第九十三話「お目当ては……」
恐れていたイケメン忍者が現れることなく、お目当てのお店のファブリーに着いた。
「えーと……」
ただ、着いたはいいけど買うものが何も浮かばない。
だってココ、完全にメンズ専門。
てか、衣料店って言うより軍モノ屋なんだけど……。
ファブリーって響きが可愛かっただけに、勝手にファンシーなお店を想像してたよ……。
てかこのおじさん、何を思って私にお店へ寄るよう声をかけたんだろう。
ちなみにおじさんの名前はレードルフさんって言うんだけど、レードルフさんよりおじさんって言った方がしっくりくるから、私の中ではおじさんで通す。
「いや〜本当に寄ってくれて、おじさん嬉しいよぅ。気に入ったもんがあったらサービスするからね?」
「…………」
サービスするからって言われてもねぇ……。
ルークさんやニーナさん、それに御子息くんなんかが着ているベ◯薔薇チックな服もあるにはあるけど、気軽に買えるようなお値段じゃなさそうだし、やっぱり着るにはちょっと恥ずい。
だからと言って衛兵さんみたいなTHE軍服って言うのもあり得ない。
あの皮鎧なんかは尚更。
お店の奥の方には剣や盾なんかの武器も置いてあるけど、アレなんかは論外よね……。
強いて挙げるならコレかな?
「おっ、お嬢ちゃんはお目が高いっ!
そのマントは防寒防水防炎に優れているだけじゃなく、触ってみればわかると思うけど肌触りも抜群なんだよぅ?
おじさんの甥っ子なんか、この赤と一緒にこっちの黒いのと二色まとめ買いしたくらいさぁ」
私が商品に手を伸ばそうとした途端、おじさんのセールストークが始まった。
ちょっとウザイ。てか甥っ子の話はどうでもいい。
それにしても、銀一とルルのテンションがだだ下がりなんですけど……。
二人とも早く帰ろうって顔に書いてあるよ。太マジックで。
「この生地でこのリボン作れます?」
「へ?」
おじさんは頭のリボンを指差す私をポカンと見ている。
そんなおじさんとは対照的に、二人の顔がパァっと明るくなった。
防寒は別として防水防炎に優れているんだから、ちょっとやそっとじゃ燃えてなくならないよね?
「ま、まあ、作れないことはないけどねぇ……」
「じゃあ、この生地で妹用とホーバキャット用のリボンを作ってくれませんか?」
私の言葉を聞いてピョンピョン跳ねる二人。
「ホ、ホーバキャット用も?」と、困惑するおじさん。
ちょっと値段のことが気になったけど、おじさんの甥っ子が二色まとめ買いしたのが事実なら、そこまで高くないはず。
それに、ここではルルの服を買うこともないし、丈夫なリボンになるんだったらある程度の出費は覚悟しよう。うん。
「このくらいのものだったらそう時間がかかるもんじゃないけど、それでも外に出すから最短でも明日の午後くらいになるよ? それでもいいかい?」
「はい! 構いません!」
うん、そのくらいは想定内。
ただ、今度こそちゃんと外出許可をもらわないとね?
それと……。
「あのう。それで、お幾らくらいになりますか?」
やっぱり気になる。
この魔女宅ワンピの例があるもんね?
それにこのおじさんの甥っ子、実は大富豪なのかも知れないし……。
「そのリボンくらいだったら、さして生地量もかからなそうだし、手間賃込みで1金エクシャナルってところだけど、サービスで16銀エクシャナルでどうだい?」
ばっくりレートで16,000円かぁ……。
思ってたより高かったけど全然余裕。
ヴィッギーマウス貯金は潤沢なのだ。
「よろしくお願いします!」
早速支払いをしようとバッグを開けたら、ギュッギューに詰まったラハンナの上のレムと目が合った。
お金が入った皮袋はラハンナの下だったよ……。
「フフ、随分とラハンナを買ったんだねぇ?
