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レイと魔法と奇妙な日常  作者: 沖田 了
第三章 イーストテッド篇 決戦、ペンズ卿
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第五十七話 倒れる二人

 それは、まさに一瞬と言っていい出来事だった。

 狼がミルネバに飛びかかり、ミルネバの持つ杖に当たった瞬間、その影のような黒いからだがミルネバの杖に吸い込まれたのだ。

 風にかき消された雲のように、狼は跡形も無く草原から消え去った。


「やったー、スゴいよ婆ちゃん。」


 輪ゴムがちぎれそうなくらい引っ張っていたミクルは、狼が消え去ったのを見てそう声を上げた。

 後ろに控えていたレイとハルも、緊張していた顔を少し緩めた。

 この時、三人は完全にミルネバが勝利したと考えていた。

 しかし、その考えはミルネバの次の行動により間違っていたと気付くことになる。


 「やはり……」


 杖を掲げたミルネバは、後ろの三人には聞こえないようにそう言うとガクッと膝をついて倒れた。

 まるで、糸の切れた操り人形のように一切の力が体から抜けてしまったかのように。


「婆ちゃん!」「お婆さん」「お婆ちゃん」


 三人は倒れたミルネバの元へ駆け寄った。

 三人とも目の前で起こった出来事に困惑を隠せないでいた。

 ミルネバは狼を杖で吸い取った。その光景は、どうに見てもミネルバの勝利だと思われたからだ。

 しかし、今ミルネバは倒れている。その事が三人を混乱させた。


「婆ちゃん一体どうしたんだよ。大丈夫だよね?ね!」


 ミクルがミルネバの体を抱きかかえ揺するが反応がない。

 ミルネバはミクルの腕の中で、眠ったように動かない。しかし、その顔は安らかな寝顔などではなく、苦しさに歪む険しい顔だった。

 まるで、高熱にでもうなされているかのように。


「私に任せて。」


 そう言ったのはハルだった。

 ハルは強い目をして、ミルネバを見つめていた。

 それはまるで、戦いの最中のレイのようだった。


「ハルちゃん、お婆ちゃんが、お婆ちゃんが……」


 狼狽したミクルは震えていた。

 彼女にとって、ミルネバは唯一の家族だった。そのミルネバの普通でない容体にミクルは恐怖していたのだった。


「大丈夫、落ち着いて。

 お婆ちゃんは、私が絶対直すから。」


 ハルはそう言って杖を構えた。

 ハルが使える基本五系統は二つ。ミーユ(治癒魔法)とチート(探知魔法)だ。

 所謂二芒星の魔法使いだ。

 ハルのチートは、一定範囲内にいる生き物の動きを察知すると言うものだ。

 赤サソリの二階でレイが魔法を使ったことを察知したのはこの魔法の力だ。

 だが、ハルが今使おうとしているのはそれではない。ハルが使おうとしているのはミーユだった。

 ハルのミーユの力、それは外傷意外の全ての身的異常を排除すると言うものだ。

 ハルが自分自身の病気を治したのも、タカネ村でカズキの妹のメグルを治療したのもこの魔法でだった。

 ミーユは、ハルが最も得意とする魔法だった。


「ハル、出来るか?」


 レイが確かめるように聞いた。


「うん。」


 ハルは短く、だが力強く答えた。そして、杖をミルネバに向けると大きく呪文を唱えた。


「ミーユ」


 すると、ミルネバの体から温かなオレンジ色の光やが溢れ出てきた。

 ハルの治療が始まったのだ。



「なるほど、魔法使い三人に勇者が二人か、我が城の兵士がやられるのも無理はないな。

 だが、既に一人は戦闘不能だがな。」


 その声は、突然だった。

 三人が倒れたミネルバに夢中だったために気付かなかったのか、それとも何かの方法で突然現れたのかは分からない。

 だが、三人が気付いたときには、草原がただの大広間に変わり、目の前に一人の男が立っていた。


「ぺ、ペンズ郷……」


 男の姿を目に留めたミクルが、そう言った。

 その声には、驚きと恐怖が混じっている。

 ミクルのその声を聞いて、男がフンと鼻を鳴らした。


「なんだ、誰かと思えば我が娘ではないか。

 実の父に向かってペンズ郷とはなんという物言いだ。幼い頃のように、お父様と呼びなさい。」


「なにがお父様だ!私はもうお前を家族だとは思わない。」


 ミクルは、抱えていたミルネバを横に寝かすと、輪ゴムに手をかけた。そして一瞬で狙いを定めると、ペンズ郷目掛けて輪ゴムを飛ばした。

 ミクルの手から放たれた白く光る輪ゴムは、目にも留まらぬ速さで飛んだ。

 五メートルほどしか離れていないペンズ郷までは、一秒もかからなかった。

 だが、ペンズ郷は輪ゴムを避けることなく、左手で受け止めたのだ。


「勇者の持つ白き光、聖白纏せいはくてん。それを纏った輪ゴムを飛ばす攻撃か、確かになかなかの威力だ。

 お前は母よりも勇者としての資質に恵まれているな。

 だが所詮はこの程度、父である私にかなうものではない。」


 ペンズ郷は輪ゴムを受け止めた左手を静かに開いた。

 その手からは、衝撃でボロボロになった輪ゴムが落ちる。

 ペンズ郷の左手には何の傷もない。


「私は!私はお前を倒す!

 たとえかなわなくても、私はお母さんの仇を討つ!」


 ミクルはいきなり駆けだしペンズ郷との間合いを一気につめた。

 そして、左手を思い切り突き出した。その手にはすべての指に輪ゴムが掛けられている。

 ミクルはペンズ郷のすぐ目の前まで走り込むと、その全ての輪ゴムを引っ張り、そして放った。

 殆どゼロ距離と言ってもいい間合いでの攻撃。ペンズ郷が避ける暇なく、輪ゴムは五つともペンズ郷の体に当たった。


「油断するからこうなるんだよ。

 どう、実の娘にやられた気分は。」


 ミクルはペンズ郷の顔を見上げてそう言った。ミクルは少し悲しい顔をしていた。

 しかし、次の瞬間その表情が固まった。

 ペンズ郷の拳が、ミクルの胸の下あたりにめり込んでいた。


「やれやれ、とんだお転婆娘に育ったものだ。

 まぁいい、もう気絶してしまったようだしな。

 この後は本部に連れて帰って再教育すればいい。」


 ペンズ郷が手を離すとミクルは床に崩れ落ちた。

 口からは涎なのか胃液なのか分からない液体がこぼれている。

 ペンズ郷は、そんなミクルに冷たい目を向けてから、その光景を呆然と見つめていた二人に向き直った。


「さて、レイ・エルバレムとハル・エルバレムだったかな?

 君達にもお仕置きが必要だね。」


 その血でも凍りそうな冷たい声に、レイとハルは背筋が凍るのを感じた。

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