場から離れていく。

 階段を下りていく大和の姿を見て漸く混乱が収まったクラスメイトは、大和を呼び止めようと声を掛ける。

 しかしその声が届かなかったのか、大和はそのまま振り返りもせずに階段を下りて下駄箱に向かっていた。











「…あれって、ダブりだよな?」

「深谷の奴を片腕で持ち上げてたぞ、あいつ。

 すっげー力だな…」


 階段の近くに集まっていた大和のクラスメイトたちは、呆然とした面持ちで大和が立ち去っていた階段の方を見ていた。

 今の彼らの脳裏には、深谷と呼ばれる男子生徒を平然と片腕で持ち上げている大和の姿が思い出されているようだ。

 戦闘員の肉体を持つ大和なら造作も無いことではあるが、その事実を知らないクラスメイトたちに取ってその光景は強く印象に残るものであった。

 

「あのダブり野郎…、えーっと、何て名前だったけ…、まあいいや。

 あいつは何かスポーツでもやってるのか? あの腕力は普通じゃ無いだろう…」

「知らねーよ! けどあの力は只者じゃ無いだろう、レスリング部とかそっちの方面の部活でも入ってるんじゃ無いか?」

 

 クラスに編入された一瞬だけ話題になり、その後でぼっち生活に突入していた大和は余りクラス内で知られていなかった。

 実際、彼らは大和の名前さえ覚えていないようである。

 

「部活は無いだろう。 あのダブり野郎、体育の授業を何時も見学してるしな…。 

 確か体が治りきっていないから、激しい運動はまずいとかって…」

「そういえば俺、あいつの席の近くなんだけどさ…

 前にあいつが体操着に着替える時に、あいつの体に手術の縫い跡が残っているのを見たぜ」

「一年近く入院していたってことは、結構な怪我をしたんだろうな…」


 当然のことではあるが、戦闘員としての肉体を持つ大和にとって学校の体育の授業など朝飯前にこなせるだろう。

 逆に明らかに人間を超えた動きを見せることで回りに不信感を与えないように、大和はセブンの入れ知恵で体育の授業は見学するようにしていた。

 医師の診断書(偽造)や一年の休学という事実、極めつけは大和の体の至る所にある手術の跡を見せれば、大和を無理やり体育の授業に参加させようとする教師は存在しなかった。

 大和の体に残されている手術跡は、彼がリベリオンで戦闘員改造手術を受けた時の名残である。

 何度も言う通り戦闘員は大量生産品のため諸々の作業工程が雑になっており、手術跡を消すなどという無駄な行為も一切行われていなかった。

 そのため大和の体には、未だに改造手術の傷跡がしっかりと残されているのだ。


「…今度、あのダブりに礼を言った方がいいよな?」

「それはそうだろう。 一応、命の恩人だしな…」


 結局、彼らの中で大和は謎の存在から脱することが出来なかったようだが、少なくとも深谷という少年が大和に助けられた事実は変わりない。

 意外に義理堅い者たちが集まっていたのか、この男子生徒たちは自分の友人を救った大和に礼を述べることを考えていた。











 学校から家に帰宅した大和は私服に着替えて再び外出し、彼の家から少し離れた場所にある比較的小奇麗な5階建てのアパートへと向かった。

 初めて来た場所では無いらしく大和は淀みない足取りでアパートの敷地に入り、階段を上がって二階のフロアに上がっていく。

 フロアの真ん中辺りのとある部屋の前で来た大和は、扉横に据え付けられたチャイムを鳴らして来訪を告げた。

 すると部屋の主が無言で鍵を開け、扉をを開いて大和の前に出てきた。

 部屋の主は大和の学校の制服と意匠が異なる、品のいいブレザータイプの女子生徒服を着た少女だった。

 少女は恐らく大和より少し年下のであろう、小柄でスレンダーな少女は制服を着ていなければ中学生に間違えられてもおかしくは無い。

 少女は黒い髪を肩口で切り揃え、他人を寄せ付けない印象を持たせる冷たい瞳をメガネで覆っていた。


「入って」

「お邪魔します、博士。

 それとも三代って呼んだ方がいいですか?」

「好きに呼んでくれて構わない」


 かつて大和が9711号と呼ばれていた時の上司、元リベリオン開発主任であるセブンがそこに居た。

 どうやら大和はセブンと会う約束があったために、今日は何処かご機嫌な様子だったようである。

 変装のためか髪を黒く染め、眼鏡を装着したセブンの姿は彼女が着ている制服の効果も合わさって、普通の女子高生にしか見えないだろう。

 戸籍的には三代 八重と言う名の少女となっているセブンに促されて大和は、彼女の現在の住居に入っていった。






「相変わらず普通の部屋ですね、物も全然増えてないし…」

「生活に必要な物は揃えてある」


 セブンの住居は平凡なワンルームのアパートである、余り使われた様子の無い台所の横を通って扉を開けたらそこにはセブンの生活空間が広がっていた。

 生活に必要な最低限の物しか置いてない室内は、実務的な彼女の性格を現しているようだ。

 8畳の部屋の中には簡易的なパイプベットにテーブル、テーブルの上にはノートタイプのPCが置かれていた。

 開けっ放しのクローゼットには彼女が着ている物と同じタイプの制服や前に着ていた私服が掛けられ、恐らくクローゼットの近くにある小さな衣装ケースにその他の衣類が収納されているのだろう。

 普段は食事をレトルトや出来合いの物で済ませているらしく、部屋の隅にはそれらのゴミがゴミ袋にまとめられていた。

 

「うわっ、相変わらずレトルトばっかり。 こんな食生活してたら長生き出来ませんよ、博士」

「別に構わない。 調理に時間を掛ける方が無駄」

「はぁ、相変わらず博士は…」


 リベリオン日本支部を脱走して一人暮らしを余儀なくされたセブンの食生活は、以前に比べて悪化の一途を辿っていた。

 元々食事に無頓着であったセブンは栄養補給が出来れば構わないと考えて、手軽に出来るレトルトやコンビニ弁当などの出来合い品で日々の食事を済ませていた。

 明らかに体に悪そうな食事を続けるセブンを心配する大和の言葉に、彼女は耳を貸す様子は無いようだ。

 このやり取りを以前にもしていたのか大和は以外にあっさり折れて、呆れたように溜息を吐きながら床に腰を降ろした。

 


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