代金は明日、商品と引き換えでいいからね?」
おじさんにもギュッギューのラハンナが見えたみたい。
「じゃあお言葉に甘えて……」
と言いながらも、ラハンナを一つ取り出しておじさんに差し出した。
「おっ、おじさんにくれるのかい?」
「どうぞ食べてください……」
うんうんと頷きながら嬉しそうにラハンナを受け取るおじさん。
「念の為、見本としてそのリボンを預からせてもらえるかい?」
「あ、はい。構いませんよ」
「そうかい、それは良かった。
おぅい、ジェズ、職出し用の箱を持ってきておくれ?」
私がリボンを取って差し出すと、おじさんは店の奥へ声をかけた。
おじさん一人でやってると思ってたけど、他に使用人がいたみたい。
「ところでお嬢ちゃんたちは見ない顔だけど、何処に住んでるんだい?」
「王都へは昨日着いたばかりで、今は冒険者ギルドに泊めてもらってるんですよ?」
「ハハ、道理で見ない顔だぁ。
じゃあ出来上がった品は冒険者ギルドへ持って行けばいいかい?」
「いえ、サービスしてもらってるのに悪いですよ。明日の午後に出来上がるんなら取りに来ます」
「そうかい、そうしてもらえるかい?」
言ってから思った。
外出許可がおりないかも知れない……。
ほぼ無断外出した翌日なだけに、そう易々と外出を許してもらえるとは限らない。
「あ、もしかしたら明日は出られないかも知れないので、もし明日来れないようなら明後日以降に必ず取りに来ます」
万が一ってこともあるからね?
それに、ルークさんやニーナさんが王都に到着したら、散歩がてら一緒に来てもらえばいい。
「そうかい、ウチはいつでも構わないよ?
そう言えば、お嬢ちゃんの名前はイオンちゃんだったね?」
「はい、イオンです」
「もし忙しくて来れないようなら、冒険者ギルドのイオンちゃん宛てにお届けすればいいね?
でもね、出来上がった品に微調整が必要だといけないから、出来るだけ来店してもらえるといいんだけどね?」
流石職人の仕事ね。うん。
リボンとは言え、オーダーメイドだもんね?
なんかブルジョワな気分なんですけど!
「わかりました。明日が無理だとしても、数日のうちにまたお邪魔できると思います。
みんなで出来上がりを楽しみにしてます!」
そう言って後ろの銀一とルルを見ると、二人とも首が取れるかと思うくらいに頷いていた。
「旦那様ぁ、箱はこの大きさで問題ありませんでしたかねぇ?」
「うんうん、そのくらいが丁度いい。
その箱にこのリボンと小巻きのギロードの反物を入れておいておくれ……」
奥から出てきたのは小柄な白髪頭のお爺さん。
大きな木箱を軽々と抱えている。なかなかの力持ちみたい。
もっさりとした前髪で顔が見えないからわからないけど、もしかしたら意外と若いのかも知れない。
そんな一見年齢不詳のジェズさんに、おじさんがあれこれ指示を出している。
「では今日は急ぐのでこれで失礼しますね?」
「あ、そうかい。注文の品は急いで作らせるから都合の良い時に取りに来るんだよ?」
「ありがとうございます!」
おじさんが私の声に目を丸くする。
思わずテンションが上がって大きな声を出してしまったよ……。
だって、たかがリボンとは言え、人生初のオーダーメイドなんだもん。
「ふふ、元気だねぇ?
じゃあ、明日の午後には用意しておくからね?」
「よろしくお願いします!」
おじさんに頭を下げてお店を出た。
うん、良い買い物ができた。
最初はどうなることかと思ったけど、結果的には最良の買い物ができたよ。
いい人だったし、これからも贔屓にしよう。うん。
あとはギルドへ戻ってブライトンさんに謝るだけ。
って、正直言ってこれが一番憂鬱なんだよね……。
「イオン、ありがと!」
店を出てすぐ、銀一が弾んだ声をあげた。
ピョンピョンと嬉しげに私の回りを飛び跳ねている。
「明日が楽しみーっ!」
ギュッと手を握ってくるルル。こちらも満面の笑み。
憂鬱の原因を作ったとは言え、こんな顔をされると怒れないよね?
ブライトンさん、ラハンナ好きかな?
私は微かな期待を寄せつつ、ルルの手をとって歩き出した。
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ーイオンが帰ったあとのファブリーでの話し声ー
「ジェズ、この箱をアトリエのレイに届けた足で、この手紙をアルギーレ様へ届けておくれ?」
「と言うことは、あの娘は例の『運命人』に間違いないって事ですね、親分」
「ジェズ、ここは店なんだから旦那様とお呼び?
全くお前はしょうがないヤツだねぇ……。
フフ、レックスから聞いた容姿の特徴や向かった先、それになんと言ってもイオンって名前だよ。
これだけ聞いてた情報と相違ないんだから、『運命人』はあの娘で間違いないだろうよ?」
「それなのに帰しちまって良かったんです?」
「フフ、こっちの正体がバレてないんなら問題ない。なんせ向こうの居場所もわかってるんだし、ご丁寧に向こうからまたやって来るって言ってるんだからね?
それよりこの山の対価を決めるのが先だ。無駄話は終いにしてさっさとお行き」
「はっ……」




